139.高校時代の友達 参戦!
さらに翌日、9月6日の金曜日でございます。
今日は配信お休みだ。夜にログインくらいはするつもりだけど、DCO自体も控えめにするつもり。夏休みもあってずっと配信三昧だったし、たまにはこういう日もあっていいよね。
ちなみに今日をオフにすることは一昨日の時点で告知してあったんだけど、その日のうちに全く別の二人から遊びのお誘いが飛んできた。それぞれにもう一人いることを伝えたらどっちも「それなら一緒に」となって、なんやかんやのうちにさらに一人増えて、今日は四人組の予定だ。
ちなみに春菜と秋華ではない。あの二人は今日ちょうど予定があるそうで、代わりに次のオフにデート(と春菜は言っていた)を約束済だ。
そんなわけで玲さんにも休暇を宣告したら、その場でおもむろに私の配信録画データを開いていた。あの人早くも編集が趣味になり始めてない?
さて、久々の単独外出。……じゃないんだよね、今日は。
「朱音さん、お待たせしました」
「……あのね水波ちゃん、それは家を出てすぐのところで待ちながら言うセリフじゃないんだよ」
どっちかというとお待たせしたのは私だよね?
まだ自宅の玄関から出てすらいないのに、早くも同行者現る。
水波ちゃんは橙乃のように隣の家というわけではないけど、うちからかなり近いところに住んでいる。だからなのか、約束の次の言葉が「じゃあお迎えに行きますね!」だった。
私も水波ちゃんも、本来なら遊びに行く時もマネージャーさんがついてくる立場だからね。二人一緒なら大丈夫だろう、ということで今回はついてこないけど。
「それじゃ、行こっか」
「なんか、駅まで歩くの久々です。マネさんの車が当たり前になってきて扱いの変化を感じるというか……」
去年までの時点で水波ちゃんはひとかどの芸能人だったけど、彼女も今年に入ってからは激動を味わっている。今や完全にVIP扱いだ。
現に今の水波ちゃん、いつもと違うコーデに伊達眼鏡まで合わせて見事に変装中。私から見ても完璧に印象が変わっている。それでいてかわいいあたり、もう無敵だ。
当然だけど、かくいう私もしっかり変装している。どうしても目立つ低身長をヒールで多少は誤魔化しつつ、普段のクール系を狙った雰囲気(敢えて宣言するけど、私自身の好みである)から大胆にチェンジ。小柄を逆に活かすガーリィな方向性にまとめてある。
ちなみにお母さんが嬉々としてやってくれた。……こら玲さん、撮らない。それ投稿したら変装の意味なくなるでしょ。
帰ってきてから? 駄目だってば、次回以降の変装が難しくなっちゃうから。
そんな二人で駅前に出て、そのまま電車で二駅。
降車駅のシンボルに設定した待ち合わせ場所へ向かうと……うん、いたいた。
「うわ、なんか向こうからA○フィールドを展開した美少女が……」
「なにそれ……ってホントじゃない。なに、斥力場でも発生してるのコレ?」
いや、うん。私たちもちょっと困惑しているんだよね。満員電車にはならない時間帯とはいえ、いないわけではない乗客がなぜか半径3メートル範囲内に近づいてこないから。
それどころか私たちが動いたらまるで押し出されるように離れていく始末。なにこれ、ドッキリか何か? というか変装ちゃんとできてるよね?
「なにあの美少女ペア」
「無理無理、アレに近づいたらウチらじゃ浄化されるって」
「神々しすぎて居心地悪ぃ……」
「よく見たらあっちの二人も可愛くね?」
「ナンパするなら五分前だったべ」
「ママ、これ楽しい!」
「こら、周りの方に迷惑かけないの」
よかった、変装はバレてないね。……もうそれ以外のことは私考えない。
あとそこの空気読みが上手い男の子、君はきっと将来ビッグになるよ。その調子で頑張れ。
「注目され慣れてない美少女が謎現象に見舞われて壊れかけてる……」
「とりあえず落ち着ける場所に入りましょっか」
in喫茶店。
「なんとか落ち着いたね」
「ほんと一体何が起きたのかと……」
「謎の集団心理で意味不明な現象起きてなかった?」
「あれだけ人がいて、何が起こってるかたぶん誰にもわかってなかったわよね」
未だになんか店の内外の人口密度が微妙に高くなっている気がしないでもないけど、ちょっとこれ以上は私たちにも理解が追いついていないから勘弁してほしい。
「改めて自己紹介からかな」
「朱音はしなくて大丈夫よ」
「はい」
大人しくしてます。
確かに、今回の面子にあって私は自己紹介が不要だ。私が中継点になって発生した組み合わせだから当たり前なんだけど。
「じゃあ私から。といってもご存知だと思いますけど……」
「この前置きに嫌味すら感じ取れないのレアじゃない?」
「天音水波といいます。朱音さんの幼馴染その6です」
「他に言うべきことなかった? ……よろしく、水波ちゃん」
水波ちゃん、よりにもよって自己紹介で歌手業に言及しないの巻。
まあみんな知っているから、省くのはわからないでもないんだけどね。でもそれなら私の幼馴染が他に5人いることも二人は知っているし、情報量が増えてないんだよ。
改めて彼女は天音水波、シンガーソングライターである。私のひとつ下の幼馴染……というか、妹の親友にしてお母さんの弟子だ。その影響で自然と付き合いは長い。
この場では一番有名だけど、最年少ということもあって腰は低かった。相手が年上であることくらいは事前にわかっていたからだろう。
「和泉小夜、HNは《イシュカ》よ。どう考えてもHNの方が有名になっちゃってるし、本名のほうで呼んで頂戴」
「イルカは関係ないんですね」
「さてはヘビーリスナーね?」
水波ちゃん、また懐かしいネタを持ってきたね。そういえばあった、そんなネタも。
向こうの影響で小さい印象があるけど、少なくとも私よりは大きい。ただ、どちらかというと小柄なほうだろう。
ちなみに顔はアバターほぼそのままだった。その割には直感的にイメージが結びつかないのは、色合いが違いすぎるせいだろうか。イシュカさんのアバター、青髪だからね。
「最後は私だね。守崎夕夏、HNは《ユナ》だよ。小夜さんよりは安直かも」
「私よりは捻ってあるんじゃない?」
「最初はそう思ったんだけど、学名を経由してるって聞いた時は負けたと思ったよ」
「うーん、何の勝負?」
ハンドルネームはなるべく本名から離した方がいいからね。偶然にもこの場の三人は揃って本名由来だったみたいだけど、それなりに捻ってあるのだ。
実は私は本名そのままでもよかったんだけど、前から使っていたプレイヤーネームがあったからね。こういうのはノリだ。
ちなみにこのあたりの話はなるべく声をひそめて行われた。用心に越したことはないのだ。
「それで、今日は何する?」
「それなんですよねぇ。朱音さんの体力を考えると運動系は厳しいのはわかってましたけど、外がアレですから」
「どこかのお店に入ろうものならそれだけで迷惑かかりそうだし、映画なんて営業妨害まっしぐらだし……」
「まあ、適当にぶらつきながら思いついたところに入るしかないんじゃない? ……見つけるまでが大変そうだけど」
なんなら二人増えて○Tフィールドが広がるまであるよね。
私もいくつか“いつもの遊び方”くらいはあったんだけど、謎事態のせいで完全に計算が狂ってしまっている。……いや本当に、なにこれ?
ショッピングモールやブティック、フードコートのような安直な逃げ道が片っ端から潰されているから、四人揃って完全にノープランだ。
……と、視界の端に動きがあった。
「……あ、こっちに人が入ってきた」
「向こう側やたら混んでるのにこっちの通路だけ誰もいなかったのにね」
「うん? あの顔、見覚えが……」
その一人だけ近づいてくる人影には、私だけ見覚えがあった。それがそのまま近づいてきて……。
「あれ、朱音?」
「…………お久しぶりですね、ことりさん」
「……じゃあ、ことりさんはこのあたりに?」
「うん。最寄りがここなの」
「そっか、朱音の最寄りから二駅だものね。高校のクラスメイトがいても珍しいことでもないか」
五秒で打ち解けました。
彼女は月宮ことり。私の高校時代のクラスメイトだ。常に周りを固めていた幼馴染組ほどではないにせよ、特に親しいほうの友達といっていい間柄だった。
卒業以来いろいろあってなかなか過去の人間関係にまで手を出す余裕がなかったけど、こんなところで再会するとは。
「それで朱音、さっきの口調は?」
「高校の頃は……というかフォーマルな場では、いつもあんな感じなの。むしろ砕けた言葉を使う相手の方が少ないよ、私の場合」
「うん、私もびっくりした。朱音はずっと高貴というか、模範的すぎるくらいの印象だったから」
「最近は配信の丁寧語調も砕けてきてるけど……」
「あれ、昔の朱音を知っている身からすると違和感すごいんですよ」
そっか、うん。確かにこれはそっちに飛び火する流れだったね。口調を見せちゃったものね。
最近は場の雰囲気で崩れ気味だけど、私の対外的なデフォルトは丁寧語キャラだといっていい。……自分でキャラと呼んだけど、これは間違いではない。
私には昔から、自然とオンオフを使い分ける癖がついていた。ごく一部の身内にしか使わない素の口調と、大抵の場面で使う外向きのキャラだ。
学校では基本的に外向きの方だったから、ことりさんが私の素に触れたのはほとんど初めてのはずだ。最近は身内扱いの相手が増えてきて、そちら側だった夕夏と小夜さんは違和感があるみたいだけどね。
「でも、たった今ことりさんは朱音の素に触れてしまったわよね?」
「え、何。これそういう知ってしまったら逃れられないみたいな流れなの?」
「いや、どちらでも構いませんけれど……」
「そうなの? じゃあ素の方で」
「そっち選ぶならそこで困惑する必要なくない?」
「……急に切り替わってびっくりした今」
……見かけ以上に馴染んでいるようだから、彼女に余計な気遣いは不要だろう。私としても、いちいち切り替えるよりはずっと素の方が楽だし。
そのまま話題の中心はことりに。
「朱音から見て、ことりさんってどんな人だったの?」
「うーん……ソツのない子かな。なんでもしっかりこなすから、クラス委員とかはいっそ私より向いてるんじゃないかとは常々思ってた」
「朱音がクラス委員やってたの解釈一致だわ」
「私から見たら、むしろ朱音の方が大抵のことはちょっと上手だったけど」
あんまり自画自賛になるようなことを言いたくはないんだけど、おそらくこれはどちらも間違っていないのだろう。失礼を承知でいうと、ことりの存在感は綺麗に私に隠れていた。
一方で、通知表の合計値は私の方が3だけ低かった。……皆まで言うな、体育の分だ。
「今だから言うけど、朱音に隠れていたのは半分以上わざとだったよ」
「……うん。そうじゃないかとは思ってたんだよね」
彼女の場合、目立とうと思えば私がいようがお構い無しに目立てたはずだ。私は周囲に持ち上げられる気はなかったんだから。
ではなぜことりはひっそりとしていたのか。その理由は彼女の持つ得難い技能に起因する。
「でも、私にもことりに勝てないことが少なくとも二つあったよ」
「運動と絵?」
「運動は私がひどいのもあるけど、絵画は生まれ変わっても勝てる気がしないなぁ」
そう、絵。ことりは絵がものすごく上手い。
「へぇ……」
「今はプロでやってるよ」
「え!?」
「プロでもおかしくないくらいには上手かったし、そう聞いても驚きはないかな」
「なんで朱音の周りってそうやって当たり前のように才能が集まるの? 私もなんかやったほうがいい?」
夕夏はそのままでもじゅうぶん魅力的だと思うよ。
……ちなみにアカウントを見せてもらったところ、見たことがある人だった。
今度なにかあったらお仕事依頼でもしてみようかな。
実質2話ほどリアルパート。新しい子と精霊の中身です。大事なフラグ立ての一環なので、しばしお付き合いください(そういうことを表で言うな)。