冒険者との出会い
頭部を失った化け物から夥しい量の血が噴き出しており、俄かに鉄と生臭さが混じったような臭いが辺りを漂う。同時に爆発魔法で巻き上がった土煙も徐々に収まり、視界が晴れてくるようだった。
先ほどの魔法で吹き飛ばされた俺が何故そんな状況を鮮明に確認できたのか。それこそ俺の右目のおかげであった。どうやら俺の右目は鑑定するだけでなく、土煙に覆われた視界すら明瞭に見通すことができるらしい。
・
・
・
「フリーダっ! 大丈夫かっ!?」
化け物の頭を一刀両断した赤髪の冒険者が、河原に倒れ込む金髪の冒険者のもとに駆け寄る。どうやらフリーダという冒険者は負傷している様子だった。それに続くように青髪の、先ほど爆発する魔法を使った冒険者カミラも急ぎ駆け寄る。
遠目から見たところ、金髪の冒険者は意識を失っているようだ。ただ、脇腹から腰にかけて大きく裂けたような傷があり、血が止まらないのだろう。もしかすると内臓にも大きなダメージを受けているかもしれない。
「アメリアっ! 回復薬はっ!?」
「もうない! さっきの戦闘で最後の一つを使ってしまった……」
「そんな、それじゃあフリーダは……!?」
「……傷口を押さえて急いで街に戻ろう! まだ、助かる可能性はある!」
フリーダと呼ばれた冒険者の顔色は明らかによくない。失血し過ぎたせいか、それとも痛みのせいか、既に気を失っているようで、アメリアが支えるその身体から四肢をだらりと下げていた。
このパーティーに回復役を担うヒーラーがいれば助かる可能性は高かった。だが、そのヒーラーこそが、今倒れているフリーダだったのだ。
未だに土煙が舞う中、そんな状況を右目で見守っていた俺だったが、流石に目の前で人が死にそうなのを見過ごすのには気が引けた。それに困っているときはお互い様というし、何とかしてあげたい。
それに、先ほどまで錬金術で作った幾つかの回復薬がどれほどの効果があるものなのか、確認するのにもちょうど良いと思ったのだ。不謹慎な考えであることは重々承知している。
それ故、俺は未だ土煙舞う中、フリーダの元へと駆け寄った。
「あのー。よければ、これ使います?」
「誰だっ!」
赤髪の冒険者がこちらに鋭い視線を向けて、俺に名乗るように言ってきた。気が立っているようだが、今はそんなことを気にするよりもフリーダさんを助けるべきだろう。
「あっ、すみません。こちらの回復薬を差し上げますので、そちらの方に使ってあげてください。随分と深手を負われているようですし」
そう思ってアイテムボックスから取り出した錬金したての特級回復薬を差し出した。正直初級から特級までの回復薬がそれぞれどれだけの効果があるのかはわからないが、人の命が掛かっているのなら迷わず一番グレードの高いものを使ったほうが良いと考えたのだ。
「本当に……回復薬なのか?」
「えぇ。もし足りなければまだありますので、ぜひ使ってください」
赤髪の冒険者は俺が差し出した特級回復薬を怪しんでいるのか、フリーダに使うべきかどうか逡巡しているようだったが、それでもこの傷の深さでは、このままでは街に戻るまでの間に命を落とす可能性が高いことは理解できていたのだろう。
赤髪の冒険者は小瓶を受け取ると、その中身を確認もせずにフリーダの傷口に恐る恐る振り掛けた。相当焦っていたと見える。すると、傷口の上で回復薬が次々と弾け、みるみるうちに大きな傷が塞がってゆく。
「(おおお! 特級回復薬ってすっごい!)」
初めての錬金術で作ってはみたものの、実際の効果を確認していなかった俺は、特級回復薬の効果の高さに驚きつつ、みるみるうちに傷が治っていく様子を見てひどくほっとした気持ちになった。これで効き目がなければ目も当てられないからな……。
「これは……」
「すごい……」
赤髪の冒険者と青髪の冒険者カミラまで驚いたようにその様子を見守っていた。
「ああ、よかった! 傷は無事に治ったようですね。でも、失った血液までは回復したか分かりませんから、しばらく安静にしておいたほうがいいかもしれません」
とりあえず、成り行きをみていた俺は、フリーダという冒険者の傷口が完全に塞がったことを確認してからそう伝えた。
「ああ! 本当に助かったよ、ありがとう。これでフリーダも助かるだろう……。そういえば名を名乗っていなかったな。私の名前はアメリア、アメリア・アルニムという王都を拠点に活動している冒険者だ。こっちはカミラ。同じパーティーの仲間だ」
「よろしく。おかげでフリーダが助かった。礼を言う」
アメリアと名乗った冒険者は癖のある赤髪をポニーテールに結び、金属の鎧を身につけ両手剣を持った女戦士だった。見た目は頼りになりそうなお姉さんという感じだ。
『名前:アメリア・アルニム
種族:人間族(女性) 年齢:20歳 職業:Bランク冒険者
所属:アルターヴァルト王国
称号:なし
能力:B(筋力:B、敏捷:B、知力:C、胆力:A、幸運:B)
体力:1,860/2,430
魔力:120/120
特技:剣術:Lv6、槍術:Lv3、弓術:Lv3、生活魔法
状態:健康
備考:身長:167cm、体重:59kg(B:88、W:58、H:88)』
「ふぁっ!?」
いつの間にか鑑定眼が機能していたらしく、突然アメリアのステータスが表示されて驚いてしまった。
別に意識して鑑定したわけではない。どうも、俺の鑑定眼は勝手に動作するときがあるらしい。不良品か? いや、きっとまだ使い慣れていないからだろう。そう思いたい。
それにしても、なるほどな。そうか、やっぱり人に対しても鑑定できるんだな。しかし、あまり見てはいけない情報まで見えたりするので目のやり場に困る。
「どうした?」
「いえ、お気になさらず……。えーっと、私は、その、なんというか。そう、私の名前はハルト・アサヒナと言います。ハルトと呼んでください。最近この辺りにきたのですが、道に迷ってしまいまして。街道を探していたところをたまたま皆さんに出会ったという次第です」
アメリアの名前から、何となくアメリアがファーストネーム(名前)で、アルニムがラストネーム(苗字)だと感じ取ったので、一応それに合わせて答えてみることにした。
そもそも、この世界で自分が何と名乗るのか全く考えていなかった。せっかくだからもっとかっこいい名前でも考えておけば良かったが、何分急なことだったので仕方があるまい。
むしろ、そのせいで少し挙動不審な応対をしてしまったかも知れないことが気にかかる。そんな俺の懸念が的中したのか、アメリアとカミラの二人がやや怪訝な表情でこちらを見てきた。
「ほう、この辺りにくるのは初めてか。だが、ここらの森にはさっきのように凶暴な魔物が多く生息している。子供一人で出歩くにはあまりにも危険だ」
「魔物、ですか……。そうか、さっきの化け物は魔物だったのか。ご親切にありがとうございます。今後は気を付けようと思います」
いきなりの出来事だったから鑑定でさっきの化け物、いや魔物を確認するという考えが頭からすっぽりと抜けてしまってたようだ。
それにしても、ここってやっぱり危険な森だったんだな……。
「それにしても、先ほどの回復薬の効果は何なんだ。私の知っている回復薬では、あれほどの傷口を瞬時に治すことは難しいはずなのだが」
そうなのか?
しかし、そう言われてもなぁ。思い当たることなんて、ただの『初級回復薬』ではなく『特級回復薬』だったことぐらいしか思いつかないが。
いや、もしかすると、特級回復薬というのはあまり一般的ではないのかもしれないな。そうなると、正直に答えるというのも不要な騒動に繋がりかねないということか。
そういうことであれば、その他の違いを伝えておけばいいか。
「そうなんですか。もしかすると先ほどの回復薬は普通の回復薬よりも上質な回復薬ではありましたので、そういった違いがあるのかもしれないですね」
そう伝えると、赤髪の冒険者であるアメリアは納得したように頷いた。
「なるほど、な。それはそうと、ハルトは変わった姿をしているなぁ。耳の長さなんて私たちの倍以上だ。それに、その……見た目もすごく可愛らしい。口調はあまり子供らしくないが」
「古の言い伝えでは、森の聖域に住まう妖精族にエルフという種族がいて、その種族は見た目がよく耳が長い種族だとか。故に他の種族に狙われることも多いことから、聖域と言われる住処から滅多に外の世界へは出てこないとか。ハルトは、もしかしてエルフ族?」
「はい、確かに私はエルフ族ですが、この姿で近くの街に行くのはやはり難しいでしょうか?」
「まぁ、そうだろうな」
「(コクコク)」
カミラが何か物言いたそうな表情で俺のほうを見つめてくる。
カミラは青髪の癖のないロングヘアで、深い緑のローブを身に纏い、控え目な装飾が施された杖を両手で握っていた。
『名前:カミラ・ゼークト
種族:人間族(女性) 年齢:19歳 職業:Bランク冒険者
所属:アルターヴァルト王国
称号:なし
能力:B(筋力:E、敏捷:C、知力:A、胆力:B、幸運:B)
体力:1,240/1,480
魔力:1,480/2,010
特技:火魔法:Lv6、風魔法:Lv6、土魔法:Lv3、生活魔法
状態:健康
備考:身長:160cm、体重:52kg(B:83、W:57、H:85)』
カミラに対してもアメリアと同様に右目が機能してしまったようだ。カミラはアメリアと比べるとスレンダーだと思ってたけど、数字で見せられると納得、などと考えている場合ではない。
どうやら、この世界に住むアメリアとカミラにとっても俺の姿、というよりエルフはどうやら珍しい存在のようだ。これって世界神たちが言ってた種族による特技を狙われるということなのだろうか。
うーむ。さて、どうしたものか。
ここまでお読み頂き、ありがとうございます。