124.そういえばこの子お嬢様だったね
【飯テロ注意報】
今回は後半に食事描写が含まれています。ご注意ください。
〈ルヴィアの配信が開始しました〉
〈よしきた〉
〈こんルヴィ〉
〈初リアタイ!〉
〈こんルヴィ〜〉
「はいこんばんは、ルヴィアです」
8月31日。全国の小中高生にとってはある意味で印象深くなりがちな日……なんだけど、今年は土曜日だ。つまりもう一日だけ猶予がある。でももう遅い時間だから、よい子のみんなはもう寝ようね。
そんなデスマーチ前日、私は今月最後の枠を取っていた。
「前からご視聴の皆さんはご存知かと思いますが、私はこの夏はクレハとジュリアのお祖父さんのおうちで過ごしていました。ちょうど今日帰ってきたところですね」
〈お疲れ様〉
〈*イシュカ:青森土産ある?〉
〈*ユナ:こんどリンゴ貰いに行くから!〉
〈精霊組ェ……〉
「そこの同族二人は次うちに来たら『なかよし』を口に突っ込んでおきましょう」
『なかよし』というのは、焼いたイカにチーズを挟んだ珍味だ。こんなこともあろうかとお土産に買っておいたのだ。ちなみに父は喜んでいた。
甘いものが好きそうな二人は微妙そうな反応をしたけど、にんにく揚げせんべいにしなかっただけ乙女的に有情だと思ってほしい。
「ただ、今回のような避暑は今回が最後になりそうです。たぶん次からは忙しくなるので」
〈あー〉
〈頑張れ〉
〈期待してるぞ〉
〈紫音ちゃん目キラキラしてそう〉
私はこれまで長い休みの度にどこかへ滞在していたけど、それは家族が多忙な中で私だけ取り残されるからだった。
しかし紆余曲折あって、私もタレントや女優のような仕事を貰うことになってしまった。周りに助けてもらうのは相変わらずだけど、むしろ田舎へ行けなくなってしまったのだ。
「それに関連してまずひとつお知らせですね。これまで私はかなり頻繁に配信をしてきましたが、来月からは少し減ります。……といっても、フロントランナーを降りる気はないですけどね」
〈それはしゃーない〉
〈むしろこれまでが頑張りすぎだった〉
〈普通に毎日だったもんな〉
〈多少配信が減っても俺らはお嬢の味方だぞ〉
大学生の夏季休暇はもうしばらく続くけど、私はこれまでより幾分忙しくなる。向こうにいる間に私の芸能人扱いが固まってしまったから、既にゲスト出演依頼が溢れているのだ。
当初は橙乃がやってくれるとの話だったけど、一人では手が足りない上に彼女も私と同じ学生でありプレイヤーだ。結局、私も専属のマネージャーを雇うことになった。
とはいえ、本職の方々に比べれば仕事は少ない、というか絞っている。その分マネージャーさんには配信やアーカイブの手伝いもしてもらうことになっているけど。
「……とまあ、いろいろ変わりますが、要はいろいろ本格化するだけです。少なくともこのチャンネルでは、あまり大きな変化はないかと」
そのあたりの話はまた、実際にやってからすることにして。
「今日は雑談です。明日から第二陣の参入とアップデートがありますから、ここまでの振り返りですね」
〈おう〉
〈二版も買えなかったんだよなぁ……〉
〈買えたから頑張ってお嬢のギルドに入るぞ〉
〈早く無制限開放されないかなぁ〉
明日、9月1日からDCOはバージョン1.1を迎える。さまざまな機能やコンテンツの追加と、少々のバランス調整、そして何より新たなプレイヤーの追加が行われるのだ。
追加要素は明日、実際にアップデートが行われてから詳しく話していくつもりだ。実感をもとに話した方がいいことも多いだろうからね。
「第二陣も総勢15000人、総プレイヤー数は30000人になります。一気に倍ですね」
倍というとインパクトが大きいけど、結局のところまだ入場制限がある状態だ。多くの人々に無制限開放を望まれているが、まだそういうわけにはいかないらしい。
「どうやら、処理の効率化プログラムがテスト中だそうで。それが上手くいけば無制限に……っと、着きましたね」
〈よう知ってんね〉
〈友達の親がスタッフとかそれだけでも羨ましい〉
〈ん?〉
〈なんか歩いてたけど〉
〈そこどこ?〉
まだハウジングは機能自体が開放されていないから、プレイヤーたちにとって安息の場というものは存在しない。私たち精霊は精霊界である程度はくつろげるけど、あそこも決してプライベートスペースではないし。
だけど、そんな中でも落ち着いて話すに向いた場所はあった。それがここ、《翡翠堂》である。
「あ、ルヴィアさん。いらっしゃいませ」
「お邪魔しますね、白菜さん」
〈なるほど〉
〈翡翠堂かぁ〉
〈喫茶店みたいなもんだしな〉
〈他に客いないな〉
《翡翠堂》。昼界王都に存在する喫茶店……ではなく、万屋だ。今でいうコンビニみたいなものである。
ただ、内装もサービスも喫茶店さながらだから、プレイヤーの間では喫茶店ということになっている。現に店内はけっこうな数の客席が用意されていて、私が座ったのもカウンター席の端っこだった。
というのも、ここを経営しているのは夜草神社なのだ。植物のエキスパートたちが趣味で行っている農業や園芸でできた作物が、直送で仕込まれて出てくる。
つまり、美味しい。ものすごく。
「どのくらいかといいますと、あのクレハがはしゃぎ回って周りのプレイヤーと顔を合わせる度に話すくらいです」
「はい。クレハさん、とてもお気に召してくださったみたいで」
〈草〉
〈想像つかんが〉
〈あの寡黙とバーサーカーの二択みたいなクレハが?〉
〈そりゃとんでもないな〉
クレハ、あれでいてしっかり女の子しているんだけどね。
案外甘いものにはうるさいタイプだから、彼女が飛び上がるほどとなると実際とんでもないはずだ。
「こちらが目録です。どうぞ」
「……多くないですか? 私、輸送護衛には参加してませんよ」
〈なにこれ〉
〈およそ喫茶店のメニューの分厚さじゃないな?〉
〈ほんとに喫茶店じゃないんだな〉
白菜さんから手渡された目録は思っていたよりも分厚かった。てっきり最低限だと思っていたんだけど。
翡翠堂は喫茶店ではない。確かに飲み物や甘味の質はいいし有名だけど、ポーションや武器防具などのアイテムが販売メニューに並んでいるのだ。
このうち装備品は少し特殊な扱いになっていて、夜草神社……というよりは交替で店番をしている《八葉の巫女》たちからの好感度によって販売品が変わるのだ。
ここで扱われているものは《百花装具》と呼ばれている。全てがプレイヤーメイド最高品質クラスの性能を持っていて、それに見合った値段がする。いや、私を含む最前線勢にとってはじゅうぶん手が届く領域だけど。
これが曲者で、ある程度以上に彼女たちからの好感度がないとそもそも売ってくれないのだ。中でも特に好感度が高いと、それぞれの《想装》を譲ってくれることもある……が、かなりレアケースだ。
ほとんどのプレイヤーにとっては彼女たちの好感度なんてそうそう得られるものではないから、そこも関門になっている。
そしてそれを解決してくれるのが、今言った輸送護衛。彼女たちは神社からここまで定期的に品を運んでいて、その道中の護衛は冒険者組合にクエストとして依頼している。これを受けてこなすことで少しずつ好感度が上がって、そのクエストを繰り返してようやく買えるようになるのだ。
私はこの輸送護衛を一度もしたことがない。だから当然、百花装具は載っていない目録を渡されるものと思っていたんだけど……。
「翠華様をお助けくださったお方ですから」
「ああ、そういうことですか」
「はい。翠華様が、ルヴィアさんには是非と」
〈全部翠華で草〉
〈白馬の王子様みたいなことしたもんな〉
〈最後連れてってくれたし、フラグは立ってたのか〉
目録のうち、百花装具の欄に載っていたのは全て翠華さんのものだった。たぶんこれ、翠華さんの好感度だけMAXになっている。
明らかに私専用のラインナップなんだけど、私が着けられないことがわかっていて金属防具まで載っているのはわざとだろうか。
「……こんど、夜草神社に顔を出しますね」
「それがよろしいかと」
改めて、メニュー選び……なんだけど。
「アイリウス、ステイ。ハウス。大丈夫だから、武器は買わないから。アクセサリーを見てるだけだから」
〈草〉
〈草〉
〈浮気絶対許さないソード〉
〈アイリウスちゃんチカチカで草〉
流し見のつもりで武器の欄を開いたら、何を察知したのかアイリウスが光り始めた。あまりにも露骨な抗議である。これはアレだ、一緒にいる時にアイドルやモデルの写真を見ていると怒るタイプの彼女だ。
宥めながらアクセサリーのページまで捲ったら落ち着いてくれた。私にその気がないとわかるや否や嬉しそうに瞬いて魔力の動きが止まる。
「……自我の発達した子ですね」
「はい。最近になって自我を持ったみたいなんですけど、感情表現が活発になってきて……」
「なるほど。……そのうち喋り出すかもしれませんね」
〈*イシュカ:え〉
〈えっ〉
〈は?〉
〈なんて?〉
〈喋るの???〉
……話を聞くに、どうやら自我を持った《唯装》の中には意思疎通を行うものも存在するようだ。それどころか、平時は人間のような姿をとるものすらいるらしい。
…………今は考えないでおこう、うん。
そんなこんなで。
「お待たせしました。お持ち帰りのわらび餅とシュークリーム、そしてストロベリーパフェですね」
「ありがとうございます。……大きいですね」
テイクアウトのほうはインベントリに忍ばせて、必要な時にアイテムとして使うためのものだ。この店の甘味は特別な仕様になっていて、SP回復が少ない代わりに一定時間だけ小さなバフがつくようになっている。相性のいいバフなら、持っておいて損はないはずだ。
パフェは今から食べる。クレハはメロンパフェだったそうだけど、そこは好みだ。果物の種類で出来が大きく違う、なんてこともないだろうし。
それにしても、やたらと大きい。あとお洒落。外見だけでも都内で食べようとすれば二千円は超えてきそうだ。
「…………」
「是非、どうぞ」
「食べづらいんですけど……」
「楽しんでいただけている姿を見るのが私達の喜びですので」
〈圧〉
〈草〉
〈強いな白菜女史〉
〈お嬢の困らせ方をピンポイントで〉
……いや、いいんだけどさ。
とにかく、一口。
「あ、美味しい」
「よかった」
〈ガチで美味い時の言い方じゃん〉
〈思わずって感じしたな今〉
〈なんか上品〉
〈姿勢に育ちのよさ出てますね〉
うん、素の反応が出てしまった。正直ちょっとだけ舐めていた。私は生まれ育ちもあって舌が肥えていると自負しているけど、そんなことは些事とばかりに無意識の感想を引っ張り出されてしまった。
最初は一番上のソースがかかっていない部分に手をつけたんだけど、正解だった。バニラエッセンスは無しで牛乳のコクと甘みだけ、なのに単調さはない。ソフトクリームとしての冷たさともよく噛み合っているあたり、細かいレシピまでずいぶん研究したのだろう。
器の縁に差しかかるあたりからはストロベリーソースが存在を主張しているから、この味は最上部だけの特別なもの。それに見合うだけの、いっそソースをかけるのがもったいなく感じるほどの深みがあった。
「そろそろイチゴとご対面……うん、わかってました。本命こっちですね」
〈ねえこれ最後までやるん?〉
〈まだ下の方にいろいろあるの見えてるんだが〉
〈飯テロが過ぎないか???〉
〈生殺しってレベルじゃねーぞ!〉
当たり前だった。そもそも翡翠堂は、植物神のお膝元である夜草神社からの出張販売所のようなもの。野菜や果物で本領が発揮されるのは道理である。動物由来のソフトクリームの時点でモノがよすぎたせいで忘れかけていた。
ストロベリーソースはイチゴの酸味のほうを強めに抽出して、ソフトクリームの甘みとうまく調和させている。上から食べ進めて甘さに慣れてきたあたりで、待ってましたとばかりの路線変更。それでいて味の土台は変わらないから、舌が混乱することもない。
「これが私たちの場合はお腹に溜まらないって……今更ですけど、いいんですかねこれ。こっちで向こうのダイエットをごまかしすぎて断食して栄養失調になる人とか出てきますよ、これだと」
〈まあそれは〉
〈考えるよなぁそれは〉
〈そのための満腹中枢の独立だけど、影響くらいは出るしな〉
〈それはもう自己管理よ〉
それはそう。VRというまだまだ未知の多い技術を使う以上は、利用者が自己管理を欠かさないのは鉄則。VRで食べた気になって現実で倒れても、それは自己責任だろう。
とはいえ、そこは九津堂。ちゃんとゲーム内の満腹中枢は現実のそれと独立するように処理されているから、よほどのことがない限りは大丈夫なはずだ。
いつもは飛んで駆け回って剣と魔術を振り回している子が、いざ落ち着いたらやたら上品な振る舞いを見せるギャップっていいですよね。