117.ルヴィア先生の 解決☆お悩み相談室
「なんというか、トッププレイヤーなめてました」
「単に神業ってだけじゃなかったな……」
「立ち回りとか判断力とか、同じ人間とは思えないよね」
「あたしたち、こうなれるんですか……?」
戦闘を終えて落ちた《猫幽霊の魂》を拾い、八個全ての討伐参加者欄に私とタラムさんの名前があったそれを分ける。……なんとかスケルトンが引きつけていた二匹の分は受け取ってくれたけど、残りは押しつけられてしまった。私は半々でよかったんだけど。
そうこうしているうちに近づいてきた四人の感想は、だいたいこんな感じだった。一様になんともいえない趣深めな顔だ。
「大丈夫ですよ。そのあたりは慣れですから、強い敵と戦っていれば自然と身につきますし」
「そうそう。ルヴィアさんのPSは置いといて、戦闘勘はやってるうちに身につくから」
「む……言いますね、タラムさん」
「さっきのムーブは正直僕も引いてるからね」
〈せやろな〉
〈よかった、タラムでもそう思うか〉
〈まああの動きはお嬢だなって〉
〈*明星の騎士団:アレはさすがルヴィアさんだよね〉
〈それ身につけられると俺達の立場なくなるのよ〉
〈トップ組もみんな同意見か〉
……皆さんのご意見は無視しておくとして、立ち回りや咄嗟の動きなんかは本当に慣れだ。場数を重ねれば自然と経験からわかるようになってくるから、焦らないのが吉である。
私もいつごろからできるようになったか覚えていないし、半分無意識だから教えるのも難しい。これは他の前線組も同じだと思う。
ひとまず戦闘が落ち着いたから、歩きながら話をすることにした。近くにこっちを向きそうな敵はいないけど、まだ距離はあるからね。
「とりあえず一人ずつ、私から見た課題点を話しておきますね」
「あ、はい」
「ほんとに一戦で四人分わかったんだ……」
〈マジなんか〉
〈一流の剣士で魔術師で将軍で教師〉
〈おい誰だお嬢に観察眼まで与えた神は〉
〈持ってるものと持ってないものが極端だよなお嬢〉
〈*イシュカ:これでルヴィアのリアル運動神経がまともだったら世界恨んでたわよ〉
〈イシュカはあっち側だろ〉
〈*カナタのサブ:ルヴィアさんの指導力は本物ですよ〉
〈カナタちゃん休憩中か〉
〈記憶に新しいパリィ講座〉
あれはカナタさんの飲み込みが速かったのが大きいと思うよ。私は自分の感覚を伝えただけで、別に指導らしいことはしていない。
あとイシュカさん、複数作のRTA元日本記録保持者がそれ言う?
「まずは……クリフトくんからいきましょうか」
「あ、僕にもあるんだ」
〈クリフト坊は無難じゃなかった?〉
〈上手かったと思うけど〉
〈これ永久保存版になるかもね〉
本人が意外そうにしている通り、クリフトくんは四人の中では最も安定していた。他の三人がしっかりしていたからヒーラーの彼に出番が少なかったのもあるだろうけどね。
「ただ、ヒーラーとはいえ戦闘中に暇になるのはあまりいいことじゃないんですよね」
「確かに。ユナさんもイチョウさんも……」
「ええ。彼女たちのようなサブスキルがあった方がいいかと」
ユナは《植物魔術》、イチョウさんは弓で《治癒術》の出番がない時のカバーをしている。ヒーラーは誰かが怪我をしない限り出番がないから、こういうサブウェポンがあると大きく変わるのだ。
といっても、それまでヒーラーしかしていなかった人がそういう攻撃込みのスキルを使いこなすには時間と練習が必要になる。高難度の《植物魔術》を数日でモノにしたユナや、最初から併用しつつ超レベリングをしてのけたイチョウさんがおかしいだけである。
「オススメは《陰陽術》ですね。同じ支援系の魔術ですから慣れやすいですし、ミカンやシークさんのようにいいお手本が何人もいます」
「なるほど……考えてみます。どっちがいいのかな……」
シークさんというのは、ケイさんのギルドに所属しているトップ《陰陽師》だ。《陰陽術》を兼ねた《治癒術師》は《巫術師》と呼ばれることが多いんだけど、彼はむしろ陰陽術がメインという珍しいスキル構成をしている。
さすがにそこまで極端なことは言わないけど、陰陽術を語るにあたって外せない人物である。
ちなみにシークさん、うちの常連リスナーでもある。攻略中に私の配信を流しっぱなしにするトッププレイヤーの一人だ。今もほら、ちゃんとコメント欄にいる。
「取っ付きやすいのは《陽術》で、主流もそっちですね。対象が味方だから、《治癒術》と同じ感覚でいけます」
「だけど、《陰術》のほうが少ない分価値はあると」
「そういうことだね。陰陽術なら僕も少しだけわかるから、気になるなら聞いて」
〈タラム最近陰陽師始めたんよな〉
〈え、弓じゃないの?〉
〈ヒント:タラムは精霊候補〉
そう、ちょうどここにいるタラムさんも陰陽師だったりする。彼の場合は、支援を行いながら攻撃にも参加してヒーラーはあまり兼ねないという特異なスタイルでもあるけど。
なんでも、精霊を目指すために魔術を習得したのだとか。《精霊の唄》に惹かれて《吟遊詩人》を志しているところで、今は《歌唱魔術》もあわせて練習中らしい。
一方で、ヒーラーを兼ねるなら理想はミカンになるだろう。彼女は本職がヒーラーでありながら、効率重視で時に陰陽術を優先するトッププレイヤー特有の強みがある。
このあたりは中堅層のプレイヤーにとっては心地悪いことも多いんだけど……クリフトくん、さっき無意味な体力満タンに固執していなかったからね。たぶんこのパーティなら大丈夫だろう。
「次、ミリアちゃんにしましょうか」
「はい。なんだろ、魔術の使い方とかかな……」
ミリアちゃんも後衛だから、問題点が比較的ひとりで完結している。
クリフトくんが手札の話だったのに対して、ミリアちゃんは手札の数は一般的な魔術師と変わらない。ちゃんと複数属性を修めているようだし、これ以上武器を増やす必要はひとまずないだろう。
「ミリアちゃん。実は魔術って、その中でも人によって適性があるんですよ」
「適性、ですか?」
「ええ。《ロア》が得意な人もいれば《アロー》が得意な人もいる……なんとなく、自覚ありません?」
「…………はい」
〈!?!?〉
〈え、マジ?〉
〈知らないんだけどそれ〉
〈これ後続に伝わってなかったんか……〉
ある意味で彼女の予想した通り、これは魔術の使い方の話になる。たぶん当人も、持っているスキルは一般的なものから見て足りているとわかっているのだろう。
現にミリアちゃん、心当たりがある反応をみせた。やっぱり、薄々自覚はあったのかな。
「これは本当に感覚の問題ですけど……見たところ、ミリアちゃんは手数型でしょうね。《ロア》や《プロード》のような一発が大きい魔術は苦手で、《アロー》や《ホーミング》のような数で押す魔術が得意」
「はい。すごくわかります。《ロア》はなんか威力出ないし、《連唱》はやりやすくて……」
現に、ミリアちゃんはさっき見せてくれた《ダブル・ライトニングロア》でもそうだった。平均より出が早い代わりに、威力は思いのほか伸びない。
このタイプの典型例はペトラさんだろう。彼女は自力で詠唱加速という高難度技を物にしていた。……まあ、彼女の場合は手数というより速度を重視するから《ロア》も普通に撃っているけど。
ちなみに私はというと、ほぼバランス型だ。出の早さも威力も悪くはなく、《連唱》も真っ先に気づいただけで別に得意でも苦手でもない。
強いていうなら、始点と終点だけを指定する特殊な操作が必要な《ホーミング》がかなり苦手。今のところ必要な場面が少ないから助かっている。
〈それはお嬢の話なんよ〉
〈そらあれだけエイム上手けりゃホミは要らんよなあ!!〉
〈普通の人はホミさまさまなんだよ〉
〈これだから天才は……〉
〈お嬢のいうバランス型は万能の間違いだぞ〉
「そっか、そんな単純な話だったんだ……」
「ミリアちゃんのようなタイプなら、《ロア》よりも《アロー》連唱の方が火力効率はいいでしょうね。火力以外にも各魔術の強みがありますから絶対ではありませんが、意識してみてください」
現時点で完成度が高いのがクリフトくんなら、基盤ができているのはミリアちゃん。この二人は軽いアドバイスだけで充分だから楽だった。
残る二人、前衛組だ。
「まずトールくん」
「はい」
「あなたはタンクをやめましょうか」
「……え?」
〈ん〉
〈はい?〉
〈なんつった今〉
〈なんかコンバート勧め始めたんだけど〉
〈一戦しか見てないよな?〉
もちろん、私にもちゃんと考えはある。この四人パーティでやるなら、それが最良だと思うのだ。
「トールくん、タンクとアタッカーを兼ねていますよね?」
「……はい。最初はタンク専門だったんすけど、パーティの火力不足で」
「正直、アタッカーとしての方が動きがよかったですよ。たぶん構えるより動く方が向いているかと」
ちなみに、DCOに兼任タンクはいないわけではない。自分も積極的に火力となるタンクは、中堅層までは頻繁にみられるものだ。
だけど、それは最前線にはあまりいない。普通に攻撃もやるセージさんという規格外がいるけど、彼の他には召喚系の後衛タンクという特殊例であるフリューくらいだ。
ではなぜいないのか。答えは簡単だ。
「もう少し上に行くと、兼任タンクだと防御力が足りなくなるんですよ。ステータス値は有限ですし、敵の攻撃力や技術は跳ね上がりますから」
「つまり、その領域は俺には厳しいと」
「言葉を選ばなければ、そういうことですね。仮にタンクに再専念しても、保証は正直なところできません」
一方で、トールくんの攻撃には見どころがあった。彼自身、薄々はそっちの方が得意だとわかっているだろう。
「だから、アタッカーに専念してみましょう。火力不足は一気に解消されると思いますよ」
「でも、タンクはどうするんすか。誰かいないと……」
「そこでもうひとつ。ノノちゃん、タンクやってみませんか?」
「…………はぇ?」
〈お嬢……〉
〈また凄いこと言い出した〉
〈いやさすがに〉
〈*リョウガ:あー、そういうことか。確かにな〉
〈*イルマチャンネル:さすがだなルヴィアさん〉
〈またトップ組がわかった言うとるけど〉
〈実は俺らよりトップ勢の方がさす嬢するよな〉
あくまで私の見立てだけど、タンクにはノノちゃんの方が向いていると思うんだ。その方が火力効率もいいだろうし、安定するはず。
とはいえ、彼女はAGI寄せの手数型だ。そのまま大盾を持たせてもまともに運用できないだろうし、私もそんなことしろとは言わない。
「回避盾ですよ。何もタンクは盾持ちだけというわけではありません」
「回避盾……ですか?」
回避盾。つまり盾による防御ではなく、回避を主な防御手段として使うタンクのことだ。タンクがいない時の私もこれだったりする。
回避盾は前線では少ない。そのせいで巷では「回避盾は最前線ではやれない」とよく言われるけど、これは少し違うんだよね。
少ないだけで、いないわけではない。前に行けば行くほど回避盾が少なくなるのには、確固たる理由がある。
「パリィです。回避盾って、前線では《パリィ》を併用しないと守り切れないんですよ」
「そういえば、そうだね。ルヴィアさんも含めて、前線にいる数少ない回避盾はみんなパリィを使ってる」
「でも、ノノちゃんはさっき、パリィを反射的に使えていましたよね」
回避盾が前線で減る理由は、回避盾そのものというよりは《パリィ》の難易度によるものなのだ。あと、高レベル帯になると防御盾が比較的充実するのも大きい。
だけど、ノノちゃんはパリィができる。それも咄嗟に成功させられるあたり、かなり上手い。あれだけやれるなら、回避盾は前線でもじゅうぶん務まるんじゃないかな。
というわけで、一旦それを踏まえてやってみてもらうことに。
「よっし……いきますよ」
「ああ。頼む、ノノ」
「三人とも、位置取りは気をつけてください。回避盾だとだいぶ勝手が変わりますから」
「「「はい!」」」
「───《咆哮》!!」
まずノノちゃんが取得したばかりの《威嚇》でターゲットを引っ張る。今回の獲物たちにはしっかり効いたようで、猫幽霊三匹が同時にノノちゃんの方を向く。
そのうち二匹が突進。左右から挟み込むように仕掛けてきたが……ノノちゃんは落ち着いていた。ひらりと身をかわして外側へ走り、片方を避けながらもう片方に対する遮蔽物として初撃を封じる。
「ここ、《マジックブースト》!」
「《ウェイブホーミング》」
「っし、ナイス二人とも!」
ミリアちゃんの詠唱が終わる直前にクリフトくんが的確な陽術、それを受けて即座にミリアちゃんが《雷魔術》の連唱。多数のホーミング弾が先に駆け抜けようとした方の猫幽霊に叩きつけられて、その動きが明らかに鈍った。
これを良しとしたのがトールくんだ。足止めされた方の猫の背後に回っていた彼は、狙った猫の前から障害物が退かなかったことで相当なアドバンテージを得た。
思いっきり溜めた《チャージストライク》が首筋に思い切り振り下ろされ、まず一匹が強烈なダメージを受けながらダウン。そこにトールくんとミリアちゃんが素早い追撃を叩き込んで、残りも簡単に削りきった。
「《ディクリースアタック》、ノノはそっち!」
「OK!」
「こっち引き受ける、ミリアは奥の頼んだ!」
「わかった! ……ノノちゃん」
「はい、せー……のっ!」
「《サンダーアロー》!!」
ミリアちゃんの魔術でダメージを受けていた猫はトールくんが一対一で向き合って、これを引きつけてからあっさり処理。一回り小さい盾にも変えた彼の立ち回りは、さっきとは比べ物にならない安定感があった。
一方のノノちゃんは、無傷だった残る一匹の攻撃を軽々と避けながら位置関係を調整。セットが済むとパリィに切り替え、ミリアちゃんの詠唱を待つ。パリィは時々少しだけ貫通してダメージが入るけど、しっかり当てていたクリフトくんの陰術もあって誤差の範囲だ。
ミリアちゃんの準備が完了。合図と同時にノノちゃんが思いっきり真横に退避、彼女しか見えていなかった猫は振り向きながら一瞬硬直した。───さっきまでノノちゃんが体で隠していた延長線上には、がら空きの射線を得て笑うミリアちゃん。
《サンダーアロー》のガトリング連唱が、横を向いたせいでがら空きだった猫の首筋を蜂の巣にした。
「え、あれホントに初めてかい……?」
「うーん、予想外です。そこそこはやれると思ってましたけど」
「四人全員がスタイルを変えて初回の戦闘とは思えないんだけど……」
「ふふ。もしかしたら、獅子を目覚めさせちゃったかもしれませんね」
いや本当に、私も驚いた。これなら最前線に姿を見せるのもそう遠くないかもしれない。
思いつきで指導してみたけど、こういうのは思っていた以上に需要があるのかもしれないね。
これが後に謳われるルヴィア伝説の一節です。
タラム「それはまさしく魔法のように、一目で素質を見抜いては……」
ルヴィア「ちょっとタラムさんそれ歌うのはほんとやめてくださいっていうかその部分書いたのあなたでしょうそこだけリアリティありすぎますもんだからやめてください恥ずかしいからそれほんとだめだからやめて」