鑑定眼と錬金術
「身体が軽いっ! 若いって最高っ!」
鬱蒼とした森の中を駆ける。
若さからか、この身体が特別なのか分からないが、道なき道だが疲れることもなく、軽やかに歩みを進める。
進むべき先が見えているような、いや、まるで誰かにナビゲートしてもらっているような感覚と言えばいいだろうか。何の迷いも不安も感じずに森の奥へと進んでいく。
それにしても。
生前はそれほど草木に詳しくはなかったが、この森に自生する植物はやはりどれもみたことのないような色形をしている。
途中で見つけた、うっすらと光を放つ蔓植物のハート形の葉を一枚千切って観察してみた。
『名前:ハイレン草
詳細:マギシュエルデに生息する多年生植物。
光の精霊の力を宿すと信じられており、擂り潰したものは傷薬として使われる。
効果:体力回復
備考:錬金素材(ハイレン草×1:初級回復薬)』
「うわっ!?」
いきなり視界のなかに文字情報が流れ込んできた。あと、右目の奥がなんだか熱っぽい。右目を閉じると、それらの文字も消えてしまう。
試しに、左目のみを開けてみたが特に何も表示されなかった。どうやら右目のみによる能力(?)のようだ。
もう一度右目を開けると再び視界に文字が表示された。これはもしかして『鑑定眼』というやつだろうか? 知りたい対象を視るだけでウィ◯ペ◯ィアのように情報が得られるとか、かなり便利だな。
試しに、自分のステータスも鑑定できないかと両手を見てみたが、上手くはいかなかった。自分のことを直接見ていないから鑑定できないということなのだろうか。
まぁ、今は自分のことよりも目の前のハイレン草だ。もう一度表示される情報を見る。
「錬金素材……錬金術か。そんなの本当にあるんだな」
などと思わず感嘆してしまう。
それにしても錬金術か。
なるほど、これが特技というものになるわけか。そういえば、種族毎に得られる特技については詳しく確認するのを忘れてたな。
でも、妖精族って魔導具作りが得意って世界神も言ってたし、もしかして……。
「錬金『初級回復薬』」
そう念じると、手に持っていたハイレン草の葉っぱが眩く輝き、薄い緑色の液体が入った小瓶へと変化した。
やったか!?
いや、まだ喜ぶのは気が早い。早速これを鑑定してみると……。
『名前:初級回復薬
詳細:錬金術により精製された初級回復薬。
擦り傷や切り傷を癒す効果がある。
効果:体力小回復
備考:上質/錬金素材(初級回復薬×2:中級回復薬)』
よっし、成功だ!
どうやら俺は特技として錬金術が使えるようだ。
これが種族特有の能力なのかどうかはわからないが、恐らく食い扶持には困ることはないだろう。
出来たての初級回復薬の備考を視ると「上質」とあるが、上質だと何か効果があるんだろうか。それから、この作った回復薬も錬金素材になるようだが、『×2』などと表示されていように、恐らく初級回復薬が二個必要になるんだろう。
もう一度、地面に生えているハイレン草を毟り取って錬金し、初級回復薬を作り出す。
そして……。
「錬金『中級回復薬』」
初級回復薬二つが混じり合うように螺旋を描き、眩く輝きを放つと、緑色の液体の入った小瓶が再び出来上がった。
改めて鑑定してみると。
『名前:中級回復薬
詳細:錬金術により精製された中級回復薬。
身体内部の損傷や軽度の病魔から身体を癒す効果がある。
効果:体力中回復
備考:上質/錬金素材(中級回復薬×4:上級回復薬※錬金術Lv5以上必須)』
なるほど、あのハイレン草一つで初級回復薬、初級回復薬二つで中級回復薬、中級回復薬四つで上級回復薬となるわけか……。
必要な素材は上位のものになるほど増えるらしい。
恐らく、更に上位のアイテムを錬金する際には、複数種類の素材が必要になるのだろうと想像できる。
それよりも少し備考欄に気になる表記を見つけた。
「錬金術Lv……。なるほど、スキルにはレベルがあるのか。俺の錬金術レベルが幾つか分からないけど、試すだけ試しておくか」
早速中級回復薬を四つ錬金してから、上級回復薬の錬金を試すことにする。
「錬金『上級回復薬』」
中級回復薬を錬金したときのように四つの中級回復薬が円を描きながら重なり合って眩く輝くと、一つの青みがかった緑色の液体が入った瓶が出来上がった。
恐らく成功だろう。
『名前:上級回復薬
詳細:錬金術により精製された上級回復薬。
身体内部の重度の損傷や多くの病魔から身体を癒す効果がある。
効果:体力大回復
備考:上質/錬金素材(上級回復薬×8:特級回復薬※錬金術Lv9以上)』
「よしよし。錬金術レベル5は確定っと。一応、もう一段階上位の特級回復薬というのも錬金できるのか試しておこうかな」
手元の初級回復薬が無くなったので周囲に自生しているハイレン草を再び採取する。どうせならこの辺りに生えてるハイレン草は多めに採取しておこう。
ざっと数えて数百をゆうに超えるハイレン草の葉を集めると必要な分量以外は全てアイテムボックスに仕舞い、上級回復薬を八つ錬金する。
「さて、それでは特級回復薬の錬金を試しますか」
「錬金『特級回復薬』!」
八つの上級回復薬が輝きながら重なり合い、小さな渦を生み出すように混じりあって眩く輝くと、薄い青色の液体が入った瓶が出来上がった。
「(やったか!?)」
『名前:特級回復薬
詳細:錬金術により精製された特級回復薬。
あらゆる身体の損傷や病魔から身体を癒す効果がある。
効果:体力特大回復
備考:上質/錬金素材(特級回復薬×1、特級解毒薬×1:万能薬※錬金術Lv9以上)、(特級回復薬×1、特級魔力薬×1、精霊の雫×1、生命の果実×1:エリクシア※錬金術Lv10)』
「よっしゃ、これで錬金術レベル9以上確定だ! この特級回復薬の効果もすごく気になるけど、それ以上に備考欄のエリクシアがめっちゃ気になるな。ゲームなんかに出てくるエリクサーっぽいし、必要な錬金素材もレアものっぽいし……」
ひとまず、今のところ錬金できるのはこんなところだった。今後いろんな物を錬金するには、より多くの錬金素材が必要になりそうだな。
そう考えた俺はとりあえず周辺にある植物や岩石など気になった物を片っ端から鑑定もせずに一通りアイテムボックスに収納することにした。毎度鑑定していると時間が掛かり過ぎるからな。鑑定するのは後に回す。
そんなことしながらも、ハイレン草だけは見つけては採取を繰り返し初級回復薬を錬金しながら奥へと進むことにした。
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しばらくすると、森の木々が薄くなった頃、ふいに水が流れる音が聞こえてきた。
「……この音は」
音がする方向に向かって足を速めると、一気に森から抜け出した。すると、そこにはゴツゴツとした岩場の間を勢いよく流れる川があった。
「やっぱり川だったか」
ごろごろと角の取れた丸い石と砂利が敷き詰められた、比較的流れが穏やかな場所に辿り着く。おもむろに川の水面を覗き込むと、澄んだ水が流れていた。その水を両手に掬う。すると飲用可能という鑑定結果が自動的に表示された。ひとまず、これで水の確保ができたと思うと、少しほっとする。
早速、喉を潤そうと川面を覗きこんだ。
「うぇっ!?」
思わず驚き声が出てしまった。
その水面に見たこともないような、美しい見目の少年の顔が映っていたからだ。
透き通るような白い肌、エルフの特徴の通り細く長い耳、肩の近くまで伸びた光の加減によっては緑にも金にも見える美しい髪がサラサラと風に揺らされている。
さらに特徴的だったのは、その瞳がオッドアイであることだ。右目が金色なのに対して左目は青色。なんとも神秘的な雰囲気を感じる……。
「……これはまた……とんでもない美少年にしてくれたなぁ。パッと見た感じじゃ、美少女じゃないか……!?」
そこまで言ってはっと両手で股間を確認する。ふにふにとチンやタマがついているのを確認してホッとする。どうやら性別は間違いなく男の子らしい。
ホッとはしつつも、生前は決して不細工ではなかったが、別にイケメンでもなかった俺はあまりの劇的ビフォーアフターに驚いたものの全く不満はない。むしろ、素直に世界神に感謝したいくらいだ。
だが、その反面。小心者の俺はこの見た目が今後の活動には支障をきたす可能性を考えていた。
「まぁ、目立つよな……」
そうなのだ。
このままだと目立ち過ぎる。この容姿のまま不用意に人里に近づいたら、不要なトラブルに遭遇する確率は確実に高くなるはずだ。
いや。もしかすると、ゲームとかアニメの世界のように、この世界の人たちが皆美男美女で誰も俺の容姿を気にしないという可能性も考えられるが、そんな都合のいい展開なんてありはしないだろう。
そうなると、何とかこの見た目を誤魔化す方法についても考えないといけないな。はぁ、転生した初日から何だか面倒くさいことを考えないとならないとは。
今着ている服は世界神が用意してくれたエルフに伝わる伝統衣装ということだが、顔を隠すような物はない。そうだな、せめてフード付きのローブでもあればまだマシなのだが……。
このことで最も問題となるのは、『初めての転生&眷族ガイドブック』に書いてあった『人族のいる街を目指す』ということが難しくなってしまったことだ。自分の容姿のせいでトラブルに巻き込まれる可能性が出てきた以上、ガイドブック通りに行動するのはやめておいたほうがいいと思う。
人族のいる街へ行くにしても、自分の容姿を変えるか隠すくらいの方法くらいは考えないと。とはいえ、そんな方法がすぐに思いつくわけでもない。
「そうなると、やはり暫くはこの辺で寝泊まりできるところを探すしかないか……」
既に日も傾いてきているこの状況から、今宵の寝床を探さなければならないというのは何とも気が滅入る話だ。水場も近いし、今日はこの川岸で野宿するしかないか、などと考えていると、急に森の奥がざわめきだした。
怒号と爆発音が森の奥から徐々にこちらのほうに迫ってくるようだった。
「ちょっと、何なの!?」
「ブフォッ! ブフォッ! ブフォオオオオオッ!!!」
怒り狂うような叫び声と共に森の中から飛び出てきたのは、見たこともないでっかい豚のような獣だった。
下顎から突き出た巨大な二本の牙と、鼻先に目立つ巨大な角。
そしてその巨体は動物園で見た象よりも明らかに巨大で、目測だが高さは五メートル、牙や角を含めると全長十メートルにはなろうかという化け物が暴れながら森から飛び出してきたのだ。
よくみるとその巨体には無数の切り傷と矢が刺さっており、体毛の一部は焼け焦げていた……。なんて悠長に観察する余裕は全くなく。そんな巨体の化け物が、今にも眼前に迫ろうとしていたのだ。
「う、うわぁっ!?」
そういえば、錬金術に夢中になって、攻撃手段とかそういったものを何も試していなかった……! こんなことになるなら、攻撃できる魔法の一つでも使えないか試しておけばよかった!
そんなことを思っても今更だ。既に俺と接触するまで残り十メートルを切ろうかという速度でこちらに突撃してきているのだ。
そこに、突如誰かの叫び声が聞こえた。
「お、追い詰めましたわ……!」
「今よカミラ、やってっ!」
「ハァッ!」
恐らく、あの化け物に傷をつけたのであろう三人の冒険者が続けて森の中から飛び出してくると、カミラと呼ばれた冒険者が何やら詠唱を行った瞬間。突如として化け物が爆発に巻き込まれる。同時に、その轟音と爆風が周囲を駆け巡り、俺もその勢いに吹き飛ばされた。
それと同時に冒険者の一人が素早く獣との間合いを詰めると一閃。先ほどの爆発で目をくらませていた獣の頭を一刀両断したのだった。
ここまでお読み頂き、ありがとうございます。