置き時計と国王陛下の褒美
あぁ……。そうだったなぁ。
ゴットフリートの言葉を聞いて、俺は大事なことに気が付いた。そう、この世界には時計が存在していない。神殿から聞こえる鐘の音は太陽の位置と月や星の位置が基準となっているそうだ。
この世界に季節によって日照時間が変わるのかは知らないが、ただ、もしそうであった場合、時間という単位が季節や場所によって変わってしまうということだ。
「時計という物は文字通り『時を計る』魔導具でございます。普段、時というものは神殿の時課を伝える鐘によって皆が今何時かを知ることができます。しかし、それは正確な『時間』では無く、鐘を鳴らす者によって微妙に変わったり、王都とそれ以外の街や村でも細かなズレが現れるものです。この時計という魔導具は時を正確に刻みます。それは遠く離れた王国と獣王国であっても同じです。時計があれば、二つの国を治めておられる二人の国王陛下も同じ時を過ごし、同じ時を歩んでいるのだということを知ることができるのではないかと、そう考えた次第です」
そういうことで、今回創るとしたら機械式時計ではなく、クォーツ式っぽい物を考えている。そもそも、俺は機械式の時計の仕組みを知らないし、クォーツ式にしても人工水晶に対して電圧を加えることで起きる振動を電気信号に変換して更にそれを回転運動に変えることで針を動かす、ということくらいだ。どちらも詳しい原理を知らないので、クォーツ式っぽい物といったわけだ。
正直、今回は創造も失敗するかも知れない。それに、例えクォーツ式の時計が創れたとしても、どれ位の誤差が出るかは分からない。因みに生前の記憶では機械式が日差数秒程度だったのに対して、クォーツ式が月差二十秒程度らしいという話を聞いた覚えがある。
とにかく、友好の象徴とするなら、より正確なクォーツ式のほうが今回の意図に合うと思ったのだ。因みに、電源は風魔法を付与して電力を確保するつもりだ。まぁ、やってみるしかない。
駄目で元々、成功すれば儲けもの、だな。
「なるほど、それは二国間の友好の証にぴったりだな! では、その時計とやらを製作を其方に依頼しよう」
「ありがとうございます。それでは早速用意致します。創造『友好の置き時計』!」
「「「はっ?」」」
国王陛下であるゴットフリートと王妃のヴィクトーリア、それに近衛騎士団長のドミニクが間の抜けた声を上げる。
「くくっ」
「ふふっ」
その様子を見たリーンハルトとパトリックが不意に笑う。
いや、俺としてはさっさと依頼を終わらせたいと思ったので、この場で創ってしまおうと思っただけなのだが……。
今回創るのは置き時計ではあるが、ただの置き時計ではなくからくり時計にしようと考えた。といっても、ただの鳩時計のような物ではつまらない。一時間毎に時を知らせるメロディーと連動して文字盤が動き出し、その裏に隠れた獣人族を模した人形と人間族を模した人形が踊りながら、一時間毎に少しずつ近づく。
そして十二時になったタイミングで二つの人形が出会い、お互いの友好を確認するように踊りまわる。その周りにも獣人族と人間族の人形や花や蝶が動き回り、その出会いを祝福する。そんなギミックを取り入れた物だ。
暫くすると、手元に二つの置き時計が光の柱と共に現れた。即ち、創造は無事成功したようだ。うん、秒針もしっかり回ってるし、長針も一分毎にしっかり時を刻んでるな。
時計のできに安堵した俺は早速ゴットフリートに時計の仕組みと見方について説明することにした。
「国王陛下、こちらが『友好の置き時計』です。この二つの時計は、全く同じ時を刻みます。この一番長い針が最も小さな時間の単位である秒を表し、次に長い針が分という単位を表します。分は秒が六十回進むことで目盛り一つ分進みます。更に、分が六十回進むことで最も短い針が一つ進みます。これが時を表します。この短い針が真上を差した時に、このようにからくりが動きます」
置き時計の後ろにあるツマミをいじることで長針をくるくると回して、真上を指すところまで動かす。すると、メロディーとともに盤面から獣人族と人間族の人形が現れて、それぞれが少しずつ近づいた。
「「「「「おおお!?」」」」」
「この魔導具は、一日を二十四等分して現在の時を計る魔導具です。例えば、このように短い針が真上を指しているときの時刻は六時課または真夜中の時刻を現わします。つまり、この短い針が二周することで一日が経過したことが分かるのです。また、先ほどのメロディーやからくりは、三時課から終課までの間だけ、この短い針がひとつずつ進む度に行われるものになります」
そう言いながら、今度は時間を表す針を八時に合わせ、分を表す針を五十九分に合わせて、六十秒の経過を待つ。すると、時計は九時を指してメロディーと共に人形が姿を現した。
「これが九時、つまり三時課または終課を現わします。このように、一時間毎にこのようにメロディーと共にちょっとした人形の劇が見られます。そして、短い針が真上を指すと……」
更にツマミをいじって短い針を十二時を指すように調整する。すると、離れていた獣人族と人間族の人形が隣り合うように並ぶ。そうして、人形の周りを花や蝶が舞い踊り、二つの種族の出会いを祝福する。
「「「「「おおおおおっ!!!」」」」」
「このように、十二時間毎のタイミング、つまり一日に二度、獣人族と人間族の人形が出会い、それを花や蝶たちが祝福するという構造になっています。ただ、夜中は流石にうるさいと思うので、先ほどお伝えした通り、三時課から終課までの間だけしかメロディーが鳴らないように設定しています。改めて時計の見方は説明書きをまとめて後日ご案内致しますので、詳しくはそちらをご確認ください」
そう伝えてはたと気づく。俺はこの世界の文字が書けなかったのを思い出したのだ。これは後でアメリアたちに手伝ってもらう必要がありそうだ。
「うむ、素晴らしい逸品だ! なるほど、『時を計る魔導具』か。このような魔導具は初めて見たが、神殿の鐘に頼らずとも正確な時を知ることができるというのは便利だな。それにしても、我ら人間族と獣人族が毎日二度出会う。そうして、両国がこの魔導具を持つことで共に同じ時を歩んでいることを、日々実感できるというわけか……。うむ、まさに私が求めていた『二国間の友好を永遠に象徴』となる贈り物だろう! ハルトよ、良くやった!」
「はっ、お褒め頂き光栄にございます」
「どうです、私たちの見立ては間違っていなかったでしょう、父上?」
「そうですよ、父上! ハルト殿は我らの思いもしないものを創り出す、稀代の錬金術師、だからこそ我ら兄弟が御用錬金術師にと決めたのです!」
リーンハルトがくつくつと笑いながら父であるゴットフリートに話し掛けると、パトリックも我がことのように嬉しそうに話し掛けていた。しかし、その内容を伺うに、俺に贈答品を作らせるように仕向けたのは、もしかしてこの二人の王子ではないのか!?
「くわっははははは! 確かに、リーンハルトとパトリックの言う通りであったな! 『ハルトならば多少無理難題な依頼であっても、必ず解決してみせるだろう』というリーンハルトの言葉、『ハルト殿は我らの真意を酌み取り、想像を超えるものを創り出します』というパトリックの言葉、どちらも真であった! うむ、お前たちの言葉を信じてハルトに依頼して良かったわ!」
うーむ、思った通りリーンハルトとパトリックの進言によって、俺が今回の大役を任されることになったみたいだ……。
それにしても、リーンハルトとパトリックの言葉から察するに、偉く俺のことを信頼してくれているようだが、そこまで信頼されるようなことをした覚えがない。
何かあったかなぁ? 魔動人形の一件と魔導カード位しか覚えがないんだが……。まぁ、頼りにしてもらえているなら、それにしっかり応えるまでだ。
ただ、できればこういう依頼は前もって言って欲しいものだ。
「誠に急な話であったとはいえ、このような全く新しい魔導具をその場で作り出して依頼に答える錬金術師は初めて見たわ。さて、見事に依頼に応えてくれたハルトには褒美を与えんとな! イザークよ、ウォーレンを呼んでくれ」
「はっ、承知致しました!」
どうやらゴットフリートからの依頼を見事応えられたということで、またもや褒美を賜ることになったようだ。
俺としては別に狙ってやっているわけではないのだが、王子二人の御用錬金術師となったせいか、王族への魔導具の献上や王族からの魔導具の依頼など、何かと王家と関わる機会が多くなった気がする。
そんなことを考えていると、再び部屋の扉を叩くを音が聞こえてくる。それと同時にイザークの声が響いた。
「ウォーレン様をお連れ致しました!」
「うむ、入ってくれ」
ゴットフリートがそう言うとメイドが扉を開ける。
すると、黒髪に白髪が混じった壮年の痩せぎすな男性が現れた。イザークよりも先に扉から入ってくるということは、少なくとも近衛騎士よりも立場が上、と考えられる。
「何かございましたか、陛下」
「うむ、先日より相談しておった我が国と獣王国の友好の証の件だが、そこにおるハルトに依頼したところ、見事な魔導具を作ってくれたのだ。そこで、ハルトへの褒美をどうするべきか、宰相であるウォーレンの意見を聞きたくて呼んだのだ」
「ふむ、詳細をお伺い致しましょう」
何と、この痩せぎすの男性はこの国の宰相だったのか!?
しかし、一国の宰相まで呼んで魔導具に対する褒美の検討とは、一体どういうことなんだろうか……。その意味に、このときは気づくことができなかった。
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