12.らんど・いず・すとろんぐ
おはようございます。3月10日日曜日、DCOベータテスト二日目です。
今は3月前半だから、春休みに入っている大学生は時間が取りやすい。私たちのような進学が決まっている高校卒業生にとっても比較的暇な時期だ。
とはいえ、大学生活はすぐそこだ。油断していたらすぐに入学してしまうから、予習を欠かすわけにはいかない。体力をつけつつ現実の体を維持するために軽く運動もして、それからログイン。今が午前十時だから、まずは二時間ほどだろうか。
「というわけで朝からお付き合いいただきありがとうございます。今日もDCOの攻略を進めていこうと思います」
〈わこ〉
〈きたきた〉
〈おはー〉
〈待ってた〉
掲示板に「一番道路の前半はレベル5、後半はレベル8あたりで経験値効率が限界になる」とあった。私は昨日でレベル8に届いているから、やはり今日からは二番道路へ向かうことになるか。
そして今回は一番道路後半と違って、先人のおかげで多少情報があった。ロマン職の練習のために余計に時間が必要だっただけだけどね。
「今日から行く二番道路では、イノシシが新しく登場します。一撃が速く重いので注意が必要だそうです。
それともう一つ、ウサギが狂化されます」
〈ん?〉
〈今イントネーションが変じゃなかった?〉
〈強化? 狂化?〉
「どっちもです。狂って強くなるとか」
イノシシは目撃が少ないこともあって、まだ対処法が確立されていないらしい。出てきた情報も、逃げようと思えば逃げられる、というくらいだ。
パリィ職は少数だから、なおのこと情報が上がりづらい。パリィ時は特に警戒しておくべきだろう。どちらにせよ、レアMobだから遭遇は少ないだろうけど。
それよりは、問題はウサギのほう。ステータスが上がった上で凶暴になると聞いている。数はさほどではないようだが、下手をするとイノシシより手こずるので要注意とのこと。なにしろ攻撃力は元々あったからね。
代わりにこれまでのウサギは出現しなくなる。鹿はポップ継続で、数が増えると。
「その鹿があんまり多いので、ついたあだ名は『奈良公園』……ほんとに多いですね?」
〈鹿だらけじゃねーか〉
〈めちゃくちゃいて草〉
〈うさぎ天国はうさぎだから可愛く見えてたんだな……〉
一番道路のウサギ並だった。それも奥に行けば行くほど密度が増して、今度は谷がある中央あたりに至っては本物の鹿公園もかくやの密度である。アレ全部エネミーだよね?
と、早くも二番道路の入口まで来ているわけだけど、昨日スキルスレを見てひとまず欲しくなったスキルを取得しておこう。
《直感》
周囲で何かが起ころうとしている時、スキルレベルに応じてアラートが発生する。
《攻撃予測》
敵を認識している間、次に来る攻撃の大まかな範囲が直前に見えるようになる。
《鑑定》
敵やアイテムの情報がわかる。
《鑑定》は初日を終えての汎用として、他の二つはパリィ強化狙い。VRはアクションゲームだから、得意を伸ばすに越したことはない。苦手なことはどう足掻いても得意になれないこともあるし。このあたり、VRゲームは現実に似てシビアだ。なにしろ自分で動かなければならない。
ちなみにこのゲームでは、盾を持つと重量とは別に敏捷性が落ちる。空気抵抗なのだろうか。一撃より手数を重視するのであれば、むしろ邪魔なくらい……と。
もちろん盾は便利だけど、スピード型の片手剣士にも盾安定とまではならない。回避よりは楽だから、アクションにあまり自信のないプレイヤーはVITやSTRを上げつつ重戦士ビルドで盾を使うのが楽ということだろう。
やりたいロールと合わないなら練習あるのみ。
「というわけで、初日の感触をもとにパリィ重視、手数に寄せて近接をやっていこうと思います。魔術は……保留で」
まずは復習、近くの鹿を引っかける。……んー、一応アクティブなんだね。ただ敵性化範囲が狭い。まあ、ウサギ並にわらわら寄って来られたらさすがに困るか。
突っ込んできた鹿を斜めに迎え撃って、剣を構え……ふむ、薄赤のレーザーのようなエフェクト。これが《攻撃予測》か。
なぞるように飛んできた角を横から弾いて、首が向こうを向いたところに切り返しで一太刀。……クリティカル。がら空きの首だものね。
もう二度繰り返せば落ちた。まあ、基礎練習としては悪くないか。そのまま何体か狩って感覚を馴染ませていこう。
〈当たり前のようにパリィ安定してるの怖い〉
〈確かにスキル補正は入ったけどさあ〉
〈反応やば〉
「では次。クレイジーラビット」
鹿ほどの数はいないから、こちらから迎えに行ってタゲ取り。こっち向いたね、元々赤かった目が血走っている。
パープルクレイジーラビット Lv.5
属性:氷
状態:狂化
増えている『状態』の欄が《鑑定》スキルの効果か。さっきの鹿には『状態:正常』とあったし。スキルレベルが低いからなのか、まだ変わったのはそのくらいだ。
このゲームではウサギのように属性ごとにカラーが設定されているんだけど、紫が氷属性なんだよね。正確には薄紫。水色だと英語の語呂が悪いからかな。
ではさっそく、勝負……ってちょっと待っ、
「あっぶなっ、!」
〈は?〉
〈はっや〉
〈高速移動してるぞ〉
〈反射神経トレーニングか?〉
なんか早送りみたいだったね。単純に移動速度が三割増しくらいになっている。元のウサギが軽量Mobとしては鈍足だったともいえるけど。
突進をなんとかいなして振り返り、また体当たりしてきたところをパリィ。
「おや」
〈けっこう減った〉
〈勢いがな……〉
〈そらこんな安定パリィ想定してないだろうし〉
「やはり最大のダメージソースは地面……」
起き上がりもそこそこ早かったが、三回ほど地球攻撃をするだけで倒せてしまった。叩きつけるだけだから慣れれば簡単だけど、できれば魔術スキルも上げていきたいところ。ただ、こうも速いと狙いづらいんだよね。
ドロップ品確認。……肉と皮と前歯はこれまでと同じだった。違うのはこれ。
○紫の魔化石・極小
分類:素材
属性:氷
・変質した魔力がこもった石。生物と結びつくと魔力を暴走させる。来訪者には無効。《錬金術》などで適切に加工すれば《紫の魔石》になる。
危険物だった。来訪者無効って、住人には有効ということだよね?
そもそも売却できない気がするけど……スタック可能ですか。プレイヤー錬金術師が出てくるまで待つしかなさそうだ。
しばらくウサギを狙って、魔術を当てるならパリィしながら《クリーパーヴァイン》だとわかった。動作と平行しながらの詠唱も難しいけど、できなくはない。命中率は微妙だけど。
〈パリィしながら詠唱し始めた件〉
〈集中力どうなってんだ〉
〈テスター組、あれの難易度は?〉
〈無理ゲー〉
〈詠唱って現実にない感覚だから今は回避すらきつい〉
〈そもそもパリィ単体が決まらないんだが???〉
〈6割当たってるの信じらんねえ〉
〈ですよねー〉
〈あれ非現実アクションぞ?〉
「《クリーパーヴァイン》……あ、エイムを最後にすればいいんだ」
〈うわクリティカル〉
〈何やったんだ今〉
〈あー、その手があったか〉
〈いいこと聞いた〉
〈それもそれで難易度高そうなんだが?〉
〈マルチタスクえぐいな〉
デフォルトでの魔術の使い方は、意識→選択→照準→詠唱→発射。
まず魔術の使用を意識して、次にどの魔術を使うか選択する。その後どこからどこへ向けて放つかの照準を合わせ、イメージで魔力を集中させて。そうすると選択した魔術が組み上がるので、最後に発射を意識すると発動するといった具合だ。
ところが、どうやらこの順序は固定ではなかったらしい。この照準と詠唱の順番を逆にしてみたところ、問題なく発動できたのでこちらに切り替えてみた。
そしてこれが当たる当たる。かなりラグが軽減されたおかげで、射出型の《リーフエッジ》でもそこそこ当たるほどだ。術の出そのものも早いから、欠陥が見つからない限り普段からこちらでいいかもしれない。
強いていうなら、詠唱の済んだ魔術をストックするには若干の集中力を割く必要がある。いっぱいいっぱいの時はさすがに使えないか。
〈なるほどなぁ〉
〈気付くのがすげえわ〉
〈ちょっとルヴィア式試してくる〉
〈できたけどくっそ疲れる〉
〈なんでこれやりながらパリィできんの???〉
安定してきたところで、ちょうどイノシシを見つけた。せっかくだ、戦ってみよう。
ワイルドボア Lv.9
属性:風
状態:正常
「……」
「…………」
威圧感!
一応ノーマルMobのはずなんだけど、受ける圧がボスのそれだ。強そう。いや実際、先行組がイノシシは強いと言っているんだけど。ソロだと普通に死に戻った人もいるとかで、気を抜けない相手だ。ポップ数が少ないあたり、自信がなければ避けろということだろう。
向こうから突っ込んできた。半身になって受け流し……重い!
「《エアロバレット》……流し切れないってどういうことですか」
〈火力よ〉
〈猪突猛進〉
〈綺麗に入ったように見えたけどなあ〉
〈STR対抗に負けたか〉
クリティカルこそ入らなかったけど、頭にしっかり当たったはず。それで弾ききれずに、こちらにも多少のダメージ。STR差が大きすぎるのだろうか。
忘れずに追い討ちの魔術を撃ち込んで、向こうが振り向く間に立て直しておく。
「クリティカルさえ入れれば弾き切れるんでしょうけど……あ」
「……!」
「《クリーパーヴァイン》」
「!?」
〈!?〉
〈は?〉
〈うっわエグい〉
〈くさむすびだ〉
〈そうきたか〉
「言ったじゃないですか。最強の武器は地面だって」
いやだって、まともにクリティカル狙うわけないじゃない。このスピード相手にクリティカルとか、私でも確実に狙うのはかなりシビアだよ。
魔術のツルがイノシシの足元で輪っかを作ると、見事に引っかかってすってんころりん。派手にHPが削れて仰向けに倒れ、『転倒』を示す状態異常アイコンが表示された。
駆け寄って首を斬りながらついでに《リーフエッジ》も発射していると、短い足でもがいて立ち直る頃にはゲージ黄色。もう一度同じことをすれば、あっさりそれで落ちてしまった。
「大型の地上敵には今後もアリですねこれ。くさむすび有能なのでは?」
〈鬼がいるよ〉
〈ころばし屋さん?〉
〈それでいいのか公式配信者〉
「この方法だとベースレベルの経験値は美味しいですけど……今度はパリィが上がらないのが辛いですね。大人しく鹿を狩りますか」
……と、思ったんだけど。
「だれかたすけてくれぇぇぇ!」
「俺は町に戻るぞ! 殺人イノシシなんかと一緒にいられるか!」
〈草〉
〈なんか聞こえたぞ〉
〈スプラッタかな?〉
〈いやギャグだろ〉
〈アンバランスすぎてワロ〉
しばらく鹿とウサギを狩っていると愉快な声が聞こえてきたから、面白半分でそちらに行ってみる。
声の主は二人の男性プレイヤーだった。片方が槍を持った人間、もう片方の斧使いは狼の獣人さんだね。それもかなり獣寄りの。
実は獣人という種族、キャラメイク時に「獣化ゲージ」というもので獣らしさを調節できるケモナー歓喜の仕様が存在するのだ。
ピンチとは思えない言動で面白いけど、実際はかなり危機的状況だからさっさと助けに入ろうか。
うわあ凄い、数が少ないはずのイノシシが二頭いる。それぞれ別のところからタゲを引っ張ってきたか、偶然近い場所に同時に二頭湧いたかだけど……ろくに減っていないHPの様子からして不運な偶然だろう。
一方でプレイヤー二人は既にどちらも黄色。旗色はかなり悪い。
「《クリーパーヴァイン》」
「うおっ……助かった!」
「もう片方は持ちます、そっち仕留めて!」
「わかった、ありがとう!」
さすがに前線にいるプレイヤー、想定外であろう現象にも反応は早かった。転んだ方のイノシシは狼さんに任せて、もう片方のタゲを引き受ける。
《DCO》も各魔術にはそれぞれクールタイムがあるから、まだ《クリーパーヴァイン》は使えない。つまり、今度は剣で受けなければならない。
では今度こそ弾いてみせましょう、来なさい肉団子!
「……はぁっ!」
〈クリティカルwwwww〉
〈ホントにやりやがったwwwwwwwww〉
〈完璧じゃねーか〉
〈有言実行で草〉
〈惚れた〉
〈公式プレイヤーの本気〉
〈俺達の主人公〉
〈っぱルヴィアなんだよなあ!〉
「《アトモスロア》。いや、やればできるもんですね」
なんか本当にクリティカルが入ってしまったので、隙だらけのお尻に風魔術を追い討ち。緑色の光線らしきものが突き刺さると圧縮された風が爆発して、急加速したイノシシはそのまま体勢を崩した。
……む、転倒はしないか。
さらに追い討ちしているうちに転ばせた方が片付いたようなので、あとは三人で袋叩き。この二人、攻勢に回った時の火力はかなりのものだった。
「ルヴィアさんだよな。ほんと助かった」
「俺はシルバ、こいつがリュカ。もうダメかと思ったよ」
「いえ、オープンフィールドである以上はお互い様ですから」
人間さんがシルバさん、狼さんがリュカさん。二人ともフレンド登録をして別れる。ちなみにこのゲーム、フレンド数には上限が存在しない。
予想はしていたけどこの二人、ゲーム内でついさっき意気投合した即席ペアだった。ベータの抽選倍率的に大抵そうだし、戦力的にもアンバランスだったからね。まあ、今回のような不運に見舞われなければ、今のうちは問題なさそうか。
イノシシへの有効な手立てはなかったとはいえ、今ここにいるということは立派な最前線組。どこかでまた出会うこともあるだろう。
今の騒動でいつの間にか谷底を越えていたけれど、一番道路と違って前後半での変化はないようだった。
敵の特徴もわかったことだし、後はレベルを上げて物理で殴れ。今日一日をかけてレベリングと二番道路突破といきましょう。
ベータ2日目、戦法の確立。初日は8話かかったのに2日目は1話です。そんなもんです。最後の彼らは見ての通りの3枚目です。
次回は金曜日、戦闘は小休止でストーリーのほう。個人的にちょっとお気に入りの子の初登場となります。