国王陛下と贈答品
さて、ようやく面倒事が少しは片付いたと思っていたのだが、そうは問屋が卸さないらしい。
今日は、ビアンカとカイの姉弟が魔導具店の寮に引っ越してくる手はずになっていたので、本当なら俺もそれを手伝うつもりだったのだが、王城より知らせがあり、屋敷の使用人が決まったのですぐに登城するようにとのことだった。
「そういうことらしいんだけど、皆で登城するとビアンカたちを手伝う人がいなくなっちゃうから、ヘルミーナさんはセラフィと一緒にビアンカたちのことを頼めますか?」
「えぇ、任せてちょうだい。これでもアサヒナ魔導具店の『店長』だしね」
「主様のご命令とならば、ここでヘルミーナを手伝いましょう!」
「ヘルミーナさん、ありがとうございます。セラフィもありがとう。もしも危険が迫ったら、皆を守ってあげて欲しい」
「はっ、心得ました!」
「それから、王城には私とアメリアさんとカミラさんで向かいたいと思うのですが、アメリアさんカミラさんお二人ともよろしいですか?」
「「もちろん!」」
「ありがとうございます!」
アメリアとカミラの二人からサムズアップをもらうと、俺も二人にサムズアップを返す。こうして俺とアメリアとカミラの三人で王城に向かうことになった。
それから暫くすると、屋敷に迎えの馬車がやって来たので、それに乗るとすぐに王城へと動き出す。よくよく考えると、わざわざ王城から迎えがやってくるというのは、VIP待遇ではないだろうか……。まぁ、他の皆も気にしてないようだったので俺も華麗にスルーすることにする。
そんなことを考えている内に王城前の城門に到着した。馬車から出ると立派な騎士の鎧を身に着けた青年が待ち構えていた。
「またお会いしましたね、イザーク様」
「いえ、此度の召集はハルト殿にはご迷惑をお掛けし、申し訳ございません……。まずはリーンハルト様の元にご案内致します……」
「いえ、お気になさらず。今日もよろしくお願いします」
何だかイザークの歯切れの悪い話し方が気になったが、それについて特に触れるつもりは無い。ただ、『ご迷惑をお掛けし』という言葉だけが引っ掛っていた。確かに今回は呼び出されはしたものの、それはこちらから相談していた屋敷の使用人が決まったということで、むしろこちらから望んでいたことだったからだ。
なんだろうなぁ、この違和感は。とはいえ、そんなことをイザーク本人に直接問うこともできず、俺たちは黙って先導するイザークについて行った。
「こちらにリーンハルト様とパトリック様、それに……が居られます……。ささ、お入り下さい」
何だかこの前と違ってイザークの声に緊張が感じられる、などと考えている間にイザークが扉をノックすると、今回も部屋の内側からメイドが扉を開けてくれた。
「リーンハルト様、パトリック様の御用錬金術師であるハルト・アサヒナ殿御一行をお連れ致しましたっ!」
イザークがそう言いながら、いつも通り俺とアメリアとカミラを連れて部屋に入ると、前回と同じくリーンハルトとパトリックの二人とテーブルの上にゲルヒルデとブリュンヒルデの姿が目に入った。
ただ、今回少し違うのは、彼らの隣にユリアンとランベルトが立っているのではなく、白髪交じりの水色の髪をした壮年の騎士が立っていた。確かこの人はイザークの父親のドミニク・フォン・コルネリウス、だったはず。
更に、リーンハルトとパトリックの間に壮年の男女が座っている点だ。彼らが一体誰なのか良く分からないがきっと偉い貴族なんだろう、ということだけは分かった。そして、恐らく彼らが誰なのかも何となく察してしまうが、ここは平常心だ。
俺はこれまで通り、リーンハルトとパトリックの前に出ると、恭しく跪き頭を下げて挨拶した。
「リーンハルト様、パトリック様。本日はお招き頂き、誠にありがとうございます! 先日ご相談した使用人の人選が終わったとの知らせを受けて、罷り越しました」
そう伝えると、リーンハルトが一歩歩み出て、軽く頷きながら登城した俺とアメリアとカミラの三人を労ってくれたのだが、同時に衝撃的な事実を知ることになる。
「ハルトよ、今日は良く来てくれたな! 早速ビアホフに頼んだ人選の話を進めたいのだが、その前に父上と母上を紹介させてくれ」
リーンハルトが改まってそう言うと、リーンハルトとパトリックの間に座っていた二人を紹介する。
「こちらは我ら兄弟の父上と母上だ。今日ハルトがやってくると言ったら、一度会ってみたいと申されてな、それで同席頂くことになったのだ。もうすぐ獣王国にも一緒に行ってもらうことだし、早めに顔合わせをしておいたほうが良かろうと、そう思ってな。それでここまで足をお運び頂いたのだ!」
なんというか、やはりというか。リーンハルトとパトリックの間に座っていた二人の壮年の男女はリーンハルトとパトリックの父親と母親だった。それってつまり……。
「リーンハルトとパトリックから話には聞いていたが、本当に成人していない子供なのだなぁ。しかも、二人が言う通り本当に美しい子だ……。このような子供がリーンハルトとパトリックの御用錬金術師とは、全く驚いたものだ。おっと、挨拶が遅れたな。私はアルターヴァルト王国の国王であり、リーンハルトとパトリックの父でもあるゴットフリート・フォン・アルターヴァルトだ」
「私はヴィクトーリア・フォン・アルターヴァルト。リーンハルトとパトリックの母であり、この国の王妃です。アサヒナ殿には、二人の御用錬金術師になって下さいましたこと、心から感謝しております」
唐突に国王陛下と王妃様から名乗られた俺は何をしたら良いのか分からず、軽くパニックになり掛けたのだが、何とか冷静になって声を絞り出した。
「こ、これは、国王陛下並びに王妃様、ご挨拶が遅くなり誠に申し訳ございません……。私はハルト・アサヒナと申します。一介の錬金術師でございますが、縁あってリーンハルト様とパトリック様より御用錬金術師を拝命しました。以後、御贔屓にして頂けますと幸いにございます」
そう言って、とりあえず何が何だか良く分からないままに、俺の知っている限りの、最上位の敬語、というか挨拶をしたつもりだ。いや、正直言って本当に何と言えば失礼に当たらないのかすら分からなかったので、何と答えても不敬と言われる可能性があった……のだが……。
「ふむ。確かに、子供ながらにリーンハルトにも及ぶ知性を感じるな。なるほど、これはリーンハルトやパトリックが気に入るはずだ」
「確かにその通りですわね。これなら、あのお願いも叶えてもらえるのかしら?」
何やら国王陛下のゴットフリートと王妃殿下のヴィクトーリアからの覚えがめでたいようだけど、正直に言って俺はリーンハルトとパトリックの御用錬金術師にはなったけれど、それ以上の面倒事には関わりたくないという気持ちがあった。
それなのに、嗚呼それなのに……。
「ふむ。それではハルト、と言ったな。お主には一つ作ってもらいたい物がある。何、簡単な物でな、獣王国の国王に贈答する魔導具を新たに用意してもらいたいのだ。何、リーンハルトとパトリックからは其方が全く新しい魔導具を創り出す優れた錬金術師だと聞いてな、それなら二人の御用錬金術師でもあるし、今回の獣王国訪問へも随伴してくれる其方に用意してもらったほうが説明もできて良かろうと、そう考えたのだ」
これまた何を言い出すのか、この国王陛下は。という正直な感想が思わず口から出そうになる。訪問する獣王国の、それも国王へ贈る品を俺が用意する、だと……!? だが、俺は慌てない。
「それは、誠に光栄なことでございます。何か贈答品についてご希望はございますでしょうか? それとお送りするべきでは無いものなどもありましたら教えて頂きたいのですが」
いきなり「無理です、できません」などと断るわけにもいかないのは十分理解できている。だから、ひとまずどのようなものを求められているのか確認することにした。
「うむ、そうさなぁ。アルターヴァルト王国とヴェスティア獣王国、その二国間の友好を永遠に象徴するような物が良いのではないかと考えておる。ただし、毛皮や鞣し革などの加工品は嫌われておる。同族の皮を剥ぐ仇敵と見なされるそうだ。であるから、そういった物は避けたいのだ」
なるほど、『二国間の友好を永遠に』か。何となくイメージできたような気がする。
それにしても、この世界にも贈答品に向かないタブーな代物があったようだ。生前の世界でも国によってはタブーとなる物があったので、事前に確認できて良かった。
「なるほど。それでは、王国と獣王国、離れていても同じ時を歩む者同士、その立場に上下は無いという意味も込めて『時計』を贈るというのはいかがでしょうか?」
まぁ、置き時計は贈答品の定番とも言える物だ。色々と意味合いを持たせ易かったので提案してみた。因みに某国では贈答品には不適切と言われているが、獣王国に対してはそうではないようだから、問題になることは無いだろう。
「ふむ。『時計』とは一体どのような物か?」
あぁ、そうか……。
この世界では神殿の鐘の音が時を知ることが唯一の術だったことを忘れていたのだ。そして俺は国王であるゴットフリートに時の概念について、どう説明するべきか考えを巡らせることになった。
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