115.にゃんにゃんキラーを集めて揃えて
「昼界東側の戦線は一通り見たので、今度は西に向かいます。《神鞍》まで転移して、さらに西ですね」
〈言いながら転移するのな〉
〈神鞍は見たことある〉
〈神奈川きた〉
とりあえずそのまま直に西へ飛んでいく。神鞍にもひとつ用事があるけど、後回し。
しばらく眼下にフィールド、敵は猫幽霊だらけだった。この猫幽霊は前に戦った通りで、自力で倒した場合に限り使えるスキルレベル育成アイテムをドロップする。レベル的には、少なくともこの領域はさほど高くない。
この猫幽霊はイベントエネミーだから、遅くともバージョン1が終わる頃にはいなくなるんだろうけど……その時にはここ本来の敵が現れたりするのだろうか。ちょっと気になるかも。
「次の街、ここは《茅塚》といいます。……茅ヶ崎と平塚、どこ行った?」
〈キメラやんけ〉
〈草〉
〈うわくっついてる〉
〈君勘餓嫌〉
〈*運営:君のような勘のいい配信者は大好きだよ〉
〈うわ運営だ〉
〈公式がそれ言うのかよ!〉
なんか、フュージョンしていた。……ええと、両市民の皆様、私が代わりに謝罪しておきますね。うちの運営がすみませんでした。
ここ《茅塚》は何の街かと言われると難しいところなんだけど、強いていうならかなり規模がある。順当に大きな街、というのが適切だろうか。
もしかすると周りの猫幽霊と同じで、バージョン1が終わってから本来の姿がみられるのかもしれない。現にこの街、四方八方猫幽霊だらけだし。
「あとは……そう、大きな劇場らしき建物がありますね。今は動いていませんが」
まあ、ちょっとしたフラグというか。バージョン2以降では何かありそうだよね。
それ以外で言うことは……今は特にないかな。茅塚より西はやたらレベルの高い猫幽霊たちに足止めされて、これ以上は進めない。
おそらくあの向こうはバージョン終盤に行くことになるエリアなのだろうし、いったん東へ向かって関東各地を解放しながら戦力増強をしろということだろう。
あ、そうそう。神鞍で配られた《霊避けの鈴》を身につけていると、ここより西には進めなくなるそうだ。光り物が好きそうな大きな鳥が襲ってくるのだとか。
「ということで、ここで神鞍に戻って……」
「あ、ルヴィアさん!」
この後は神鞍で呼ばれている案件があるから、そちらへ……と思っていたんだけど、呼び止められた。
高校生くらいの男性プレイヤーだ。見覚えはないから、以前からの前線組というわけではなさそう。これは自慢なんだけど、私は人の顔を覚えるのは得意なんだ。
ステータス表示を見ると、レベルは32。今の最前線は40近くになっているから、彼は中堅勢といったところだろう。
現に私もレベル38。現時点で6も差があると適切なパーティは組みづらいし、飛び込みのパーティ依頼とかではなさそうだ。
それに、この焦り方。たぶんイベント系の何かがあるのだろう。
「あっちでイベントが発生したんです。でも俺たち、こういうの初めてだからどうすればいいかわからなくて……それで、配信者の人か、せめてトッププレイヤーの人を探してたんです」
「なるほど……確かに、ほとんどいないでしょうね。今のこの街、猫狩りくらいしかやることありませんし」
〈なんかきたな〉
〈そこに偶然お嬢がいたと〉
〈お嬢の運どうなってんの?〉
〈撮れ高じゃん〉
〈出番だぞ公式配信者〉
「行ってみましょうか。案内、お願いできますか」
そして連れてこられたのが、ここ。さっき閉鎖されていると言ったばかりの劇場だった。
能舞台じゃなくて劇場なのは、ここが関東だからなのか、江戸時代くらいの雰囲気だからなのか。建築は和風だけど、西洋劇もできそうな折衷的な雰囲気だ。
その劇場の入口前に、プレイヤーが四人。うち三人は仲がよさそうだ。もう一人は……うん、見覚えがある。
「おーい、ルヴィアさんが来てくれたぞー……って、もういるし」
「……意外といるものですね、トッププレイヤーさんって」
「そりゃ、全体の5%くらいはトッププレイヤーだからね」
「やっぱり多いですよねえ……まだプレイヤー総数を絞ってるからかな」
この三人は連れてきてくれた彼の仲間らしい。男が二人、女が二人。気心の知れた様子だ。
「そうだ、俺、トールっていいます。見ての通り、V1組で中堅です」
「え、トール、名乗ってなかったの? ……うちのリーダーがすみません、ルヴィアさん。私はミリア、この人の保護者です」
「おま、同い年捕まえて保護者はねえだろ!」
「それなら普段から年長者らしいトコ見せてよ、リーダー?」
いや、本当に仲がよさそうだ。二人ともこちらを見ている時はカメラを意識した態度をしているのに、お互いに向いた途端に素と思われる砕けた調子になっている。
ミリアさんが小悪魔系の女の子で、トールさんはそれに振り回されているように見えるけど、一方で雰囲気は対等。なんだか面白そうな子達だね。
「あー……あっちの二人は無視しておいてください、いつもあんな感じなので。あたしはノノっていいます」
「クリフトです。何度も接点ができたりはしないかもしれませんけど、よろしくお願いします」
一方で残る二人は冷静だった。一方で向こうの二人を見る目が冷たいということもなく、暖かく見守っているような雰囲気だ。
「あたしたち、同じ高校の生徒なんです。たまたま同じ学校に四人もいるってわかったので、ノリと流れでそのままパーティ組んでて」
「僕とノノが一年で、トール先輩とミリア先輩が二年です。……アレ見てるとそう思えなくなってきますけど」
「なので、あたしたちのことはぞんざいに呼んじゃってください。呼び捨てで大丈夫ですから」
「わかりました。私も口調はある程度固まっちゃっていますからアレですけど……。なんか、いいですね。こういう、青春に満ちている感じ」
〈わかる〉
〈お嬢、達観モード〉
〈お嬢まだ18だろ〉
〈え、この子しれっと先輩たちをあしらわなかった?〉
〈あっちの子たった二個下では〉
私はほら、中学まで闘病生活だったから。高校でも出遅れたこともあって友達の多い方ではなかったし、女子はともかく周りの男子と距離を近づける機会なんてほとんどなかったんだ。
当然、部活経験なんかもない。こういう和気あいあいとした青春は眩しいんだよ。
と、キャラの濃そうな四人組の自己紹介が済んだところで、もうひとり。
「初めまして。タラムさんでしたよね、クレハのところの」
「うん。お互い映像越しでは見たことがあるかな。よろしく、ルヴィアさん」
このメガネをかけたエルフの青年、名をタラムさんというんだけど、ここのところクレハとパーティを組んでいるうちの一人だ。つい昨日ご一緒した三人のうち、イチョウさんと一緒のメンバーということになる。
クレハとジュリアがお世話になっているのに知らないのはさすがにまずいと思って、実際に二人から聞きながら映像を見ておいたのだ。彼もその中にいた一人である。
ちなみに彼が身につけているようなメガネは、アクセサリー扱いの装備だ。DCOでは基本的に全プレイヤーに充分な視力が与えられているから、視力矯正具としての役割は果たしていない。
アクセサリーの装備枠は耳1、首1、腕1、指2。今後増えるかもしれないけど、今のところ計五つだ。ちらっと聞いただけの話だけど、メガネはこのうち首の枠という扱いになっているらしい。
「ちなみに彼、精霊候補のひとりです。男性で初めて《精霊界》……まあ《明暮の狭間》の一室ですが、あの魔力空間に入ったプレイヤーでもあります」
「精霊狙いの男プレイヤーは少なくとももうひとりいるよ。彼とは一度話したけど、今は唯装探しの途中だって」
〈へえ〉
〈精霊って女限定じゃないんだ〉
〈リットきゅんがおるじゃろ〉
〈やっぱDCO男女差が少ないよな〉
進捗的にはペトラさんとほぼ同等で、メイさんよりは少し速いくらいかな。このままいけば四人目か五人目の精霊ということになりそう。
対応する唯装は《墓守の白骨弓》、特殊アーツを持つ魔術支援にも向いた弓だ。判断力に秀でる優秀な後衛物理火力でありながら、精霊要件を満たすため《闇魔術》と《陰陽術》も育てているマルチプレイヤーである。
「クレハのほうは」
「クレハさんたちは西の方で猫狩りしているんだけど、僕はこの弓の扱いを鍛えたくてね。少し離れて案山子を使っていたんだ」
そこを私と同じように呼び止められて、ここに来たと。
「いいんですか? 一応私もいますから、武器屋にも戻れますけど」
「大丈夫だよ。面白そうだし、せっかく頼られたんだから力にならないと」
〈なるほど、イケメンだ〉
〈かっこいいこと言うじゃん〉
〈前半に本音漏れてるけど〉
〈トッププレイヤーらしいというか〉
フロントランナーの自覚というか、使命感というか。気持ちはとてもわかる。現に私がここにいるのも、配信の撮れ高の次にはそれが来るし。
あと、単純に面白そうという感想も同意だ。ここはある意味で最前線でありながら、トッププレイヤーはほとんどいない。そんな場所で起こるイベントの内容には、純粋に興味がある。
「とはいえ、たぶん僕達が必要というわけではなさそうだけどね」
「それもまたご愛嬌ですよ。明確な一度きりのイベントで緊張しないの、私たちのあんまりよくない慣れですし」
「あはは……はい。別に、レベルの高い人を連れてこいとか言われたわけじゃないです。ただあたしたちが不安だっただけで」
〈あるあるだ〉
〈不安だよな、わかる〉
〈ガンガンお嬢たちに迷惑かけていいんだぞ〉
もちろん、それは構わない。というか、そういう時になるべく助っ人になれるような立ち回りは私自身が意識している。住民のほうも、よく顔が知れている来訪者が来るなら心配ないだろうし。
ともかく、あまり待たせすぎるのもよくない。顔合わせも済んだことだし、そろそろイベントを進めに行こう。
稼働していない劇場の中へ入る。当然ながら受付にも人はいないから、気にせず奥へ。
やはり初めての空気感に緊張があるのだろうか、四人組は揃って後ろの方についてきていた。……中でも男の先輩であるはずのトールくんが最後尾だった。これにはミリアちゃんも呆れ顔。
比較的平気そうな顔をしているのがクリフトくんで、さっき私とタラムさんの会話に労せず参加していたノノちゃんは意外にもがちがちだった。とはいえ、一番なんともなさそうなミリアちゃんでも緊張の色は隠しきれていないあたり、やはりこの手のイベントは初めてなのだろう。
当然、タラムさんは涼しい顔。彼は色々とイベントも見てきただろうし、何より自分で唯装を獲得している。多少のイベントシーンにはもう慣れっこに違いない。
「来たみたいだね。入って」
「……あなたでしたか、火刈さん」
劇場入口へ差し掛かると、中から見透かしたような声。魔力覚では火属性の強大な魔力が感じ取れたけど、薄々わかっていたその正体は声の通りだった。
《バージョン1・昼》のキーキャラクター、《神宮寺 火刈》。私にとっては二十日ぶりくらいの顔合わせになるけど、フロントランナー以外のプレイヤーにとってはほとんど見かけることはない人物でもある。このあたりは後方でも頻繁に見かける夜側のフィア・セレニア姉妹と対照的だ。
当然、後方の四名は緊張が強まっていた。直接の面識がなければ、彼女の印象はCMや公式サイトのムービーシーンの様子が主だよね。
「……結乃、もしかしてこの手の話に慣れのなさそうな子達を捕まえてきた?」
「顔見知りの方が見当たらなかったので……いらっしゃったんですね、ルヴィアさん」
「問題ありませんよ。こういう場面の経験がある《来訪者》は、私たちにとっても増やしたいものですから」
今回も結乃さんは隣に控えていた。どうやら四人に声をかけたのは彼女だったらしい。
結乃さんもそれなりに顔を知られているひとだけど、CMでたっぷり5秒も映っている火刈さんほどではない。ミリアちゃんもなんとか応対できたのだろう。
結乃さんは見つかれば直接私のような知り合いに話す気だったようだけど、こちらとしてはどんどん知らない人に声を掛けてもらっても大丈夫だった。主要住民と知り合うことは、前線攻略組へと駆け上がる大きなきっかけになるから。
私とタラムさん(面識はあったようだ)が促して、四人が火刈さんと結乃さんへ自己紹介。トールさんは盛大に噛んでしまっていたけど、ひとまず無事に顔合わせが済む。
「さて、本題に入ろうか。……安心して、今回はいい知らせだ」
この瞬間、たぶんこちら側一同の表情が一斉に緩んだ。配信カメラはムービーモードになって向こうを向いているから、確認する術はないけど。
「前から薄々わかっていた通り、ほぼ間違いなく猫幽霊の元凶は《雫》……私の妹だ」
「はい。それは以前にもお聞きしましたね」
「ただし、強く汚染を受けているあの子の力はかなり強大になっている。梨華がそうだったようにね」
DCOでは有力な住民が汚染されて敵になってしまうけど、彼らのボスとしての能力値と本来の実力は必ずしも一致しないらしい。
具体的には、やはり昨日のドラゴンこと火燐さん。彼女は本来「それなりに強い冒険者」止まりであり、世界にとってもそれなりの重要人物に位置する梨華さんと並ぶことはまずないのだそうだ。
……まあ、これはあまり突っ込まないほうがいいだろう。そもそも汚染されていない状態の手合わせでも、彼らは私たちに合わせてくれている様子がある。今の住民たちにとっては、レベルが半ば形骸化している節は否めない。
「今のあの子は凶悪だ。それこそ、君たちがこのまま強くなっても正攻法ではかなり時間がかかるほどにはね」
「……ということは、何か手立てが?」
「ああ。……この地方では昔、とある猫又の大妖怪が暴走したことがあってね。当時作られた、猫を倒すための装備がいくつか残っているんだ」
タラムさんが問うたように、いい話と称されてこの流れになるということは、おそらく打開する手があるということ。直後に火刈さんも肯定して、その存在を明かしてくれた。
要は特効装備だ。猫系の敵に特効を持つアイテムがあるから、それを回収して集めろということだろう。
「今はその行方を辿っている段階だけど、最終的にはそれらを可能な限り集めることになると思う。それを覚えておいて」
今回の話の内容は本当にそれだけで、今は周知して覚えておくだけでいいとのことだった。今後各地を攻略していくにあたって、そのような猫特効の装備が手に入るのだろう。
……それにしても。その装備について話した時、火刈さんの表情に陰りが見えた気がしたのは、気のせいだろうか?