個人面談と雇用条件
従業員寮の説明を一通り終えたので、この後はベンノたちの雇用条件について話し合うことにした。と言っても、皆でではなく個別面談の形で、だ。
俺とヘルミーナ、アメリア、カミラ、それにセラフィの五人は執務室に移動し、ベンノ以下四人を一人ずつ呼び出して雇用条件の説明を行うことにした。ベンノたちには一旦一階の店舗内で待機してもらっている。
「それでは始めますか。セラフィ、悪いんだけど、ベンノを呼んでくれるかな?」
「はっ、分かりました!」
セラフィがベンノを連れてくる間に主にヘルミーナと、ベンノたち四人に与える役割について共有しておくことにした。
「ヘルミーナさん、このアサヒナ魔導具店の店長はヘルミーナさんを、と考えていました。ですが、多分ずっと魔導具店に張り付いて対応することは難しいと考えています。リーンハルト様からご相談頂いた獣王国への随伴もありますし、お店から離れる機会が多くなると思います。ですから、ベンノには店長代理の肩書を与えてお店の運営は基本的には全て任せられればと思いますが、いかがでしょうか?」
「ちょっと、ハルト。私が獣王国への随伴に参加するのは確定なの?」
「はい、ヘルミーナさんと、アメリアさんとカミラさんには一緒にきて頂きたいんですが、ダメですか?」
「そ、そんなことないけど……。全く。もう少し、ちゃんと説明してよね。そうでないとこっちの予定を立て辛いじゃないの」
「すみません……。以後気を付けます」
「それで、アメリアたちはどうなのよ?」
「「勿論、ハルトに付いて行く(さ)!」」
アメリアとカミラはヘルミーナの問い掛けにサムズアップしながら即答してくれた。
それを見たヘルミーナも呆れたというか諦めたというか、ため息を吐きながら両手を上げて降参のポーズを取る。
「はぁ、即答だったわね……。もう、分かったわ、私もハルトに付いて行く。で、ベンノさんに店長代理を任せるのも、ハルトがそれで良いなら私からは何も言わないわ。それにハルトはベンノさんのことを鑑定したから雇うことにしたんでしょ?」
「ヘルミーナさん、ありがとうございます。それに、ヘルミーナさんの仰る通り、四人全員を鑑定して悪い人たちではないことを確認しています。ベンノさんはこれまで商店の幹部も務めてこられた方ですし、きっとやり遂げてくれますよ」
「それもそうね。私よりも店舗の運営は経験豊富みたいだし、お店のほうはベンノさんに任せても良いかもしれないわね」
「それに、ヘルミーナさんには魔導具の開発を優先して欲しいですしね。四人の中でもカイが錬金術師の適正を持っていたので、彼と一緒に新たな魔導具の開発を進めてもらえると、私としてもありがたいですね」
「ふぅん、あの子がねぇ。ハルトが言うならカイと一度話してみようかしら?」
「それが良いと思います。話し合いには私も参加しますよ。それから、エルネスティーネにはアサヒナ魔導具店の会計や財政の管理を任せたいですね。まぁ、普段は店舗で貴族の相手の接客をしてもらうのが良さそうです。ビアンカには接客を中心にやってもらえれば良いかと思います。その内、貴族相手でも対応できるようになれば良いかなと思いますが、これは本人次第ですかね」
「確かに、本人のやる気次第になるのかしら。まぁ、私としては、それほど気にしてはいないけれど」
ヘルミーナとの話が一段落した頃、執務室の扉がノックされた。セラフィがベンノを連れてきたのだろう。
「主様、ベンノを連れて参りました」
「入ってください」
そう言うと扉を開き、セラフィの後ろに控えていたベンノが入ってきた。俺は執務机からソファーに席を移し、ベンノにも正面のソファーに腰を掛けるよう促した。
「さて、ベンノさん。貴方の雇用条件について話し合いたいと思います。まぁ、簡単に言うと役職、期待したい役割りと給料についてです。ベンノさんには、アサヒナ魔導具店の『店長代理』を務めてもらいたいと考えています。店長はヘルミーナさんですが、私を含めここにいる五人は冒険者でもありますので、常に店に居るとは限りません。ですので、実質的には店長としてお店の運営を任せたいと考えています。まぁ、ちょくちょく口を出すと思いますが……」
「……アサヒナ様は、随分と私のことを評価して頂いているようで大変ありがたいのですが、その、本当によろしいのですか?」
「私は貴方のこれまでの経験や能力を踏まえて、貴方ならできると確信しています。店長のヘルミーナさんも同意してくれました。ぜひ、受けて頂きたいのですが、いかがでしょうか?」
ベンノは悩むように顎に手を添えて暫くテーブルを見つめていたが、その後、力強く頷くと俺に視線を向けた。
「ふむ、分かりました。このベンノ・ローマン、アサヒナ魔導具店の店長代理の役目、全うできるよう微力ながら精一杯努めて参ります」
ベンノはそう言って頭を深々と下げた。ベンノが引き受けてくれたことで少しホッとした。
「ありがとうございます。引き受けてくださったことを感謝します。事業計画の概要は今日中にざっくりまとめますので、明日はそれを確認して今後の店舗運営の計画を具体的なものに落とし込んでもらえると助かります」
「なるほど、事業計画、ですか。アサヒナ様は子供ながら、ハーゲン様がお認めになられるだけの御方でございますね」
「どういうことです?」
「はい、世の中には自分の能力を過信して商売を始める者がおりますが、そういった者は計画性が無く無謀な経営を行うことが多く、長続きしないのです。しかし、ハーゲン様のように成功されている商人は、商会の各事業を計画立てて運営されている方がほとんどですので。流石、子供ながらにハーゲン様がお認めになられた御方だと感心しておりました」
ドキッ。思いつきで始めた魔導具店だなんてもう言えないな。はぁ、事業計画書は今夜中に纏めよう……。
「なるほど。そう言ってもらえると嬉しいですね。さて、それでベンノさんのお給料なんですけど……。まだ商売が軌道に乗るかどうかも分からない状況なんです。暫くは他所よりも低い水準になることを理解して頂けますか?」
「確かに左様でございますな。ですが、そのご心配には及びません。この従業員寮に住まわせて頂けるだけでも充分でございますので」
「そう言って頂けると助かります。それで、ベンノさんのお給料ですが、月額金貨五枚でお願いしたいと思います」
そう伝えたのだが、どうもベンノの反応は芳しくない。
やはり言葉では何とでも言えるが、給料が少ないのは我慢できないのだろう……。
「本当にすみません。ベンノさんの気持ちは良く分かります。金額が少なくて気落ちするのはもっともだと思います。申し訳ありませんが、事業が軌道に乗ればもっと出せ「そ、そんなことはございません!」」
「えっ!?」
「いえ、ですから、そんなことはございません! 金貨五枚、十分過ぎる金額です! しかも、従業員寮という住む場所までご提供頂いているのですから、家賃が浮いている分余裕のある生活ができます!」
「そうですか? ハーゲンさんに王都の一般的な給料を聞いたところ、商店の幹部だと金貨五枚から六枚だと教えてもらったんですけど……」
「……それは、ハーゲン様のような大商会の場合においてです。小さな商店の場合は金貨三枚から四枚が標準だと思います」
な、なんだと!? ハーゲンのアドバイスにそんな落とし穴があったとは……。確かに、大商会と中小の商会とでは給料の金額に違いは出るだろけど、『一般的な』って聞いたのに全く。これが富裕層と一般庶民の感覚の違いなのかも知れない。
とはいえ、一度提示した金額だ。ベンノには金貨五枚で働いてもらおう。
「なるほど、ベンノさんの言うことは分かりました。でも、金額は変えません。私はベンノさんには大商会の幹部と同じくらいの成果を出せると信じていますらね。ですから、頑張って店長代理を務めて頂きたいです」
俺はそう言いながらベンノの前に右手を差し出した。
ベンノは俺の言葉に一瞬戸惑ったようだが、俺の顔と手を交互に見ながら両手で包み込むように握手した。
「ありがとうございます、ありがとうございますっ! このベンノ、アサヒナ様のご期待に添えるよう、精一杯務めて参ります!」
ベンノは目に薄っすらと涙を浮かべながら謝辞を繰り返した。
「うんうん。これからよろしくお願いしますね!」
こうして、アサヒナ魔導具店の店長代理(実質店長)がベンノ・ローマンに決まったのだった。
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