123.怪物たちに既知の美味しいボスを与えたらこうなる
いくら練度が上がって攻略が楽になったとはいっても、さすがに限度はある。一から突破し直し、しかも参加人数はわずか12人だ。もともとベータ攻略勢の三分の一を受け容れるように作られた広さも相まって、さすがに時間がかかった。
それでも短く済んだ方だ。当時は100人がかりで3日かかったところを、休憩を挟みながら5時間と少しで踏破している。
とはいえ長丁場ではあったし、ちょうど夕飯時。ここで一旦長めの休憩として、夜にまた集まってボスを倒すことになった。
というわけで午後9時。ディナーブレイクを終えて、ボス前セーフティに12人のプレイヤーが集結していた。
「ではここで、あちらのパーティの皆さんに一人ずつ意気込みを聞いてみましょう」
「え、何? いきなりなんか始まったんだけど」
「まずはフリュー」
「うん、任せて。ルヴィアの不死記録は絶対守ってみせるから」
「フリューさん? なんでそんなにすぐノれるの? リアルで打ち合わせでもしてきたの?」
「してないよ?」
〈してないのにこれなのかよ〉
〈ユナちゃんの反応が正しい〉
〈お嬢はときどき周りを置いてけぼりにするから〉
〈これが幼馴染の呼吸か〉
さすがフリュー、思いつきで言い出してもすぐに応えてくれる。彼女のこういうところ、話していて楽しいし助かるんだよね。
……というか、不死記録って何? 確かに私はまだこのゲームでデスペナを貰ったことがないけど、それが記録になっているのは初耳だよ?
「次、ルプスト」
「ふふ、張り切ってるのはフリューだけじゃないのよ? ないから?」
「トップ魔銃士の力、頼りにしてるよ」
〈ルプストのテンションがわかりやすいの珍しいな〉
〈お嬢の横で魔銃を使うの初めてだもんな〉
フリューは好意を受け止めてあげると喜んでくれるけど、ルプストの場合は私から伝えた方がいい。双子ではあるけど、こういう細かいところは真逆なのだ。
ルプストは先日から魔銃を使い始めているけど、その状態で私と共闘するのは初めてだ。お試しの決闘の時は惜敗していたから、余計に気合いが入っている様子だった。
「続いてハヤテちゃん」
「ダンジョンボス戦は巴ちゃんに先を越されちゃったからね。愛兎ハヤテここにありって、ここでしっかり印象づけていこうと思うよ!」
「ハヤテちゃんまで乗るの……?」
〈草〉
〈ハヤテちゃん実はボケ側なんだよな〉
〈他にいる時はほぼツッコミに回らないよね〉
〈強く生きろユナ〉
先日にはそんなルプストに勝利を収めてみせたV1第一陣の星は、どうやら自分よりも先に巴ちゃんが《宿り木の小路》でダンジョンボス戦デビューしたのが悔しかったらしい。あれが終わった後、「なんで自分を呼んでくれなかったのか」って小一時間問い詰められたんだよね。
そんなハヤテちゃんも武装更新を挟んでいて、今の得物はショートソードの双剣だ。動きはどんどん洗練されているんだけど、じかに見るのは初めてになる。
ちなみにまだ触れていなかったけど、彼女は双剣を得る直前にV1組の中では初めての唯装所持者となっていた。ベータ勢の主要プレイヤーが次々にユニークを手に入れる中、いよいよそこにもV1勢も混ざり始めたのだ。
「次はアークさん、どうぞ」
「そっスね。まだ完全に追いついたワケじゃないっスから、ここで存在感を見せるつもりっスよ」
「……がんばる」
「はい。ソラちゃんともども、期待してますよ」
アークさんとソラちゃんは、私の予想よりもずいぶん早く追いついてきてくれた。元々ソラちゃんは比較的ログイン時間が短い方で、ベータの時はトップ勢のレベルカンストがあってようやく追いついてきた存在だったのだ。
なんでも当初は親御さんがあまりゲームに乗り気ではなかったそうで、多少制限されていたらしい。しかし私の配信の影響もあってDCOでの活躍が知られ、「ならば行けるところまで行ってみなさい」と容認してもらえたのだとか。
これを人助けというほど厚かましくはないつもりだけど、巡り巡ってゲーマーと一般の人の橋渡しをお手伝いできたなら、配信者冥利に尽きるというものだ。
……ちなみにこの二人、以前よりも距離が少し近かった。もしかして……いや、過ぎた詮索はよしておこう。
「そしてイアンさんですね」
「お久しぶりです……ってほどでもないし、さっき顔は合わせましたね」
「ええ。正直、予想よりずいぶん早かったですが」
「二人にいつまでもつまらない思いをさせるわけにはいきませんから」
〈かっけえ〉
〈イケメンじゃん〉
〈いいお兄さんじゃん〉
〈妹のために頑張ってレベリングしたのか〉
DCOはシステム的に緩やかに上位のほうでレベルが固まるようになっているけど、まだ始まって一ヶ月弱。現時点で最前線へ追いついているV1勢は、ハヤテちゃんやイチョウさんのように廃レベリングをした人たちがほとんどだ。
イアンさんは前に出会った時は目立ったレベルではなかったけど、あれから相当頑張ったのだろう。自分自身のみならず、パーティメンバーの二人ともどもたった四週間で追いついてのけた。
彼らと私の間にはあまり大きな接点があるわけではないけど、こうして頑張っているのを見るとなんだか嬉しくなるものだった。
◆◇◆◇◆
それではボス戦のお時間です。
「けっこう強くなってるけど……」
「これなら1パーティで戦えそうですね」
「この面子なら『いのちだいじに』は徹底できているだろうからね!」
「デンガクさん、あなたもですか……」
〈草〉
〈ずっと擦られそうだなこれ〉
〈しゃーない〉
〈擁護の余地があったらここまで言われてないしな〉
〈程々にしとけよ?〉
私はあの時ちゃんと止めたからね。珍事件扱いで擦るのは自然なことだけど、巡り巡って不愉快なことになっても困る。
今回こうして2パーティを用意したのは、前回と同じようにボス戦でスイッチを行うためだ。今なら強化分を含めても単独パーティでボスに渡り合えるとは思ったけど、それでも本来レイドボスだった《呪染の大霊樹》のHPは相当なものだ。
休みのない長期戦で消耗して不覚を取ったりしても困るから、最低限交互に休むことができる2パーティは必要になる。おそらく他の御触書ダンジョンでも似たような形になるだろう。
「ゲージ来るよ!」
「ルヴィア、準備お願い!」
「では、あの時より強くなったところを見せてやりましょうか」
〈あの時はエルフだったんだよな〉
〈大昔に感じる〉
〈誰か比較動画よろ〉
〈言い出しっぺの法則って知ってる?〉
ソラちゃんの一撃で一段目のゲージが黄色く染まる。それと同時に6人が素早く後退して、それに遅れる形で《大霊樹》は枝を揺らした。
落ちてくる木の実、虫、花。前回と同じく、それら全てがモンスターだ。……ってあれ、なんか増えてる?
「ドレインフラワーまで落ちてきた!」
「前回は怖かったけど、今や素材にしか見えないわ」
「汚れっちまった悲しみに……」
「デンガクさん……さっきからボケが文学……」
「ルヴィアさん、左半分貰っていい?」
「うん、余裕あるなら持ってっちゃって」
〈わちゃわちゃ〉
〈ボスのゲージ攻撃でわちゃるな〉
〈楽しそうだな〉
〈今なら飛び出しボーイも救えそう〉
ゲージ半分を削ったばかりのハヤテちゃんたちだけど、まだ余裕がありそうだ。この様子なら取り巻きは半分任せてもよさそうだね。
というわけで右半分を片っ端から掃除していく。私とフィートちゃんは正面から一対一、ロウちゃんは二体を止めてデンガクさんの射撃をサポート。ユナは《植物魔術》で手すきの魔物を足止めしている。
ではイシュカさんはというと、純魔なのに魔物相手にタイマンを張っていた。確かに彼女は元々ソロ気質だったけど、これだけレベル帯が上がってもまだ近接職並の単独継戦能力があるらしい。
「《ミストブレス》。遅いわよ、カゲロウちゃん」
「イシュカさん、すごい……」
「あんなことできるの、あのひととメイさんくらいだからね。良い子は真似しちゃいけません」
「したくてもできないと思うよ?」
〈もはや残像が見える〉
〈さすがフェアリーダンスだな!〉
〈お嬢とデュエルしてみてほしい〉
たぶん両者無傷で引き分けになると思うよ。今の私とイシュカさんだと、お互いに避け姿勢の相手に有効打を与えるのは無理だ。
このゲームは純協力型だから、そもそもPvP前提のバランス調整はなされていない。極端な相性などが発生するだけならまだしも、お互い打つ手なしで引き分けになるなんてこともありうるだろう。
妖精プレイヤーが上を目指す場合は、飛行精度を上げるのが順当だ。どうせ魔術火力はみんなこれでもかと上げるし、せっかくAGIが高い種族なのだから使わなければもったいない。……難易度はともかく。
中でもイシュカさんやメイさんのように上手いプレイヤーの回避飛行は「フェアリーダンス」と俗称されることがある。速度と精度が高すぎて踊っているように見えるからだとか。
「イシュカさん、残りお願いします。他の四人はボスに」
「OK、任せちゃって!」
「わっほーい、ボスよお覚悟ー!」
「フィート……誘導こっち……」
〈*ゲンゴロウ:フィート上手いな……〉
〈*ジュン:上手い……〉
〈トップ勢同士多く語らない〉
〈上手いの一言で全てが通じる〉
〈*メイ:そんな会話わからないわ!〉
〈メイはわかるだろ!〉
〈よりにもよってトップ勢が言うなそれを〉
数体残った取り巻きはイシュカさんに任せて、残る五人はボスを削りにかかる。フィートちゃんが真っ先に飛びかかったかと思うと、痛烈な一撃を入れながら流れるように後退。ボスの注意は入れ替わるように前へ出たロウちゃんに向いた。
次の攻撃はロウちゃんが受けて、一瞬の隙を突いて再突撃。ユナの《サップアンバー》による援護を受けながらクリティカルで叩き込んだのは《ブレイクポイント》、防御力低下の追加効果がある槍のアーツだ。
少し距離があった私はここで追いついたのだけど、皆の反応は速かった。
すかさずデンガクさんが《ストレイフ》。4連射を放つ高威力アーツの代わりに命中精度が悪いが、大きなボス相手なら活用しやすい。しかも別々に当たり判定があるから、複数ヒットで敵が混乱することがある。
一瞬だけ《大霊樹》の予備動作が鈍ったのを見て、私は肉薄から《火魔術》の《スコルドペイン》を三並行詠唱。ロウちゃんの斧が綺麗に入り、ユナも《ソーラーロア》の支援砲撃を入れる。それを見たフィートちゃんはさらにコンボを繋ぐように《バーストストライク》を繰り出した。防御力が下がっている敵にだけ有効な大威力アーツだ。
さらにデンガクさんが出の早い《クイックシュート》で追撃すると、ようやくボスが攻撃を返してきた。……《グリーンエッジ》だったから、これは私が《パリィ》で返す。同時にデンガクさんから扇形範囲攻撃の《ブラストショット》が叩き込まれた。《クイックシュート》には次の攻撃の出を速くする追加効果もあるのだ。
「よし、いい感じ」
「続けてくよ!」
「え、なんですかアレ……」
「さあ……ちょっと連携決まりすぎですよね……」
〈イアンはビビってるしハヤテちゃんも引いてるぞ〉
〈コレ見てその反応はハヤテちゃん成長したな〉
〈バケモン共に新たな怪物が混ざってない?〉
〈ロウちゃんもフィートちゃんも普通に溶け込んでるのなんなん〉
「楽しそうじゃない、あたしも混ぜろーい!」
「え、向こうもう終わったんですか!?」
「雑魚散らしには自信があるの」
そこに露払いを終えたイシュカさんが合流、火力効率はさらに上がった。なぜか綺麗に噛み合ってしまった連携は異常とすらいえるダメージ効率を叩き出し、あっさりゲージを削り切る。
当然そこにはゲージ行動の取り巻き落としが挟まるんだけど、調子に乗ったせいで余力が残りすぎた私たちが全て散らしてしまった。おかげでフリューのパーティも楽をしてボスと戦うことに。
しかもあちらの6人もトップ勢の一角、私たちを見て火がついたようで明らかに動きがよくなっていた。純タンクであるイアンさんがいるからだろうか、普段は盾を優先するフリューまで火力に回っている。
こうして完全にハイになった12人は結局ろくに休むことなく、最後のゲージに至っては全員で攻め立てて一気に倒してしまうこととなった。
私たちが冷静になったのはボス部屋が静かになってから。それぞれのインベントリに落ちたボス素材を見て、ようやく自分たちの所業を理解した。
当然、私とハヤテちゃんの配信には鬼気迫る勢いで霊樹をいじめ尽くす12人のアーカイブが残っていた。後で確認したけれど、切り抜かれて当然の映像だった。
……まあ、いっか。
悲しいかな過剰戦力です。ちゃんと強くなったはずなのにボコボコにされた霊樹くんに合掌。
当時(26~8話)と比べてルヴィアたちの成長に微笑ましくなった方はブックマークと評価を、せっかく復活したのにあまりにも無惨な末路を迎えた霊樹がかわいそうだと思った方もブックマークと評価をよろしくお願いします。
次回、《バージョン1.0》ラストエピソード。夏が終わる。




