119.無言の圧力 みんなで掛ければ 怖くない(字余り)
「朱音、インしたら《茅塚》にきてもらえませんか? すぐに済む用なので」
ログイン直前にそんなことを言われたから、街中央の転移門から茅塚の街へ。
待っていたのはクレハだ。ゲーム内ではやはり会うことが少なくて、ジュリアからさらに2日遅れてバージョン1になってから初めて。
「それで、用って?」
「昨日、ダンジョン解放をしたでしょう? 私もいつ使ってもおかしくありませんから、今のうちに浄化してもらっておこうと思いまして」
なるほど、と呟いた私に差し出されたのは、《水蛇の頸の玉》。クレハがパーティ級ボスとタイマンをしでかして話題になった《天竜十二水回廊》のダンジョンコアだ。
彼女は少し特殊な形で唯装を手に入れているから、他のダンジョンコアは持っていない。……二つ持っているのは私だけじゃないよ。ブランさんがいるから。
「そういうことなら……へえ、これだけじゃ譲渡扱いにならないんだね」
「そうでしょうね。アイテム所有権は落としてしばらく放置するか、他人のインベントリに入れないと変わりませんから」
「そのへんは割と普通なんだね。不便がないから調べてなかった……」
「検証班あたりに話を聞きに行けば、それなりに撮れ高になるかもしれませんね」
検証班に話を聞くのは、確かにいいかもしれない。向こうの都合もあるからなんともいえないけど、近々連絡は取ってみようか。
雑談を続けながらも受け取った珠を握って、《浄化》。……割と頑固だ。私のはあっさり済んだんだけど。
もしかして、精霊って持っているだけでアイテムが浄化しやすくなったりする? そんな料理の下拵えみたいな……。
とはいえ、浄化が難しかったりはしない。少し力が必要だったけど、その場で綺麗なコアを返すことができた。
「はい。これで大丈夫だよ」
「ありがとうございます。やはり持つべきものは友人ですね。聖水、高いんですよ」
「アレ、今のところプレイヤーは作れないからね。神社でないと買えないけど……どこも忙しそうだから」
「……という話があったのが昨日のことですね」
「なに普通に回想で済ませてるの、そんな大事なコト」
〈それ〉
〈そうだぞお嬢〉
〈エルジュちゃんの言う通りだぞ〉
〈配信しろや〉
〈ほんとこの配信クレハ映らんよな〉
8月27日、火曜日。私はエルジュちゃんのもとへ来ていた。
要件はもちろん、一昨日手に入れた元ダンジョンコアである《神鞍武神の宝玉》の加工だ。ようやく使えるようになった一点物だけど、まだ素材だからね。
「ちなみに私、もしかするとこれを加工したらしれっと《想装》がつく可能性があるのではと睨んでいます」
「うわ、ありそー」
《想装》。一部の双界人からの好感度が一定以上ある時にキーイベントをクリアすると、その人物から貰える装備のことだ。
《唯装》と違って世界にひとつとは限らないけれど、それに準ずる特別な品である。例えば、クレハは以前助けた夜草神社の巫女である稲花さんから刀を貰っていたりする。
ダンジョンコアである以上世界にひとつなんだけど、助けた(つまり多少なりとも好感度が高いはずの)ひとから直接受け取ったものだ。何もつかないよりは、想装のような性質がつく可能性はじゅうぶん考えられる。
「それか、また別のダンジョンコア専用の称号がつくか?」
「うん、そっちの方がありそうだよね。でもなんというか、あの運営はこういう時に度肝を抜いてきそうな予感がする」
「わかる」
〈草〉
〈この運営の扱いよな〉
〈公式配信者にここまで言われるか〉
〈中堅勢に聞いたら神運営っていう、トップに聞いたら曲者っていう〉
でも、ほら、ありそうじゃない。運営のこれまでの行いからして。すごくありそう。こういう油断した時に驚かせてくる性格の悪さをあの運営は持っている。
だから先に備えておいたのだ。これで本当にそうなっても驚かずに済む。
私たちは運営なんかに負けないんだから。
「早速だけど、今からやってみるね。あ、剣も借りていい?」
「もちろん。……アイリウス、あなたを強くするためだからね。だからちょっとだけ我慢して……そう、いい子」
〈草〉
〈やっぱ面白いわその子〉
〈声が子供あやす時のそれ〉
〈アイリウスちゃん手懐けられてる〉
この宝玉は長らく忘れ去られていたアイリウスの能力、《虹の鏡》のために使う。
最初は私のもとを少しでも離れることを嫌がったアイリウスだけど、言い聞かせたら大人しくなった。ちゃんとわかってくれたようだ。
「30分くらいかかると思うけど、どうする?」
「紹介済のフィールドに出るには微妙な時間だなぁ……しばらく待ってようかな」
「りょーかい。……あ、ルヴィアさんに用がある人、もしいたら話し相手になりに来てもいいよ」
「エルジュちゃん、人の配信で凸待ち宣言はやめよう?」
そんなことを言っちゃったからだろうね。
「久しぶり、ルヴィア。ちょうど近くにいたからね、休憩がてら話に来たよ」
「ケイさん、お久しぶりです」
来ちゃいました。
ケイさん。人間族の斥候で、ギルド《天球の光》のマスターだ。押しも押されもせぬトッププレイヤーの一人で、多くのプレイヤーが集まる攻略の時はいつも重要なポジションを任されている。
私とは時々話をする仲ではあるんだけど、タイミングに恵まれず配信にはあまり出ていなかった。カメラの前でちゃんと話すのは初めてかもしれない。
「あれ、パーティの方は?」
「街の中で休憩中さ。今は希望したギルメンの育成中でね」
現在、最前線には三つの攻略ギルドがある。ブランさんが設立した《明星の騎士団》、リョウガさん率いる《盃同盟》、そしてケイさんの《天球の光》だ。
このうち《天球》は発足が遅かったこともあり、規模でいうと現状は前ふたつに少しだけ遅れをとっている。それもあってか、希望したギルドメンバーへの育成はしっかり行っているようだ。
前にも触れた通り、このゲームはレベルと攻略状況にちょっと乖離がある。前線攻略勢と同等のレベルに到達したからといって、それだけで最前線に参加できるわけではない。そこの差を埋めるプレイヤースキルの育成は各ギルドの腕の見せどころ、というわけだ。
おそらく今日もその一環だろう。ここ如良の近く、特にここから南方は、確かにそれに適した難易度といえる。
「そういう動きはソロだと難しいですし、ギルドさまさまですね」
「何言ってんだい、ついこないだ一人で四人も開花させてたろうに」
「あれは違いますから。ちょっと助言したらあとは四人の自力でしたし」
〈ほんまこいつ〉
〈そういうとこやぞお嬢〉
〈これだから無自覚は〉
〈自分の指導力に自覚ないからなお嬢は〉
いや本当に、彼らには私は一言ずつしか話していない。前線の心構えや細かい立ち回りなんて教えていないのだ。
指導力どうこうじゃなくて、今ケイさんがやっているような指導の内容はそもそも教えていない。最初からできていた。
「……それと、ルヴィア。改めて言うけど、あんたもギルドを建ててくれないかい?」
「私にその利点はないと思いますけど……」
ギルド関連でいうと、この手の話は私は何度も振られている。確かに私を祭り上げようとする動きは常にあるけど、かといって私はそれにあまり魅力を感じていないのだ。
ギルドの恩恵は、今のところ主に四つ。メンバー内での情報やアイテムのやり取りがしやすくなる。規模に応じて各地の組合からの扱いが良くなる。プレイヤー間の関係に軸ができることで後進育成がしやすくなる。そして、メンバーにちょっとした一体感が生まれて連携がしやすくなる。
つまり、これまでのように少人数で各地を転々としながら攻略を続ける分には直接の恩恵は少ない。入って損をすることはないけれど。
ましてや私がギルドを作るなんて、余計に意義が薄いと思うんだ。トップが前線攻略をあまりせずに各地を飛び回っているようでは、三大ギルドのようなまとまりは得にくいだろう。
ただ、なんとなく違和感を覚えた。前にも似たような話はされたことがあるけど、その時より切羽詰まっているというか。
「……何か不都合があったんですか?」
「ああ。トップ組に、無所属が多すぎる」
「それは確かに」
「しかもその大半はあんたと近しい奴らだ」
「あー……そういうことですか」
〈それな〉
〈みんな待ってんのよ〉
〈その他の多いグラフみたいな〉
私がそうであるように、別にフロントランナーだからといってギルドに入らなければならないわけではない。多少でも対人関係が煩わしいと思う人もいるだろうし、得られる恩恵より細かな自由度を優先する人も、入ろうにも合うところがない人もいるだろう。
だけど、それが多すぎると確かにちょっと困るのだ。
ギルドは細かい情報伝達が速い。だからユニオン以外の大型攻略の時、各ギルドのメンバーが集まっていると全体の統率も取りやすくなる。
だけどこの方法、無所属プレイヤーはあぶれるんだよね。少数なら仕方ないしそれ前提で考えられるんだけど、ここで無所属が多すぎると少し面倒になったりするのだ。
……なんか既視感があると思ったら、あれだ。学校のクラス全体で連絡を取ろうとしたら、何人かがそもそもLIENEをやっていなかった、みたいな感じだ。
「ちなみに、私じゃなきゃいけませんか?」
「……ユナ、イシュカ、ゲンゴロウ、ミカン、フリュー、シルバ、ハヤテ」
「…………ええと」
「私が直接ギルド設立を打診して、『ルヴィア以外のギルドに入るつもりはない』って言った七人だよ」
〈草〉
〈愛されてんねぇ〉
〈圧力じゃん〉
〈かわいそうに〉
〈もうギルド作らないわけにはいかないねえ〉
外堀が埋まっている。もはや兵糧攻めだ。
当然、彼らはギルド未所属者が多い状態のまずさをわかっているはずだ。それでもなおそんな回答をしたということは、もはや私に作らせる気しかないということである。
結局こうなるんだよね。注目を分散させようとして私がスルーしたのに、周りが全部私に押しつけてくる。私が嫌がっているのはポーズだけだとバレているのだ。
「……わかりました。作りますよ、ギルド」
「悪いね、助かるよ」
「といっても設立に少し手間がかかるので、これが終わってからですね」
事がこうなってしまうと、私以外の誰かが作っても根本的な解決になりづらい。たった今挙がった名前とそのパーティメンバーから見るに、私が作らないと私自身を含めて最低でも十数人のトッププレイヤーが宙ぶらりんのままになる。
この問題児どもをまとめて処理するには、結局ヤツらの要求を呑むしかないのだ。
「つきましては、30分後から私と一緒に行動できる方を募集します。条件はギルド未所属の私のフレンドで、今挙がった七名以外」
〈*Hayate Ch.:え"〉
〈草〉
〈*フリューリンク:る、ルヴィア、冗談きついよ?〉
〈お嬢たまに厳しいよな〉
〈いや草;1000〉
〈*ミカン:そんなぁ〉
ちなみに、真っ先に立候補してきたのはイルマさんだった。……え、ギルド入ってなかったの?
ケイ「ちなみにルヴィアのギルドの名前は感想欄で募しゅ」
ルヴィア「しません。ちゃんともう決まってますから。大丈夫ですから。感想の稼ぎ方が露骨すぎますし、そういうこと言っちゃうと本当に送られてきちゃった時に困りますから」
ケイ「……もしそれでも案が送られてきたとして、それが作者の案よりいいと思ったら?」
ルヴィア「…………」
エルジュ「そこで黙らないでよルヴィアさん」