141.デモプレイは常人にやらせようね
というわけで、いざ。
「モード選択はタッチパネル式になってるから、触れてみて」
トップバッターはじゃんけんで勝ったユナ。スクリーンに映るホームエリアのユナへ、橙乃がマイク越しに操作方法を教える。
モードは全部で6つ。剣を使った近接戦闘、魔術による遠距離戦闘、他にもスポーツやアクション系など四つほど新しいものが用意されていた。
今回はDCOで慣れている私たちが戦闘のフォーマットでプレイを見せる回。私は剣、ユナとイシュカさんは魔術だ。もちろん最高難易度のみ。
今回の戦闘モードはDCOと同じ仕様になっている。九津堂がスポンサーにいるし、VRへの興味を煽るものだと考えればこれは当たり前だろう。
『ソロ戦闘は久々だなぁ』
「その割には様になってるよね。……それじゃ、スタート!」
『じゃあさっそく……《シードプロード》』
敵は四頭、全て狼だ。まずは戦闘開始直後の固まっているところを、範囲攻撃でまとめて攻撃。
……なんだけど、さっそく上手さが出た。
「あれ、一頭外れてますけど……」
「ううん水波ちゃん、アレはわざと」
「普段ヒーラーでもそのあたりの嗅覚はちゃんとあるみたいね」
『かかった。《トリプル・リーフエッジ》!』
……ちなみに、私たちは特別席に座っているんだけど、なぜか目の前にマイクがある。録って何に使うんだろうね。
三頭に当てて足止めをしながら、外した一頭だけが突進してくる。一見するとミスのようにも見えるけど、理想的な展開だ。
ユナはその一頭へ自分からも近づくと、射程範囲に入った瞬間に《植物魔術》。さらに即座に次の詠唱に移って、下がりながら二の太刀を用意する。
『《スタンブルルート》』
「あっ……」
「初撃を入れて注意が緩んでいる隙に罠をかけて、勢いが残っているうちに転ばせて削り切る……完璧じゃない」
「あの子ここまでできるんだ……」
おおむねイシュカさんが言った通りだ。《リーフエッジ》をしっかり狼の顔に当てて、普段なら引っかからない罠にかかるよう感覚を狂わせた。
まず一頭。しかしユナはHPの全損を確認した瞬間に視線を外して、ようやく再起動した残り三頭へ向き直る。
『そこ、《ソーラーロア》!』
「あ、また一頭だけ」
本来ならこのチャレンジで使えるのはレベル70の属性魔術二種なんだけど、正規ルールでのお手本はもうルプストが収録済だ。そこでユナとイシュカさんは、少し違うルールで戦うことになっている。
ユナの場合は、《植物魔術》のみでの戦闘。属性相性もなく強力な代わりに、全体的にトリッキーで扱いづらく足りないものが多い。
火力職の経験がほとんどない上にそんな特殊ルールでの挑戦となるユナだけど、思っていた以上に安定感のある戦いぶりを見せている。私もちょっとびっくり。
詠唱に余裕があるタイミングだからだろう、射程の長い《ソーラーロア》を選択。また二頭だけ足止めして、残り一頭はそのまま駆けてくる。
『《サップアンバー》。各個撃破は鉄則だよね』
「あれ、行動阻害か……確かに有効そう」
「ユナ、その技術いったいどこで」
「けっこうえげつないことするわねぇ」
この狼は移動速度が早くて、致死量である《リーフエッジ》二発を当てる前に肉弾戦の距離まで持ち込まれてしまう。そうなると普通の魔術師にとっては負け同然だ。
だけど、移動速度を落としてしまえば話は別。だからまず最初に行動阻害の効果がある《サップアンバー》を当てて、詠唱時間に猶予を持たせた。
『《リーフエッジ》!』
「安定感おかしくない?」
「まるでいつもやってるみたいよね。あの子4日目くらいにはパーティ組んでたはずだけど」
二発目がヒットして二頭目もダウン。残るは既に走ってきている二頭だけだ。
そしてここでユナは、一番の大技を見せた。
『連唱、《クリーパーヴァイン》!』
「え? ……っえ?」
「なにあれ。もしかして全部操作してるの?」
《クリーパーヴァイン》。ツルを自在に操る自由度の高い魔術だ。あれの操作は現状のDCOでは最高級の難度で、《植物魔術》そのものの普及率を下げている最大の原因でもある。
慣れてくるとコツというか、ショートカットキーのような操作方法があることがわかってきて楽になるんだけど……それでも、二本同時に自在に操るのは前代未聞だ。
その難易度はわからないだろうけど、これには後方の観客たちも沸いた。わかるよ、一番魔術っぽいというか、絵的に人間離れしていそうだよね、これ。
「アレ連唱できたの?」
「できますよ。難しすぎて誰も使ってないだけで」
「あの子使ってるんだけど……」
「……空中パリィより難しいですよ、あれ」
と、ここで空気を読んだカメラくんが位置を切り替えた。
二本のツルを操って狼を捕えて締めつけているユナを、正面から仰ぎ気味に映す構図だ。……うん、確かに映える。いい画だ。
ある程度締め上げたところで、拘束したままの狼に《リーフエッジ》。圧倒的な内容でユナの蹂躙は幕を閉じた。
さて、続いて私のターン。ドヤ顔のユナと入れ替わりでダイブ。
私は剣による近接戦闘モードだ。ただし、魔術は禁止。
つまり私にとってはメインウェポンがないのと同じだ。精霊になってからはSTRが大幅に落ちているから、物理攻撃力はけっこう寂しいことになっている。
『ルヴィアなら余裕でしょ』
『魔術なし縛りよりヤバいこと何度かやってるわよね』
「そこ二人、私をなんだと思っているんですか」
『私達代表』
『DCOの大谷翔平』
……まあ、私も無理だとは思っていない。というのも、封じられているのは《虹魔術》と《植物魔術》だけだから。
というわけで、開幕。それと同時に、私は地面を蹴った。純魔として戦ったユナとは真逆の形だ。
『飛んでる……』
『アレ自分で操作してるんですか?』
『ええ。翅の角度で自由に動けるわよ』
そう、《魔力飛行》は使える。これまで封じられていたらさすがに不安だったけど。
低空飛行で加速して、一直線に狼のもとへ。脇を掠めるような軌道でそのうち一体を斬りつけて、そのまま数メートル先に着地する。
その場で振り返って、もう一度。今度は中央突破だ。といっても、片方しか内側の間合いには入らないようには注意して航路を取っているけど。
また一頭を斬って、今度は上へ逃れる。……斬られたばかりの狼が深追いして飛び上がってきた。狙い通りだ。
「《チャージストライク》!」
『かっこいい……』
『この子写真だけじゃなくてスケッチ取り始めちゃった』
『ちょっとルヴィア! やっぱりあんたも大概じゃないの!』
斬った瞬間にチャージを始めて、飛び上がってきたのを迎え撃つまでに一秒以上はある。普通なら使いづらさがある《チャージストライク》も、飛行を使えば大幅に難易度が下がるのだ。
真下へ向けてアーツ攻撃を通して、踏みつけながら着地。……そのままトドメを刺したかったんだけど、周りの三頭が飛びかかってきたから空へ逃げる。そのまま、
「《バックフロント》っ!」
『ねえあの子何してるの?』
『《バックフロント》ってあの向きで判定出るんだ……』
『やっぱり近接だけでも強いじゃないあの子!』
近接オンリーの戦闘は久々だけど、勘は鈍っていなかった。惜しむらくはステータスそのものが低いせいで、攻撃の割に火力が乏しいこと。
エルフ時代のステータスならこれでも充分戦えたかもしれないけどね。
空中で上を向いて、下方向が“後ろ”だと認識して《バックフロント》。飛び上がってきた個体を地面に叩きつけながら、自分は反動を使ってもう一度上がる。……瀕死だった個体の上に叩きつけられたことで、下敷きになった方が死亡。これはラッキー。
落下したばかりの方もかなり削れているから、ここで倒しきってしまおう。
「《ペネトレイト》」
『さっきから異次元の動きしかしない!』
『あれホントに人間……?』
『この速度でスケッチする方も人外疑惑ありますよ』
重力加速度も利用して、急降下しながら《ペネトレイト》。突進技は速度があればあるほど威力が上がる仕様だから、こういう使い方とは相性がよさそうだ。
二頭目を仕留めて、いったん地面へ。警戒しながら近づいてくる二頭のうち、近い方が最初に一撃入れた個体だ。
ところで狼くん。剣士を相手に睨み合いはダメだって、お母さんに習わなかった?
「《チャージストライク》」
『いとも容易く入れられるえげつない一撃』
『でもアレはやるわよね』
『狙ってましたねー』
『さすがに四秒チャージすれば、今のルヴィアでもかなりの威力になるのね? なるみたい?』
というわけで、残り一頭。
私、最後の一頭相手にはやりたいことがあったんだよね。このアーツを使うのは初めてだけど……。
「───《エッジラッシュ》!」
『あっルヴィアついにやった!』
『これ終わったわね』
『えっそれ避けながら当てるの!?』
『ルヴィアにあの仕様は反則だよね……』
《エッジラッシュ》。継続型の攻撃アーツだ。攻撃そのものは全てプレイヤーがやらないといけないけど、続けば続くほど威力が上がる。
途切れる条件はふたつ。一秒間攻撃が入らないか、発動者がダメージを受けるかだ。
つまり、相手の攻撃を避けながら攻撃を当て続ければ、理論上無限。……まあ、普段なら発生しうるノックバックは発生しない仕様になっているから、普通ならそう簡単に続かないんだけど。
だけど、今回のように、攻撃を避け続けながら当て続けるだけの実力差があれば、すなわちワンショットキルを狙える強烈なアーツとなる。
3連撃くらいできればそこそこ、という倍率で作られているから、今の私のSTRでも6連撃くらい当ててしまえばほぼ勝ちだ。
「……でも、普段使いするにはMP消費が苦しいですねこれ」
『うわぁ……』
『さっき私のこと人外って言ったけど、ぜったいルヴィアのほうがおかしいよ』
『あの子だけは怒らせないようにしよ……』
そして最後にイシュカさん。
始まる前は『こんなの見せられた後にやるって、どんな罰ゲームよ』とか言っていたけど……。
「え、えっ? なに、どうなってるのあれ?」
「原理は私のと同じだよ。背中の翅をコントローラーみたいに動かすと、浮力と推進力が発生するの」
「人間業じゃないですね……」
「目で追うのがやっとだもんね。やっぱり一番おかしいのはイシュカさんだよ」
妖精サイズで出てくるだけで観客席はどよめき、浮き上がってまたざわつき、そのまま飛んだらまた驚きの声が漏れて、戦闘に入って曲芸が披露されるといよいよ唖然となった。
……イシュカさんの場合、いつも通りに立ち回るのが一番インパクトが大きいのだ。小さい分動きが独特で速く、いつもの戦闘をするだけで出来のいいCGアニメーションのようになる。
絵の時点で魅せているのに、これを人間がリアルタイムで動かしているのだ。まだVRに触れたことのない人たちからすれば、まさしく夢のようなものだろう。
しかも彼女、けっこうノリノリで普段より曲芸が増えていた。トップスピードで駆け抜けて同士討ちを誘ったり、警戒して足を止めた狼の腹の下を潜りながら魔術を打ち上げたり、背中に着地して首の後ろに叩き込んだり。
そんな気はしていたけど、イシュカさんって意外とエンターテイナーだよね。できることが多いから、なおさら見栄えがする。
「ただ、一つだけ気になることがあるんだけどさ」
「うん」
「これ、常人がVRリプレイに耐えられるのかな?」
…………さあ。
ここまでリアルパートでした。まあ今回はほぼVRですね。いつもよりヤバい動きしてないか?