132.猫ちゃんはかわいいなあ
翌9月3日。午前中は台本を読んだり、さっそく連絡をくれたリリアさんとVR空間で慣らしをしたりしながら過ごして、午後からダイブ。
ひとつのけじめのようなものなんだけど、私は午前中はDCOをやらないようにしている。できることは他にもあるし、私は特に体が弱いからね。……とはいえこれからはVRのお仕事がさらに増えるから、ローカル空間は仕方ない。
〈リリアちゃんいいとこに目をつけたな〉
〈ほーん、それでか〉
〈突然お嬢とリリアが相互になってたもんな〉
〈界隈にはお見通しだぞ?〉
……これは表には出していなかったんだけど、バレていた。SNSアカウントで繋がりを持っただけなのに。
まあ、別に知られて困ることではない。リリアさんは以前からVRへの興味を示していたようだから、さほど驚かれてもいないし。
そんなこんなで《バージョン1.1》3日目。昨日はログインはしたけど配信はしていなかったから、実質2日目ともいえるか。
今日は一昨日渡してあった《桜怪道》のコアをエルジュちゃんから受け取ったところからスタート。
○妖桜魂
分類:アクセサリー(特殊)
スキル:《虹魔術》、《植物魔術》、《片手剣》
属性:風
品質:Epic
性質:《迷核》、《想装》、《不壊》、プレイヤーレベル連動、《虹の鏡》対応
所持者:虹剣の精霊・ルヴィア
製作者:エルジュ
状態:正常
DEX+12、MATK+25、MDEF+7
○固有能力:《???》
桜怪道のボスと同じ風属性の宝玉だ。基本的な性質はだいたい同じだけど、縁は存在しない。
エルジュちゃんが気合を入れて作ったおかげだろうか、スペックは《神石・極光》よりも少し高くなっているようだ。その上で能力上昇はDEXにかかっていて、やや攻撃的。
それに加えて、何やら未開放の固有能力がついていた。気になるけど……これは使えるようになった時に考えればいいか。
「今日はコラボです。合流前に少しフライトして、それから一緒に攻略ですね」
〈お?〉
〈そんなの告知してたか?〉
〈初耳だが〉
〈なんかブランが緊急告知してるぞ〉
ちなみにそれが決まったのはついさっきだ。急に提案がきて、私の方に特に予定がなかったから二つ返事でOKを出した。要は穴埋めの助っ人である。
ただ、私は現地のポータルをまだ開いていない。コラボ前の準備運動がてら、手前から飛んで街に入ることになる。
「コラボ相手は5人、うち3人は知り合いですね。……ただ、残り2人のうち片方とは……ちょっと撮れ高があるかもしれません」
〈撮れ高つったか今〉
〈ついに自分から波乱を撮れ高って読みやがったな〉
〈そういうとこやぞ〉
〈あの二人のどっちかと何かある?〉
事実だから仕方ないのです。
ほら、今もカメラが点滅している。これは向こうで見ている玲さんが配信映像に簡易クリップをつけている印だ。
今日はまず《如良》に飛んでエルジュちゃんと接触したけど、配信を始めたのは《掲見》だ。行くところは決まっているから、余計な移動は配信前に。
今日はここから北東へ飛ぶ。房総半島の東側に沿うルートだ。
「ここから割とすぐのところに、《葱江》という悪意しかなさそうな名前の村がありますが、ここはポータルだけ拾って素通りとします」
〈草〉
〈背負われてるじゃん〉
〈もしかしてシャチおる?〉
小さな村だけど、どうやら「海の魔物専門の凄腕テイマーがいる」と噂らしい。今は近海の制海権が戻っていないから、活動はできていないのだとか。
攻略的にはクエストによる足止めもなく通るだけの村だけど、今後ここで何かあった時のためにポータルは開いておく。それが済んだらまたテイクオフ。
「そしてこの長めの道をしばらく……私は飛行で楽をしていますが、しばらく進んだ先の町が、次の目的地ですね」
〈だいぶ進んだな〉
〈一気に攻略できてる〉
〈トップ勢が詰めてるからな〉
〈今は後方が静かだもんなぁ〉
ここ、町の名は《瓦ヶ原》という。立地的にはおそらく茂原市のあたりなんだけど、このかすってもいない名前はどこから……と一部プレイヤーは激論を交わしたらしい。
ちなみに、結論は瓦斯のことではないかとなったそうだ。確かに漢字表記だと合うし、茂原は日本一の天然ガスを擁する資源都市だ。そうと思えばしっくりくる。
ただ、この世界の瓦ヶ原にガスは現状見つかっていない。科学より魔術の世界だし、あっても困るけどね。
代わりに盛んなのは焼物だった。たぶん開発班は連想ゲームで世界を作っている。
「そんな瓦ヶ原ですが、ここは今の最前線です」
一昨日から実装された《人類圏システム》の、昼界における初めての適用例でもある。……ただし、個別のクエストがなかった葱江もセットのようだ。掲見を出たあたりからここまで、なかなかの広範囲が圏外とされているようだ。
前に最前線を紹介してから、もう9日が経っている。その間に昼界では掲見が攻略され、その後の道中を経てここ瓦ヶ原に到達して、そこのクエストも佳境に入っていた。
私は相変わらずあちこち飛び回っていることもあり、触れていないうちにここも今日か明日あたりに解放が済みそうな情勢。
さすがにそろそろまずいし、いいかげん前線にも貢献したい。そんなところで誘ってくれたのが、今回のコラボ相手だったというわけだ。
「そんなわけで……っと」
「あ、ルヴィアさん」
「ごめんなさい、待ちました?」
「いや、今準備が済んだところだよ」
「テンプレのようなイケメン回答ですね!」
「ブラン、今お前5000人の目の前で嘘ついたぞ」
〈草〉
〈おっ明星〉
〈ここの本格コラボ久々やね〉
〈確かに一人おらんな〉
確かにデートみたいなやりとりだったね。向こうには四人のパーティメンバーがいるし、お互い配信リスナーはいるんだけど。
というわけで、今回は《明星の騎士団》トップパーティへの助っ人だ。ブランさんとのちゃんとしたコラボは久々……というか、パーティを組むのはもしかしなくてもベータ初日以来?
五人のうち三人とは何度も関わっている。リーダーのブランさん、双剣に慣れてきた様子のカナタさん、次の精霊進化となるのがほぼ確実なメイさん。
「初めまして……ではないんですけど、私の配信では初めての方がお二人ですね」
「鬼のタンク、テンドーです。よろしく」
「ベルベット、猫のヒーラー……にゃ」
……うん?
「ごめんなさい、ちょっと耳バグったかも」
「あ、いや、たぶん間違いじゃない……にゃ」
「んーー???」
〈お嬢がガチ困惑してる〉
〈こういう露骨なの初めてだな〉
〈ベルベットはかわいいなあ〉
だめだ、耳……というか聴覚エンジンの不具合が直らない。ちょっと妙な翻訳ソフトとかが入っていないか確認してみよう。
……私がメニューを開いたところで、見かねたブランさんが口を挟んだ。
「ベルベットはこの間ちょっと色々あってね。昨日から三日間猫語の罰ゲーム中なんだ」
「ね、ねえリーダー、やっぱりルヴィアさん困ってるし、この枠は……」
「ベル。約束は?」
「…………ぜ、絶対、にゃ」
〈ぅゎカナタっょぃ〉
〈草〉
〈何やらかしたんだこの子〉
〈よりにもよってお嬢の枠で〉
ちょっと待ってね。再起動するから。
テンドーさんは優男系のイケメンだった。同じ黒髪の鬼でも、浅黒いマッチョのリョウガさんと色白の細身であるテンドーさんではだいぶ印象が違う。
ただステータスはしっかり肉弾戦型のようで、防御タンクに見合ったVIT-STR系らしい。この世界では見た目とステータスが一致しないのはいつものことだ。
で、ベルベットさん。赤毛で小動物系の顔立ちをした猫獣人で、普段はちょっと勝気な女の子だ。私よりは年上のはずだから、女の子というとあれだけど。
だけど一昨日、賭けに負けてしまったらしい。罰ゲーム中とだけは私も聞いていたからさっきはああ言ったんだけど、なんでも事前にその際の賭け金として「三日間猫語」を認めてしまっていたようで、昨日からこうなのだとか。
「なんというか……頑張ってください」
「そ、そんにゃ……」
「けっこう馴染んでるじゃないですか」
「メイ……あんたとバスターだけは許さない……にゃ」
「かわいー。やっぱりベルはそんな感じでいるのが一番かわいいですって」
なお賭けに勝った側であるメイさん(ベルさんと同い年らしい)はこの通りだ。自分も「負けたらホーネッツさんに体のサイズを教えて好きに服を作ってもらう」という賭けをしたというのに、勝っただけでこの調子である。
……あれ、賭けの内容それだけ? 私、別に賭けとかもないのにやられている気がするんだけど。
「……ベルベットさん、次があったら私を呼んでください。メイさんを負かせて引きずり込んでやりましょうにゃ」
「にゃ、ほんと!? それならぜひお願いするにゃ!」
「ちょ、ちょっとルヴィアさんそれはズルい……って待ってなんで猫語が伝染ってるんですか」
「いいかにゃ、メイさん。猫語は、みんなでやれば恥ずかしくないのにゃ」
「にゃ、にゃんですって……?」
「まあ嘘ですけど」
「一往復でハシゴ外すのやめてくれません?」
〈草〉
〈お嬢ェ……〉
〈こいつほんま〉
〈やるようになったよなあお嬢も〉
〈*マネージャー:切り抜きました〉
〈うお!?〉
〈なんだいきなり〉
〈マネさんGJ〉
〈お嬢マネージャー雇ったのか〉
出来心だ。思ったより恥ずかしかった。これを約束とはいえ配信下で遂行しているベルベットさんの心中を察するとともに、なぜそんな賭けを受けてしまったのか気になるところだ。けっこうキツイよ仮にも成人女性がこれやるの。
そして玲さんがコメント欄に出現。……まあ、これは仕方ないか。配信状態でやった悪ふざけは切り抜かれても文句はいえない。存在そのものが驚かれているのは、一昨日はこういう出没がなかったからだろう。地味に配信初登場だ。
しばらくじゃれ合ってしまったけど、そろそろ切り上げようかというタイミングでカナタさんから声をかけられた。このあたりのバランス感覚、さすがはカナタさんだ。
「このくらいにしておきましょう、メイちゃん。話に入ってこられない男勢が捨てられた子犬の顔してるから」
「あ、はい。じゃ、本題はCMのあとですね」
「この番組は、株式会社九津堂と、ご覧のスポンサーの提供でお送りします」
「即座に乗るルヴィアさんも何者なのにゃ……」
このあとしばらくDCO女子の間で猫語が流行って、猫耳カチューシャ(頭部アクセ)が飛ぶように売れたそうな。