13.と、飛んでる……!?
翌月曜日。この日は卒業直後の高校で内部進学組のクラスメイトによる集会があって、夕方に3つ目の街《四方浜》から再開。
ちなみに彼らの反応は「やっとか」と「待ってた」が半々だった。つまり、全会一致で「なんでこれまで表に出てなかったの?」だ。今は亡き私の一般人ライフに味方はいなかった。
昨日は一日がかりになったけれど、無事に二番道路の突破に成功していた。最前線もだいたいそのくらいで、今のところは追いついていることになる。
「こんばんは、ルヴィアです。今日は夜から配信です。二時間ほどやろうかと」
〈ばんわー〉
〈おつおつ〉
〈ねえルヴィアちゃん、そっちは?〉
今日の配信は二本立てでいこうと思う。街の探索と三番道路の紹介だ。
「あと、明日は配信をお休みさせていただきます。ただのレベリングになるので、成果は明後日まとめて。何かあればSNSのほうで話しますね」
〈おうよ、少しは休め〉
〈んだんだ〉
〈そいつなんだ?〉
〈画面端めっちゃ気になるんだけど〉
まずは街の中を見ていこう。基本的には似た風景、つまり近世和風の街ではあるが、ここ《四方浜》はこれまでの町より明らかに広い。これまではなかった施設などもいくつもあった。
「なので、色々と見どころがあるかなと」
〈だめだ話が頭に入ってこない〉
〈ぴくぴくしてるんだけど〉
〈なんか応援したくなってきた〉
〈ルヴィアさん、その子誰???〉
「ああ、こちらですか? 実はですね」
「あたしはナビゲーションピクシーのイシュカ。マスターをサポートするインフォメーションAIよ」
〈はい?〉
〈めっちゃ定型文の返しで草〉
〈いまどきそのへんの家庭用AIでももう少し人間味あるぞ〉
〈そんなのあるのか〉
〈ないぞ〉
〈カメラ振れてもめっちゃフレームインしてきて笑うんだけど〉
〈見切れねえwwwwww〉
〈めっちゃ翅頑張ってる〉
〈必死でワロタ〉
〈顔強ばってきててかわいい〉
〈なんかうぜえww〉
「というわけでマスター、なんでも聞いて?」
「おまえを消す方法」
途端、物凄い速度で顔色を変えるイシュカ。
〈イルカwwwwwwww〉
〈みんなのトラウマやめーやwwwww〉
〈そんなところで微妙に名前を寄せなくていいわwwww〉
「あら、そんなこと言っていいの? あたしたち、生意気なマスターに理不尽なコト言われることも多いのよ。だからプレイヤーデータに干渉する権限が……んふっ」
「あっちょっと」
カットです。カメラ止めて。
「ちょっとイシュカさん、笑わないでくださいよ。このまま魔王ムーブして昼ドラ的にナイフを突き立てるところまでやるって約束したじゃないですか」
「だって、無理よこれ……ふふっ」
「コメント欄ですか……これ見ないフリするの、確かに慣れないと難しいですけどね」
〈茶番が終わった〉
〈開幕でギャグに走るのやめてくれませんかねぇ!?〉
〈コーラむせたわ〉
〈あ、やっぱりプレイヤー?〉
「ええ、こちら妖精族プレイヤーのイシュカさんです。夕方の狩りでご一緒して、そのまま意気投合しました」
「で、配信に来てくれないかって言われて、さっそくやってたってわけ。改めて、イシュカよ。よろしく」
私の配信では初めての妖精族プレイヤーだ。イシュカさんは挨拶を終えると私のもとへ飛んできて、肩にちょこんと腰掛けた。ターコイズブルーのポニーテールが小さく跳ねる。
〈よろしくー〉
〈キャラネームはイシュカで合ってるんだ〉
〈いやそんな遠回しな……〉
「さすがにイルカじゃないわよ」
〈そうだぞ。イシュカってケルト語で水のことだぞ〉
〈なんで知ってるんだよ〉
〈もしやルヴィアの時の〉
〈古言語ニキおっす〉
〈水系なのは合ってるのな〉
「イシュカさん、しっかり水属性だったりしますよ」
「イルカの発想はなかったけどね……」
それにしても、非現実的な光景だ。小さな人が羽を生やして飛んでいるのだから。
《DCO》において、妖精族はほかの種族と一線を画している。背中の翅も特徴的だけど、なにしろ小さい。人間など身長補正がない種族の平均身長を160~170センチとするなら、妖精族は20センチといったところだ。
これがどのくらい小さいかというと、私の肩に乗れるくらい。某電気ネズミが公式設定で40センチだから、あれの半分以下である。
そのため、妖精族だけは飛行状態がデフォルト。飛ぶことに慣れなければそもそも移動がお話にならないそうだ。おかげでスタートダッシュが遅れているプレイヤーが多いとのこと。
そう考えると、イシュカさんはかなり早い。
「せっかく開幕からいるんだから、最初から何かした方が面白いんじゃないか……と思いまして」
「ナビ妖精RPって難しいのね。ポーズで止まらなきゃいけないし」
「2Dモデルでもよかったのに、なぜレトロゲーの立ち絵を目指してしまったのか。私にはわかりません」
「なんとなくよ、なんとなく」
〈なんとなくでここまでやるのか……〉
〈ホバリング維持が一番大変なんだよなあ〉
〈もしや思った以上の猛者だな?〉
〈もはやRPの領域超えてるだろ〉
〈やっぱりVRMMOのRP楽しそうだよなぁ〉
「楽しいみたいですよ。相応に大変ですけど」
私? 私はとりあえずイベント時だけでいいかなって。配信の影響もあって、常時演技状態みたいなものだし、ね。
気を取り直していこう。今日はこのままイシュカさんと一緒に。
「さて、この街には神社があります」
〈おお〉
〈ktkr〉
〈神社かー〉
〈神社って聖水とか作れるのか?〉
「さあ。神社については、まだほとんどわかっていません」
どうであれ、死に戻り先は中央広場の噴水だ。某国民的RPGに比べれば来る回数は圧倒的に少ないだろう。一部イベント用エリアだと思われる。
とまれ、まずは見に行こうか。挨拶は誰かがしているかもしれないけど。
いざ。
「あら、《来訪者》の方ですね?」
「はい」
「お待ちしておりました。この街にいらっしゃった他の《来訪者》の皆さんは、何やら急いでいらっしゃるようでして」
おい廃ゲーマー。
……いや、気持ちはわかるけどさ。
「こちらへどうぞ。最初に来た《来訪者》の方をお通しせよと、《世界樹の巫女》様に仰せつかっておりますので」
とんとん拍子だった。普通の巫女服の方に案内されて、社務所の奥の方へ。そして巫女さんが立ち止まった時、カメラが赤色に変わった。《及波》の組合に続いて、ここでもイベントですか。
「《蓮華》様、お連れしました」
巫女さんが襖を開いて、客室……いや、応接室だねここ。なんでだろう。
〈応接室ってどういうことだ〉
〈それだけ大きく見られてるってことでは?〉
〈いや、それはそうとしてだな〉
〈いつ来るかわからない《来訪者》を何時間も応接室で待ってたのか?〉
〈あー、確かに妙だな〉
私と同じ疑問を抱いたコメント欄を流し見て、意識は前に。高級旅館の客室のような部屋(ここ神社だよね?)へ置かれた座椅子に、いかにも大和撫子といった姿の少女が座っていた。……心なしか、肌が緑色がかっているような気がする。
というのも、隣に控えている女性がとても血色のいいひとなので。比べると確かに色が違うんだよね。もしかしたら、人間じゃないのかもしれない。
私は素直に座卓の向かい側へ。イシュカさんはサイズ的にどうするんだろう、と思っていたら卓上に小さな座布団が置かれた。座ってぴったりなあたり、元々妖精用に作られた物なのだろう。こういうものがあるあたりは、さすがの細やかな世界設定だ。
「よく来てくださいました。《蓮華》といいます……《夜草神社》の出身で、今はここで巫女をしています」
蓮華さんか頭を下げた。おっとりした様子のひとだ。若干だけど、自信のなさげな雰囲気が感じられる。
「《来訪者》のルヴィアです。遅くなってしまい、申し訳ございません」
「同じく、イシュカです。お待たせいたしました」
挨拶は基本。相手方が高い身分にいそうな気配を感じ取って、こちらも自然と畏まる。……《夜草神社》をログにキーワード取得。わざわざ付け加えたあたりからも察するに、大事な場所のようだ。
私は環境的にとしても、イシュカさんも態度がしっかりしている。若そうな空気感を醸し出していたけれど、同年代ではないのかも……っと、詮索はよくないか。
一方、蓮華さんはどこか困ったような表情で。
「やっぱり、楽にして……少し、息苦しいから」
「そうですか、わかりました」
あんまり堅いのは苦手なのだろうか、こちらが合わせるとほっとしたような表情になった。こちらとしてもその方が楽だ。
「それなら、気になったんだけど」
「うん」
「この街に《来訪者》が到達してから時間があったと思うんだけど、ずっとここで待っていたの?」
「いいえ」
意外な返答。
「私には……《予言》の能力がある、みたいで」
「みたい?」
「たまに、呟いてるらしいけど……私は覚えてない、から」
「というと……神がかりのような?」
「そんな感じ……かな」
《予言》もキーワード取得。そして続けざまに説明ももらった。口寄せのようなものだと思うと、巫女らしいともいえるか。
「じゃあ、それが起こって、『《来訪者》が来る』って」
「そう、みたい。……だから、この部屋に来たのはついさっき」
ううん、自信なさげ。その隣に控えている女性(ぶっちゃけ巫女さんだけど、巫女さんは蓮華さん含めて三人もいるのであえてこう呼ぶ)の様子を見るに、はっきりと予言しているっぽいんだけどね……。
自分には特殊な能力があると言われて、だけど自分自身だけはそれをどう頑張っても確認できない。そう考えると、自分ではあるかもわからない能力に自信がないのは自然なのかもしれない。
「それと……ひとつ助言」
たぶんこれが本題だね。傾聴。
「王都に着いたら、西の方を見て。……《世界樹》に、“門の鍵”があるから」
◆◇◆◇◆
神社から出てログを確認したところ、《夜草神社》は王都から西の森の中にある大きな神社であることがわかった。さらに街の人に聞いてみたところ、樹の洗礼を受けたアルラウネが管理しているとのこと。蓮華さんの緑肌、つまりそういうことか。
さらに《予言》についてだけど、こちらはストーリーお助けシステムのような扱いになるようだった。進むフラグが見つからなかったり、必要なイベントアイテムが未回収だったりする時に彼女に聞きに行くと、彼女の能力で教えてくれることがあるとのこと。説明欄の書き方が断定調ではなかったから、過信は禁物だけど。
他にも街をひととおり巡ってみたけど、傾向としては及波と似ていた。店の品揃えも似たようなものの種類が増えるだけで、私もイシュカさんも装備品を買ったくらい。冒険者組合の機能もおおよそ同じ。サイズはかなり違ったし、クエストの数にも差があったけど。
ただ、及波には明らかになかったものがひとつ。
「港……ですね」
「そっかぁ……確かに。あるわよね、港……」
ここ、四方浜は港町。東手には海が見えて、港に近づけば潮風だって感じられる。それはわかっていたのだけれど、ゲーム内で初めて見る海に私たちは釘付けだった。
あれだけの水の描画、どうやって処理しているんだろう。このゲームは予想以上に水がリアルだから、なんとなく気になってしまう。データ量とか気になってしまうのはゲーマーの悲しきサガか。
とにかく、景色が綺麗なんだ。もうとっくに夜だけど。現実と比べると明るい夜の視界に、水面で光る星明かり。見ているのが私たちだけなのがもったいない。
「……そういえば、《DCO》って夜もかなり明るいわよね」
「そうですね、これだけ見えるくらいには」
「MMOにはゲーム内の夜は暗くて危険なタイトルもあるけど、《DCO》は真逆よね」
「ああ……それはたぶん、正式サービスが始まればわかると思いますよ」
「……そっか、《幻夜界》だと逆なのね」
「暗さはともかく、昼間の明るさにペナルティをつけるのは難しいでしょうから」
昼夜が偏った世界ということもあって、昼と夜を利用したシステムはいずれ出てくると思う。ただ、片方につけるのならもう片方にも必要になる。そのあたりの兼ね合いで削られたものもあるのだろう。
ともかく、他のタイトルでは時に必須にもなりうる暗闇対策は、今のところは不要だ。その背景には、《DCO》ならではのシステムと、そこに至るまでの開発班による試行錯誤と葛藤があったんだと思う。
余った時間で予定通り三番道路の紹介をしつつ、しばらくイシュカさんと狩りをしてから配信終了。
明日は配信なし。レベリングに集中しよう。