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宝と大天使ミカエル

「お気に入りのスーツが汚れなくてよかった」

 シャワー室からタオルを体に巻いて出てくると、アーニャが海水でずぶ濡れのままなのを痛憤に思いながら交代で入っていく。アリアはため息をつきながら、「レディーファースト」と、ぼやいた。

「あんな美人が海に落ちたのに、先にシャワーを譲らないあんたのことよ」

「そんな女尊男卑な価値観は知らない。公平にコイントスで決めただろ」

「どっちが先に生まれたのを決めた時といい、あんたやけにコイントス強いわね」

 運も才能の内だ。ベルカントは自室からお気に入りのスーツを持ってきて着替えると、それで? とアリアに問う。

「宝とやらは分かったのか」

「アーニャが出てこないと霧の中ね。それにしても、着替えは私ので大丈夫かしら」

「問題ない。身長は百六十五前後で、スリーサイズはスーツの上から見たから曖昧だが、上から七十九、五十四、八十のプラスマイナス三の範囲だ。お前と胸以外はほとんど同じだよ」

 なんで知っているんですか! 脱衣所から聞こえ、アリアが怒りを露わにしたが、その通りなので仕方ない。いつもの調子でコーヒーメーカーにブルーマウンテンを注ぐと、アリアは呆れて着替えを渡しに行った。

「本当に、世界を手にできるのか」

 湯気が揺らめくマグカップからコーヒーを飲み込むと、ワイシャツに白いスーツのズボン姿のアーニャがシャワー室から出てきた。アリアともこうして過ごしているが、やはり他人、かつ美人ともなれば、男として緊張する。胸元がアリアのワイシャツでは苦しいのか、ボタンを二つ開けているあたりが、非常に色っぽい。

「ジロジロ見ないでください」

「命の恩人に、その言い方はないだろ」

「助けてはもらいましたが、あれでは映像が残ってしまいます。もしも奴に知られたら……」

「誰に知られたら不味いのか知らないが、そんなことを言っていたから、もうアリアが監視カメラとアンドロイドから、あんたの映像データは消去済みだ」

 ポカンと、アーニャは口を開いていた。そして、何度か頷いている。

「やはり、宝を与える相手に、あなた方を選んでよかったです」

「選んだ? 俺は勝っていたから、あんたをここまで運んでこられた」

「いいえ。その、事前に打ち合わせをしていたんです。どの情報屋に漏らせば、誰が盗みに来るのかを。大天使ミカエルと決めていたんです」

 なに? アリアと二人して聞けば、元々情報がブラックカラーたちに漏れるようにしていたという。

「いわばテストです。特別保護能力者から乗船券を盗めるだろうブラックカラーとのつながりがある情報屋に知らせて、まずはそこから盗めるかをテストしました。そして今晩のゲームで、運と洞察力を測らせていただきました。私――私たちには、それらを供えたブラックカラーが必要だったのです」

「何らかの組織が裏にいるのは気付いていたが、誰が――なにが後ろ盾だ。目的も、早く吐いてくれ」

 そうですね。アーニャはずぶ濡れのスーツから持ってきたのであろうUSBディスクをアリアに渡した。

 早速モニターに繋ごうとしたが、アーニャが制した。一つだけ伝えなければならないことがあると。

「私の目的と、そこから繋がる相手への信憑性を高めるためにも、本名を教える必要があります。私の名前はアナスタシア・ホーグナーではなく――斎賀アナスタシアです」

 斎賀と聞いて、一瞬頭が固まった。それが解けると、真っ先にあの世界を牛耳るギフテッドが頭に浮かぶ。

「まさか、斎賀アキムの娘か?」

「いえ、そんなはずないわ。斎賀アキムには息子しかいないはずよ」

 驚くベルカントに、アリアが冷静な意見を述べた。モニターにも、斎賀アキムの来歴について表示されている。一人息子の斎賀ミハイルは、ベルカントたちと同い年にして、ライアードロシア支部の支部局長だ。

 しかし、それは公表されているだけだと、アーニャは顔に影を落とした。

「そのUSBから、大天使ミカエル――兄の、ミハイルに繋がります。どうか信じてください」

 そうと言われては、確かめるしかない。USBを差し込んだモニターからURLをクリックしていくと、画面に銀髪の斎賀ミハイルが、おそらく社長室かなにかからこちらを見ている。

「オペラ座の双子と聞いて、ハッキングの勝負ができてよかったよ。アリア、だったか。よく、私と同等のハッキングを成し遂げてくれた」

 画面に映るや否や、皮肉交じりにアリアを褒めた。ということは、ポーカーを覗いていたもう一人とは、ミハイルなのだろう。アリアは、「私の方が優れている」と譲らなかったが、ようやく大天使ミカエルの正体がつかめた。

「まさか、ハッキング勝負をするためだけに、ここまでしたわけじゃないだろ。なにを企んでいる」

「企む、か……企んでいるのは、厳密には私だけではない。君たちに行ったのは、あくまでテストであり、それを合格したから、とあるたくらみを阻止するために、ブラックカラーの――泥棒としての力を貸してほしいのだ」

 事情が込み合っている。斎賀アキムの息子であるミハイルと、隠されていたアーニャ。その二人が手を組んで、こんな回りくどい方法でベルカントたちを集めた。

 そんなことをせずとも、ミハイルならば大抵のことはできる。ライアードの社長斎賀アキムの息子にしてロシア支部の支部局長なのだから、金にも人材にも困らないはずだ。

それがどうして、こうなったのか。

「力を貸すかどうかは、目的と報酬次第だ。先に言うが、安く見るなよ」

「誤解しないでもらいたい。まずそこに妹がいる時点で、私は人質を取られているも同然だ。だから、公平な取引ができる。私から無理難題も言えなく、君たちも私に意見できる」

「流石は斎賀アキムの息子だな。自然に話しているつもりだろうが、見下して話しているのが見え見えだ」

「……あの男は、私の父親などではない」

 白く混じりけのないミハイルの顔に明確な怒りが浮かび上がる。そこまで嫌いなのかと思ったが、アーニャが口を挟んだ。本当に血縁関係はないと。

「兄さんと私は、母親は同じですが、父親は違います」

「どういうことだ」

「全ては、あの狂った独裁者が仕組んだ事だ。私とアーニャの母はニオ・フィクナーという名前だが、私の実の父親は、あの男がライアードを乗っ取った時に、当時フィクナー財団という慈善団体に金を出していた人々を率いていた母さんに無理やり優秀で自分と似たロシア人との間に子供を作らせた。その父親は、バラバラに裂かれて海の底だ」

 イカレテいる。ベルカントも色々な人物に変装してきたが、こんな狂人は初めてだ。アリアも、そのニオとかいう母親に女として同情しているのか、画面から目をそらした。

「だが、聞いた話では取引が上手くいかなかった時の腹いせに、あの男は母さんを犯した。それで産まれたのが、妹のアーニャだ。本来なら処分されるはずだったのだろうが、母さんが全力で守った。施設に預け、情報を操り、表舞台から消したのだ。そのせいで、アーニャはアビリティカードもなく、母さんは隔離された」

「なるほど――その、ニオとかいう母親を盗んでほしい……だろ?」

 ミハイルもアーニャも驚いていた。しかし、ベルカントからすれば簡単な推理だ。

「こんな面倒なやり方で俺たちを選んだのも、斎賀アキムに見つかったら、実の母が処分されるから。だから、より良いブラックカラーに頼んで母親を盗め。簡単な話だ」

「君は……予想以上だな。頭の回転が速い。それに加えて、あのハッキング技術の相方がいる。通りで、世界で名が知れているわけだ」

「変に褒めなくていい。だが、目的が分かったところでなんだが、それだけじゃつまらないな。隔離されている女一人盗むのなんて簡単すぎてスリルもない」

「セキュリティもね」。アリアが付け足すと、ベルカントは腕を組んでミハイルとアーニャを見る。人としては助けたいが、こんなつまらない話で世界一の企業を敵に回すのは、スリルを求める行いではなく無謀な行いだ。

だから断る。そう言おうとして、まだ先があるとミハイルが止めた。

「先ほども言ったが、そこにアーニャがいるだけで、私には人質が取られているのだ。それは、母さんが隔離されているという事とも同じだ。あの男に人質を取られているのだ。故にアーニャを守り、母さんを助けたら、私は自由に動ける。その先にようやく宝があるのだ。斎賀アキムが世界を牛耳るに至った、エンデデータと呼ばれるマイクロチップが」

 世界を手にした、エンデデータ。少し面白くなってきたと、アリアと顔を合わせた。

「あの男はライアードを乗っ取った際、フィクナー財団の財力をとことんまで使い、世界中から服役中を問わずハッカーを千人以上集めた。国籍も性別もバラバラなハッカーたちは、あの男が認めた天才たちだ。そのライアード本部にいるハッカーとしての天才が、世界中の著名人――アメリカ大統領に至るまで、スキャンダルを掴んだ。それがおさめられているのが、エリアナインにあるライアード本社の、斎賀アキムが世界中に指揮を執る一角に保存されているマイクロチップだ」

「なるほど、ようやく実態が見えてきた」

 話を要約すれば、ミハイルが自由に動けるように、母親であるニオ・フィクナーを盗み、その後にエンデデータとやらも盗む。とあるCIA局長が大統領の情報を掴んだだけで、裏からアメリカを動かしたという例もある。その情報を盗むのなら、無謀な行いではない。エンデデータという宝を求めたスリルに満ちる現代の大冒険となる。

 もう一度アリアと顔を見合わせると、ニヤリと笑っていた。どうやら、乗り気らしい。それはベルカントも同じだ。

「面白い。俺たちが全力を尽くすに値する仕事だと受け取らせてもらった。だが、そのエンデデータとやらは、盗んだらどうするんだ?」

 そう聞くと、この条件だけで盗めるのかとミハイルは怪訝な顔つきになる。

「あの男は、世界で一番神経質と言っても過言ではない。いくら君たちでも、忍び込むのは難しいだろう。ブルーイルミネイト号にいた、人間と大差ないアンドロイドを見ただろう。あの男は、目的は不明だが、違法なアンドロイドを大量に生産している。それらに守られるライアード本社は、ネズミ一匹入れない鉄の城だ。それに加えて、あの男は奥の奥へ籠っている。ハッキングも届かない最奥に」

 アリアの支援が厳しいということになる。そうなるとベルカント一人で盗みに行くわけだが、何度か見たライアード本社ドーム状で、東京ドーム並みに巨大だ。そこに、人間と変わらないアンドロイドとアリアの支援なしということを踏まえれば、難しいと言わざるを得ない。

 ならば、何か策があるのか。ミハイルは、スキャンダルにはスキャンダルだと指を三つ立てた。

「母さんの監禁と、アーニャという隠し子、それから、ライアードを乗っ取る前に行っていた、スラムだったころのエリアナインでの違法薬物の取引という過去がある。この三つに加え、薬物の注射跡が医者の診断で消えないとでもマスコミに流せば、嫌でも出てくることになる。その隙を突けば、君たちならエンデデータを手に入れるだろう。その後に、あの男を失脚させ、エンデデータを破棄し、母さんを代表にアビリティカードもアビリティポイントもない世界に戻す。君たちブラックカラーにとっても、都合のいい世界になるだろう。それに加えて一千億円支払う。受けてくれるか」

 一千億などいらない。それはアリアも同じだろう。なにせ、相手は世界一の企業だ。ベルカントは最奥にまで忍び込むスリルを味わえ、アリアは千人のハッカーたちと戦うことになる。オペラ座の双子にとって、それだけで仕事を受けるに値するのだ。

「了解した。まさに世界を転覆できる話だな。俺たちがやってやろう」

「――ありがとう」

 こうして、大天使ミカエルの宝の実態が見えて、それを盗むことになった。ミハイルからは、まずニオ・フィクナーが監禁されている施設についての情報が送られてくる。それと、アーニャが直接手を貸すと言いだした。なんでも、この計画のために、十代の頃からアメリカ特殊部隊の隠密を体に叩き込んだそうだ。元は二人で行うつもりだったのだろう。ベルカントは遠慮しようとしたが、母親を助けたいのは誰にも負けないと譲らなかった。

 結局、アーニャと共に仕事に取り掛かることになった。しばらくは、アリアがデータを読み取るのを待つだけだ。

「コーヒー飲むか? それ以外はエナジードリンクしかないが」

 一蓮托生の身となるアーニャにマグカップを差し出すも、いい加減に疲れたので眠たいそうだ。部屋ならば余っているので、布団だけ用意して寝かせた。

 ベルカントは、一人でコーヒーを飲みながら想像する。自分たちに手によって転覆する世界を。

「こういうのを待っていた」

 ひとり呟き、コーヒーを飲み干す。興奮で眠れるか定かではないが、一応横になり、オペラを流す。やはり疲れていたのか、興奮とは別に、体は眠りへと落ちていった。


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