14.バージョン0「みんなのトラウマ」ランキング堂々の第六位
そんな順位で堂々とするな。
MMOにおいて、レベリングとは呼吸である。
……さすがにそこまでは言い過ぎかもしれないけれど、大胆にもレベル制から距離を置いている一部タイトルを除いてレベリングは多かれ少なかれ必要になるのは間違いない。
戦闘職なら狩り、生産職なら生産。それぞれのプレイスタイルで経験値を手に入れて、自分のレベルを上げることでできることが増えていくのがMMORPGだ。
もっとも、VRMMOではこの鉄則が一部崩れることになると思う。他のゲームにないような広い仮想世界そのものを楽しむプレイヤーも、サーバー無制限解放後ではあるだろうけれど、大きく増えると思うから。
VR観光とか、VRアクティビティとか、VRバーベキューとか、それだけのソフトならもうある。ただ、せっかくなら現実世界のように果ての見えないオープンワールドでやりたい、という声も少なくないそうだ。
あるいは、レベリングが作業ではなくなるか。
従来のMMORPGでは、レベリングというのは基本的に作業。タイトル次第ではゲームらしいプレイングが要求されることもあったけど、慣れれば慣れるほど、ボタンを押すだけという作業感は拭えなくなるのが実情だった。
だがVRMMOでは、狩りは真に狩りだ。生産は本当に生産だ。自分の手で剣を握って行う戦闘、自分の手で道具を持って作るアイテム。もちろん人にもよるだろうけど、こう思う人も少なくないだろう。
レベリングそのものが楽しいと。
これまでのディスプレイ式ゲームでもレベリングを楽しむプレイヤー自体はいたが、それは大抵「レベルが上がるのが嬉しい、楽しい」だったと思われる。
レベリング作業そのものが楽しいというプレイヤーは、少なくともこのVRゲームにおいて急増するだろう。
そして、この「レベリング自体が楽しい」という要素、MMOにおいてはとても重要なのだ。
少しでも多く長くプレイしてもらうために「いかに楽しく作業させるか」を突き詰め、これまではプレイヤーたちの目の前にバナナを吊り下げてきた彼ら。だがこれからはプレイヤーがバナナを自力調達してくれるのだから。
すなわち、それだけで寿命が伸びる。運営はその分、細かい部分の面白さにリソースを割ける。
そうして私たちは、MMOに起こった革命を甘い蜜として享受できる……可能性がある。長々と語っておいてなんだけど、そこまで上手くいくかは誰にもわからない。そうなるといいな、という妄想だ。
で、なんでこんな話をしているのかというと。
レベリングが楽しいからである。
さすが最前線、経験値美味しい。スポーツ感覚のレベリング万歳。
うさぎ天国、鹿公園ときて、私がここ三日間を過ごしている三番道路はイノシシ地獄……かと思いきや、そんなことはなかった。強いていえば動物園か。
確かにイノシシもいる。割とゴロゴロいる。ただ、同じくらい鹿も多い。目をギラつかせた暴走鹿がやたらとたくさんいるのだ。
これがかなり速い。イノシシがパワー型だとするなら、鹿はスピード型。今思えばうさぎさんは狂っても癒し枠だった。
おかげでMobごとに優先して上げるスキルを選べるのはありがたいところだ。鹿なら《パリィ》と《片手剣術》、イノシシなら《回避》と《植物魔術》を重点的に。《風魔術》は両方で補助と詰めに使えた。
王都までの攻略チャートは完全に一本道だから、その中で最大限幅広いプレイヤーが同じフィールドで楽しめるようにしているのだろう。
「……《ゲイルプロード》っ!」
《風魔術》の新技だ。自分または特定地点を中心に、小範囲の自分以外に高火力を叩き込む範囲攻撃。射程は短く消費も大きいが、火力はかなりのものである。
うまく怯ませてこれを叩き込めれば、半分近く残ったイノシシのHPが消し飛ぶ。戦いながら詠唱をする練習にはちょうどいい。
最初のうちはMobをトレインしない立ち回りが大変だったけれど、だんだんレベルも上がって一人で挟まれても問題なく捌けるようになってきた。むしろ一対多は経験値効率が良いので歓迎なくらい。もちろん、過ぎたるは及ばざるが如し、ではあるけれど。
火曜日に休みを作った私は水曜に配信を流して、レベリング以外にやることがなくなってきた木曜、つまり今日も配信をお休みしている。
火曜日に敵の撮影と軽い解説をした動画はアップロードしておいた。……ものすごい勢いで伸びている。暴走鹿が正面から突っ込んでくる映像、確かに迫力は凄かった。
あとはアーカイブもそうだけど、有志による切り抜き動画もかなりの注目を集めていた。さらにはファンアートすら出てくる始末。なんとなく察してはいたけれど、もはやVtuberだ。
なんだか気恥ずかしいけれど、これはこれで嬉しいものだった。
「……やっぱり、喋りグセはつけておいた方がいいのかな」
配信していなくて誰にも見られていないのは楽ではあるんだけど、早くも配信慣れしてしまったのだろうか。レスポンスがないのがなんとなく寂しい。
喋ればコメントが返ってくるって、思えば凄いことだ。明日からはもう少しだけ意識してみようか。今のところ、コメント欄を見ながらでも余裕があるし。
「そこのお嬢さん、よければ俺たちと一緒に狩りをしないかい?」
……なんだか凄く古風なナンパを受けた。
振り返ると人影は三つ。……全員エルフだ。
「エルフって、群れるものなんですか」
「この街に来てから流れで集まったんだ」
「エルフ自体は沢山いますけど、掲示板で時間が合う人とパーティ組んだらこうなったんです」
とりあえず自己紹介を済ませる。
まず近接火力担当の細剣使いがアルフレッドさん。乙女ゲームの攻略対象のような華がある王子様タイプのイケメンだ。片手剣に盾というスタイルも相まって、狙ったようなキャラとなっている。
次に大弓を背負った遠距離火力の男の子……男性がジルさん。アバターは子供だけど、声は少し低め。言葉遣いもやや粗野で、少年の振りをする気もないらしい。不思議なバランスながら、意外と違和感がないものだ。
そして最後、錫杖を手にした神官の女の子がユナさん。楚々とした雰囲気で、まっすぐ下ろした長いブロンドも相まってお姫様みたいだ。どちらかというと小柄なんだけど……エルフらしからぬメリハリの効いたスタイル。さりとて大きすぎはせず、視線を引き寄せすぎずに美貌を際立たせている。
「……なるほど。確かにバランスいいですね」
「エルフはタンク以外ならだいたいできるからな。やられる前にやれ、が普通は基本方針になるが……」
「ルヴィアさんと一緒にできたら、もっと効率よくできるかなって思いまして」
私を見かけて、声をかけようと発案したのはユナさんらしい。確かに私はこのパーティにぴったりだけど、男性陣は迂闊なこと言えなかったのだろう。それは仕方ない。
見たところこのパーティ、発言力的にはユナさんがかなり強そう。傍から見ているとその方が安心だけど、柔らかな第一印象には見合わないバイタリティだ。
どうであれ、彼らはこの三番道路奥地を狩場にできる最前線プレイヤー。私も今後とも関わりがあるだろう周囲のプレイヤーと交流を深めておきたいところだし、断る理由はない。
「それなら、ぜひ。私はパリィタンクですね?」
「うん、そうしてもらえると嬉しい」
パーティ申請、間をおかず受理。リーダーはやはりユナさんだった。こういうパーティのお約束だと、イケメン剣士がまとめ役と相場が決まっていそうなものだけどね。
「一歩引いて見られるのもあるんだろうけど、ユナさんが一番統率が上手いんだよ」
「なるほど。そういうことなら、お任せします」
「はい、任せて……って、14レベ!?」
「さすがソロだな」
「その分リスクも大きいですけどね」
今のところ、という注釈はつくけれど、このゲームはソロでも問題なく前線をひた走ることができる。だが本来は、ソロとパーティは一長一短だ。
ソロは経験値効率がパーティより良く、時間の都合を合わせる必要もない。しかしその分ひとつのミスが命取りになるリスクも大きく、今後もそのままソロで進み続けられる保証はない。
パーティは安定感が増して、狩場次第だけどドロップアイテムの効率は若干ソロを上回る。が、当然ながら時間の都合や人間関係などいろいろと起こりうる。しかもリスクリターンの調整なのか、経験値は人数が少ないほどボーナスが掛かるらしいんだよね。
だから、DCOではパーティプレイ専門のプレイヤーは比較的少なくなると思われる。攻撃のすべを一切持たないヒーラーというのも減るだろう。
私やこの三人を含めて、ソロもパーティもどちらもやるという人が増えるのでは、と私は予想しているけれど、果たして。
「《アタックブースト》……どうぞ」
「……よし、クリった」
「ルヴィアさん、来るよ!」
「左に流します。……今!」
「よしきた!」
敵を見つけるとユナさんがパーティ全体へ攻撃バフ。暴走鹿がこちらを向く前に、横からジルさんが首筋へ射掛ける。急所への先制攻撃が入ればターゲットがこちらを向くから、私が前に出て突進してきた鹿をいなす。
受け流す途中で一瞬だけ力を抜いて鹿のバランスを崩し、足が緩んでただの的となった鹿にアルさんが襲いかかった。痛烈な斬撃から連続突きの追撃まで貰ったところで鹿が持ち直し、角で反撃。アルさんが一歩引いてこれを避けると、手の空いた私が反対側から鹿の首を落とした。
「安定してきましたね」
「タンクがいるだけでこんなに楽なのか……」
「感覚が狂うかもしれんが、VRMMOでパリィタンクって普通の反射神経じゃできないからな」
「アルさん、《パリィ》スキルも持ってますもんね。レベル3で」
「ちょっと、それは言わない約束だって!」
三番道路のかなり奥まで来たけど、レベルが上がってきた敵もこのパーティならものともしない。確実にソロより討伐効率はいいだろう、鹿もイノシシもほぼ1サイクルで仕留められているし。
……実際、パリィは一般には超高難度の技だ。志して早々に夢破れた剣士は多いらしい。剣を使うプレイヤーの大半が少なくともパリィを取っていて、そのうち実用できているのはごく一握りだとか。ソースは掲示板。
「ああ、安心してください。今日は配信はしていませんから」
「そうなの? よかった……」
「待てアル。配信は、って言ったぞ今」
「録画はしてます。一応」
「えっちょっ」
「戦闘部分は投稿しますけど……今の会話がオンエアされるかどうかは、編集をお願いしている運営さん次第ですかね」
「後生だからカットしてくれ……」
からかうのは楽しいけど、この話題は大半の剣士プレイヤーに刺さるからね。割と範囲攻撃だったりする。なんならこの会話がなくても察されると思うよ。だからこそ録画を送ったら切り抜かれそうだけど。
パリィを使わない剣士プレイヤー、それは儚く散った屍の山……。
──さて、そんな他愛もない雑談をする程度には余裕があった私たちだけど。
「……皆、十時方向に敵です」
「了解……え、あれって」
「やっぱりいたんだ。これまで見なかったし、レアMobだと思うけど」
「ああ、予想はできてたな。いてもおかしくなかった、狂化イノシシは」
三番道路も後半、もうそろそろ王都手前という位置。普通の状態でも《クレイジーディアホーン》と遜色ない強さを誇るイノシシが、ついに狂化されて現れた。
正直、ソロだと怖いところだった。今や元のイノシシなら完封できるとはいえ、これは確実にレイドボスを除けば王都到達前で一番強いMobだ。ステータスの上昇量次第では、今の私でも厳しいかもしれない。
逆に、私のいないエルフ三人パーティでも厳しかっただろうね。予想される能力を考えると、タンクなしで戦うにはかなり不安だ。
本当に、四人でよかった。
「いきますよ。《アタックブースト》」
「……命中。頼んだ、ルヴィアさん」
「ええ。《クリーパーヴァイン》」
開幕狙撃からの転ばし罠。地面でどれだけ削れるか……。
「……えっ」
「止まらないか……」
「仕方ない、右に流します」
「支援しますね。《ディフェンスブースト》」
うまく引っ掛けたはずなんだけど、勢いがありすぎたようだ。突っ伏すかひっくり返るはずの転倒が、勢い任せに一回転して元に戻ってしまった。
さすがに予想外の挙動だったけど、さすがはトッププレイヤー。しっかり準備していたユナさんから貫通ダメージを軽減する防御力上昇のバフをもらって、パリィ!
「くっ……火力ヤバいですこれ!」
「任せて!」
「《キュアヘルス》!」
「ありがとう!」
「喰らえ」
「《ゲイルプロード》!」
激戦だ。もはやセリフだけでは伝わらないだろう。
大きな貫通ダメージを受けながらも私がイノシシを無理やり弾くと、すぐさまアルさんが攻撃。フレンドリーファイアを避けるためにすぐ退く。
間髪入れずに挟まれたユナさんの《治癒術》を受けつつ、私も《風魔術》で追撃していく。さらにジルさんも攻撃を加えて……。
それでようやく、四分の一。同じようなことをさらに三度繰り返して、ようやく倒すことができた。失敗したらリカバリーが利かなかったから、消耗はかなり大きい。
しかも最後、明らかに突進の速度が上がっていた。ボスでもないのに怒りモード搭載とは、もしやいよいよ殺意がログインしてきたのだろうか。
とはいえ、同じ削り方を繰り返すやりかたで押し切ることはできている。そのあたりはまだまだ低級のAIということなのかもしれない。
「下手をしたら負けてましたね」
「ソロやバランスの整ってないパーティが遭遇したら、かなりヤバいかもしれないね……」
通常イノシシの時点で充分強いのに、そこから全ステータスが上がっている。かなり素早くなっている上に、火力は倍以上、耐久力に至っては3倍くらいになっていた。
おかげでパリィ判定が渋くて、少しズレてしまったのが先の結果。パリィは完璧に決めればダメージを受けないはずだから、弾きはしたものの失敗の部類だ。
その上で、完全に失敗したわけではないのに軽減された貫通ダメージだけでHPが半減近く。私の紙耐久もあるとはいえ、火力が高すぎて目を疑ったよ。火属性でもないのに、まともに受けたらエルフは一撃では?
「レアMobってよりは、徘徊型のフィールドボスだと思った方がいいかもしれんな」
「掲示板に書き込んでおくね」
「後で動画も上げましょうか」
この「後で」は本当に「後で」だ。昨今の技術の進歩によって、簡易編集であれば本当にすぐできあがるほど発展しているから。
私が撮っている動画は手元の撮影終了ボタンを押すごとに運営さんとの共有ストレージへ送信されるから、今日中には投稿されることだろう。こんなバトル、宣伝材料に飢えている運営が放っておくはずもない。
「魔化石は小。やっぱりこれまでより格上か」
「他のドロップは少し質がいいとはいえ、普通の猪と同じ。経験値は美味しいですけど……強さを考えると、狙うべき敵ではなさそうですね」
このパーティではドロップは均等分配だけど、一個しかない小の魔化石は恨みっこなしのダイスロール。……ユナさんが引き当てた。今のところインベントリの肥やしだけどね。
MPポーションが尽きるまで狩りを続けて、なくなれば大人しく退くことに。今日はあくまで狩りだから。
いよいよ王都もすぐそこ。攻略プレイヤーたちは明後日の土曜日、足並みを揃えてボスを倒しにかかろうという話が持ち上がっている。多ければ50人規模になりそうだ、と掲示板で言われていた。
四方浜の街に戻って、フレンド登録してパーティ解散。ついでにエルフの種族掲示板を教えてもらった。今後はそちらも目を通すことにしよう。
ソシャゲとかの周回って私はあんまり得意じゃないんですけど、VRMMOなら楽しそうだなって思うんですよ。
次回は火曜日、初めてのボス戦準備から。ここまででいったんキャラを整理します。
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