97.だってさみしいんだもん
「ルヴィア、イシュカ。ここのところ、調子はどうですか?」
精霊界、精霊王の間。目下ふたりきりのプレイヤー精霊である私とイシュカさんは、揃って寝台に座る精霊王 《マナ》様に呼び出されていた。
何のイベントなのやら、あちらから連絡があったのだ。私はニム、イシュカさんはリットさんを通して、精霊王に会ってほしいと。
「順調です。少しずつ戦力の強化も、世界の解放も進んでいます」
「昨日は四方浜湾の解放にも成功したわ。じきに動きが活発になるはずよ」
ちなみにイシュカさんは気に入られたのか、マナ様のほうから直々に敬語を禁じられている。
「親交を深めた以上、あなたの敬語はむず痒い」と面と向かって言われたそうだ。……気持ちはわかる気がする。
超絶難易度のユニオンボス戦を攻略して、イベントを最高の形でクリアしたのがつい昨日のこと。私たち以外にSクリアはなかったようで、Aサーバーが正史として採用されることになっていた。おかげで水葵さんがとてつもない強者ということになっていて、四方浜住民がプレイヤーを見る目も少し変わったような……。
私とイシュカさんに同時に着信があったのは、そのイベントサーバーから出た直後のことだった。精霊王様が会いたがっているから、翌日でいいから来てくれ、だそうだ。
「それでマナ様、今日の用件はなに?」
「そうですね、その話をしましょう」
マナ様は咳払いをして、居住まいを正した。自然と私達も姿勢を整える。
一呼吸置いて、マナ様はこう切り出した。
「最近、私は少し寂しいのです」
…………はい?
「今の事変が起こった時、精霊界は特に大きな被害を受けました。多くの精霊たちが汚染されてしまい、今も寝込んだままです」
「はい」
「彼らの助けにもなる来訪者たちの召喚は、私たちも歓迎しました。現に思惑通りの形で、世界は少しずつ良くなり始めています」
「そうならあたしたちも嬉しいわ」
「そしてその中にいたルヴィアが私たちの同胞となった時、思ったのです。もしや来訪者の召喚は、近ごろめっきり生まれなくなった新たな精霊の出処にもなってくれるのではないかと」
「そうですね。イシュカさんはまさしく、その通りの形でここに来ていますし」
「ですが、未だあなたたち二人だけではないですか。来訪者はいまや15000人もいるのでしょう?」
〈おっと話が飛躍したぞ〉
〈つまりもっとプレイヤーを精霊にしたいってことか〉
〈精霊王様、寂しがり屋さんなんだな〉
……なるほど。長らく仲間が増えていなかったところから三週間で一人が精霊となり、他にも候補が現れた。それを見てマナ様は、今後はもっと来訪者の精霊が増えると思った。
だけど、それからさらに二週間経って、増えたのはイシュカさん一人だけ。他の候補はまだ進化に至っていないし、新たな候補は現れてすらいない。その状況が、マナ様の予想よりも遅れていたと。
「……つまり私たちに、来訪者の精霊を増やす手伝いをしてこいということですか?」
「ええ。そもそも今の私は精霊にしか会えませんから、新たな方とお話をさせてほしいともいえます」
マナ様、開き直った。本当に寂しいんだね。
「でもマナ様、精霊への進化には《唯装》が必要なのよ。一度精霊界へ来ているペトラなんかはまさに、それがないから今は精霊になれないわ」
「……それなら、唯装があれぱいいのね?」
「そう、ですね。ユナのように馴染むまで少し時間はかかるでしょうけれど、適切な唯装があればいずれは精霊が増えるかと」
「それなら、私がちょうどいい唯装の在り処を探し出してあげるわ」
〈お?〉
〈もしかして激熱イベか?〉
〈未所持の最上位層にとっては見つけるのが一番キツいもんな今〉
〈いぇーい、ペトラ見てるー?〉
あ、流れが変わった。熱が入ってきたのか、マナ様の口調も剥がれてきている。
限定イベントの翌日、まさかの特大イベント発生だ。唯装の所在を教えてくれるだなんて、そう簡単にそんなことある?
「……じゃああたしたちは、その獲得を手伝って来ればいいのね?」
「ええ。私が示した場所へ行って、その子の唯装探索に協力してきて。……もちろん、精霊になるかどうかは本人たちに任せるから」
○精霊部、入部求む!
・精霊王マナが寂しがりはじめた。どうやら精霊へ進化したプレイヤーの数が少ないことが不満であるようだ。
他のプレイヤーが精霊へ進化するために必要な唯装の獲得に協力し、精霊王の御心のままに精霊候補生を増やそう。
「……とりあえず、知り合いをあたってみましょうか」
条件はよっつ。エルフか妖精であること、魔術を主体とするビルドであること、唯装獲得を狙える領域の最上位層プレイヤーであること、そして常に配信画面内でも普通に戦える程度には配信慣れしていて性格面にも問題がないことだ。
ただし、既に唯装を所持している人は除く。ユナはもう《ブロッサムクロージャ》という錫杖を持っているから、それと同期する段階。私たちに手伝えることはないのだ。
「まずはさっき名前が挙がったペトラさん」
「……ん、繋がった」
『はーい』
「ペトラ、今ルヴィアの配信って見てる?」
『見てるよー』
〈やっぱ見てたか〉
〈反応速かったしな〉
〈いぇーいペトラ見てるー?〉
その条件を満たす人物といえば、やはりまずはペトラさんだろう。彼女については元々精霊志望を明言しているから、今更問い直すまでもない。
時間の都合を調整し始めたイシュカさんに詳細を任せて、私はマナ様と話を進める。
「あら、さっそく?」
「はい。土属性のエルフ、杖の攻撃魔術師です」
「OK、探しておくわ。明日の朝くらいには絞り込めているはずよ」
その言葉を聞いていたイシュカさんがそのまま伝えて、ペトラさんとの話は明日の昼でまとまった。私たちは大学生で、今は八月だ。時間なら都合がつく。
これは当然だけど、ペトラさんはすごく喜んでいた。悲願だった唯装と精霊進化が、その精霊の長の厚意で突然見えてきたのだから無理もない。
「もう一人くらい、都合がついたりしないかしら?」
そんなペトラさんの反応を聞いてすっかりご機嫌のマナ様、得意になって追加オーダー。見た目は包容力のありそうなお姉さんだけど、こう見ると凄く可愛らしい。
なんとなく2人目まではあるのではと察していた私たちは、揃って即座に反応した。
「もうひとりとなると……」
「メイさんですかね。さすがに条件が狭くて、もう他に思いつきません」
「そうね。ルヴィアの配信にはあんまり出てないけど、ブランさんの方では準レギュラーだから信用もできるわ」
〈あの面白い子か〉
〈そういや明星とのコラボまだだよな〉
〈向こうも忙しいからなぁ〉
〈メイが精霊になれば助かるだろうし来そうではある〉
他にも精霊候補はいるけど、配信慣れの条件まで含めると該当がないのだ。あくまでゲスト枠でいい普段とは違って、今回呼ばれたらその人が唯装を狙う主役になる。初配信で高難度クエストのそれはさすがに重荷だろうから、少し条件が厳しい。
現に配信中の私と組んで戦った精霊候補はペトラさんくらいしか残っていなかったんだけど……配信が誰のものでもいいのなら、もう一人だけ残っていた。
それがメイさん。《明星の騎士団》の創設メンバーの一人で、配信慣れなら今ここで平然と仕切っているイシュカさんよりもしている。
そして彼女、自他ともに認める二番手妖精プレイヤーだった。実力面も申し分ない。
『速攻魔法発動! “突然の逆凸”!』
「シールド・トリガー発動! “先読みトラップ”!」
「ボケタイミング取られてちょっと悔しいんだけど」
『飛行速度で負けても、茶番の投入速度なら負けないからね!』
〈配信者だぁ〉
〈ブランTCG好きよな〉
〈即座についてくるJDお嬢はなんなん〉
〈異種格闘技を始めるな〉
〈メイさん?〉
〈メイちゃん絶好調じゃん〉
前触れなく向こうから突撃してきたブランさんと可能性のひとつとして想定していた私の勝負は、今回は引き分けに持ち込めたといっていいだろう。ブランさん、普段はツッコミ担当だけど外部のツッコミと話すとたびたびボケるのだ。
私がツッコミ扱いされているのは解せないけど、それもまた配信活動である。
『メイの件だけど、もちろんこっちとしてはOKだよ。ギルドメンバーが強くなるに越したことはないし』
『私も精霊願望はありましたし、ぜひぜひ』
「よかった。それなら、今度メイさんをお借り……」
『で、せっかくだからコラボしようか』
おっと?
「ついてくるんですか?」
『うん。面白そうだし、コメント欄に需要が見えたし。何よりメンバーの唯装探索なんて面白いこと、配信者として見逃す手はないよ』
「それもそうですね。今回はこちらにイシュカさんもいるので、メイさん除いて3人まででお願いします」
『OK、用意しておくよ』
〈コラボきたあああああ〉
〈最初期からの配信者二人のコラボとかあっつ〉
〈そういや初めてなのか、最初はまだ配信してなかったし〉
〈やっと本人たちが需要に追いついた〉
〈誰が来るんだろ〉
〈ヒーラーとタンク欲しいな〉
そんなこんなで、ずいぶん簡単に話がついた。私もゲストも得しかしない話だからね、対象のほうに否やはないか。
イシュカさんにとっても仲間増やしであると同時に特殊クエストでもあるから、報酬も期待できる。難易度もそれなりにあるだろうから退屈もしないはずだ。
そんなこんなで、期間限定イベントが終わった直後ながら面白いことになってきたのでした。
とりあえず、明日のペトラさんのクエストへの同行者も探してみようかな?
???「精霊関連で、パーティ募集で、しかも支援職の枠が空いている……!?」ガタッ