120.アイリウスちゃんはご満悦
ひとまずギルドの話は済んだけど、ケイさんはまだここにいるつもりらしい。
「実は、もうひとつ話……というか、気になることがあってね」
「気になること、ですか?」
ああ、と頷いて、ケイさんは続ける。
「私ね、ヴァンパイア進化を狙おうと思ってるんだ」
〈お?〉
〈へえ〉
〈面白いじゃん〉
〈珍しい〉
〈進化狙う人少ないよな〉
現在、進化を経験しているのは私とイシュカさん、クレハとジュリアだけ。進化を狙っているプレイヤーも少なくて、精霊狙いを含めても両手で数えられる程度しかいない。
いくら正統進化が未解禁でエクストラしかないとはいえ、さすがに少ないなとは私も思っていた。そこにケイさんのこのカミングアウトだ。
しかし、ヴァンパイア……なるほど。なんとなく、考えているであろうことはわかった。
「エヴァさんですか」
「あの霧化がもし使えるなら、と思ってね」
〈あー〉
〈確かにな〉
〈わかる〉
〈かっこよかったなあれ〉
〈霧になって闇に紛れるケイネキ〉
先日出会った吸血鬼のエヴァさん。彼女は速度特化のアタッカーだけど、代名詞ともいえる霧化能力は確かに斥候職であるケイさんにとっては垂涎の品だ。
他にも、足音を消すこともできる飛行能力、コウモリを使い魔として操る能力といった具合で、確かに吸血鬼は斥候向きに思える。最初期から他に例を見ない純斥候としてトップに登りつめているケイさんが目をつけるのは、確かに無理からぬことかもしれない。
「それで、まだ数少ない進化経験者であり、エヴァとも会ったルヴィアに話を聞いてみようと思ったんだ」
「進化関連の話ですか……うーん」
〈おしえてルヴィア先輩!〉
〈そらお嬢のとこ来るわ〉
〈お嬢とイシュカくらいしか相談相手おらんしな〉
そう話を振られはしたものの、正直なところ役に立てるかは全くわからない。進化についてはわからないことが多すぎるのだ。
……とりあえず、経験談でもしてみればいいのかな。
「吸血鬼がケイさんの期待通りの性能をしていたなら、私はいいと思いますよ」
「本当かい?」
「ええ。エクストラ進化にはそれだけの恩恵があります。……ただ、それなりの代償を覚悟する必要はあるでしょうけれど」
ケイさんは人間だ。特殊な要素は何もなく、デメリットも苦手な能力値もない代わりに取り立てて得意なものもない。レベルアップ時の上昇値は全ステータス+2で、種族スキルは《ステータス強化》……人間であるだけで全ステータスが少しずつ上昇するというものだ。
一方で、人間以外の種族には得手不得手というものがある。獣人なら苦手なステータスが伸びない、エルフならそれに加えて火が苦手、魔族はSPの消費が激しい、などなど。精霊の場合は《金属装備不可》と、VITやSTRの低種族値がこれにあたる。
「もちろん、吸血鬼のステータスがそのまま斥候にとって理想的とは限りません。必要なステータスがごっそり減ったり、厄介なデメリットがついたりする可能性は大いにあります」
「そうか、確かにね」
「私もSTRが減って少し苦労しましたし……少なくとも、《ステータス強化》が消えるのは確定ですからね。本気で狙うのなら、なるべく早くそれを想定したビルドを意識した方がいいかと」
「イシュカは何も言ってなかったけど……あれは元々噛み合ってたからか。言われてみれば……」
〈イシュカは……〉
〈妖精と精霊ほぼ同じだもんな〉
〈AGIがちょっと伸びてヤバさは増したけどな!〉
精霊のステータス、妖精とは元々似ているからね。エルフからだと大幅な変化が起こるけど、イシュカさんはそのあたり楽そうだった。そういう差ももちろん存在する。
吸血鬼というと、身体能力も高くて魔法も得意なイメージがある。少なくとも《ヴァンパイアハンターハンターズ》では人間よりも身体・魔力ともに強い種族として扱われていた。
ただし、それはデメリットも大きくなるということ。
「例えば、昼間の日向の行動にペナルティがついたり」
「確かに、それはありそうだ。夜界を中心に動けば問題ないのは助かるけど」
「避けやすい分、昼夜に関する制約はつきやすそうですよね」
〈銀を持てないケイ?〉
〈豆を拾わずにはいられないエヴァちゃんとかちょっと萌える〉
この世界では夜界でも聖職の印は十字架ではないし、そもそも魔族どころか悪魔ですら神聖なものを忌避する様子はない。だからそこは大丈夫そうなんだけど、他はわからないよね。ニンニクはだめかもしれないし、川の上にペナルティがあるかもしれない。
日光にしても、世界の性質的に避けやすいぶん遠慮なくデメリットとして用意しやすいだろうし。
「進化するのなら、そのあたりの制約や変質とは相談になるかと。吸血鬼に限った話ではないんですけどね」
「ずっと聞いてたけど、なんか面白そうな話してるね」
「エルジュ。……喋りながら作業できるんだね、あんた」
「まあね。いま簡単な工程だから」
〈嘘つけあの工程も十分ムズいぞ〉
〈嘘だろおい……〉
〈生産職もトップは大概だよな〉
私はエルジュちゃんの露店のそばから動いていない。当然ずっと近くにいるから、話の内容は彼女の耳にも入っているだろう。
手元を見てみると、宝玉に何やら紋様が刻み込まれていた。どんな意味を持つのかはわからないけど、少なくとも魔力覚は元よりも明らかに強い魔力を捉えている。……不思議現象だ。
「それで、吸血鬼だけど……問題は性能よりも、進化できるかどうかじゃない?」
「確かに。現状ではプレイアブルになっているかどうかすらわからないからね」
一応、バージョン1開始時の情報公開で吸血鬼の情報は出ている。エクストラ進化で早めの実装になるとは既に周知済だ。
だけど、事は簡単ではない。現状のプレイアブルにいかにも吸血鬼になりそうな種族はない(ただ角があるだけの魔族と吸血鬼を一緒くたに捉えるのは、さすがに無理があるだろうし)から、どの種族から進化するのかも、そもそも既に実装されているのかすらわからないのだ。
ただ、それを指摘されてもケイさんは動じなかった。
「いや、それは心配いらないんだ。実はもう確認を取ってある」
「え、そうなの!?」
「吸血鬼……あ、夜王都の?」
エルジュちゃんは覿面なリアクションを見せたけど、「心配いらない」のあたりで手を離していた。制作を失敗しないように驚く準備をしたようだ。さすがはプロ……え、違う?
一方で私はひとつだけ心当たりがあった。実は吸血鬼、夜王都の冒険者組合にひとりいるのだ。
名は《サーニャ・フランドル》。今のところ特に目立った動きはないものの、冒険者組合で受付の手伝いをしている少女だ。フィアさんとセレニアさんを助けてヴォログに入ったときに出張してきていて、いたく感謝してきた子である。
「サーニャに聞いてみたんだけど、吸血鬼はあらゆる種族から進化できるらしい」
「それはまた太っ腹というか……吸血鬼らしいというか」
「あれかな。吸われて自分も吸血鬼に、ってやつかな」
「そうらしい。条件をいろいろ満たした上で、特別な吸血をするんだとか」
〈ふーん〉
〈ふーん、えっちじゃん〉
〈えっちじゃん!!〉
〈さーにゃたそが首筋はむはむ!?!?〉
全種族から進化可能とはこれまた思い切った性質だけど、実はそういう話は初めてじゃないんだよね。夜草神社のアルラウネも進化元の種族を問わないようで、あそこに所属するアルラウネの中には元種族の外見的特徴が残っているひともいる。
たぶん吸血鬼も似たようなもので、獣人から進化すれば獣耳のついた吸血鬼になったりするんじゃないかな。……なんというか、美味しい属性だ。うん。
肝心の進化方法はというと、やはり吸血だった。DCOは全年齢対象だからあんまりソウイウ感覚とかはないんだろうけど……。
しかしそうなると、吸ってくれる吸血鬼が必要になるよね。サーニャさんでも可能ではあるんだろうけど、彼女の戦闘能力はあまりないと聞いている。そのあたりどうなんだろうか。
「進化の相手……親、というんですかね? そちらについては」
「できれば強い、それも自分と近いスタイルの吸血鬼に吸ってもらうべき、だそうだ。サーニャには断られたよ」
「……エヴァさんだね」
「エヴァさんでしょうね」
〈せやろな〉
〈は?〉
〈エヴァちゃんに吸ってもらうとか〉
〈ズルくない???〉
〈そこ代われよケイ〉
……まずはエヴァさんとの再会を待つことになる、というわけだ。気の長い話になりそうだね。
あとコメント欄、そろそろ大人しくしないと運営が来るよ。
「…………よし、できた!」
休憩を終えてギルドメンバーと合流するというケイさんと別れて少し。エルジュちゃんの嬉しそうな声が広場に響いた。
時刻表示を見ると、見事にほぼ30分。時間の見積も完璧だ。
「はい、ルヴィアさん! なかなかの自信作だよ!」
「ありがとう。エルジュちゃんしか知り合いの細工師がいないから、本当に助かったよ」
「……んふふ。私も、やっと宝石を扱えてとっても楽しかった!」
〈かわいい〉
〈*ユナ:かわいい〉
〈はいかわいい〉
〈JKのニヤけ頂きました〉
〈ガチ照れじゃん〉
〈エルジュあんな顔できるんだな〉
まあ、細工師の知り合いがいないのは半分エルジュちゃんのせいなんだけどね。彼女で事足りてしまうから他のところに行く理由がないし。
それに彼女、一度別のところに行こうとした時にものすごく拗ねたのだ。それはもう露骨な拗ね方で、なし崩し的に「可能な限りエルジュちゃんを贔屓にする」と約束させられてしまった。ちなみに約束した次の瞬間にはニコニコだった。
まあでも、どちらにせよ最前線のダンジョン素材はトップクラフターしか引き取ってくれないからね。そんなことしなくても、贔屓のクラフターが固定されるのはよくあることだ。
「とりあえず、それ見てみてよ」
外観は、かなり変わっていた。アイリウスの柄頭に嵌めやすいように形を整えられて、表面には魔力を通すらしき紋様が刻まれている。
……というか、宝石になっている。元が珠だったことを考えると、いっそ魔改造とすらいえる。
ではステータス確認の時間だ。いざ。
○神石・極光
分類:アクセサリー(特殊)
スキル:《虹魔術》、《植物魔術》、《片手剣》
属性:光
品質:Epic
性質:《迷核》、《想装》、《不壊》、プレイヤーレベル連動、《虹の鏡》対応
所持者:虹剣の精霊・ルヴィア
縁:東の武神・神鞍武尊
製作者:エルジュ
状態:正常
JUD+6、MATK+22、MDEF+10
・《神鞍神宮》の神力が満ちた白い宝石。流された魔力を増幅し、より強力にして放出する力を持つ。《虹魔剣アイリウス》の《虹の鏡》に最適化される形で、細工師エルジュの手で洗練されている。
元はダンジョン《荒れ果てた神宮》のダンジョンコアだったが、その役目はもう終えているようだ。
……うわぁ。
「ほんとに《想装》ついてる」
「まさか両方つくとは……」
《迷核》
汚染によって空間が歪んで発生したダンジョンの中心だったもの。特殊な魔力が強く浸透しており、性能が上昇している。特定条件下でより強い効力を発揮することもある。
《想装》
《幻双界》の存在と絆を結ばなければ得られない特殊な装備。入手は難しいが強い力を持つ。《唯装》ほどの突出した性能はないが、世界にひとつしかないとは限らない。
……なんというか、自重なんてなかった。
これだけを握りしめて戦闘に入ったとしても、前線の店売りの杖より強いんじゃないかな。そんなことしたらさすがにアイリウスはキレそうだけど。
現にほら、アイリウスのほうから飛んできて私の掌の宝石にお尻を押しつけている。グリップを握って押し込んでみると、そこにあったはずのどこか物寂しい空間が綺麗に消える。
心なしかアイリウスそのものも美しく見える気がするし、ちょっと嬉しそうだ。私は何もしていないのに、魔力がひとりでに循環している。
……え?
「魔力が勝手に循環って、そんなことあるの?」
「え……そんなのもう生き物じゃん、アイリウスちゃん……」
〈*検証班:!?!?〉
〈マ?〉
〈自我持ってんじゃん〉
〈*考察班:うせやろ……〉
〈考察班と検証班が絶句してるが〉
〈こういう時に限って運営はいないんだよなあ!〉
…………そのうち、本当に人化しそうな気がしてきた。
Q.武器が自我を持つことってあるの?
エルヴィーラ「ありますよ。中には付喪神みたいになって自由に行動する子もいます。
ただ、そういう子ほどご主人大好きっ子になりがちですね。相当大事に扱われないとそうはなりませんから」
ギルド名を楽しみにしていた方、もしいらっしゃったらごめんなさい。時系列の都合上、登場は次回です。
あと7話で一区切りつきますが、物語も更新もそのまま続きます。八月ラストスパート、乗り遅れないうちにぜひブックマークと評価、そしてよろしければ感想を!