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褒賞のおまけと面倒事

「これで、アサヒナ辺境伯への褒賞は全てとなるが、私からとちょっとした特典を付けたいと思う」


 そう言ってユリアーナが話し始めた。


「アサヒナ辺境伯はこの度五つの領地を得たわけだが、それらの領地を運営するにあたり、辺境伯を補佐する人財が足りていない。特に帝国の政治に詳しい者がいないのは問題だ」


 その通りだ。仲間になったレーナとレーネは一応帝国出身ということになるが、彼女らは一般市民であり、帝国の政治に明るいとは言えない。俺の領地運営を手伝ってくれる人財は必要だろう。


「そして、辺境伯には帝国での伝手はほとんどないと言っていい。そんな辺境伯が帝国での初めての領地運営を行うには、帝国政治に詳しい腹心となる者が必要であろう」


 ユリアーナの問い掛けに多くの貴族たちが頷く。特に英雄派の貴族たちは目を輝かせているように思う。つまりはそういうことだ。


 うちの領地の代官になる者を紹介してくれるということらしい。それが英雄派の貴族の中から任命されるのではと皆期待しているのだ。


 はたして、そんなに魅力的なポジションなのだろうか?


 と思ったが、派閥の長の治める領地の代官といえば、それなりに発言権もある立場になるのか。ひとまず、希望者が多いのはありがたいことだと良いように受け止めることにした。


 個人的には顔見知りがいいのだが、残念ながら帝国に貴族の知り合いはいない。そうなると、変なしがらみのない貴族がいいが、帝国貴族には保守派、英雄派(元保守派)、開国派の何れかしかいない。とりあえず、保守派以外なら上手くやっていけそうかな? ともかく、ユリアーナの提案は願ったりかなったりなので、非常に助かる。


 それに、俺自身とは面識がなくても、帝国というか皇族ユリアーナが認めた人物が任命されるわけで、その業務遂行能力は折り紙付きのはず。帝国に伝手のない俺には大変ありがたい話だった。


「では、早速紹介しよう。この度、アサヒナ辺境伯領を任せるに値すると我らが認めた優秀な者たちだ。入ってこい!」


 ユリアーナが訓練場の入り口に向かって声を上げると、ローブ姿の四人が現れた。見た感じ、俺よりも年上……。というか、大分年配だろう。その佇まいにベテランの風格を感じる。だが、その素顔はローブに付いたフードで隠されており、はっきりしない。


 そんなことを思っていると、四人がルードルフとユリアーナに頭を下げたあと、俺の目の前に揃って跪いた。その様子に満足そうなユリアーナとルードルフ。何やらにやりと笑っているようにも見える。


 これは何か仕組まれたのかもしれない……。


 そして、ユリアーナの言葉で新たに訓練場に入ってきた四人の姿を見て多くの貴族たちが項垂れた。どうやら、自分たちの中から抜擢されると考えていた者たちの当てが外れたようだ。


 それにしても、ユリアーナが「我らが認めた優秀な者たち」だと言ったことから、相当に経験豊富な人財なのだろう。この場にいる開国派や英雄派の貴族よりも優れていると……。そんな人財が帝国に残っていたのか? 現役を退いた領主経験者とかだろうか?


「この四人がアサヒナ辺境伯に与えられた領地の運営を支える者たちだ。我らが長年信頼を置いてきた者であるが、この度大きな過ちを犯した罪で重職を退いたが、そのことを大いに反省し、英雄派の旗頭となったアサヒナ辺境伯に身も心も捧げるつもりで仕えたいと申し出てきた。私としてはアサヒナ辺境伯に是非受け入れてやって欲しいと考えている」


 ユリアーナの言葉に俺は「はい」とも「いいえ」とも言えずにいたが、そこまでの覚悟で俺に仕えてくれる有望な人財がいるのなら、是非受け入れたいと思った。だから、俺の答えは一つだった。


「分かりました。どのような過去があったかは分かりませんが、私が拝領した領地の管理を助けて頂ける人財については私としても必要としていたところですので、ありがたく受け入れたいと思います」


「そうか! そう言ってくれると信じていたぞ!」


 ユリアーナが喜びの声を上げる。そして、その言葉に肩を震わす四人のローブを纏う者。笑っているのだろうか。いや、すすり泣く声が聞こえるので泣いているらしい。一体どうしたというのだろう?


「それでは、アサヒナ辺境伯に名乗り出るがいい!」


「「「「はっ!」」」」


 四人が揃って声を上げると、同時に被っていたフードを脱ぎ払った。そこで見た顔は……あれ、何処かで見たような?


「この度、アサヒナ辺境伯に仕えることになりましたディートフリート・アルトナーと申します。外交関連についてはお任せください!」


「同じく、フィルディナント・ベルクマンと申します。帝国内部のことでしたらお任せください。以後、よろしくお願い致します!」


「同じく、フンベルト・クリューガーと申します。軍事についてでしたら儂にお任せくだされ! 粉骨砕身頑張るつもりですぞ!」


「同じく、ヴィーラント・エーデルシュタインと申します。帝国の法律には詳しいつもりですので、色々と頼って頂ければと思います」


 四人が笑顔で名乗り出る。その頰には涙の跡があった。やっぱり泣いていたらしい。しかし、その原因は悲しみによるものではなさそうだった。喜びの涙だったのかな?


 それはともかく。彼らの名前を聞いて思い出した。


 そうだ、彼らは元外務卿、元内務卿、元軍務卿、元司法卿という帝国の重鎮だった男たちだ。ルードルフによって斬首刑に処されるところだったのを、俺が褒賞の一環として、彼らの助命を嘆願したのだ。彼らがちゃんと無事で良かったよ。


 その彼らが俺の領地運営を手伝ってくれるってこと!?


 というか、四人とも元保守派の中心だった大貴族じゃないか!? 俺の領地に変な派閥争いを持ち込みたくないんですけど!? 何でユリアーナは彼らを推薦したの!? 全く意味が分からないんですけど!?


 とはいえ、今さら「やっぱりお断りします」なんて言える雰囲気でもないし、ちょっと困ったな……。でも、ひとまず四人が無事に斬首刑を免れたようでホッとした。


「……皆さんがご無事で何よりでした。それはともかく、これは一体どういうことなのか説明して頂けるんですよね、ユリアーナ様?」


「うむ、もちろんだ。陛下が四人を斬首刑に処すと決められたとき、私もそれは仕方のないことだと思った。だが、同時に惜しいとも思ったのだ。なぜなら、彼らはこれまで帝国を支えてくれた有能な人財であったからな。しかし、この度の件では処刑は免れぬと思った。そんな彼らの運命を変えたのはアサヒナ辺境伯、其方だ。其方は彼らが斬首刑に処されることを良しとせず、陛下の決定に逆らって彼らを救おうとした。このようなことを陛下に直訴するのは前代未聞のことだ」


 そう言ってユリアーナが笑う。ルードルフも声を漏らして笑った。


「ディートフリート、フェルディナント、フンベルト、ヴィーラントの四人は皆、アサヒナ辺境伯にその命を救われたことに感謝し報いたいと考えておったようだ。そして、これからは陰になり日向になり其方を支えるために生きていくと決めたらしい。それは彼らだけでなく一族郎党全ての意思だと申しておる。どうか、その思いを汲み取ってやってはくれぬか?」


 そんなことをルードルフから言われたら否と言えるわけがない。まぁ、彼らの命を救った御礼として、俺の領地の運営を手伝ってくれるというのなら、俺も反対する理由はない。快く受け入れよう。


「そう言うことでしたら、ありがたく受け入れたいと思います」


「そうか! そう言ってくれると信じておったぞっ! ディートフリート、フェルディナンド、フンベルト、ヴィーラント、其方らも辺境伯に礼を言うが良い!」


「「「「はっ! 今後は若様のため、帝国のために、精一杯働きたいと存じます!!!!」」」」


「へっ!? 若様って何!? どういうこと!?」


 ルードルフの言葉は良いとして、ディートフリートたちの言葉にあった「若様」って、一体何だと気になってしまう。


「「「「若様は若様ですぞ!!!!」」」」


 いや、確かに未だ成人もしていない身ではあるが、精神年齢はアラフォーのつもりなので、若様などと呼ばれるのはめちゃくちゃ違和感があるんだけど。それに、別にそこまで高い身分でも……なくもないか。一応辺境伯位になったし。


 四人からは、「若様はまだ成人もしておらぬお子様ですからな!」とか、「うむ、我ら四人が力を合わせて見守らねばなりません!」とか、「我らの命を助けて頂いたこの御恩、お返しする所存ですぞ!」とか、「まだまだ若い者には負けませぬ故、存分にお頼りください」などといった声が上がる。まぁ、協力して助けてくれるらしいので彼らの気持ちを無碍にすることはできないな。


「帝国に若様ありと他国に見せつけてやりましょう!」


「若様の御力を帝国内部にも示していかなければなりませぬ!」


「若様のためならば、帝国最強の軍隊を創設してみせますぞ!」


「若様のためとあれば、法の改正も成し遂げてみせましょう」


 うん、昨日絶望の淵に立たされていた人の見せる表情ではないな。皆いきいきしている。とても頼りにもなりそうだ。彼らはつい昨日まで現役の大臣だったわけだし、能力面も問題ないだろうし、帝国内でも顔が広いはずだ。何の伝手もない俺にとっては百人力、いや千人力以上だろう。


「ありがとうございます。それでは、ディートフリートさん、フェルディナンドさん、フンベルトさん、ヴィーラントさん。皆さんの御力を貸して頂けると助かります。今後とも、よろしくお願いします」


「若様! 儂のことは『じい』とお呼びくだされ!」


「なっ!? お前、ずるいぞ! 若様、儂を『爺』とお呼びください!」


「お前たち、いい加減にしろ! 儂こそが『爺』と呼ばれるに相応しい! どうか儂を爺とお呼びください!」


「若様、こやつらのことは放っておいて、私を『爺』と呼んで頂ければと思います!」


 何か面倒くさいな、この人たち。というか、そんなに爺と呼ばれて嬉しいものなのか? 俺には感覚が分からないけど。もう、まとめて爺と呼ぶことにするか。


「えっと……それでは、今後はディー爺、フェル爺、フン爺、ヴィー爺と呼ばせて頂きます。よろしいでしょうか?」


「「「「もちろんです!!!!」」」」


 ディー爺たちが揃って声を上げる。これで、ついに俺も『爺や』を手に入れてしまったか。それも四人同時に。うちの執事や使用人は全員若いし、俺よりも年上の使用人ってのは何気に初めてだな。


「皆さんがそれで良いということでしたら、そう呼ばせて頂きます」


「「「「はっ!!!! 我らの一族郎党、若様のために尽力する所存です!!!! 何なりとお申し付け下さいませ!!!!」」」」


 こうして、良いのか悪いのか分からないままに、ディートフリート、フェルディナンド、フンベルト、ヴィーラント、いや、ディー爺、フェル爺、フン爺、ヴィー爺の四人が俺の領地運営を手伝ってくれることになった。


 それはありがたいのだけど、彼らにもそれなりの地位が必要ではないだろうか? そう思って、ユリアーナに問うと、もちろん考えているという言葉が返ってきた。


「ディートフリート、フェルディナンド、フンベルト、ヴィーラントの四人に対し、帝国は位階第十位騎士爵位を与えることとする。これは名誉職ではない。今後はアサヒナ辺境伯に尽くし、実績を積み重ねて、再び帝国での要職を目指すが良い!」


「「「「ははっ!!!!」」」」


 ディー爺たちが恭しくユリアーナに頭を下げる。これで一段落と思っていたところに、貴族たちの中から不満の声が上がった。


「そんな馬鹿な! 彼らは罪人となった者ですぞ!?」


 一人の開国派と思わしき貴族が不満の声を上げる。それに賛同する者も数多くいるようだった。確かに、ディー爺たちは保守派の貴族の中でも中心的な人物で、これまでフェリクスを支えてきた。その中で彼らの権謀術数により辛酸を嘗めてきた者も開国派にはたくさんいるのかもしれない。つまりは、開国派の貴族にとってディー爺たちは政敵と言っても同然の存在なのだ。


 それが、ようやく彼らの悲願であった帝国の開国が叶い、政敵であったディー爺たちも爵位剥奪の上で斬首刑となったはずだった。


 それなのに、翌日には、実は皇族によって生かされていたのだと明かされて、自分たちが就く可能性もあったうちの領地の代官の座をディー爺たちに奪われてしまった。


 彼らも皇族は開国派か英雄派のどちらかに付いたと思ったはず。それなのに、今では一転して旧保守派に優しい態度を取っている。これでは皇族に裏切られたと感じてもおかしくない。


 そう考えると、今回ユリアーナによりディー爺たちが再び爵位を得たことに対して快く思わない者が大勢出てくるのは必然だった。


 というか、英雄派の立ち上げの時点で快く思わないものが多数いたはずだ。恐らく、その中でも特に我慢ができなかった者たちが声を上げたのだろう。その気持ちは分からなくもない。


 そんなことを考えていると、これまで黙っていたヒンケルが口を開いた。何だか面倒なことを言い出してきそうな雰囲気を感じる。


「アサヒナ辺境伯に与えられた領地は五つ。ですが、ルードルフ陛下やユリアーナ様からアサヒナ辺境伯に与えられた補佐役は四人。一人足りぬとは思いませんか? ここに是非開国派からも代官となれる人材を送りたいと思うのですが、いかがでしょうか?」


 うわ、一番面倒な話が来たぞ。これを受けるか受けないかは俺の判断でいいのか? それとも、ルードルフやユリアーナに任せて良いのか? 俺は戸惑いながらルードルフとユリアーナに視線を送った。すると、二人から任せろという合図が返ってきたのだった。


「うむ。確かにヒンケルの言う通りであるな。では、誰を推薦するつもりなのか答えてもらえるか?」


 ルードルフがそう言うと、ヒンケルが恭しく頭を下げながら「もちろんでございます」と答える。


「ラルス・フォン・ダウム男爵の次男、マリウス・ツァールト・ダウムを推薦致します。経験は少ない若輩ではありますが帝都の貴族院でも優秀な成績を上げております。アサヒナ辺境伯とも歳が近いことから、気軽に話し合える間柄になれるのではないかと思います」


 ふむ。ダウム男爵の次男らしい。そして俺とも歳が近いらしい。俺は今十歳だから、マリウス君も十歳そこそこってことだろ? そんな少年がいくら優秀だからといって、ディー爺たちと一緒にやっていけるのかな? 正直、不安しかないのだけど。


「……なるほどな。分かった。正式な任命は我ら皇族とアサヒナ辺境伯による面談の後とするが、問題ないな?」


「もちろん、問題ありません。何卒、よろしくお願い致します」


 そう言ってユリアーナの言葉にヒンケルが頭を下げた。うーん。これってどう受け取れば良いんだろうか? アサヒナ辺境伯領を預かる俺としては全く理解が追いつかないんだけど、ヒンケルの提案で開国派の貴族たちの気持ちが落ち着いたようなので良しとするか。


 とはいえ、今後マリウス某と面談することになったし、これから何が起こるのか、ものすごく不安になってきたのだった。

いつもお読み頂き、ありがとうございます。

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