99.最初に気づいたせいで名誉も責任も押し付けられる
それからしばらくのダンジョンアタックの中で、二つほど変化があった。
ひとつめは、巴ちゃんの順応。最初のうちは最前線の難しさに戸惑いがあった彼女だけど、なんと二時間ほどで慣れてみせた。私たち前線組は少しずつ難しくなる攻略に段階的に慣れてきたことを考えると、今回初めて触れたわけではないとはいえ巴ちゃんは驚異的と言わざるを得ない。
レベルで追いつきはじめたV1組の先頭集団は、先のイベントを見ての通り確かに攻略へ追いつきつつある。だけどそれは、すぐに攻略組の中でも最前線を走るトップ集団に並走できるというわけでない。……それができている巴ちゃんとハヤテちゃんは、本当にとんでもないのだ。
もうひとつはというと、本日の主役であるペトラさんの成長だ。これまでのリズムを徹底的に崩されて苦しそうだった彼女は、なんとこの場で立ち回りを構築し直してみせた。
これ、凄いことだ。確かに唯装を取得するにはブレイクスルーは必要なんだけど、その多くは仲間との連携……要するにおんぶにだっことなっているのが実態だ。信じ合える仲間といえば聞こえはいいけど。
それか、私やイシュカさんのような力業か。これはバグとすらいえる運営の想定外な事象だから例外だ。
とにかく、自分にメタを張られたギミックを前に自力モデルチェンジで対応するのは、それこそ並大抵のことではない。ペトラさんの器用さが垣間見える。
そんな二人がこれでもかと撮れ高を見せつけてくれたから、私はとかく楽だった。……そろそろ撮れ高泥棒として叩かれるかもしれない。
ドレインフラワーの攻略もすっかり確立してしまえば、もう攻略を妨げるものはさほどない。一度だけ休憩を挟んで、案外あっさりボス前のセーフティまで到達してしまった。
「薩摩川内」
「伊豆」
「ず……逗子」
「志布志」
「ええと……白石」
「まって? ……あ、下田」
「だ、だ……大東」
「宇和島」
「舞鶴」
「るって留萌しかないよね?」
「ただいまー……何してるの二人は」
「日本の市の名前縛りでしりとり」
〈難易度えぐない?〉
〈嘘みたいだろ。町村すらダメなんだぜ〉
〈よく続くなぁ〉
〈しれっとし返しが続いたのなんなん〉
〈頭いいな二人とも〉
〈頭ってかよく覚えてる〉
ちなみに「し」で始まって「し」で終わるのは、確か志布志市と白石市だけだったはず。うろ覚えだけど。
セーフティにて全員が順番にログアウト休憩。先に済ませていた私とユナは、しりとりをしながら他の人たちを待っていた。
思いつきできつい縛りしりとりをするとね……大変だよ。
「さて、それじゃ行きますか」
「おーっ」
「……ずっと気になってたから今言っていい?」
「うん、なあにユナ」
「なんで誰も黒一点枠にいるゲンゴロウさんに突っ込まないの?」
「あなたにだけは言われたくないと思うよ」
〈そういやそうだな〉
〈だってゲンゴロウニキ聖人だし……〉
〈ゲンゴロウニキなら普通に助っ人だけしてくれるという謎の信頼がある〉
〈見かけも言動もおっちゃんなのに認識だけ仕事人〉
〈年頃の女子5人と組んでるのにここまで荒れないおっさんも珍しいのでは〉
……まあ、ゲンゴロウさんはね。これはオフレコだけど、妻帯者らしいから。いまさら干支一回り近く下の子供相手にどうこうもないのだろう。私なんてたぶん娘みたいに思われているし。
森の中に開けた広場。森系ダンジョンのボス部屋はどうしても似通いがちだけど、今回は少し様子が違った。
草木が枯れている。これまでは短い草が薙ぎ倒されるようになっていたところが、今回は枯れっぱなしの草を載せた乾き気味の土になっているのだ。
こういう変化がある時、九津堂のタイトルではたいてい理由がある。今回の場合なら、それはフィールド中央に。
「……アレが吸い上げてる、ってことかな」
「そうでしょうね。どうやらアレがボスみたいだし」
〈うわぁ〉
〈こりゃひでえ〉
〈ヤバそうだね〉
そこにあったのは、枯れた大樹を覆うように巻きついた細いツルの群れだった。
乾き色褪せつつある宿主から尚も生命を吸い取らんとばかりにしがみ付く貪欲な姿は、生物の軛を外れた魔物の暴走した執念が感じ取れるだろうか。その独尊的な大食らいは結果的に宿主を殺し、周囲の草木も枯らし、大地すらも干上がらせて異質な光景を作り出している。
森の中央に現れた円形の地獄の中心にて、自力で育つこと叶わないはずの宿り木はひとり聳えていた。網のごとく張り巡らされた幹の一部は顔のような模様を形作り、中に枯れた幹しかないはずの目で君たちを見据える。自らの異常性を理解しているのかいないのか、挑発するように口角を上げてさえみせた。
その姿はまさしく異形。暴れ尽くした生命の成れの果てを見た君たちには1/1D6のSANチェックをしてもらおう。そしてそのまま、戦闘開始だ!
……TRPGのGMみたいな冗談は置いといて。
そのボスは、これまでの敵たちと比べても明らかに凶悪なそれだった。見た目や強さ自体は飛び抜けているわけではない。だが、執念というか……相対した時の圧は、これまでのただ暴走しただけのボスとは違う。
○アスピレイトミストルトゥ Lv.36
属性:闇
状態:汚染
「アスピレイトミストルトゥ……吸い出す宿り木、ってとこかしら」
「植物ゆえ風か土かと思うておりましたが、闇属性とは」
〈あれ、闇のボスって初めて?〉
〈アスピレイトってまさか〉
突っ込みどころが複数あるから、順に確認。
まず属性。実はDCO、これまでは光と闇の属性はほとんど敵として現れなかった。全属性が揃っていた《八葉の巫女》以外では、せいぜい属性も何も関係ないことが多い最初のウサギ、あとは私が戦った《荒れ果てた神宮》の神霊くらいだ。
これは明確な理由があって、それが属性相性。他の属性は三すくみになっているから有利属性があるけど、光と闇は相剋関係にある。つまり有利がないのだ。等倍で戦うか、相剋で殴り合うかしかない。
パーティ単位の戦闘、特にこういう脇道のボスではこの影響が大きくなる。それを配慮されてか、これまでパーティボスに光、闇属性のものはほとんどいなかったのだ。
それがここで来た。……もしかしてマナ様、探してくれる代わりにちょっと厄介なものを回してくる仕様になってる?
「アスピレイトって、あれですよね。ドレインじゃない方」
「え、さっきまでの雑魚そういうフラグ!?」
「うわー、九津堂そういうことやりそー……」
〈あっ(察し)〉
〈見透かされてんな〉
〈強く生きろよお嬢〉
〈察しのいいお嬢とリスナーが何かに気づいてる〉
そしてもうひとつが、ボスの名前。……これは、実際に戦いながら考えた方がいいだろう。
「アスピル来るぞ!」
「はい!」
「念のため巴ちゃんも下がって」
「安全策を取りますか。承知」
〈厄介だなこれ〉
〈そういや精霊確定参加のクエストだったな〉
〈メタられてるのはペトラだけじゃなかった〉
〈ただメタさえ耐えればそんなキツくないか〉
細い幹を伸ばす近接攻撃、地中からの根の突き攻撃と、まず続けられる物理攻撃を対処。するとボスは魔術の準備に入るんだけど、その手前にある工程が厄介だった。
アスピル、というのは、とある国民的RPGタイトルに存在する魔法の名称だ。効果は魔力版のドレインといったもので、MPの吸収回復。
元の英単語はアスピレイトだと思われている。……そう、このボスの名前に冠されているそれと同じ単語だ。
ドレインフラワーがHPを吸収してきたのだから、《アスピレイトミストルトゥ》はMPを吸収する。こういう安直な示唆は九津堂の常套手段である。
「しかし、ほんとよかったわねぇ。ルヴィアが最初から気づいてて」
「あれ一回でも受けたらペース狂ってヤバそうだよね。ドレインよりタチ悪い」
「もし私が知らなくても、コメント欄がありますからね。これが配信の力です」
「ルヴィアが知ってたらそのアド意味なくない?」
〈え、つら〉
〈もっと俺らを頼って〉
〈お嬢が博識なのが悪いんだぞ〉
HPなら回復しつつ余計に削ればいいけど、MPの吸収……というかMP減少攻撃は本当に厄介だ。ポーションを飲むタイミングもズレるし、継戦時間がHPより露骨に縮んでしまう。しかも吸収ということは、敵の攻撃にも影響が出てしまう。
現にこのボスは直前のアスピルのヒット量に応じて、直後の闇魔術の威力が上がるようだ。吸収した分をしっかり有効活用されてしまうと、プレイヤーとしてはうざったいことこの上ない。
しかもこのMP減少攻撃、精霊である私とイシュカさんには余計にダイレクトに効くのだ。
《魔力生命体》の効果だ。体が魔力でできているから、精霊にとっては意図せぬMP減少はHP減少を伴う。つまりあの攻撃に私が当たると、HPとMPの両方にダメージを受けた上で敵のMPが回復する。
だから精霊は余計に死に物狂いで避けなければならない。精霊が半強制的にパーティ入りする今回だからこそのピンポイントメタ、といえるかもしれない。
「って言ってる割には、あっさり終わりそうだよね」
「メタ知識が強すぎたね」
「ドレイン系には弱点があるんですよ」
「当たらなければどうということはない、ってな!」
〈*運営:そうだった……この精霊こういうの得意だった……〉
〈運営が頭抱えてる〉
〈かわいそうに〉
〈NDK? NDK?〉
〈初見で開幕から切り札だけ全力避けされたら辛いよなぁ〉
……まあ、最低一度のアスピルの命中が前提のスペックだったんだろうね。完全に避けた返しの闇魔術、こっちも哀しくなるほど貧弱だったし。
このボスのアスピルは範囲攻撃だったから、普通ならある程度吸えたのだろう。たとえ初見で見抜かれたとしても、普段通りある程度の攻めの意識を保っていればある程度は当たっている射程だったし。道中のドレインフラワーは、ある程度ドレインを受けても倒せる調整になっていたし。
ちなみにそれを察した私たちは、ダメージ効率を捨ててでもアスピルだけは全力で回避し続けた。この一見型破りな戦法が、ボスにぶっ刺さってしまったというわけだ。
「よし、もう少し! このまま押し切ろう!」
「このゲージは次のサイクルで削りきれますね。総攻撃準備!」
〈ああ、哀れミストルトゥ〉
〈相手がお嬢だったばっかりに……〉
〈なんかかわいそうになってきた〉
その後もゲージ攻撃などで健闘してくれはしたけれど、アスピルを完全回避され続けては戦局を変えるほどの決定打にはならず。悪夢を見せるほどの強敵だったボスは特に苦戦もなく沈んだのでした。
……正直すまんかった。
撃破演出は、いつもと比べるとやや控えめだった。断末魔のような表情だけが形作られて、ほどなく顔の部分だけが爆散。乾涸びた地面も枯れた大樹も、宿り木もそのまま。
今回の目的であるはずの唯装すら見当たらないから、私たちとしては困惑するしかない。
「えっ、と……」
「……ないわね」
「とりあえず、近くに行ってみましょうか」
〈なんか地味だな〉
〈強いボスだったんだしファンファーレくらい……〉
〈強いボス(誰も黄色にすらならない)〉
〈それはお嬢が悪い〉
とりあえず近寄ってみる。……必要なことはすぐにわかった。
「ああ、なるほど。浄化しきられていないみたいです」
「そっか、ルヴィアとイシュカがいる前提のクエだから」
「では、ルヴィア殿」
「うん。……少し待っていてください」
イシュカさん以外が下がる。私たちは同時に《浄化》スキルを使った。
……ムービーシーン。
「……ところで」
「?」
「ヤドリギって、本来は自分で光合成も行う半寄生植物なんですよね」
「そう、それ私も思った」
「あれ、でもこのボスは……」
「ああ。本来ヤドリギが持つはずの、団子状の葉がねえな」
〈あ、そっか〉
〈普通そうだよな〉
〈*コシネ:そうなの?〉
〈むしろ本体がないというか〉
ずっと気になっていたのだ。宿り木というからには養分を宿主に依存するのかと思いきや、現実のヤドリギは自力で葉を生やして光合成も行う半寄生の生態を持っている。
それなのに、このボスにはそれがない。養分の全てを宿主から吸い上げて、挙句の果てには枯らしてしまっている。これは本来の生態系ならありえない。
「これが暴走したゆえのことなのか、突然変異的な魔物として本来の姿なのかはわかりませんが……」
「あれ、だとしたらこの辺りの養分を吸い尽くしてるのもこのヤドリギ?」
「そうなるよね。……冬虫夏草って知ってる?」
〈なにそれ〉
〈あー、あれか〉
〈ほんと博識だなお嬢〉
〈九津堂えっぐ〉
〈せ……説明を……〉
冬虫夏草というのは、蛾の幼虫に寄生するキノコの一種だ。冬の間は土の中の虫に生えて、春になると地上に出てくるという特徴的な生態を持っている。
この冬虫夏草、最終的には宿主を殺して自生するんだけど、それ以降も地中には宿主だったものの死骸が残っている。
……このヤドリギ、汚染されることで随分と生態が変わっていたらしい。
「それに、さっきのボスの攻撃。ヤドリギなのに、地中の根を使ってきていました」
「……うわぁ」
「ねえ、私それを唯装として使うんだけど」
「逆ですよ。汚染されているからそうなっていた、という話です」
「……そっか、むしろ心配しなくていいんだ」
〈でも唯装ってそんなもんよな〉
〈お嬢のアイリウスも最初は暴れん坊だった〉
〈むしろ汚染から救ってくれた恩人でしょ〉
もっとも、これは汚染を受けたボスとしての話。本来のヤドリギは共生型の植物だ。だからたぶん、今回の唯装も危険ではないだろう。
……ちょっと持ち主を振り回したりはするかもしれないけどね。
「巴ちゃん。この樹、こことここで切り倒してみて」
「この枯れようであれば……倒せますか」
〈いや普通は無理だと思う〉
〈でも大刀洗ならやるよね〉
〈お嬢でもやりそう〉
「では。……はぁっ!!」
一閃、切り返してもう一度。これでもかと吸い尽くされ、ボスとして戦闘中の攻撃を受け続けて脆くなっていた枯れ木は、鋭い巴ちゃんのアーツ斬撃に耐え切れず二箇所で切断された。大樹といっても枯れて葉は落ちていたから、重量は見た目ほどではない。
……ちなみに、今の私にこれはおそらく無理だ。精霊になってからはSTRがなさすぎる。何度も切りつけてよければ切れるかもしれないけど、さすがにそうも雑な樵斧扱いはアイリウスに悪いし。
「……つまり、こういうことですね」
「ああ、もう完全にガワだけになってたのね」
斬り倒された大樹の断面には、中央を貫くヤドリギの幹。これを通して地中に繋がり、大樹に見せかけながら養分を吸っていたのだろう。
こうなっていたから、余計に大樹の幹は脆くなっていた。巴ちゃんの太刀筋とはいえ、刀で斬れてしまうくらいに。
「あの、ルヴィア殿。今しがたの、位置のご指定は一体……」
「これも想定済みなんだろうね。このクエストには《魔力覚》持ちが同行する、って」
「魔力覚、にございますか」
「前に言った時から進歩もあったので、詳しくは今度説明しますね」
〈おう〉
〈ついに第六感を会得してしまったか〉
〈お嬢がどんどん人外に……〉
ともかく、残された丸太を持ち上げる。……すると。
「これは……」
「唯装演出ね」
「こういうとこ、九津堂は期待を裏切らないよねぇ」
驚いたのは巴ちゃんだけ。他の面々はみんな、唯装クエストへの参加経験はあるからね。ペトラさんとゲンゴロウさんはユナの時に一緒だったらしいし。
唯装の入手演出、やたら気合が入っているんだ。いい感じのSEとともに浮き上がって……今回の場合、内側から枯れた丸太にヒビを入れて飛び出す。そのまま上へ上がってから、ペトラさんの手元へふわふわと降りてきた。
「懐いているみたいですね」
「やっぱり助けに来てくれたってことなんでしょうね」
「大事にするのじゃぞ」
「ゲンゴロウさんのそれは何のキャラ!?」
ペトラさんが掌を握り込むと、収まったそれは淡く光った。所持者確定のエフェクトだ。
杖だった。味のある木製のロッドに、細い幹のようなものが巻き付くようにあしらわれている。
ペトラさんは目の前に現れたらしいステータスウィンドウを眺めて、呟いた。
「……《ミストルトゥロッド》、か」
「いいですね。大事にしてあげてください」
「もちろん。これからよろしくね、相棒!」
〈いい話だ〉
〈ここで某博士のナレーション〉
〈つづく〉
〈To Be Continued …〉
エルヴィーラ「さあて、今日のプレイヤーは?」(がちゃ)
エルヴィーラ「そう、ペトラじゃな。ペトラは土属性トップの魔術師、現在のエルフでは最も魔術攻撃に長けたプレイヤーでもある」
エルヴィーラ「ルヴィアやイシュカのような防御行動を取りながらの詠唱は身につけておらんが、代わりに詠唱速度が明確に秀でておる。パーティで前衛に守られた時のDPSに一日の長がある、固定砲台タイプじゃ」
ペトラ「……あの。なんか恥ずかしいんだけど……」
エルヴィーラ「また、精霊の先輩となるであろうイシュカとは現実世界でも友人の関係にあるようじゃな。いずれは彼女を経由して、現実でもルヴィアと顔を合わせることがあるかもしれん」
ペトラ「あのー…………あ、これあれだ。ダメなやつだ。話聞いてくれないこのひと。助けてルヴィアちゃん……」
エルヴィーラ「それではここで一句」
ペトラ「詠まなくていいから」
エルヴィーラ「みんなもポケ」
ペトラ「○ンじゃないから! ゲットしないで! あと伏字を押し付けないで!!」
……試行錯誤2回目でやるネタではなくない?
あとがき時空は投稿前日に何も考えずに書いているので、本編に比べて頭悪いことになってます。これまでもそうだったので今更ですね。