プライス邸訪問
リーンハルトたちに魔導カードを献上した二日後、俺たち五人は以前屋敷の前で出会ったハーゲン・プライスなる商人に会いに行くことにした。
理由としては、魔道具店で販売しようとしている回復薬の価格の相談と、もう一つある。店員候補を紹介してもらおうというのだ。
別に俺たちが直接募集を掛けてもいいのだが、初めて店舗の経営をするこちらが素人なのに、店員も素人では何かと拙いと考えたからだ。まぁ、一応ヘルミーナがいるのでそこまで心配はしていないのだが、彼女も常に店舗にいるわけでもないので念の為である。
「さて、ハーゲンさんの屋敷はこの辺りだっけ?」
「そのはずよ。昨日ビアホフさんに教えてもらった住所によるとこの大通り沿いに屋敷があるはずなんだけど……。それにしても、大体このメモに書いてあるこの記号は何なのかしら?」
そう、昨日早速ビアホフと出会った縁を活かしてハーゲンの屋敷の住所(と言っても簡易な地図だが)を書いたメモをもらっていた。
ついでにハーゲンが本当に御用貿易商なのかも確認したが、こちらは間違いないらしい。何でも様々な国や地域に知り合いがいて顔が利き、情報を仕入れるのが早いというところを国王陛下が気に入ったそうだ。
もしかすると、国王陛下の密使とかもやってたりするのかも。
おっと話が逸れた。ビアホフから受け取ったメモは簡単な通り屋敷の位置が書かれたものだったが、一つよく分からないものがあった。
この半円に三角の図は、もしかして……船か?
「ハルト、この屋敷じゃないかしら?」
「はい。ビアホフさんのメモ通りみたいですね。それにしても……」
俺の言葉を継いでアメリアとカミラも感想を口にする。
「まさか屋敷の敷地に船があるとは思わなかったなぁ!」
「貴族街の近くにはこれまでくることがなかったから知らなかった。こんなに立派な帆船が町中にあったなんて……凄い」
「これが船ですか、主様。凄く立派です!」
そう、三人の言う通り、なんと屋敷の敷地内に立派な帆船が鎮座していたのだ。こんな陸地に、しかも貴族街の近くという丘の中腹で船を見かけるなど驚くほかない。
いつまでも屋敷の前で驚いているわけにも行かないので、早速ハーゲンを訪ねることにした。
当然、アポ無しということはなく事前にプライス家の家令と連絡を取っている、ヘルミーナが。なんだかんだ世話を焼いてくれる彼女に頼りきっているところが今後の課題だ。
さて、ハーゲンの屋敷の門番に声を掛けるとすぐに使用人がやってきた。
俺たちは屋敷に招き入れられると応接室に通されて、暫くの間屋敷の主を待つこととなった。応接室からは敷地に鎮座する立派な帆船が目に入る。もしかすると、これもハーゲンの自己顕示、というか自慢なのかも知れない。
暫くするとドカドカという足音が近付いて来た。恐らく先日屋敷の前で会ったハーゲンだろうと推測する。
足音がピタリと止まると同時にバンッと扉が勢いよく開き、俺たちを歓迎する言葉を発したこの男こそ、先日出会ったハーゲン・プライスその人だった。
「よく来てくれたな、御用錬金術師殿! 改めて自己紹介しよう。私は国王陛下の御用貿易商を務めるプライス商会の会頭、ハーゲン・プライスと言う。これから仲良くしようではないか、二人の王子殿下の御用錬金術師殿」
「では、こちらからも改めまして。リーンハルト王子とパトリック王子の御用錬金術師を務めることとなりました、ハルト・アサヒナと申します。ハルトとお呼びください。それから、以後、お見知り置き頂けますと幸いです、国王陛下の御用貿易商殿」
「ふふふ、私のことはハーゲンで良い。それにしても本当に訪ねてくるとはな」
「えっ!? 駄目でしたか?」
そう聞くと、一瞬不意を突かれたような顔をしたハーゲンだったが、彼には似合わない少し気弱そうな表情で応えてくれた。
「いや、そんなことはない。歓迎するさ。ただ、俺の噂を知る者なら多少は警戒するもんさ」
「へぇ、噂ですか。因みに、どんな噂なんです?」
「それを俺が言うのもなんだかなぁ。まぁ、気になるのなら自分で調べてみるといい。それを知ってどうするかはアサヒナ殿が考えればいいさ。それで、今日はこの前にもらった回復薬の価格の相談に来たんだろう?」
「えぇ、その通りです。他にもご相談があるのですが、まずは回復薬についてお話させてください」
「なんだ、回復薬以外にも相談だと?」
俺の言葉を聞いた直後にハーゲンの右眉がピクリと動いたが、それを無視して話を続けることにする。
「まぁ、その話はまた後で。ところで、表の帆船は立派ですね! このような陸地に置かれているのは珍しかったので、ここがハーゲンさんの屋敷だとすぐに分かりました」
窓から見える船の帆先を見ながらハーゲンに話し掛ける。
すると、ハーゲンも船のほうを見ながらその由来を語ってくれた。
「あぁ、あれな。俺が若い頃に乗っていた船なんだが、金に物言わせてここまで運んだんだ。昔はあれに乗って世界中を冒険したもんさ。まぁ、それがきっかけで今は貿易商なんてやってたりするんだが、人生ってのは分からんものさ」
そんなことを話しながら遠い目をするハーゲンだったが、それも一瞬。すぐに商人の鋭い目に戻ると改めて口を開いた。
「それで、回復薬の話だったな! もう一度あの回復薬を見せてもらえるか?」
「ええ、いいですよ。こちらをどうぞ」
懐に手を入れるとアイテムボックスから初級回復薬を取り出してハーゲンに渡す。
すると、ハーゲンが前にやったように、おもむろにナイフを取り出して指先を切りつける。そして、ぷつと血が溢れるその傷口に先ほど渡した回復薬を数滴たらし、回復薬の効果を試していた。
「うむ、やはりこの回復薬は素晴らしいな。まず、効き始めるまでの早さだ。これほど早く薬効が確認できる回復薬は王都といえどもなかなか見かけるものではない。そして、効果の高さも申し分ない、素晴らしいものだ」
「そこまで褒めて頂き、ありがとうございます」
「それで、これの価格だが……。今、王都の冒険者ギルドで販売されている初級回復薬の価格が大銀貨五枚だ。まぁ、その他の魔導具店でも同じ価格で売っている。なぜだと思う?」
「それは……。魔導具店や錬金術師同士の談合か何かですか?」
「いや、もう少し面倒な話なのだ。多くの魔導具店や錬金術師たちにとって、誰でも作れてかつ需要がある回復薬は主力商品だ。何せ、作るのに必要なものが材料となるハイレン草と小瓶、そして錬金術の腕だけだからな。それにも関わらず、一本大銀貨五枚という価格で販売されている。どこの店でもな」
ふむ。ハイレン草は自分で魔物の森に取りに行くという手もあるが、基本的には冒険者ギルドに採取依頼を出して手に入れる。
採取依頼で何枚のハイレン草を入手するか、その報酬を幾らに設定するか次第であるが、以前アメリアが受けていたハイレン草の採取依頼は金貨三枚の報酬だった。初級回復薬を大銀貨五枚で販売するとして、最低限六枚以上のハイレン草を手に入れてもらわなければ赤字になる。アメリアもハイレン草を束にして納品していたくらいだ。一度の採取依頼で少なくとも二、三十枚くらいは採取できるだろう。
もし三十枚入手したとして、ハイレン草一枚当たり、大銀貨一枚。小瓶は大銅貨二、三枚もしないはずだ。そう考えると、単純に考えても初級回復薬一本あたりの利益は大銀貨四枚弱。ぼろい商売だ。
安くしようと思えばできないわけではない。他所の魔導具店よりも銅貨一枚でも安くすることは可能だろう。にもかかわらず、どの店でも大銀貨五枚で売られているという。
一体何故か。
考えられることはただ一つだ。価格を抑えられるところ、それはハイレン草から初級回復薬を創り出すという工程。だが、それは錬金術師としての腕の見せ所でもある。その価格を抑えるということは……。
「自分たちの錬金術の腕を安く売るのは、錬金術師としてのプライドが許さない、と?」
「流石は御用錬金術師殿だ。まぁ、そういうことだな。そこで、最低限の錬金術の料金を定めていった結果、一定の価格に落ち着いていったわけなんだが、ここで一部『プライドなど関係ない』と安売りした錬金術師が出てきたのだ。しかし……」
「他の錬金術師たちから圧力が掛かったと?」
「あぁ、『錬金術の価値を貶める、錬金術師の風上にも置けぬ者だ』とな。結果、評判が下がり素材や依頼も入らなくなって、その錬金術師は王都では商売ができなくなって出て行くことになってしまったのさ」
なるほど。安く売ろうとした結果、同調圧力というか、村八分にされてしまったということか。
「そこで、この回復薬の価格なんだが、この効果の高さを踏まえると、市場価格、とりわけ冒険者ギルドの価格よりは高い価格に設定したほうが良いだろうな」
「なるほど……。ヘルミーナさんはご存知でしたか?」
プライスから聞いた話をヘルミーナは知っていたのか聞いてみた。アレクシス氏から何か聞いたことがあるかも知れない。
「いいえ、お祖父様からは聞いたことがないわ。ただ、確かに以前うちの店で扱っていた回復薬も冒険者ギルドと同じ価格だったわね……」
なるほど。アレクシス氏は伝えていなかったのかな。まぁ、錬金術師のそういう面を知るのは後でいいと思ったのかも知れない。
そんなやり取りをしているとハーゲンもヘルミーナに話し掛けた。
「そういえば、そちらのお嬢さんはブルマイスター魔導具店の……名工アレクシスの孫娘さんだったか。名工アレクシスを失ったのは王国の損失だった、俺も残念に思う。それで、店はどうしたんだ?」
「ブルマイスター魔導具店ならこの前閉めたわ。今はハルトに弟子入りして一からやり直すつもりよ」
「ほう、それは思い切ったな! そうか、ハルトの弟子に……。しかし、それはなかなか大変だな」
「そうなのよね……。まぁ、でも。目標は高いほうがいいから」
「ちょっと、ハーゲンさんもヘルミーナさんも。それよりも回復薬の価格の話をしましょうよ、ね?」
「あぁ、そうだったな」
「そうだったわね」
さて、話題を元に戻す。
ここまでハーゲンの話を聞いたが、少し安心した。そもそも、そんなに安く売り出すつもりがなかったからだ。ただ、今回の話を受けて、想定していたよりも少し高めに設定しようと思う。
「ハーゲンさんのお話、大変参考になりました。一応、元々回復薬を安売りするつもりはなかったのですが、ハーゲンさんから回復薬の効果について好評頂きましたし、うちの魔導具店では初級回復薬を大銀貨七枚と銀貨五枚、つまり市場価格の五割増しで売り出そうと考えています。いかがでしょうか?」
俺の言葉にニヤリと笑顔を向けると、「ほう」と息を吐き出すように声を出して俺の真意を確認する。
「私が創る初級回復薬は『高品質』な物ばかりですからね。そんじょそこらの初級回復薬とは効能も効果が現れる速度も違いますから、この価格であっても、冒険者ギルドの回復薬より売れる自信があります」
「なるほど、それで通常の価格から五割増しか。確かに高価にはなるが、その通りだ。既存の初級回復薬とは別物として扱われるだろうが、それでも必要とする者は多いだろう。正直、冒険者ギルドで取り扱っている初級回復薬に不満を持つ者も多いからな」
「冒険者ギルドで取り扱われている初級回復薬は不満が多いのですか?」
そう聞くと、アメリアとカミラの冒険者組と、ヘルミーナとハーゲンの錬金術師と商人組のどちらも芳しくない表情で答えてくれた。
「まぁ、持ってないよりは、持ってるほうがいいって程度の効果だからなぁ?」
「大けがをした場合、初級回復薬では気休めにしかならない。だから、自分たちの身を守る為に多少の身銭を切ってでも中級回復薬や上級回復薬を備えておくのが冒険者の常識」
なるほど。あまり効果が期待できるものではないが、比較的安価なので買う人はそこそこいるというわけか。それなら、多少高くても効果が高い回復薬を求めてる冒険者に売れそうだ。
「それなら、勝算ありですね。それじゃ、回復薬は初級回復薬と中級回復薬に上級回復薬の三つをレギュラー商品として置いておいて、あと特級回復薬を受注生産とするのが良さそうですね」
考えていた魔導具店の商品ラインナップの内、回復薬の種類を口に出しながら指折り確認していたのだが、急にハーゲンが落ち着かない様子で俺の顔を見つめてくる。おっさんに見つめられても嬉しくないのだが……。
「あの、どうかしましたか?」
「お、おいおい、ハルト……。今の、聞き間違いでなければ、どうも『特級回復薬』と聞こえたんだが、気のせいだよな?」
驚いたような表情で声を振り絞るようにハーゲンが聞いてきたので素直に答える。
「いえ、気のせいではなく確かに言いましたが、何か?」
「い、いやいやいや、特級回復薬と言ったら熟練の錬金術師でなければ創ることができない門外不出の秘薬だろうが! まさか……ハルト、お前は錬金できるのか……!?」
ハーゲンの表情は何やら驚き過ぎて引き攣っているようだったが、特に気にせず答える。まぁ、ヘルミーナにも伝えていたことだし、俺としては特に気にしていない。
「えぇ、もちろん創れますよ。私、錬金術の腕は熟練の錬金術師並に優れてるらしいのですよ!」
ふふんと右腕に力こぶをつくる仕種をして見せた。ただ、子供の身体のせいか力こぶといえるものはできなかったが。
そんな俺を見て、ハーゲンは疲れたような表情でヘルミーナに同情が籠った視線を向けると、ヘルミーナもそれに対して何か諦めたような表情で静かに頷いた。
それを見たハーゲンは何故か力が抜けたようにソファーにもたれ掛かったのだった。
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