102.武器萌えとか来るところまで来たな
《双剣》は、《片手剣》から繋がる派生スキルだ。本来の《片手剣》で使うものか、それより少し小さいくらいの剣を両手に握り、左右のコンビネーションを活かして手数で攻める。
ハヤテちゃんが幸定さんに握らせてもらっているのは、《双剣》専用のショートソードだ。左右対称で短め、かなり軽いものが二振り。
「あんたは軽い方が良さそうだったからな。それは《双剣》用の剣の中でもかなり短剣寄りのやつだ」
「はい、いい感じにしっくりきてます。これが双剣かぁ……」
「カナタはどう? さすがにハヤテちゃんほどの敏捷性は難しそうだけど」
「いえ、丁度いいくらいです。独特の重心移動が必要になりそうですが……」
〈ハヤテちゃんほとんど動き変わってないじゃん〉
〈元々双剣のつもりでやってるんだっけ〉
〈カナタ嬢は二刀流でもやる気なのか?〉
〈これ同じスキルなのか……〉
一方で、対照的に大きな剣を握っているのがカナタさん。こちらは右手にいつもの《妖刀・黒飛沫》を握ったまま、左手にそれより少し短いくらいの剣を手にしたスタイルだ。
これが《双剣》スキルの凄いところで、なんと専用の武器でなくとも問題ない。少し扱いづらくはなるが、両手どちらも《片手剣》カテゴリの武器でもいいのだそうだ。さらには今カナタさんが左手に握っているもののように、片方だけの《双剣》用武器も存在する。
それは二刀流では、と思わなくもないところだけど、それとは別の概念なのだそうだ。……もしかして、将来的に二刀流も実装される可能性があるのだろうか?
「ルヴィアさんもやってみたら?」
「うーん、私は鞍替えする気はありませんが……そうですね、試すだけ試してみましょうか」
すっかり傍観者モードになっていた私だけど、ブランさんの一声で我に返った。《双剣》の元スキルは《片手剣》、確かに私も条件は満たしている。
ちょうど来ているのだから試してみよう、と思ったんだけど……左腰からちくちくとした気配?
「あんたは……見たところ、そっちの子と同じ敏捷型みたいだな。んで《唯装》持ちか」
「ええ。一振り、短めのものでお願いします」
〈きたきた〉
〈正直待ってた〉
〈お嬢の双剣とか絶対面白いじゃん〉
〈*ルヴィア切り抜き班:切り抜き準備しますね〉
露骨な期待を向けてくるリスナーをひとまず無視して、右手に《虹魔剣アイリウス》を握る。空いている左手に抜き身の剣を受け取って……って、
「わっ!?」
「え?」
「ルヴィアさん、いきなり何して」
「あー……。そいつ、そのクチか」
〈!?〉
〈は?〉
〈お嬢!?〉
〈【定期】お嬢、ご乱心〉
〈いや待て、お嬢も驚いてるぞ〉
〈何が起こった……?〉
左手に借りた剣を握った瞬間、右手が勝手に動いた。
正確には、アイリウスがひとりでに動いたのだ。急なことに対応できない所有者をよそに、アイリウスは私の左手から剣を叩き落としてしまった。
微かに痺れた左手を見ながら剣を拾うこともできずにいる私に、アイリウスはちかちかと光ってみせた。……私の思い上がりでなければまるで、「そんな有象無象より私を見てよ」とでも言わんばかりに。
「……まさかとは思うんだけど。アイリウス、あなた、《双剣》は嫌なの?」
〈はははまさかそんな〉
〈光ってんぞおい〉
〈これ頷いてない?〉
〈そんなことある?〉
ちかちか、肯定するように明滅するアイリウス様。……そういえばあなた、初めて会った時もひとりでに動いていたものね。汚染されていたけれど。
「…………私とあなたは一心同体なんだから、他の武器なんて使うな、ってこと?」
〈また頷いてらっしゃるぞ〉
〈そういうことっぽいな〉
〈にしたってわざわざ動いて叩き落とすか?〉
〈かわいい〉
〈独占欲かわいい〉
〈アイリウスちゃんもっと自我出していいのよ〉
また同じように、それも今度は嬉しそうに強く光ってみせるアイリウス様。
私は苦笑しながら落とされた剣の刀身を拾い上げて、柄を幸定さんに返した。するとアイリウスは、ひと仕事終えたような様子で勝手に鞘へ戻った。……心なしか、ご機嫌そうな雰囲気だ。
「実はな、唯装の中にはそういうのもいるんだよ。自我を持っていて、自分以外の武器が持ち主にチヤホヤされてるのが嫌だ、って言い出すような奴」
「そういえば、今のルヴィアさんってアイリウスの精霊でしたっけ」
「それなら尚更だな。独占欲が強いわけだよ」
「あー……もう少しちゃんと考えてあげるべきでしたね。最初から双剣にする気はなかったとはいえ」
〈結果:アイリウスちゃんによる拒否〉
〈そんなことある???〉
〈双剣を振ることすらなかったな〉
〈*ゲンゴロウ:さすがに予想外だが?〉
〈やっぱりお嬢面白いわ〉
〈両方そのへんの剣で試したらどうなるんだろ〉
〈両方叩き落としてドヤ顔で右手に押し付けてきそう〉
……うん。私もアイリウスを舐めていたし、蔑ろにしすぎていたかもしれない。確かに、今はもう私の分身だものね。
アイリウスとは今度、もっとしっかり話す機会を作ることにしよう。
◆◇◆◇◆
しばらくして、ルプストは愛銃を、カナタさんとハヤテちゃんは新たな愛剣を決めた。ちなみにカナタさんの《妖刀・黒飛沫》はアイリウスのような反応は見せず、さも当然のように双剣状態を受け入れた。このあたりは個人差(個剣差?)があるのかな。
武装更新が出揃ったところで、近くの広場で試してみることに。やっぱり武器は使うに限るからね。
「せっかくだから、《決闘》でもやってみる?」
「あ、よければ是非っ! 実は興味あったんです」
「そうねえ、どうせ近くだと敵にも歯ごたえがないしい? ないものねえ?」
〈お?〉
〈マジ?〉
〈ええやん〉
〈今から見に行くわ〉
〈最上位勢のデュエルとかそう見れないぞ〉
〈野次馬しなきゃ……〉
〈*ペトラ:あっちょっと待って今戦闘中〉
〈ペトラさんは戦闘に集中して〉
ブランさんの鶴の一声で、新武器の試しは《決闘》で行うことになった。確かにいいかもしれない、どうせならグリーティアさんと幸定さんにも見てもらいたいし。
というわけで第一試合、ルプスト対ハヤテちゃん。なかなかの好カードではあるけど……さすがにルプスト優勢かな。相手がメインではない調整中の武器を使わされて本調子ではなかったとはいえ、彼女はジュリアを倒したことがある。
しかも実はルプスト、魔銃を使うのは初めてじゃない。バージョン1開幕前の公認放送で、新要素の宣伝として一度だけ使ったことがあるのだ。その時に魔銃を上手く使って、双剣を使ったジュリアを終始押していた。
そんな露骨なハンデがある中で、どれだけハヤテちゃんが粘れるか。そんな具合のことを話していたんだけど……正直なところ、私はハヤテちゃんを舐めていたらしい。
「《バイスホーミング・リロード》」
「っとと、危ない」
「んー、《ダブルショット》!」
〈お、巧い〉
〈そこで踏みとどまれるの偉い〉
〈やっぱセンスあるよなハヤテちゃん〉
〈回避も上手いな〉
対人戦で猛威を振るうことの多いホーミング系を撃ち込むルプストを前に、冷静に距離を取って確実に対処するハヤテちゃん。回避力はプレイヤー全体でも有数のものがあるハヤテちゃんだけど、さすがに複数発のホーミングを至近距離で避け切ることは難しいようだ。
一方のルプストも避けられるのは承知の上で、的確にホーミングを使って距離を確保している。この隙を使ってさらに下がり、また詰める前の距離に逆戻り。これでハヤテちゃんはもう一度接近しなければならない。
ルプストが使っている《リロード》と《ショット》、これは《魔銃》専用の特殊アーツだ。もちろん普通に《シュート・キャスト》で魔術を使うこともできるけど、魔銃はこのアーツを使うことで真価を発揮する。
《スペルリロード》、詠唱した魔術を弾として魔銃内部に装填するアーツである。これを介して魔術を使うと、威力・弾速・命中という魔銃の長所3点セットにさらなる補正が入る。代わりにワンテンポ遅れるけど、それを込みでも無視できない倍率だ。
そして《ショット》。これは《スペルリロード》の対になるアーツだ。単に撃ち出すだけでなく、追加で魔力を込めるだけで弾が2つ3つと分裂する。これは《連唱》不可の魔術でも使える上にMPも得になるけど、代わりにリロードを行ったらこれを使って撃つまで込めた弾の変更はできない。
総じて小回りが利きづらくなる代わりに、パワーと効率を底上げしてくれる性能をしている。上級者向けな上に戦法とシチュエーションを選ぶけど、上手く使えた時はかなり強いという、魔銃そのものを象徴するアーツだ。
「まだまだ、いきますよっ!」
「っ、《ダークプロード》!」
「知ってます」
「やるじゃないのお!」
〈うわぁハイレベル〉
〈ハヤテちゃん完全に最上位勢に追いついてら〉
〈こないだまで初心者だったのに〉
〈ハヤテちゃんは成長も速い〉
放送時のジュリアはここから距離を詰め切れずに押し込まれたんだけど、今回はそうはいかなかった。バージョン1オープン前の当時は調整中だったアーツも、今は使えるようになっている。
《スライドステップ》。すり足に近い挙動で一気に距離を詰める《双剣》の移動系アーツだ。元々恐ろしく機敏だったハヤテちゃんは今、この新たなアーツを得てとんでもない移動速度を得ている。その電光石火ぶりは、素でもじゅうぶん速いジュリアを完封してのけたルプストが苦戦するほど。
せっかく作った距離を瞬時に詰められて、ルプストは魔銃を介さずにプロードを使った。自分の少し前方を中心に範囲攻撃を仕掛けて、突っ込んできたハヤテちゃんを迎え撃つ。
ところがハヤテちゃん、これも読んでいた。最後の一歩を踏み込む直前に体重移動、やや斜め後ろへと飛び退って回避。黒い爆風を受けることなくやり過ごして、クールタイムを突くように再び接近。……しながら、これまでにない構えを見せるハヤテちゃん。
「《デュアルスラッシュ》」
「《ブラックエッジ》!」
「はあっ!」
「嘘でしょお!?」
〈は?〉
〈え〉
〈何それ〉
〈??????〉
〈待って待って〉
〈ハヤテさん?〉
〈wwwwwww〉
白状しよう。私はハヤテちゃんのことを完全に舐めていた。あらゆるゲームのセンスに長けてスーパープレイを連発し、各種VRゲームでも高いスコアを片っ端から取り続けて畏怖されたハヤテちゃんをつかまえて、「VRとはいえMMOはレベルと慣れが物を言うから、倍の経験があるルプスト優勢」だなんて。
愛兎ハヤテはVtuberだ。配信に、VRに、ゲームに生活を懸けているプロだ。そんな彼女がわずか3週間で最上位勢のレベル帯に追いついて、3週間の経験差を埋め合わせるようなプレイを見せているのは、伊達ではなかったのだ。
体の左側に揃えた双剣を、ルプスト目掛けて横薙ぎ。双剣専用攻撃アーツ《デュアルスラッシュ》は、至近距離の高威力闇魔術 《ブラックエッジ》を見せられてもブレない。
体ごと右に捻って回転しながら、ハヤテちゃんは右前方へ跳躍。アーツを発動したまますれすれで魔術を避けて、そのままノータイムで双剣を薙ぎ払い直撃を与えた。
これを見たルプストは、距離を詰められただけで致命的になると判断。間合いを取り続けることを最優先とした立ち回りに切り替えた。攻撃を多少捨ててでも逃げなければ、振り切ることもできない攻撃をハヤテちゃんが見せたのだ。
以降はさすがにハヤテちゃんも手こずったものの、攻めに意識を割ききれないルプストの攻撃はハヤテちゃんに有効打を与えられなかった。膠着状態のままタイムアップ。
結果は《デュアルスラッシュ》の直撃が効いた上に接近中は《リロード/ショット》を迂闊に使えなかったこともあり、残体力差でハヤテちゃんの勝ち。「魔銃は距離を取れていないと隙が大きく使いづらい」という明確な弱点を、高いレベルで再確認する結果となった。
武器を更新した3人のうち、これでルプストとハヤテちゃんが試用を済ませた。となれば、残るはカナタさんだけど……。
「……相手、誰がやるのお?」
「俺だと真新しさがないんだよね、練習ではよくやってるし」
「じゃあフリューさんとルヴィアさんの二択ですけど……」
〈*ミカン:ルヴィア、やって〉
〈ミカンちゃんもご所望だ〉
〈まあお嬢でしょ〉
〈お嬢だよなあ?〉
〈お嬢の方が間違いなく撮れ高あるよな〉
コメント欄の皆さん、欲望ダダ漏れ。それどころか同行者たちも似たような雰囲気を見せている。もう片方の選択肢であるフリューまで。
それどころか対戦者のカナタさんまでこちらへ視線を向けてきてしまった。……これ、逃げ道ないよね?
「私、ルヴィアさんとの手合わせに興味があったんですよね」
「……わかりました、やりますよ。やればいいんでしょう?」
「さっすがルヴィア!」
「そうでなきゃねえ?」
「まあ、みんなそっちを求めてるよね」
〈ktkr〉
〈きたあああああ〉
〈ずっと待ってた〉
〈*ペトラ:よし戦闘終わり! 私も見る!〉
〈ペトラ姐おつー〉
やってやろうじゃないの。
アイリウス「やだやだー! 私とルヴィアは一心同体なんだから、私以外がルヴィアに握られるのヤダー!」(べしぃっ)