136.魔法剣士カテゴリ細分化の元凶が語る
一度、現時点での攻略の進行度を整理しておこう。
まずベータテスト。これは《幻昼界》だけだったね。
私たちが最初に召喚されたのは《世束》。そこから北進して《追波》、《四方浜》を経て《昼王都・天竜》。しばらく王都で攻略をした後、西に進んで《夜草神社》で幕を閉じた。
……追浜がある割に川崎がなかったり、王都が江戸にしても異常なほど大きかったり、そもそも昼王都のことをなぜ天竜と呼ぶのか(余談だけど、現実にも天竜という地名はある。ただし、静岡県西部に)などとツッコミどころはあるけど、だいたいこんな感じだ。
主な範囲は関東の中でも一部、《四方浜湾》の西側あたりだね。狭いのは仕方ない。王都が広かったし、期間も短かったから。
次に《バージョン1》の昼。主にふたつのルートがあった。
ひとつは王都から世束まで戻ってから西へ進路を変え、《神鞍》、さらに《茅塚》に繋がる西ルート。こちらは途中までは初心者向けだけど、行き着く先はバージョンボスの根城。トキ○シティみたいなものだ。
茅塚より先は急にレベル帯が上がるからまだ開拓されていないけど、代わりとばかりに北上して夜草神社と繋がる道が発見されて、現在攻略中。現実に照らし合わせると、この道中には厚木と相模原があるけど……どうなっているかは不明。まだ手がつけられたばかりだからね。
そしてもうひとつが正規攻略ルート。俗に反時計ルートと呼んだりする。
王都から東へ行って《万葉》へ行き着き、そこから南へ。《如良》、《掲見》、《葱江》(やっぱり悪意あるよねコレ)、そして《瓦ヶ原》と房総半島を一周する道のりだ。
瓦ヶ原から先は現在の最前線である《塩桜》へ向かう道と、ちょうど外房線をなぞって万葉へ戻る道に分かれている。
おそらくこのまま反時計回りに関東地方を一周していくのだろう。このままのペースでいくなら、王都へ行き着くのは2~3ヶ月後くらいになりそうだ。
一方の《幻夜界》。こちらはヨーロッパがモデルになっている。
起点は《夜王都・リベリスティア》。こちらも語源は王都だけ不明だ。なにか意味があるかもしれないし、王都を特例としているだけかもしれない。
こちらも2ルートあって、片方は新規組用。開始時からそこそこのレベルがあったベータ勢が退屈しないよう、途中の街への直通路が開いていたともいうか。
南ルートではまず《ポルト》へ……ではなく、その手前に小さな町がふたつあった。昼界でいう追波や四方浜みたいな立ち位置だね。私は紹介ごと飛ばしてしまったんだけど、《アニタル》と《ファミロ》という。
……名付けの捻りが適当なのはともかくとして、なんで主要街道じゃなくて海沿いの道をチョイスしたのだろうか。出てくるのゴブリンばっかりなのに。
ポルトから先は《コンジ》、《パスカルエ》を経て王都へ戻る。……悪化すらしている名前の適当さはこの際置いておくとして、なぜイタリア半島の南端まで行かなかったんだろうね。後から何かあるのだろうか。
まあ、この辺りの街は覚えなくていいはずだ。特に何もなかったらしいから。
そして北ルートはというと、《フィーレン》と《ヴォログ》という言語をリスペクトしたり蔑ろにしたりと落差が激しい並びになっている。九津堂ってこういうところ節操ないんだよね。
「このあたりで日本人的な感覚を重視したのかと思ったんですけどね。続く現最前線であるこの街、ここは地理的にはミラノにあたるんですけど、ここの地名は《シュピーグ》といいます。日本人にはわかりにくい上に、言語と文化への冒涜甚だしいですね」
〈シュピーグ?〉
〈すまん、わからん〉
〈お嬢はこの夜界全てのネーミングを犠牲にした高尚な街名の意味がわかるのか〉
〈さすがマルチリンガル〉
〈*運営:もちろん作中の地名は全てフィクションですよ!〉
うん、そういう反応になるよね。このどこかから怒られそうな地名は、たぶんそうそうわからない。
イタリアの都市ミラノ、これにただ日本語の音が似ているだけ(綴りを見ればわかるけど、LとRを一緒くたにしている。ここは実に日本人的だ)の英語ミラー、つまり鏡。そして鏡のドイツ語は「シュピーゲル」と……いや、これ以上はやめよう。運営さんもフィクションと言っているし、私がわざわざ闇に触れる必要はないはずだ。
だから紫音、コメント欄で苦笑するのはやめて。しょうじき気持ちはわかるけども。
「改めて、今日はそんなシュピーグからお送りします」
これまでに訪れた街の大半に何かしら特徴があるように、この街にももちろん代名詞はある。
ここは「鏡の街」。もっといえば、ガラスの扱いが盛んな街だ。
「なので、既に呼んでもいないゲストが二人ほど待機していますね」
「いぇーい!」
「ほんとどこにでもいるよねエルジュちゃん」
〈また?〉
〈またエルジュだ〉
クラフター組の中であなただけ登場頻度おかしくない?
「今日は仕入れだよ。ガラス細工も《細工》のうちだけど、さすがに拠点までは移さないし」
「でもガラス細工には手を出す、ってこと?」
「うん」
「ここ最前線だけど」
「友達に連れてきてもらったの」
まあ、それだけみたいだから今回のエルジュちゃんはあっさり去っていった。……誰かと連絡を取りながら。
もしかしてその友達とやらを私にぶつける気では?
それはさておき、もうひとり。
「当たり前のように待ち伏せしてますね、セレスさん」
「ほら、ここ私の街みたいなものだから」
「ここにいること自体はそうですけど、さっきからずっとそこの角に隠れてたじゃないですか」
〈セレスちゃん!?〉
〈普通にセレスちゃんいるのな〉
〈草〉
〈なんでNPCが配信のお約束を理解してるんだ〉
さっき鏡の街といった通り、《鏡の精霊》であるところのセレスティーネさんにとってここはホームタウンだ。
ガラス細工、中でも鏡が名産であるシュピーグにとって、まさにその鏡を司る存在であるセレスさんは守護神にも等しい。街を歩けば崇められるし、工房には平伏されるそうだ。セレスさん当人もよく目を掛けているようで、来訪者がここに到達した時には小躍りしていた。
フィーレンの街でも攻略とともに救出された《火の精霊》さんが同じような扱いを受けているから、ここでセレスさんがそう振舞っていること自体にさほど驚きはなかった。相性最高の街にとって、力ある精霊は地域神のようなものなのだ。
……まあ、それはいいんだ。私が問い詰めたいのはそこじゃなくて、私がここに来た時点ですぐ近くにいたのに、配信を始めてオープニングトーク代わりの解説が終わって私に呼ばれるまでずっとスタンバイしていたことのほうなの。
「暇な時にいつも精霊界から見ていたの。こうするのが広報活動的にいいんでしょ?」
「ほんとなんでそういうところ機敏なんでしょうね、この世界のひとたち……」
〈よくわかってるじゃねえか〉
〈見透かされてんねお嬢〉
〈NPCのほうから面白い展開を狙いに来るの草〉
なんかね、そういうところあるよね。
私たちの一部がやっている配信プレイのことは、双界人たちには“広報活動”と捉えられているらしい。だから一部のノリのいい双界人の方々は最近、それが面白くなるように意識して参加してくれるようになりはじめているのだ。
冷やかしなら遠ざけられたんだけど、彼らは大真面目なんだよね。二陣召喚を終えた綾鳴さんが「遠からず希望する来訪者の無制限召喚を行う」と宣言しているから、少しでも多くそれを呼び込もうと彼らなりに必死なのだ。なにしろ世界の存亡に直結するから。
だから私としても、甘んじて受け入れるしかない。なんか悔しいけど、悪いことではないし。
しばらくセレスさんと話をしていると、街の中心部のほうから近づいてくる影がひとつあった。
……あれは、まだ面識はないけど見覚えはある。完全にこっちに来ているね?
「……エルジュちゃんの息がかかった最後のゲストが到着しましたね」
「ふーん、まだいるのね」
「他人事みたいに……」
〈あんたもだが?〉
〈もう挙動も反応もプレイヤーなんだよな〉
〈自分と同類だってわかってる言い回しなんだよな〉
〈お嬢側にすら立たんのかこの精霊〉
いやほんとね。ゲスト側として同類の仲間を迎えて、ホストたる私を茶化すほうに回っているの、このNPC精霊。なんなんだろうね。
おかげでその一挙手一投足が撮れ高になるから、私としては止める理由にはならないんだけど。
「私はよく魔法剣士と呼ばれますが、実は来訪者に魔法剣士は私以外にもいるんですよ」
「そうなの?」
「合いの手完璧ですねセレスさん。……その魔法剣士の中には二種類がいます。片方が『魔術型魔法剣士』、物理で守りながら近距離魔術を撃つタイプ」
「ルヴィアちゃんはこっちのタイプだよね」
「はい。なんなら純粋なこのタイプは、今のところ私しかいません」
なんなのセレスさん? 合いの手が上手すぎて喋りやすすぎるから逆に調子が狂うんだけど?
ちなみに、広義的にはこのタイプにはクレハやジュリアも含まれる。ただあの二人は「物理で攻めながら一応持っている魔術でもたまに攻める」という超攻撃特化タイプだ。私とは性質が違うね。
「もう片方は、『物理型魔法剣士』。これは平たくいうと、《陰陽術》を補助に使いながら物理攻撃を主軸とするスタイルです」
「なるほど」
「そんな『物理型魔法剣士』の筆頭格が、こちらに見える彼女ですね」
「こんにちは、チカです! まっとうな方の魔法剣士やってます!」
〈草〉
〈チカちゃん!?〉
〈チカちゃんこっちデビューか〉
〈チカちゃん飛ばすなあ〉
〈おい言われてんぞお嬢〉
……間違ってはいない。幻双界において魔法剣士のイメージは彼女のようなタイプだ。
一方で私のような戦い方は、双界人の中でもかなりマイナーだ。一般層にはそもそもできないし、できる超実力者ならレベルに縛られづらいぶん片方に集中した方が強いから。
初対面でいきなりぶちかましてきたけど、彼女がヤバい人というわけではない。彼女は配信をよくわかっているだけだ。
チカさん。魔法剣士というのは便宜的な名称で、槍と《陽術》を得意とする超ハイスピードアタッカーだ。
「そしてご存知の方もいるかと思いますが、彼女はイルマチャンネルの準レギュラーです」
「といっても、呼ばれた時だけだけどね。イルマさんはルヴィアさんみたいによく現地コラボするタイプだから」
〈なるほど〉
〈お嬢にとってのイシュカみたいなもんだよね〉
〈チカが準レギュラーならここのイシュカもそうじゃん〉
〈準レギュラー不在とはなんだったのか〉
……うん、チャンネル概要欄にある“準レギュラーなし”の文字は後で消しておこ……あ、もう消えていた。さすが玲さん。
彼女が今言った通り、イルマさんは基本一人で近くの一般プレイヤーを頻繁にゲストに迎えるスタイルを取っている。ブランさんと違って活動開始が遅かったから、私がトップ層に作った配信的な地盤をある程度そのまま使えたんだよね。
だけど彼は純魔だから、私と違って完全ソロはできない。だから都合がつくゲストがいない時は、準レギュラーと呼ばれる面子の中から暇な人を呼ぶ形式になっていた。その準レギュラーのひとりが、このチカさんというわけだ。
だからチカさん、かなり配信慣れしている。それこそイシュカさん並みに。
「でも、これまで私とは接点なかったんですよね。ちょうどそろそろ接触しようかと思っていたところでした」
「ちなみに前までは避けてたけど、これはイルマさんと同じだよ。実態が違ってもどうしてもイルマチャンネルとして見られがちだから、チャンネル主の意向に合わせてたの」
〈健気だ〉
〈健気な子じゃん〉
〈もしかして久々に普通の子来た?〉
〈お、イルマチャンネル未視聴か?〉
〈本性知らない人達が騙されてる〉
イルマさんの意向というのは、「のちのち『ルヴィアのおかげ』と言われないように、自分が自力である程度有名になるまではルヴィアから距離を置く」というものだった。どうやらチカさん含む準レギュラーたちもこれに追随していたようで、これまで面識がなかったんだよね。
ただ、最近イルマさん本人がそれを解禁した。ならば私も準レギュラー陣に接触しようか、と考えていたところだったのだ。
「エルジュちゃんの護衛をしていたのは……」
「都合が合っただけの友達だよ。あの子、だいたい誰とでも友達だから特別ではないでしょ?」
「それは確かに。たぶん友達100人は余裕でいるよね」
〈*Hayate Ch.:友達その1〉
〈*カナタのサブ:友達その2〉
〈*ユナ:友達その3〉
〈錚々たる友人帳〉
〈トッププレイヤーみんな友達でしょ〉
〈頑張りすぎて接点的にこれ以上友達が増えないのを嘆く子だぞ〉
…………そんな感じで普通に雑談が盛り上がっていたんだけど。
「……ねえ、ルヴィアちゃん。まだ出発しないの?」
「え?」
「もしかしてセレスさん、攻略についてくるんですか?」
「もちろん」
〈は?〉
〈え?〉
〈ちょ、え?〉
〈待ってなんて〉
〈うせやろ?〉
〈*ユナ:今すごいこと言わなかったセレスさん?〉
はい、爆弾発言。この人はほんとにもう……。
あれ、作中に日付が追い越される……?