101.虫けら程度がルヴィアの視界を汚せると思うな
「ハヤテちゃん!?」
何があったのか、《ガンショップ・グリーティア》へ入った途端に悲鳴をあげたハヤテちゃん。ここは街中だから危険はないはずなんだけど、慌てて追いかけた私たちが見たのは……。
「きゃっ!?」
「わぁお」
「おぉっと……」
〈Gだぁ!?〉
〈なんてむごい……〉
〈女子組半分くらい冷静なの草〉
〈そういうとこリアルじゃなくていいんだよ運営ァ!〉
売り物の魔銃が机に並んだ店内を無邪気に駆け回る、皆のアイドルGちゃんズでした。
小走りで私の背中に隠れようとするハヤテちゃん。男の一人くらいは落とせそうな悲鳴をみせるカナタさん。平静を装っているルプスト。背後のハヤテちゃんを庇いながら一歩下がる私も含めて、反応はまちまちだった。
「ぶ、ブランさん、スイッチっ!」
「わっ、何……あー、うん」
「ご、ゴ○ジェットぉ……」
「えい」
「……フリュー、お疲れ様」
「フリューさん、すごい……」
〈Gは魔物だった……?〉
〈ルプちゃん落ちついて〉
〈もしかしてルプストめっちゃ動揺してる?〉
〈顔色一つ変えてない天使がおるが〉
黒一点で自然と後ろにいたブランさんを引っ張り出して下がっていくカナタさんをよそに、平気そうな顔をして判断力を失っているルプスト。この子、取り繕うけど内心では思いっきり動揺しちゃう子なんです。
対照的に全くの平常心を保っているのがフリュー。彼女は虫の類いに全く怖がらないから、なんでもないような顔で踏み潰していた。……仮想世界はこれでいいけど、現実世界の皆は潰さずに殺虫剤などで処理しましょうね。卵が飛び散るからね。
そして男らしいところを見せる機会を早々に奪われたブランさんがなんとも言えない表情で止まった。ごめんなさい、うちの天使が。
ちなみに私はというと、特に苦手意識はない方だったりする。落ち着いて処理をできる自信はあるけど、周囲の女達が強すぎて出番はないんだよね。
「……私は、苦手です。ちょうちょとかカブトムシは好きなんですけど……」
「無理もないよ。ちょっとした個人差だから」
「はぃ……」
〈てぇてぇ〉
〈はーてぇてぇ〉
〈百合の気配を探知した〉
〈いいぞもっとやれ〉
真っ先に遭遇して逃げたハヤテちゃんはかなり苦手なようで、ちょっと涙目になっていた。かわいい。
肩に顔をうずめてくるハヤテちゃんを慰めていると……ここで奥から気配が近づいてきた。
「あー、アレが出たのか。申し訳ない、お騒がせして」
「いえ、大したことでもなかったですから」
〈あんたにとってはな?〉
〈そらフリューにとっては大したことないだろうけど〉
〈ハヤテちゃん一周まわって尊敬の眼差ししてるぞ〉
〈キーNPC?〉
カウンター奥の扉から出てきてそんな言葉をかけてきたのは、どうやら昼界出身らしき青年だった。この建物で当たり前のように虫が出ることを認識しているようだ。いや、ここ接客スペースなんだけど……。
フリューはなんでもないように応えたけど、約二名ほど目を逸らしていた。ハヤテちゃんは逆にきらきらした目でフリューの後頭部を見つめているけれど……。
「俺は《幸定》、しがない刀匠だ。ここの店主とは旧友でね」
そう名乗ってくれた《幸定》さんは、普段は昼界は中部地方で刀鍛冶をしているらしい。名前から察するに、美濃の兼定あたりがモチーフなのかな?
となると……。
「あのっ、あなたが《双剣》を教えてくれるんですか……?」
「ああ。前もって話した通り、もちろんそのつもりだけど……おーい、出てこーい」
〈顔がいい〉
〈顔がいいなこいつ〉
〈男前系のイケメンだ〉
〈こんな顔になりたい人生だった〉
今回のクエスト、魔銃と双剣の2つを教えてくれるという話なのに、呼ばれた場所は魔銃の専門店だった。だから外から刀匠が来ているのかなとは思っていたんだけど、それで正解だったようだ。
幸定さんに続いて奥から現れたのは、やや小柄な前髪の長い男。……なんというか、
「不気味だろ? 悪いやつじゃないんだけどな。ほら喋れグリーティア、お客さんだぞ」
「……ガンスミスのグリーティアだ。よろしく」
〈お、俺らか?〉
〈俺らじゃん〉
〈グリーティアはちょっとコミュニケーションが苦手なフレンズなんだね!〉
〈すごい人なんだろうけどなぁ〉
《グリーティア》さん。名前から察するにも、彼がここの店主だろう。人と話すのが苦手そうな雰囲気を見せているが、なんとなくオーラはある。……こういう「人の凄さがなんとなく肌で感じ取れる」ような感覚、VRで再現するの大変だったんじゃないかな。
……やはり話すのは苦手なようで、あまり会話が弾みそうな気配もない。早いうちに本題に入ってしまったほうがよさそうだ。
「私たち、魔銃と双剣の扱いを教えていただきに来たんですけど……」
「……魔銃を使うの、誰?」
「はぁい」
やはりぼそぼそとした声で話を進めようとするグリーティアさん。そのままだと話が聞こえづらかったから、カメラごと皆で距離を詰めることになった。いろんな住民がいるのは承知の上だけど、こんな重要イベントで配信向きしないキャラを……。
幸い、カメラを寄せられても様子は変わらなかった。元々こうなだけで、緊張しいというわけではないのだろう。
「……魔銃のことは、どのくらい知っている?」
「基礎的なことは。《ポイント・キャスト》が使えない代わりに、《スペルリロード》で魔術を撃ち出せる……だったかしらぁ?」
「概ねその通りだ」
「細かいところは私から説明しておきましょうか」
〈ルヴィア先生の魔銃講座ー!〉
〈たすかる〉
〈俺らはよくわからんからな〉
〈開幕前にちらっと言ってたっきりだもんな〉
グリーティアさんとルプストが初心者用の魔銃を見繕い始めたから、ここは説明で場を繋ぐことにした。……本当に配信映えしないイベントだね?
まず魔銃、というか銃の成り立ちだけど、いわゆる銃もこの世界では作られたことはある。幻双界でも火薬は存在するから、その発想に至るのは自然だよね。
私たちの世界と同じく、弓に代わる遠距離武器として作られた銃器なんだけど……幻双界ではこれが上手くいかなかった。これには二つほど理由がある。
「ひとつめが、なぜかアーツが開発できなかったこと。弓でも普通に使えるアーツですけど、なぜか銃では使えなかったそうなんですよね」
幻双界の生物は、人間も含めて私たちの世界よりも丈夫にできている。だから魔力を使ったアーツによる威力増強が大事になってくるんだけど……そのアーツがどう頑張っても銃弾に乗らなかったらしい。
これは、射手の手が直接触れていないからではないか、と言われているそうだ。引き金と実際に弾が収まる場所が遠すぎて、アーツの魔力がうまく伝達されないらしい。確かに、弓の場合は手が矢を直接持っているものね。
また、弾を射手が視認できないからではないか、という説もある。このあたりは最近になって、試作型のクロスボウを使って実験されているのだとか。
〈はえー〉
〈いろいろあるんだなぁ〉
〈そっか、アーツって作らなきゃいけないのか〉
〈作り込まれてんねぇ〉
「もうひとつの理由が、そもそも火薬による銃撃があまり需要を得られなかったからですね」
こっちはもっと単純な話で、魔術の方が話が早いのだ。
銃弾はまっすぐしか飛ばないし、射程距離もあるし、アーツも使えないから威力もさほどでもない。でも魔術は術者の腕次第で好きなように操れるし、威力も射程も銃を遥かに凌ぎうる。それなり以上の魔術師に、銃は太刀打ちできなかったのだ。
もちろん魔術には独特な耐性があったりするんだけど、そもそも弓の方が使い勝手がいいという逆転現象もあった。さすがに射程は銃が勝ったんだけど、アーツを計算に入れると威力すら弓の方が上。銃を使う理由を出す方が難しい結果に終わった、とのことだった。
「ですが、せっかく作った銃をなんとか活かせないかと考える者もいました。彼らによって考え出されたのが、魔術を銃弾の代わりに撃ち出すという方式だったんです」
一方で、銃にも細かいところにはメリットがあった。
特に大きかったのが、弾速。魔術よりも撃った弾の初速が高く、一定の距離までは弾速に優れていることに目をつけられた。
それと、命中も。完全に魔術師の腕任せの《シュート・キャスト》に比べれば、狙いのつけやすさと命中精度にもアドバンテージが発見された。
このように、失敗作の烙印が押された後も銃は分析を続けられた。それらはすなわち、既存魔術の弱点ということになるからね。
そして、弾き出された分析結果をもとに、魔術性能を強化する新たな補助具が開発された。それが《魔銃》だ。
《シュート・キャスト》の発射点を小さく安定させることで弾速と短中距離の火力を底上げし、銃のフォルムを流用することで照準を合わせやすくした。
どちらも銃という武器が内包して生まれた実弾の射出ではなく、機能的な形状だけを抜き出して利用した形だ。皮肉なものではあるけれど、それが成功したのだから侮ることはできない。
「そんなわけでできあがったのが、この《魔銃》というわけですね」
「……質問です」
「はいハヤテちゃん」
「ここまでの話、ぜんぶ《シュート・キャスト》だけを前提にしてますよね?」
「そうなの」
そう、ここまでの説明において、攻撃魔術は全て《シュート・キャスト》しか考慮していない。
念のためもう一度説明しておくと、《シュート・キャスト》とは体か杖のすぐ近くに作った起点から魔術を射出する方式だ。杖や指先から魔術の弾や光線などを撃つ、想像も発動もしやすいもの。
ところが、この世界にはもうひとつ。自分から離れた座標を起点として魔術を放つ《ポイント・キャスト》という技が存在するのだ。
これは効果を及ぼしたい地点で直接放てるから、弾速も何もない上に命中率も高い。威力と詠唱速度では大きく劣るけどね。
この《ポイント・キャスト》と《シュート・キャスト》は一長一短の特徴を持つから、今も使い分けが行われているんだけど……そこで魔銃だ。魔銃という新たな形式は、《ポイント・キャスト》の運用を最初から考えていないのだ。
「ただ、何事にも抜け道はあるもので。そもそも魔術の補助具ですから、杖と同じノリで《ポイント・キャスト》もできちゃうんです。そういうサポート性能にはなっていないので、さすがに性能は落ちますが」
「……えっと、つまり、魔銃を持ちながら魔銃なんてなかったみたいに《ポイント・キャスト》を使うってこと?」
「そうなりますね」
「……デザイン的にいいのかな、それ?」
「さあ……」
まあ、それを考えるのは運営の仕事だから。
ルヴィア:病室暮らしの幼少期のせいで虫に対するトラウマがない
ルプスト:実は相当女の子してる
カナタ:普通の女の子
ハヤテ:昔ひどいめにあったらしい
フリュー:近くにルヴィアがいるのに虫けら如きに目を向けるのは例え一秒であろうと時間の無駄




