ウォーレン:エルフの錬金術師との出会い(前編)
ふむ。それにしても、時を計る魔導具、か……。
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私は先ほどまで、王城の執務室でいつも通りの仕事(ある種のルーチンワーク)に勤しんでいたのだが、これもまたいつも通り、そのルーチンワークを中断させられることとなった。そう、国王陛下の命令によって……。
私の名は、ウォーレン・フォン・ディンドルフ。
これまで何度も王家、王族を補佐し、王国の貴族たちを取り纏め、王国の貴族による政治の中枢を握る人材を排出してきた名家と言われるディンドルフ家。その血族の頂点にいるのがこの私、アルターヴァルト王国の現宰相、ウォーレン・フォン・ディンドルフなのです……。
宰相という大層な地位に就いているわけですが、正直に言うと私が望んだ地位ではありません。そもそも私の実家はディンドルフ家の中でも末席と言ってもいいほど、本家とは血縁も薄いものでした。
そんな私が何故今のディンドルフ家の当主とも言うべき立ち位置にいるかというと、単純に『運が良かった』という一言で片付いてしまいます。流行病によって本家の当主候補や、血筋の濃い連中で、その中でも特に地位に固執していた連中が跡継ぎを失ってしまったのです……。
そんな中、今代の国王陛下と歳が近いことから幼少の頃より同じ時を共にしてきたゴットフリート・フォン・アルターヴァルト国王陛下の命もあり、ウォーレン・フォン・ディンドルフは王国の宰相となったのです。
……そう、なったのですが……。
国王陛下というか、ゴットフリートは昔から興味本位で物事を決めてしまう短絡的な性格があり、宰相である私はそれを抑えるために幾度となく国王陛下であるゴットフリートに対してお諫めする言葉を投げ掛けてきましたし、貴族たちに対してのフォローも行って参りました。そして、それは恐らく今回も、同じことであると言えるでしょう……。
執務中に突然の呼び出しを受けた私は、その時点で大変に嫌な予感がしました。
つまり、『国王陛下による面倒事への対処』がまた生じたのだろうと、そう感じたのです。そもそも、宰相という立場にある私の執務が中断されるほどの事態など、国王陛下や王族が関わるような事態以外にありえません。
更にいうと、王族、つまり、王妃のヴィクトーリア様や、第一王子のリーンハルト殿下、第二王子のパトリック殿下、そして冒険者としても活動されている第一王女のフリーダ様。その皆様の行動が私の執務を中断するような事態は、これまで一度もございませんでした。
冒険者としても活動されているフリーダ様ですら、です。
リーンハルト殿下に至っては、本当にこの王子がゴットフリートの跡継ぎなのかと、宰相の私ですら驚くほどに大人顔負けというほどに賢いですし、パトリック殿下もゴットフリート様ほど他人に迷惑を掛けられる方ではございません。
更に申し上げますと、リーンハルト殿下と共に御用錬金術師を認定されてからは、これまでの子供らしさも薄れ、まだ成人もされていない九歳の御身でありながら、リーンハルト殿下の将来の補佐役として期待されるほどに精神面が急激に大人びてこられたご様子。パトリック様の教育係にクルゼ侯爵家の嫡男、ランベルトが付いたときはどうなるものかと心配しておりましたが、それも杞憂に終わったようで何よりです。
さて、そのようなことはさておき、私は近衛騎士であるイザークにより執務中に突然呼び出されたのですが、どうにも要領を得られませんでした。ただ、ゴットフリートが錬金術師に『獣王国への贈答品を創らせたので、それを確認して欲しい』というのですが……。
まだ何を獣王国への贈答品とするか決めていなかったはず。しかも、錬金術師に作らせたということですが、国王陛下には御用錬金術師であるヴェルナーがいます。もっとも、最近は腰痛が酷くまともに王家からの依頼を受けられないと聞いておりますが……。
暫くして、国王陛下の前にやって来たのですが、そこには見慣れないものが二つ並んで置かれており、それを国王陛下とリーンハルト殿下とパトリック殿下の三人が興味深そうに手に取ったり、覗き込んだりしておりました。恐らくそれらが錬金術師に作らせたという『獣王国への贈答品』なのでしょう。
「何かございましたか、陛下」
そうゴットフリートに声を掛けると、案の定、というか想定通りの返答が返ってきた。
だが、この贈答品を作ったという錬金術師は、これまでに見たこともないような幼い、そう、まだ成人されていないリーンハルト殿下よりも若く、パトリック殿下と同じほどの年齢の、年齢の……。何と言葉に表せば良いのか分からないほどの美少女、いや、美少年のエルフだった。
ふむ……。このエルフの少年が作ったという贈答品、それがどんなものなのか、ゴットフリート本人から説明を受けたのだが……。何と、この置物は『時を計る魔導具』なのだという……。
時を計る魔導具、ですか? 一体何を仰られているのか、この国王陛下は。
「……ですが、これは……」
私はまたしてもこのようなくだらない話で仕事を中断させられて、無駄に時間を潰すことになるのかとうんざりしていたのですが、思いの外面白いことになっているようです。
この王国に限らず、正確に時の流れを計ることができるものなどありません。
ですから、ほとんどの場合、太陽の位置によって人々が活動できる時間を計り、そしてそれを神殿が鐘の音で民に知らせているわけなのですが、当然完全に正確なものではなく、雨や曇の際には鐘の音も遅れたり、早まったりすることもあるくらいです。
その鐘の音に頼らず、しかも正確な時間を計ることができる魔導具など聞いたこともありません。ですが、先ほどから確認しているこの魔導具はコチコチと、長い針が正確に一つずつ時の歩みを刻むように音を鳴らし、また一周する度にもう一つの真ん中の針を一つ前へと進ませています。
ふむ。つまり、この魔導具は長い針が一定の時間で一周する度に、真ん中の針が一つ前に進み、この真ん中の針が一周することで最も短い針、つまり時間が一つ進む、そういう魔導具ということなのでしょう。
確かに、これならば、この魔導具の定める速度で時を計ることができる。しかも、それだけでなく、この短い針が一定の位置、ちょうど真上を指す度に面白い仕掛けが音楽と共に動き出すという、細工も施されておりました。少なくとも、これほどまでに実用的で且つ精密な細工がされている魔導具は初めて見たのではないでしょうか。
「この魔導具をハルトはどういう仕組みか分からぬが、突然この場で作り上げおったのだ! 私もあのような錬金術は初めて見たわ!」
「それこそがハルトの錬金術の真骨頂なのです、父上!」
「兄上の言う通りです! 父上、ハルト殿の錬金術はまるで魔法の如く、何も無いところから魔導具を作り出すという、まさに神業なのです!」
ふむ、ゴットフリートだけでなく、リーンハルト殿下とパトリック殿下のお二人も、この魔導具を作ったという『ハルト』殿を褒め称えるとは。
そういえば、先日リーンハルト殿下とパトリック殿下の御用錬金術師となった者が、そのような名前だったはず……。そうか、このエルフの少年が、御用錬金術師。そう考えると諸々合点がいきました。
この王都では珍しい妖精族、それもエルフともなれば、ドワーフと同様に、秘術ともいえる錬金術により様々な魔導具を創り出すことが得意な種族。それならば、リーンハルト殿下とパトリック殿下が御用錬金術師として認められる実力を備えていても不思議ではないし、この時を計る魔導具を見ても実力は十分にあるということは理解できます。
ですが、と私は少しばかり心配になりました。
これほどの細工を施した、この世にない新たな魔導具。一体どれほどの価値があるものか……。獣王国への贈答品の為に確保した予算は確か白金貨五枚だったはず。とてもではないが、このような魔導具、白金貨程度では済むはずがない……。
「はぁ」
私の正直な気持ちとして、思わずため息が出てしまいました。このような高額であろう魔導具がそれも二つも献上されたのです。それも、国王陛下と二人の王子からの、王国からの依頼として……。それはつまり、間違いなく正当な報酬を渡さなければならなくなったということなのです。
正直に申せば、魔導具の価値など、幾ら貴重なものであってもそれに対して価値を見いだせないようなもの、つまり需要のない魔導具はただの高価な玩具としかなりません。
そのようなものに、王国が高額な報酬を支払うことなど滅多にございません(その昔、ゴットフリートが『息子たちの玩具として面白そうだ』という理由で集めた魔導具などもありましたが、それらは例外です)。
しかし、今回は『獣王国への贈答品』としての魔導具であり、これを用意した理由『離れた両国でも同じ時の歩みを感じることができる』というのも、今後の友好関係を継続するにはうってつけです。
私はこの魔導具を用意した錬金術師に興味がわき、ゴットフリートに紹介するように促しました。
「ふぅむ。陛下、この魔導具のことは良く分かりました。ひとまず、褒美の話を進める前にハルト殿にご挨拶をさせて頂いてもよろしいですかな?」
「おぉ、確かにまだであったな。ハルトよ、このウォーレンはアルターヴァルト王国の宰相を務めておる、私の右腕、いや、盟友とも言うべき存在だ」
「陛下、煽てられても何も出ませぬぞ。ハルト殿、私はウォーレン・フォン・ディンドルフと申す。先ほど国王陛下よりお話頂いた通り、この王国の宰相を務めておる。ハルト殿がリーンハルト殿下とパトリック殿下の御用錬金術師となった日のことは聞いておる。大層な活躍であったとか。それに、今回の国王陛下からの(無茶な)依頼にも応えてくれたこと、大変ありがたく思う。王国の宰相として礼を言う」
私はそう言いいながら頭を下げました。一国の宰相という立場でありますが、本当に素晴らしい魔導具を献上する実力を持つ錬金術師であれば、それが大人だろうが子供だろうが、頭を下げることなど気にしません。
すると、件の錬金術師である少年が慌てた様子で話しかけてきました。
「頭を上げてください。私のような一介の錬金術師、それも子供に対して一国の宰相であるウォーレン様が頭を下げられるなどあってはなりません! それに、この場は本来であれば私から名乗るべきところなのです。ウォーレン様に対して無礼を働いた私が叱責されることはあっても、礼を言われることなどありません!」
ふむ。ただの子供かと思っておりましたが、このハルトという錬金術師は思った以上にしっかりとした受け答えができるようです。そういえば、妖精族は長命な種族でした。恐らく、見た目以上の年齢を重ねているのでしょう。もしかすると、私よりも歳上という可能性すらありますね。このことはゴットフリートにも伝えておきましょう。
さて、こうして錬金術師のハルト殿と出会ったわけですが、このときの私はハルト殿にご用意頂いた贈答品の報酬と、ハルト殿の処遇について頭をフル回転させておりました。
もちろん金銭も重要です。ですが、このような実力ある錬金術師を、それも王国では滅多に見かけないエルフを、御用錬金術師として認定するだけで良いものか。
せっかく見つけた優れた人材をこのまま在野の人材の一人としておいて良いものか……。そう考えたときに、一つのアイデアを思いついたのでした。
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