開国派改め改革派の誕生
マインラートを執事長として迎え入れた。そして、早速屋敷の使用人たちに引き合わせることにしたのだが、マインラートの容姿とオネエ言葉、そして男爵という貴族位を持っていることで随分と驚いていた。
執事であるファイト・レッツェルはすぐにマインラートの指揮下に入ることを決意した。「あのマクラナッハ様が私の上司となられるなんて光栄です!」と感激していた。どうもマインラートは自らの武功で独自に爵位を得たということで結構有名な騎士だったらしい。
そのことは護衛役たちも知っているらしく、「クラナッハ様の下で働ける!」と喜んでいる。そこは「アサヒナ辺境伯様の護衛役になれて嬉しい!」と言って欲しいところだが、俺の活躍は一般庶民の想像の範疇を超えた英雄譚となっているそうで、ピンとこないらしい。ちょっと残念だ。
そんな屋敷の使用人たちとの顔合わせも終えて、翌日帝城の会議室を借りたアサヒナ辺境伯家の今後の活動指針を決める打ち合わせを行うことになった。
それならば、屋敷も貰ったのだから自分の屋敷で行えばいいじゃないか、という意見も出てきそうだが、この打ち合わせにはユリアーナ、クレーマン、ライナルトも参加するということで、彼らを屋敷に呼ぶのは流石に拙いというのと、まだ客を呼べる準備が整っていないということもあって、帝城の会議室を借りることにしたのだった。
ゲストは彼女らだけと思っていたのだが、新たに一人追加で参加する者が増えた。それはヒンケル侯爵だ。開国派の重鎮が辺境伯家の領地運営の打ち合わせに来るなんて、一体何の用だよ。そう思ったが、ユリアーナからの話を聞いていると結構重要な話をするらしいと聞いたので、参加を認めることにした。
そういうわけで、会議室には俺とアメリアたちの他に、帝国の屋敷の執事長となったマインラート、ディー爺たちとマリウス、ユリアーナ、クレーマン、ライナルト、そして開国派の重鎮ヒンケルという豪華なメンバーが揃っていた。
「では、会議を始めましょう。まずは昨日私の屋敷の執事長となったマインラート・ヒュプシュ・クラナッハ男爵を紹介しますね。マインラートさん、自己紹介をお願いします」
「マインラート・ヒュプシュ・クラナッハよ。この度アサヒナ辺境伯様のお屋敷の執事長になったわ。アタシはアサヒナ辺境伯様のために命を賭して働く覚悟よ。それだけは知っておいてちょうだい」
マインラートの言葉にディー爺たちは震え上がった。もちろん、マリウスも。皆、マインラートの武勇について詳しいらしい。一体どのような逸話があるのか非常に興味深い。今度時間を取ってマインラートから話を聞いてみたいところだ。
マインラートを皮切りに皆も自己紹介を行う。やはり、ディー爺たちは昔から帝国に仕えていた由緒正しい家柄だった。だが、今回の一件で御家が凋落したことで色々と影響が出ているらしい。まぁ、領地を失った上に爵位も一律騎士爵に落ちたとなれば周りの目も厳しいものになるよな。
だが、彼らは俺がルードルフに恩赦を願い出たおかげで族滅することなく、再度騎士爵からやり直す機会を得た。それも、救国の英雄と呼ばれる俺の配下となったのだ。再起のチャンスを得たということで、一族を挙げて俺に仕えるとのことだった。
また、死を伴う罰を与えられなかったばかりか、俺の下でやり直す機会を得たということで周りからは相応にやっかみの声もあるらしい。その辺りはある程度仕方のないことだろう。
それについてディー爺たちには気にするなと伝えておいた。そのようなやっかみの声を上げているのは保守派の貴族がほとんどだ。彼らは行き場のない不満をディー爺たちに向けているだけなのだ。放置しておいて問題はないだろう。
最後にマリウスが自己紹介を行った。彼の父親であるダウム男爵は開国派に所属しているが、マリウス自身は開国派に属している認識はない。彼が今後どの派閥を選ぶかは分からない。もしかすると英雄派になるかもしれない。そのことを理解しているだろうヒンケルは何を考えているのやら。
皆がお互いの自己紹介を終えたところでヒンケルから大事な報告があるというので、その内容に耳を傾けることにした。
「この度、救国の英雄であるアサヒナ辺境伯の活躍もあり、帝国の開国が成りました。そのため、今後開国派は名前を改めて『改革派』として帝国の政治に携わっていきたいと思います」
「なるほど、改革派か」
ユリアーナが呟いた。なるほど、革新的な意見をもって帝国を支えようというわけか。うん、なかなか良いんじゃないの? それに、開国派から改革派、語感も近いし、受け入れられるのではないだろうか。それに、保守派に対する派閥の名前としても相応しいと思う。
そんなことを言うと、ヒンケルが首を横に振った。
「いえ、我々改革派は保守派の対になるつもりはありません。改革派はこの度立ち上がった英雄派の対となる集団にしていくつもりです」
「ほう、英雄派の対となる集団か。確かに、それも必要だな。今回の一件で保守派は勢いを失った。その代わりに英雄派が立ち上がった。勢いもあるし、元保守派の貴族も多く属している。同じ轍を踏むような者はいないと思いたいが、対抗する派閥はあったほうがいい」
ユリアーナがヒンケルの言葉に同意する。確かに、今回の一件で保守派は第一の勢力から第三の勢力に転落した。そして、ヒンケル率いる改革派が第一の勢力となり、英雄派が第二の勢力となった。改革派が保守派よりも英雄派の動向を重く見るというのは理解できる。でも、結局英雄派って元保守派だったりするから、実態としては保守派対改革派の構造になりそうだけどな。
「アサヒナ辺境伯ご自身は帝国の政治に関わるつもりはないとのことですが、英雄派の貴族たちはアサヒナ辺境伯の一挙一動、一言一句を見聞きして自分たちの取るべき行動を取り決めるはずです。英雄派の中心となったモットル子爵もアサヒナ辺境伯と近い存在です。間接的にアサヒナ辺境伯の意思や思想が反映されることになるのは想像するに難くありません。そうしてまとまった意見は帝国の政治に大きな影響を与えることになると考えています」
ヒンケルがクスリと笑いながら「何せ、救国の英雄の意思ですからね。その意見を代弁するであろう英雄派の言動を重く受け止める者は多いはずです」と言った。まぁ、周りから注目されているのは一応理解している。
「そのような大きな影響を与える派閥に対して、対抗できる勢力が必要になるのは必然でしょう。それを我ら改革派が担おうと、そう考えているのです。今の保守派には期待できません。下手をすると彼らは英雄派に合流しようとする可能性まである。流石に敵対する彼らを英雄派が受け入れるようなことはないでしょうが、英雄派は元保守派の貴族が多いですからね。可能性はゼロではないと見ている者も多い。まぁ、そのようなことが起これば英雄派の勢いが弱体化することになるでしょうから、改革派としてはありがたいとも言えますが、帝国の政治を考えれば望ましいこととは思えません。……ともかく、我ら改革派こそが英雄派の対になる勢力であるべきと考えました」
「うむ。其方の言うことはもっともだ。英雄派はまだ立ち上がったばかり。そこまで危険視する必要はないと言う者もいる。だが、救国の英雄であるアサヒナ辺境伯の言葉は今後帝国の政治に大きな影響を与えるだろう。その影響は私の言葉よりも重みがあるかもしれぬ。故に、其方が申す通り開国派改め改革派が今後は英雄派の対となる派閥を目指すことに異存はない。保守派には正直期待できぬからな」
ヒンケルとユリアーナのやり取りを聞いて俺も頷くしかなかった。英雄派が今後の帝国の政治に大きな影響を与えるというのは正直実感はあまりないが、可能性は十分にあると考えている。
救国の英雄として俺が帝国の多くの者から崇められている現状を鑑みれば、俺の言動が彼らによって意訳され、英雄派の意思としてねじ曲がって伝わる可能性が考えられる。「恐ろしい」というのが正直な感想だ。
俺はユリアーナとヒンケルのやり取りを聞いて大きなため息をついた。俺個人としては帝国の政治に関わるつもりなんてこれっぽっちもないのだが、周りがそれを許してくれそうにない。恐らく、英雄派の中心となったパウルを筆頭に、英雄派の貴族たちは俺の考えや思いを聞いてくることだろう。
そして、俺の考えや思いを彼らなりに汲み取り、咀嚼して、それを英雄派の意見としてまとめ、展開していくのだろう。その結果、その責任を取らされるのはきっと俺だ。全くもって迷惑な話だ。だが、そうならないように俺が口出しすると、それは俺が帝国の政治に関与することと同義である。全くどうしたものか。
もしかすると、最初に俺の考えを英雄派の貴族たちに伝えたほうがいいのかもしれないな。なるほど、会社や部署が期ごとに提示する事業方針のようなものをまとめて提示するというのはありかもしれない。それを踏まえて英雄派の貴族に活動してもらう。そして、おかしなことを言い出すやつが現れたら俺が自らとっちめるしかない。なんと言っても英雄派の神輿だからな、俺は。きっと皆も俺の言うことに従ってくれるはずだ。
従わない奴がいたら? もちろん、英雄派の中で自浄作用を働かせなければいけない。罰則なども検討が必要だな。このあたりはユリアーナと相談しよう。それはともかく、今はヒンケルとユリアーナが抱いているだろう懸念を少しでも取り除いておきたい。
俺の考えが全て正しいとは全く思っていないこと、英雄派の意見に対抗する勢力があるというのは俺としても望むところであること、お互いに意見を出し合って帝国をより良い方向に導くことができれば嬉しいと思っていること。それらのことを伝えたら、ヒンケルとユリアーナの二人は納得してくれたようだった。
ふぅ、やれやれ。というか、そういう重要な話をするのなら、事前に内容を共有しておいてほしい。そのことをヒンケルに伝えたら、「英雄派の真の長たるアサヒナ辺境伯の率直な意見を確認したかったのだ。事前に内容を伝えてしまっては周りの者と相談しただろう? ともかく、我々改革派の考えを伝え、英雄派に納得して頂いたわけだ。これでルードルフ陛下にも話を通しやすくなったよ」とのことだった。俺には「はぁ、そうですか」という言葉しか返せなかった。
ともかく、これでヒンケルからの派閥の話は一段落したようだ。元保守派だったディー爺たちは少々複雑な表情をしているけれど、それも時間が解決してくれるだろう。
このあとユリアーナとヒンケルの二人から名称変更についてルードルフにも伝えられ、開国派から改革派へと正式に名称が変更されることになる。いちいちそのようなことまで皇帝であるルードルフの決裁を仰がなければならないとは、帝国の政治は大変だなぁ。
さて、そろそろ本題に入りたいと思うのだけど、いいだろうか?
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