103.新武器の不慣れと対処の不慣れが釣り合って互角
カナタさんはパワーとスピード、さらに技術の三拍子揃った万能型の剣士だ。
ハヤテちゃんが振るっていたものの二割増くらいの長さを誇る刀を片手で扱い、その上でもう片方の手も自在に操る身体操作能力とSTR。それでいて地上戦においては最上位層に位置する、私でも飛ばなければ振り切れないであろうAGI。
何より警戒すべきものは、その手先の器用さ。私が以前教えてからは《パリィ》の第一人者といってもいいほどの技を持っているし、しかも彼女はそれを両手でできる。おそらく両利きなのだろう、と思えるほど、左手の扱いが上手いのだ。
そういうわけで、隙のないスタイルは一見すると難攻不落に思える。事実、彼女が時折鍛錬や手合わせと称して行う《決闘》では、実はブランさんに勝ち越しているのだ。
だが、そんな彼女も無敵ではない。今は特に。
「参ります」
「いきますよ、カナタさん!」
開始直後、互いに前進して距離を詰める。私の方がAGIは高いから、やや私が消化した距離の方が長いだろうか。
ちなみに私は翅は実体化させているけど、飛んではいない。《魔力飛行》は確かに素早くて便利だけど、地に足をつけていないということはステップや踏ん張りが使えないということ。サイズと行動速度が相手と同等の時は、むしろ弱点を晒してしまうこともある。ケースバイケースだ。
先に仕掛けたのはカナタさんだった。当然だ、あちらだけ剣が二振りあるのだから。カナタさんの右、つまり《妖刀・黒飛沫》が先に出てきて、私の左肩を狙う。
右から先に来たのはおそらく、私が右利きだから。実際に腕を振ってもらえればわかると思うんだけど、右手で払うのは右側の方が必要な動作が小さい。逆に言えば、私は左側から攻められた方が対処が難しい。
カナタさんからすれば右の刀で私の剣を釘付けにして、左の剣で先制攻撃を入れようとしたのだろう。そうなると私の体の前面は左を向いているけれど、ダメージの少ない側面であっても有効打には違いない。
……では、私はどうすればいいか。
「よっ、と」
「あっ……」
「……攻める余裕はありませんね」
私は左足を下げて半身の体勢を取り、向かって左から迫る刀を右へ払った。鋭く切り返す余裕はなかったから弾く勢いは弱かったけど、進行方向が近いこともあってなんとか流すことができる。
そのまま返す刀で脇腹を狙……おうとしてやめ、右足も下げて間合いを取った。挟み込むことに失敗したと悟ったカナタさんが、即座に反時計方向へくるりと回ったのだ。斬撃途中で背を取られそうになった時の100点の対応、隙を埋めながら追撃を狙う形。
私は正面へ向き直りながら作った空間で左からの回転斬りを避け、基本状態に戻しながら構え直した。お互い、手探りの幕開けだ。
「さすがですね」
「そちらこそ。……でも良いんですか、時間を与えちゃって」
無論、カナタさんも空白時間が命取りだとはわかっている。だから一息つく間もなく追撃に移行してきているんだけど、それに合わせて私はもう一度左足を下げた。
よく考えなくてもわかる、あちらが双剣でこちらが片手剣ならこの体勢が効果的だ。どちらから攻撃が来ても腕一本で対処する必要はあるが、そもそも私の左手は空なのだから変わらない。機動戦にならない高密度の剣戟の前では、盾すら持っていない私の左半身は邪魔になる。
カナタさんが右の剣を袈裟に下ろす。私は正面から迎え撃って、力を込めて斜め下へ弾き返す。その勢いを利用して左の斬り上げ、これは姿勢を傾けながら下げて回避。
それを読んでいたカナタさんは左腕の勢いを止め、そのまま真横へ切り払いを仕掛ける。……ここだ。
「《スコルドペイン》」
「なっ、でも」
「……んっ!」
がら空きの背中へ向けて、右側から《火魔術》。優秀な火力の代償として弾速に劣るペイン系だけど、斬撃のため体を回転させているカナタさんは咄嗟に飛び退く体勢を作れない。
自力での回避ができなくなったカナタさんは、そのまま回転を使って横薙ぎに繰り出してきた。だが意図は読めている、私はそれを受け止めた。
カナタさんは私が《パリィ》に出した剣を起点にして、反動で自分を弾こうとしていたのだ。ならば剣どうしの衝突が起こらないよう、無理やり衝撃を吸収してやればいい。
……んだけど、私も決して双剣相手の立ち回りを熟知しているわけではない。初めての対面には違いないから、やはりボロは出てしまう。
「らぁ、っ!!」
「ぐッ……!」
魔術の着弾直後、咄嗟に回転を続けてきたカナタさんの右腕からさらに斬撃が飛んでくる。私の剣はもう片方の剣をたった今払ったところ、パリィも回避も間に合わない。
私は割り切って左腕を伸ばした。手の甲で受けて、《魔力飛行》を起動……そのままわざと大きく吹き飛ばされて、ダメージを軽減しながら距離を取る。
紙装甲の私はそれと無理に受けた衝撃だけでHPを二割弱ほど減らし、カナタさんも《スコルドペイン》をまともに受けて5%ほどを減らした。ペイン系は強力なスリップダメージがあるから、この減り具合なら放っておけば二割くらいは削れるだろう。
入りは互角。この様子だと、これ以降も削り合いは続きそうだ。
「…………時間的にも、HP的にも、次が最後ですね」
「ええ。そろそろ決着をつけましょうか」
さらに8分半ほど経って、互いのHPは一割ほどまで減っていた。私は初めて相対する双剣の巧みな手数を防ぎきれず、カナタさんは左手の剣の代わりに失った盾とズレた重心に苦心している。
本来なら10分の制限時間でどちらかのHPが全損するマッチアップではないのだろうけど、どちらも不慣れを理由に被ダメージが嵩んだのだ。
「……は、っ!」
「…………」
正面から突っ込んでくるカナタさんに対して、私は動かなかった。その場で剣を構え、受け止めるつもりで誘い込む。
カナタさんは一瞬目を見開いたが、勢いは止めることなく突進してきた。
私とカナタさんの戦闘力は、ほぼ互角だ。おそらく何度やっても、お互いが本気なら五分の接戦になるだろう。
この場合の互角は、お互いの剣の腕が、という意味ではない。剣による近接戦闘に特化したカナタさんに対して、魔術を併用した私でようやく同等ということだ。
つまり当然だけど、単純な物理戦闘だけで見ればカナタさんに大きく利がある。剣戟において私が後れを取らないようにするには、魔術をちらつかせながら警戒を煽るか、不意を突いて実際に魔術を当てるかとなるのだ。
しかし今、カナタさんは吹っ切れて全力で駆けてきている。私の魔術が触れる前に一撃入れれば勝ち、というわけだ。こうなった彼女の一撃はこれまでより重い。
そして私はここまで、自分からも勢いを乗せてぶつかることで力をかさ増ししていた。それを含めてなんとか渡り合えていたことがわかっているカナタさんは、動かない私を見て困惑したのだろう。
……だけど、吹っ切れたのは私も同じ。一撃を貰う前に叩き込めば勝ちなのだ。
「《デュアル》っ、」
「《レッド》」
「《スラッシュ》!!」
「《エッジ》ッ」
私の一歩手前、カナタさんの最後の踏み込み。左脚を起点に、突進の力を反時計回転へと変換する。
同時、私は詠唱を完了。迎撃体勢を取りながら、所定の位置に《ポイント・キャスト》を投影する。
さすがはカナタさん、これは読んでいた。自分の右横に起点の印が見える直前、片方だけ剣を遅らせながら伸ばした。勢いのついた剣尖が触れ、《火魔術》が斬られて消える。
虎の子の魔術を防がれた私のもとへ、二振りの剣が襲う。半ば勝利を確信しながらも油断を見せずに見据えるカナタさんの瞳に、獰猛な笑みが映り込んだ。
「っ、らぁ!」
「《──・ダブル》!!」
「なっ、」
わずかに足並みを乱し、片方が遅れた《デュアルスラッシュ》。私はそのうち片方だけを、全力で弾き上げた。
一刹那だけ後から放たれた《妖刀・黒飛沫》の致命の一撃が、私の胸元へ吸い込まれる───その直前、全てを理解して驚愕から賞賛へ表情を変えたカナタさんのHPが、全損した。
私の左胸に押し当てられ、しかしHPを奪わずに終わった刀を見下ろす。
DCOのデュエルは決着した瞬間に両者のHPがロックされる仕様だ。だから全損式デュエルの敗者は、HPがゼロのまま死なないという奇妙な状態が発生する。
逆に言えば普段の《緊急退避》のように消滅しないから、今のようにお互いギリギリの決着となった時は勢いを止めきれずに事故が起こってしまう。カナタさんは弾かれた左腕と左後方から食い込んだ変形詠唱の《レッドエッジ》に、私は左の鎖骨あたりに打ち据えられた《黒飛沫》に、それぞれバランスを崩されてしまった。
もはや止められるわけもなく、そのまま絡み合うように倒れてしまう。体勢の都合上、当然ながら私が上。
「ったた……ごめんなさい、すぐ退きますので」
「いえ。……やっぱり軽いですね、ルヴィアさん」
すぐに立って、納刀もそこそこにカナタさんへ手を貸す。揃って立ち上がったところに……、
「お二人とも、凄いです……!」
「ルヴィア、かっこよかったよっ!!」
「やっぱり二人とも流石ねえ? 流石じゃない?」
「これ、俺は勝てるのかなぁ……」
「最高だったぞー!!」
「やべえ、見入ってた!」
「これがトップの本気か……」
「すげえもん見ちまったな!」
拍手、歓声。人気のない外れにあるはずの小さな広場には、いつの間にか数え切れないほどの観客が集まっていた。
どうしていいかわからずに、二人して手を振って返す。……プロスポーツ選手にでもなった気分で、照れくさいことこの上なかった。
「……もうここまで使いこなすとは」
「いや、感心したよ。さすがは《夜草神社》を救った英雄達ってことだな」
当然ながらグリーティアさんと幸定さんも見ていたわけで、人がはけ始めた広場でそんな感じの言葉をいただいた。……いや、少なくともグリーティアさんの言葉の対象には、私は含まれていないんだけど。
そもそもこの二人に見てもらうためにここでデュエルを始めたのだ。それで好ましい反応を貰えたのだから、それ以上のことはない。
「さて、一度使って大方わかったとは思うが、そいつらはそういう武器だ」
「……魔銃は使い方次第で化けるが、自由度が高すぎて扱いが難しい。あと近距離では使えない」
「双剣は手数にも火力にも優れるんだが、防御の薄さと取り回しの難度はこの通りだな」
「そうですね。私はこれまで盾を持っていましたから、防御力の低下は特に明確でした」
「ま、そこはやりようだな。《回避》を極めるか、《パリィ》を磨くか」
〈どっちも難しいかやっぱり〉
〈初期選択にないのも納得だな〉
〈二刀流はロマンだけどなあ〉
〈他のエクストラ武器も難しそうだしなー〉
細かい長所も短所もこの2戦で見えた通りで、特に顕著なのが扱いの難しさ。三人ともとにかく上手いからあまり目立たなかったけど、どうしても敷居は高くなりそうだ。
まして、やや特殊な立ち位置の武器になるから修練も難しい。それを鑑みてくれたのか、ここでグリーティアさんが口を開いた。
「……助言が欲しいなら、ヒトニスに会いに行くといい」
「ヒトニスさん、ねえ?」
「……ああ。……最上級の魔銃使いだ」
「ついでに言うと、魔術学会のトップの一人だな。よくいろんな所をフラフラしてるが」
〈おお、強そうな〉
〈魔術学会とかあるのか〉
〈ガチのお偉いさんでは?〉
〈そんな人がふらついてるのか……〉
ヒトニスさん、という名前が出て……ログには色付きで表示された。どうやらかなりの重要人物らしい。
こういうのはクレハに丸投げ……といきたいところではあるけど、私も覚えてはおこう。ヒントがあった時には私で進められるならそれもいい。今後間違いなく必要になってくるだろうから。
おまけとしてはそれだけでも充分な収穫だったんだけど、これを聞いていた幸定さんからさらなる情報提供があった。
「魔銃と双剣だと、ちょうどそれぞれを使ってる二人組がいるな」
「あら、そうなんですか?」
「ああ。名前はプリムとエヴァ、吸血鬼の双子だ」
〈お?〉
〈プリムとエヴァって言ったか今〉
〈吸血鬼の双子!?〉
〈きたきたきたきた〉
〈プリムエヴァもう出るのかよ!〉
〈待ってまだDCO持ってないのに〉
〈はよ再販しろぉぉぉ〉
これにはこの場にいる6人全員が反応した。無理もない、ゲームに疎い人でも知っているほどの超有名キャラなのだから。
プリム・ローカルドとエヴァ・ローカルド。大人気スクロールアクションゲーム《ヴァンパイアハンターハンターズ》シリーズの主人公たちだ。《九津堂》のゲームの中では、《セイクリッド・サーガ》と並ぶ人気作といっていいだろう。
確かに作中では、遠距離担当の姉・プリムが大型の魔銃を、近距離担当の妹・エヴァが業物の双剣を使っている。ここで話が出てくるのは、思えばかなり自然なことだった。
「……そのお二人は、どのような方で?」
「それがなぁ、俺はよく知らないんだ。会ったこともなくてな。若くして上級に駆け上がった凄腕の冒険者、ってくらいだな」
一気に舞い上がった私たちのテンションは、しかし情報が早々に打ち止めとなってすぐに落ち着いてしまった。これは仕方ない、ここで聞けるのはこれだけということだ。
だが、情報が出たということは、出番はさほど遠くないということ。コメント欄の盛り上がりは、アメリア様の時を凌ぐ様相を呈していた。
Tips:ヴァンパイアハンターハンターズ
かつてとある原因で暴走した吸血鬼が大災害を起こした数百年後の世界。無害な吸血鬼を襲う暴徒化したヴァンパイアハンターから身を守るため、吸血鬼姉妹プリムとエヴァが己の武器を携え戦う横スクロール2Dアクションゲーム。
プリムは魔銃、エヴァは双剣を使い、操作キャラは両者から自由に選ぶことができる。ステージ中で危機に陥っているヴァンパイアを助けることでストーリーが進行したり、お助け効果が入ったりする。ヴァンパイアハンターではない人間を殺しすぎると……?
完成度も高く人気の一作だが、プレイヤーキャラクターが2人いるのに二人プレイができなかったのが玉に瑕。
カナタちゃんもクレハと同じく、ルヴィアと互角であり続けることを宿命づけられている存在だったりします。