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魔導具とアーティファクト

 ユリアンがリーンハルトのために用意しようとしていた服は、何と甲冑ほどの丈夫さを誇るものだった。


 しかしながら、それを実現することはやはり難しく、クルトも頭を悩ませていたようだ。しかし、もっと簡単にそういった服を作る方法がある、と言えば彼らはどう思うだろうか。


「ユリアン様、クルト殿。甲冑ほどの丈夫さを持つ、つまり甲冑ほどの防御力を持つ服を作れれば良いのですよね?」


「はい、その通りですが……」


「ならば、クルト殿が通常の生地でリーンハルト様の服を作った後、私が物理攻撃や魔法攻撃などへの耐性を付与すれば良いのではないかと思ったのですが、いかがでしょうか?」


 そう、簡単な話だ。


 別に丈夫な服を作らなくても、服を丈夫にすれば良いだけではないかと考えたのだ。


 この世界の魔法は基本的には一度効果を発動すると消えてしまう。それは付与魔法の場合も同じで、基本的には一定の時間が経過したり、一定以上の力が加わった際にその効果が消えてしまうのだ。


 そこで今回俺が提案する耐性付与はその効力が時間経過で失われないように調整したもの。その魔法を人ではなく物に対して掛ける。何ということはない、イメージとしては魔法と服を素材として錬金術を行うようなものだが、これも一応俺のオリジナル魔法とも言える。


「そ、そんなことができるのですか!?」


 驚きに満ちた表情でユリアンが俺の方を掴む。


「えぇ。それほど難しいことではないと思いますけれど……」


「アサヒナ殿っ! 貴方は何を言っているのですかっ!? ただでさえ、魔導具というものは貴重なのですが、魔法が発動する魔導具はとんでもなく貴重な物なのですよ!?」


 あれ? 魔導具って魔法が付与されているから魔導具だと思っていたのだが、認識が違ったのかな? そう思ってユリアンに尋ねたのだが、答えは大きなため息とともに返ってきた。何故だ!?


「はぁ……。いいですか、アサヒナ殿。魔導具とは、一般的には魔力を使うことで動作する道具のことを指すのです。魔力も使用せずに魔法が発動する道具など、それはもはや、伝説上のアーティファクトといっても過言ではありません!」


 な、なんだってー!? 俺が魔導具と思っていた物はどうやら魔導具ではなかったらしい……。


 しかも、ユリアンが言うには、それらは伝説上のアーティファクトくらい凄い物なのだそうだ。そうなると、ゲルヒルデとブリュンヒルデ、二つの置き時計、そしてアサヒナ魔導具店の店舗と屋敷に迎賓館。これ全部アーティファクトになっちゃうんですが……。


「本当に知らなかったのですね……。それにしても、リーンハルト様とパトリック様はアサヒナ殿を御用錬金術師にされましたし、国王陛下はアサヒナ殿を貴族に取り立てられましたが……。ふむ、親子揃ってご慧眼であらせられる」


 何やらユリアンがブツブツと呟いているが放っておく。


「まぁ、とにかく。そういうことですので、クルト殿にリーンハルト様の服を用意頂ければ、私のほうで耐性魔法を付与致しますので、いつでもご連絡下さい」


「え、えぇ。分かりました。それではクルト、リーンハルト様の服をお願い致しますね」


「はいっ! すぐに取り掛かります!」


「では、よろしく頼みます。アサヒナ殿、クルトのほうで服を仕立ててもらいますので、でき上がりましたら貴方の屋敷のほうにご連絡しますね」


「はい、ご連絡をお待ちしております」


「では、私はこの辺りで失礼致します。アサヒナ殿、ごきげんよう。またお会いしましょう」


 そう言うとユリアンは後ろにゴットハルトを連れて店から出て行った。すぐに馬車が出発したようで、馬の足音と車輪の転がる音が次第に遠ざかっていく。


 それに気付いていたのか、クルトが胸を撫で下ろすと深く息を吐いた。


「アサヒナ男爵様、この度は誠にありがとうございます! 本当に助かりました。正直に申しますと、ユリアン様のご要望にお応えできるほどの丈夫な生地を作るには、何年もの研究と試行錯誤が必要になる可能性が高かったのです。何とかユリアン様のご依頼にお応えしたかったのですが……」


 まぁ、そうだろうな。新たな生地を創り出そうとするのなら、糸にする繊維の種類から色々と試さなければならないだろうし、もしかしたら複数の種類を合成して作ることも考えられる。これを一から行い、強度の高い布を作り出すことなど一月や二月でできることではない。


「そこまで分かっていたのなら、何故シュプリンガー伯爵様にそうお伝えしなかったのです?」


「いえ、その可能性についてもお伝えしたのですが、できる可能性があるなら試作を進めて欲しいと言われまして……。ある程度丈夫な生地なら作り出せたのですが、やはり甲冑ほど丈夫というのは難しく……」


 なるほど。ユリアンに伝えていたのが本当なら、クルトは誠実に対応していたのだろう。ただ、ユリアンはリーンハルトのこととなると随分熱心になるからなぁ……。それに巻き込まれたクルトには御愁傷様、といったところか。


「アサヒナ男爵様は、本日は御自身と家臣の方の服を仕立てるために当店までお越し頂いたと伺いましたが、どのような服をお求めでしょうか?」


「はい。実は、ご存知の通り、先日男爵になったのですが、貴族らしい服装というものが分からず、困っているのです。陛下からはこれまで通り過ごせば良いと言われたのですが、結局のところ貴族同士の繋がりは増えるわけでして……。何着かは貴族らしい服装も用意するべきかな、と。それに、私だけでなく家臣の皆も分も用意しなければと思いまして」


「なるほど、左様でしたか。確かに貴族の多くの方、特に古くから続く貴族家出身の方は、相手に対しても同じレベルを求められることが多いですからねぇ。身だしなみから知識や教養に礼儀作法などなど。それでいて相手よりも一段上に立ちたいという……。あ、申し訳ございません。余計なことを話してしまいました」


「いえ、面白いお話を聞けました。それで、仕立てをお願いしたいのですが、実は近々私の屋敷に重要な客人を招くことになりまして……。可能であれば二週間ほどでお願いしたいのですが、可能でしょうか?」


「二週間ですか……。お受けしたいところなのですが、流石に難しいですね。リーンハルト様とパトリック様の御洋服を先に仕立てないといけませんので……」


 ふむ、確かにそうだった。ユリアンからの依頼を終わらせないと流石にまずいか……。うん?


「パトリック様の御洋服も仕立てられるんですか?」


「はい、クルゼ侯爵家のランベルト様よりパトリック様もリーンハルト様と同じく獣王国へ向かわれるとのことで、新たな御洋服の仕立てをご依頼下さいました」


 なるほど、ランベルトもユリアンと同じくパトリックのこととなると熱心だしな。いや、二人共張り合ってるだけかもしれないが。


 しかし、これは困ったな。


 貴族の服装を用意できないとなると、暫くは今の服装のままになるが……。もう、どうせなら、自分で創造してしまいたいところなのだが、この世界の貴族の子供たちが着る服の知識がないため、今回求めている服装を創ることができない。


「アサヒナ男爵様、もしよろしければですが、古着もございますのでそちらをご覧になられますか。うちの店にある古着は状態の良いものが多いですし、お値打ち物もございますよ?」


 ほう、古着! そういうのもあるのか。


 貴族の服装は見本さえあれば、あとは俺のほうで創ることができるかもしれないので、是非見せてもらいたい。


「うちは特に貴族の方の洋服を仕立てることが多いのですが、同時に不要になった洋服の買い取りも行なっているのです。貴族の方は同じ服を着続ける方があまりおりませんので、買い取ったものはなかなか状態が良くて、商人など富豪たちからの評判もいいのですよ」


「では、それを見せて頂けますか?」


「はい、こちらでございます!」


 クルトとエルフのような女の子に連れられて店の奥へと向かうと、幾つもの洋服が、まるで紳士服の売場に並ぶ安いスーツのようにズラリと並んでいた。確かにこれなら選び放題だな。


「アサヒナ男爵様、こちらが貴族のお子様向けの洋服になります。特にお子様向けの服はすぐに着れなくなるので、作る数も多いのですが、その分買い取る数も多いのです」


 クルトが手を振りながら俺たちを呼ぶと、「さぁ、こちらです」と多くの洋服が並ぶ一角に視線を向けた。


 釣られて俺たちもクルトが視線を向けたその先を見ると、確かに子供サイズと分かる小さな洋服がズラリと並んでいる。俺はハンガーに掛かった一着の洋服を手に取ると、胸に当てて着れそうかどうかを調べようとしたのだが……。


「ハルト、こっちのなんかカッコいいぜ!?」


 ふむ、アメリアが選んだのは確かに少年貴族らしくもあり、少し大人らしく見える中々良さそうな洋服だった。ただ、色はもう少し落ち着いたほうが好みかな?


「ハルト、これ凄く可愛い! 絶対似合う!」


 次にカミラが持ってきたのはヒラリとしたフリルが胸や袖に使われており、胴から足元へ繋がるところはふわりとした、って……。おい、これワンピースじゃね?


「主様にはこちらが似合います!」


 最後にセラフィが選んだのは、黒一色で統一された、どこか退廃的な感じのする何かの革を使った服だった。カッコいい気もするのだが、一体どこから見つけてきたのか、というか、本当に似合うんだろうか?


「この中だとアメリアさんの選んだ服が良さそうだけど、もう少し落ち着いた色がいいかなぁ。流石にここまで明るい水色だと目立ち過ぎますし、それに落ち着きません」


「流石、ハルト! 私のセンスが最もハルトの感覚に合ったみたいだな! ふふふ……。どうだ、カミラ、セラフィ。参ったか!?」


「むぅ、確かにアメリアの選んだのもカッコいいけれど、このワンピースドレスはハルトの可愛いさを引き立てる素晴らしいもの! アメリアの選んだ服にも負けていない!」


「アメリア殿、カミラ殿! それを言うなら、私が主様に選んだこちらの革の服も素晴らしく主様にお似合いです! 普段の主様の御姿からは想像できない野性味溢れる男の色気が出るに違いありません!」


「「確かに、それも良い(な)!」」


 そんなこんなで、アメリアとカミラ、そしてセラフィにまで着せ替え人形にされた俺は、その後皆が見繕った俺の洋服の内幾つかを包んでもらうことにした。


 それから、一応クルトには俺の洋服を一着仕立ててもらえるよう依頼することにした。期限は設けず、自由に作ってもらうつもりだ。一つだけお願いしたのは、あんまり目立つ色味は控えてほしいということだけだ。もし、仕上がりが良ければ、また頼むつもりだ。


 因みに、アメリアたち家臣の服については、皆が言うにはピンとくる物がなかったそうで、今回は購入には至らなかった。ただ、今回クルトの店で色々な服を見ることができたので、この王国でのデザインの傾向は何となく掴めたように思う。皆の服については俺にも用意できるかもしれない。


「では、仕立てが終わったら屋敷のほうに届けてもらえるかな?」


「もちろんです! 何度かアサヒナ男爵様に試着頂いて調整が必要になりますので、その際にはこちらから改めてご連絡させて頂きます」


「分かった、よろしく頼むよ。ただ、例のリーンハルト様とパトリック様の獣王国への訪問に私たちも随伴することになると思うから、暫く試着はできないかもしれないが……」


「なるほど、承知致しました。このクルト・シュナイダー、アサヒナ男爵様たちが出発されるまでに必ずや、ご依頼頂いたアサヒナ男爵様の洋服を仕立て上げてみせます!」


 おぉ、何故かクルトは気合を入れたように力強く宣言してくれた。これなら、本当に間に合わせてくれるかもしれない。


「では、よろしくお願いします!」


「はい、こちらこそ今後ともご贔屓に頂けますと幸いです! 何卒よろしくお願い致します、アサヒナ男爵様」


 クルトとガッチリとシェイクハンドした後、俺たちはクルト洋裁店を後にした。

いつもお読み頂き、ありがとうございます!

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