127.DCO開発部にて
「次の唯装のグラこれでいいかな」
「お、ええやん。男女兼用っぽいけど、これ誰想定?」
「徒手格闘の鬼人族。で、こっちが精霊向けの素案なんだけど……」
「いや《ミストルトゥロッド》と被りすぎだべ。いっぺん杖系から離れた方がよくない?」
「やっぱり?」
八月下旬。世界初のVRMMO 《デュアル・クロニクル・オンライン》の開発運営チームは、今日もいつも通り仕事に没頭していた。
彼らの作り上げたものがゲームとなり、万を超えるプレイヤーたちの手に触れ、配信を通して数百万の人々へ届くのだ。気合いも入ろうというものである。
格闘用グローブのグラフィックと木杖のラフ画を前に二人のスタッフが相談しているのは、一部の高レベルプレイヤーだけが手にすることができる唯装の外見だった。なにしろやり直しの利かない代物だ、作る方も相応の熱意と責任感がある。
なお、大まかにどんなものを作るかは《エルヴィーラ》が決めているから、それを気にする必要はない。スタッフが考えるのは、細かな性能とビジュアル、そして名前だ。
「エルヴィーラ、できたデータを送っておくね」
「……はい、確認しました。ありがとうございます。次の依頼は……これですね、出力します」
エルヴィーラとは、DCOの開発システム中枢に存在する特殊なクリエイターAIのこと。正式名称を《リメイカー・エルヴィーラ》という。
彼女の仕事は主に四つ。自動生成が可能なデータの作成、開発チームによる制作が必要なデータの提示、チームから受け取ったデータの配置、そしてスタッフに呼ばれた時のサポートである。
生成や配置の対象には、スタッフが素材を作ったマップデータも含まれている。つまり、幻双界は彼女が創っているといっても過言ではない。……いや、“創り直している”の方がエルヴィーラの認識的には正しいのだが。
彼女は創造神ではない。幻双界を創った(ことになっている)存在は別にいる。エルヴィーラが行っていることは、散逸した世界の構成要素の収集と再構築。故に《リメイカー》というわけだ。
「それと、このダンジョンのテストをしたいんだけど」
「わかりました、ダンジョンを複製しますね。テスターさんの準備をお願いします」
「ほんといつもありがとうね。エルヴィーラからすれば、テストの理由はわからなくても仕方ないのに」
「まさか。簡単に作りすぎて来訪者の方々が鍛え足りなくなったら、後で困りますから」
……無論、クリエイターAIであるエルヴィーラは難易度調整のようなゲーム作りに必要な作業に疑問を抱くことはない。それを知っているはずのスタッフがこのような会話をしているのは、エルヴィーラがあまりにリアルだからだろうか。
エルヴィーラはDCOの開発統括システムなのだが、その一方で非常に精巧な疑似人格を有した人工知能でもある。ゲーム開発に支障が出ないよう作成段階でしっかり手を入れられてこそいるが、基本的には人間とほとんど変わらない情動や思考ができる。
これはゲーム内に存在するほとんどのNPCも同様で、学習能力はおろか感情や記憶さえ有している。かなりの精度で人間の意識が擬似的に再現されているのだ。
ただし、あくまで擬似的なものだ。もともと想定されていない事象には対処できない。
たとえば、幻双界の中の存在であるNPCに機械科学やAIなどの話を振っても「よくわからない」と首を傾げられてしまう。……これは技術不足とも、セーフティともいわれているが。
その点、《鏡の精霊・セレスティーネ》に《セイクリッド・サーガ》の話をしたルヴィアは危ない橋を渡ったといえるかもしれない。前もってそれを想定して作成していたスタッフのお手柄だろう。
閑話休題。
「あ、主任。お疲れ様です」
「お疲れ様。特に問題はない?」
「はい。全て順調ですよ」
軽いテストプレイが成功裏に終わって数分。コントロールルームに一人の女性が入ってきた。最近はルヴィアに次いでメディア露出が増えているDCO開発主任、南瀬悠香その人である。
雑誌の取材を受けていた南瀬はコントロールルームを見回し、不測の事態が起こっていないことを確認する。ちょうど手が空いていた数人以外が振り返っていないことを確認してから、軽く手を叩き口を開いた。
「それじゃ、予定通りミーティングしましょう。一旦手を止めて」
その一言で大半のスタッフが、残る者も一分とかからずに作業を中断した。
コントロールルームの配置はそのまま会議ができる形になっているから、移動の必要はない。会議室を別で使わないのはズボラなわけではなく、会議中も近くに作業PCがあった方がスムーズだからだ。
「さて。まずは各部署、何か連絡事項があったら」
「はい。GM班ですが、ついにPKが出ました。例のシステムを導入しようかと」
「意外と長持ちしたな。協力型だとしつこく念押ししたのがよかったのか?」
「ベータの時に派手に迷惑行為のBANが出たからでしょう」
「あー、あれか。確かに反面教師には充分すぎましたね」
DCO開発部のミーティングでは、いちいち全部署に実行中の作業を報告させることはない。各々の担当で覚える必要がない内容まで頭に入れさせないための方策だ。必要なことはショートカット動作で担当者に質問を送れるようになっている。
もっとも、スタッフたちは自主的に他の部署のことを知りたがることが多く、そのような場合は手が空いた時に見に行くことが多い。南瀬はこれを見て、いっそ作業報告もさせた方が効率がいいかもしれないと薄々感じているが。
「……広報班からは以上です」
「他には……なさそうね。じゃあ、それぞれアプデの準備は念入りに。本題に入りましょうか」
「まずは九月イベントですね」
連絡が終わると、あらかじめ決めてあった内容の会議に進む。今回の議題のひとつめは、月例限定イベントの内容だった。
バージョン1のメインチャートの大筋は既に決まっているが、月例イベントは毎月プレイヤーの声を聞いて決めることになっている。
「まずは、今月のイベントの反応はどうだった?」
「全体的には上々ですね。特にB鯖とC鯖、横割りの鯖分けは好評でした」
「要望としては『ただの戦闘以外のこともやってみたい』という声が多かったです」
「戦闘以外というと、お祭り的な?」
「はい。『VRのオンラインゲームだからこそできることもしてみたい』や『漫画みたいな体験ができたら楽しそう』、具体的なところだと『ゲーム内のステータスでアスレチックやスポーツをやってみたい』なんて声もありました」
考え込む一同。八月イベントの決定時に「まずは馴染みやすいよう普段のプレイと近い内容を」とした彼らにとっては、プレイヤーたちの順応性は想像以上だったようだ。
とはいえ、そこは世界初ジャンルのゲーム開発者たち。もともと腹案はあったのか、何人かはすぐに思いつくものがあったようだ。
「日程は9月14日、必要ならそこから三連休までの期間ね。せっかくやるなら、海みたいに季節に合ったものに越したことはないけど……」
「九月っぽいもの……月見?」
「月見とはこれまた、イベント向きしない行事よね……はいモニターの龍ヶ崎さん早かった」
「お、大喜利か?」
「うちの子供を思い出したんですが……」
「クレハちゃんとジュリアちゃん? 何かあったっけ?」
「千夏のほうはまだ高校生なので、体育祭があるんですよ」
「ああ、運動会か!」
青森の実家からディスプレイ越し参加していた龍ヶ崎(八月という時期もあってか、テレワークを行っているスタッフは少なくない)の発言に、得心顔で手を叩く一同。先の要望ともちょうど一致する、と反応もいい。
……春に運動会を行う地域や学校も少なくないが、格好のネタを見つけた彼らにとっては些事である。
……と、ここで興味深そうに響く声があった。
「タイイクサイ……ウンドウカイ……そちらの世界には、この時期にそのようものが?」
「エルヴィーラ。聞いてたの?」
「はい。要望としては、のあたりから」
エルヴィーラはその性質上、他のAIと知っている情報の範囲が違う。異世界に接触して協力していることもあって、現実世界にある程度の知識と興味があるのだ。……もちろん、深入りしすぎてはいけないと認識して控えているから、悪いことにはならないのだが。
その結果、イベント会議で聞こえてきた内容に興味を覚えたらしい。
「運動会というのは、子供たち……今回ならプレイヤーを集めて、運動能力や団結力を見せるちょっとした大会のことよ。いくつかのチームに分かれて、総合的な得点を競うの」
「なるほど。武闘会とはまた違うものなんですね。面白いかもしれません。特にシアちゃん辺りは興味を持ちそう」
イベントの大筋はエルヴィーラが太鼓判を押したことで運動会で本決まりになった。そのままある程度まで詳細を詰めて、残りは作りながら決めていくことになる。
「次の議題にいきましょうか」
「何かあるんですか?」
南瀬が発した一言に、もう解散だろうと思っていたスタッフが聞き返した。事実、この日のミーティングで予定されていた主な議題はこれだけだったのだ。
「ルヴィアちゃんのことよ」
「ルヴィアさんですか?」
「そろそろ彼女の扱いもちゃんと考えないといけないと思うの」
スタッフたちの反応は二つに分かれた。いまいちピンときていない様子のものと、確かにとばかりに頷くものだ。
「ルヴィアちゃんは公式配信者と銘打って活動してくれているけど、実態はほとんど普通の配信者と同じじゃない? 本人が自主的に案内人の役割を引き受けてはくれているけど、それだって契約内容にあるわけではないし」
「確かに、たまに話してもいい情報を少し流すくらいで、あとの扱いは他の配信者と変わりませんね」
「そう。ルヴィアちゃんにとっても微妙に公式配信者としてのアイデンティティには欠けるし、運営的にもあまりプラスがない状況なのよ」
わかっていない様子だったスタッフの大半が、なるほどという表情に変わる。
「ルヴィアちゃんとの契約には、『イメージキャラクターへの起用』と『一般プレイヤーと少し扱いが変わる可能性』がしっかり書いてあるわ。契約書は更新しなくても問題ないはず」
「では、どんなことをしてもらうんですか?」
「そればっかりは、本人とも相談しないといけないけど……たとえば、運営からの一部の告知をよりプレイヤーたちから近いルヴィアちゃんにしてもらうとか」
「いろいろ考えられますね。公式チャンネルでちょっとした動画を撮ってみたり、期間限定イベントの時には運営側に回ってもらったり……」
そうこうしているうちに、スタッフたちは全員が理解した様子になっていた。それを見た南瀬は、一度手を叩いて彼らの注意を引き寄せる。
「そこで……だけじゃないんだけどね、ちょっとゲストに来てもらっているの」
「ゲスト、ですか?」
「入ってきていいわよ」
南瀬が手元の端末を操作して、そこに声を掛ける。
それから数十秒して、彼女は現れた。
「こちら、『九鬼朱音をもっと羽ばたかせようの会』会長の」
「ちょっと待ってください主任なんですかその頭悪そうな会は」
「はじめまして。九鬼紫音です。面白そうなことをやると聞いて、ついでにお仕事のお話をいただいて……来ちゃいました」
───そして朱音の在り方は、これからさらに変容していくこととなる。
書いていて思いましたが、これはたぶん定期化はしません。いざやってみると書くことあんまりないんですよね。
これでしか書けないこともありますし、エルヴィーラさんをたまに出したい気持ちはあるので、またいずれやります。たぶん。
現時点でのキャラ紹介はでき次第、そして月曜からはまたルヴィア視点の本編に戻ります。ぜひブックマークと評価をしてお待ちください!