王都への道程
暫くすると解体を終えたアメリアが戻ってきた。彼女が持つアイテムバッグがやや膨れている様子を見ると、無事に魔物を収納することができたようだ。そんな彼女と共に、カミラが出発の準備を手早く進める。
そんな中、俺はといえば引き続き馬車の中でフリーダの手を握っていることしかできなかった。いや、だって馬車を動かすことなんてやったことがないんだから仕方がないよね。
御者はアメリアが務めるらしい。カミラが再び馬車の中へと入ってきた。毛布の上に寝かせているフリーダの隣に俺とカミラが座る。馬車を走らせるようでアメリアが御者台に腰掛けた。
「準備はいいな?」
「大丈夫」
「では、王都へ戻ろうか」
「出発」
俺はアメリアとカミラのやり取りを見ながら、これから赴く王都でのことを考えていた。
まずは滞在する宿の確保だが、その前に大事なことを忘れている。
そう、俺はこの世界のお金を持っていない。
世界神からも当然お金のことなんて何も伝えられていない。というか、転生する前に資金の話をしたはずなのに……。まぁ、『初めての転生&眷族ガイドブック』の説明すら忘れているわけだから仕方ないといえば仕方ないのだけど、それにしてもちょっと酷くないか?
とりあえず、王都に着いたら神殿を探して世界神と連絡を取る。そしてお金と、気になったことを幾つか確認しよう。宿はその後だ。そんなことを考えているとカミラが話しかけてきた。
「何を考えてるの?」
「いえ、王都についた後のことを少し。そういえばここから王都までは遠いんですか?」
「少し遠い。でも、今から戻るなら門が閉まる前には着く」
どうやら、日が沈むころには王都の門は閉まってしまうらしい。
慌てて空を見上げる。すると、木々の間から日の明かりを確認できた。が、既に日は真上よりも傾き始めている。ということは、時は既に正午を回って午後二時から三時だろうか。そこから日が沈むまでに到着するという王都の門まではここから更に二時間から三時間と言ったところか。
しかし、そうなると、その時間には神殿は閉まっている可能性が高い。ということは、世界神への連絡は明日ということになる。つまり、今日中に世界神や輪廻神からお金を得ることができず、王都の宿に泊まれないことになるのだ。
しかも、今の俺は十歳の少年。
王都とはいえ治安が悪ければ人拐いに遭うかもしれないし、最悪命を落とすことも考えられる。自分で思っているよりも、今の俺の立たされている状況は非常に危ういものだった。そう考えると冷や汗が背中を流れる。
「どうしたの?」
「いえ、実は今お金がないんです。このままだと王都に行っても宿には泊まれそうにないし、顔も目立つから隠すためのローブも必要なんですが、それを買うお金もないのでどうしようかと……」
カミラの質問に素直に答えた。
今、手元にあるのは森を彷徨ってた時に見つけたり、錬金したものばかりだ。特級回復薬はひとつをフリーダに使ったので、残っているものとしては……。
・ハイレン草の葉っぱが数百枚
・中級回復薬が十二個
・上級回復薬が四個
・特級回復薬が一個
それから、途中で気になった植物や岩石の結晶の類などなど。全然鑑定してないけれど、今後何かしらの役に立つのではないかと睨んでいる。
因みに、錬金した初級回復薬はすべて中級回復薬に変えている。とりあえず、これを売り物にしてお金を稼ぐしかないと腹を括ったが、カミラとアメリアがそれならと提案してきた。
「だったら、私たちが泊まっている宿に泊めてあげる。子供一人増えたところで宿代もそれほど掛からない」
「カミラの言う通りさ、同じ部屋なら何かあっても助けてあげられるしね! そうそう、フードの付いたローブも買ってあげるよ。フリーダを助けてくれたお礼さ」
思わぬ提案を二人から頂いたが、見ず知らずの人にそこまでしてもらうのは気が引ける。
「いえ、でも、そんな、ご迷惑では。それにお礼なら既にこの馬車に乗せて頂けていますし……」
「こんなの、何のお礼にもなってないさ。ハルトには王都に戻ってからたっぷりとお礼するからな!」
「子供は遠慮しない」
アメリアは御者台から振り返ってサムズアップするし、カミラも任せろと言わんばかりに控え目の胸をトンと叩く。
そこまで言われれば、むげに断るというのもむしろ悪い気がする。ここは二人の厚意に甘えさせてもらおう。
「ありがとうございます。度々申し訳ありません……。ご厚意に甘えさせていただきます」
「そんなに畏まらなくてもいいさ」
「そう。気にすることはない。私たちが好きでしてるだけ」
そうしてアメリアはまた馬車の進むほうに向き、カミラは少し顔を赤らめながらフリーダのほうに視線を落とした。俺もつられて顔を向けると、そこにはニコリと微笑むフリーダの顔があった。
「いつから気づいてたの?」
「『だったら、私たちが泊まっている宿に泊めてあげる。』って辺りから。カミラちゃんもお姉さんになったのねぇ?」
「うぅっ!?」
フリーダがニコニコとからかうように言うと、カミラは顔を赤くしてフリーズしてしまった。そんなカミラを、あらあらという感じでフリーダが頬に手を当てながらコロコロと笑う。
そうして一通り満足したのか、周りを見渡してアメリアに話し掛けた。
「今日はお役に立てなくてごめんなさいね。あれだけの深い傷でしたから、これはもう助からないと思っていたのだけれど……。皆様には随分ご迷惑をお掛けしたようですね。助けてくださり本当にありがとうございました」
そう言って目を瞑った。
まだまだ本調子ではなさそうだが、ひとまず気が付いて良かった。初めての錬金術で作った回復薬の被験者だったから余計にそう思う。
「それなら、そこのハルトに感謝するんだな。この子が持っていた回復薬のお陰で傷口もすぐに治ったし、痕も残らなかったんだ」
「そう。ハルトの回復薬は使った瞬間に効果が出るほどの優れものだった。フリーダが助かったのはハルトのお陰。だから、私たちも感謝してる」
アメリアがそう伝えると、カミラも再起動してお礼の理由のようなことをフリーダに伝えた。するとフリーダは直ぐに俺のほうに顔を向けてきた。
「ハルト様と仰るのですね。この度は命を助けて頂き、本当にありがとうございます。山猪が私のお腹を貫いたとき、死を覚悟致しました。ここで今こうして生きていられるのはハルト様に助けて頂いたおかげです。王都に戻りましたら是非とも御礼をさせて頂きたいと思います」
そう言ってフリーダが頭を下げた。
「いえ、アメリアさんやカミラさんにもお話ししましたが、たまたま回復薬を持っていた私がその場に居合わせただけですので、そんなに気になさらないでください。……えっと、アメリアさんとカミラさんからご紹介頂きましたが、私はハルト・アサヒナといいます。見た目で分かるかも知れませんが、一応この通りエルフ族です。偶然あの森を歩いていたときにアメリアさんとカミラさんにお会いしまして。そのときに偶然持っていた回復薬を使っただけなんです。困ったときはお互い様と言いますし、本当に気になされないでください」
「それが奇跡的なんだよな!」
「その通り。普通はそこで回復薬なんて知らない人に渡さない!」
「確かに、そうですわね……」
いや、本当に偶然だったんだけどね……。まぁ、それでも、フリーダの命が助かったんだし結果オーライじゃないかな。
もし、この偶然が世界神や輪廻神の思惑があってのことだとしたら、一体この出会いにどういう意味があるんだろうか。もしかして、この三人が俺の仲間になったりとかするのだろうか。
それともう一つ気になったのだが、この世界では冒険者同士での助け合いは少ないんだろうか、ということだ。回復薬を渡す程度でここまで感謝されるなんてどうなんだろう。
もしかして、この世界は凄く殺伐とした世界なんだろうか……。何だか今後のことを思うと少し不安になってしまう。
とはいえ、ひとまず。
「まぁ、フリーダさんも無事だったんですから良かったじゃないですか。お礼も本当に、お気持ちだけで結構ですよ」
「そんなわけには参りません! 絶対にハルト様にはこの御恩に報いる御礼をさせて頂きます!」
フリーダから強い意思が込められた瞳を向けられると、もう何も言えなくなる。これは何かしら御礼をして貰うことになるだろうか。
「そこまで仰って頂けるなら……。ありがたく受け取ります」
「はい! 必ず!」
そんなやり取りをしているうちに、馬車の外から徐々に人の気配が感じられるようになり、それと同時に馬車の歩みも少しずつ緩やかになった。
どうやら王都への入口となる門まで辿り着いたようだった。
ここまでお読み頂き、ありがとうございます。