帝国新方針決定会議(前編)
さて、帝国の今後の方針を取り決める重要な会議が行われる当日となった。この日までに俺たちとリーンハルトとクラウスは今回の会議に向けて入念なシミュレーションを行ってきた。そう、如何に両王国にとって都合の良い結果に導くかというシミュレーションだ。
ただ、そこにはリーンハルトとクラウスの思惑もあるようで、単に両王国にとって都合の良い結果に導くというだけでなく、帝国で辺境伯位を頂く俺にとっても都合の良い結果となることを求めているようだった。リーンハルトとクラウスの気遣いがありがたい。
因みに、今回の会議については、ユリアーナにより『帝国新方針決定会議』と名付けられた。いや、出落ちというか、名前からして保守派に一切配慮するつもりがないことが透けて見える、というよりも丸見えなんですけど!? 本当にこんな名前で会議を催すのかと聞いたら、真面目に「何か問題あるか?」と真面目に答えられてしまった。マジか。
はぁ。もうどうなっても知らないぞ……。
会場となる大広間に入ると既に多くの貴族たちが集まっていた。そのほとんどが保守派と開国派で占められているが、保守派の貴族たちの顔色は良くない。逆に開国派の貴族たちは皆生き生きとした表情をしている。これだけで今日の会議がどういう場になるか窺い知れるというものだ。
さて、今回の会議に参加している主なメンバーを紹介しよう。
一人目は、ルードルフ・ブルート・ゴルドネスメーア。この帝国の皇帝だ。まぁ、ルードルフが参加しなければ開催する意味のない会議になるのだし、参加は当然だろう。体調も大分良くなったようだ。
二人目は、ユリアーナ・ヴィアベル・ゴルドネスメーア。今回の会議の発起人でもあるので、参加するのは当然だ。そして、今回の会議を取り仕切る人物でもある。ルードルフの座る玉座の隣に立っている。
三人目は、オスヴィン・ムント・クレーマン。帝国宰相のクレーマンと言ったほうが早い。彼も今回の会議の中心的人物なので、当然参加することになる。今回の会議の議事進行をしてくれるらしい。
四人目は、ライナルト・ラント・ゴルドネスメーア。知っての通り、ユリアーナの弟で帝国の第二皇子である。今回は宰相であるクレーマンの見習いという形で参加しているので、クレーマンの隣に立っている。
五人目は、ツェーザル・ガース・ローラント。前モットル伯爵とともに保守派というかフェリクスを最も推していた貴族で、貴族位は公爵ではあるものの、現皇室とは縁遠く、また碌なことをしないというのはユリアーナの言葉である。先ほどから俺のことを忌々しそうに睨みつけてくるので鬱陶しい。
六人目は、パウル・ゴルト・モットル。そう、俺の寄子となる予定のパウルだ。モットル伯爵領を継いだ若き伯爵、というよりは皆に責任を押し付けられてなった悲劇のヒロイン(?)であり、保守派の重鎮ということになる。今回は保守派の代表の一人として参加している。少し緊張しているようだが大丈夫だろうか。
七人目は、ファビアン・ルフト・ヒンケル。ヒンケルは侯爵位にあり、この国の財務卿を務めている。俺は初対面だが、彼にとって俺はこの国の政治を保守派から開国派に傾けたヒーローらしく、先ほどから熱烈な視線を送ってくる。こちらも別の意味で鬱陶しい。
八人目はラルス・フォン・ダウム。ダウム家は男爵家ではあるが、帝都でも顔が広く、開国派を取りまとめる重要人物とされている。そう言えば、ユッテが帝都で情報を集めるために会いに行った貴族もダウム男爵だったな。多分、同一人物だと思う。
基本的にはこの八人が中心となって会議が執り行われることになるのだが、今回は特別にあと三人参加している。
その三人のうちの一人が俺ことハルト・フォン・アサヒナ伯爵だ。所属は言わずと知れたアルターヴァルト王国とヴェスティア獣王国の両王国。何故このような重要な会議に他国の貴族が参加しているのか、などという野暮なことを言う者はいない。皆、俺が当事者の一人だと知っているからだ。まぁ、文句を言いたくても、皇族と宰相の四人がそうさせてくれないというのはあるかもしれない。
あとの二人は、今回の会議にはオブザーバーとして参加することになった、アルターヴァルト王国の第一王子であるリーンハルトと、ヴェスティア獣王国の第五王子であるクラウスの二人であり、どちらも今回はそれぞれの国を代表する大使としての肩書で参加している。
正式な国交を結んでいない二つの大国から王子が大使としてやって来て、国の重要な会議にオブザーバーとして参加している。しかも、会議の名前が『帝国新方針決定会議』だ。何故二人が参加しているのかなんて、説明されなくとも察することができる。
その他、外務卿(保守派)、内務卿(保守派)、軍務卿(保守派)、司法卿(保守派)といった大臣級の貴族や関係する官僚の他、将軍や師団長が参加しているようだ。
大臣や官僚たちは初顔ばかりであるが、将軍や師団長の顔には見覚えがある。そう、辺境調査団に同行していたメンバーだ。彼らもどことなく顔色が悪い。ユリアーナに脅されているからだろうか。
それにしても、帝国の大臣はそのほとんどが保守派が占めている中で、ヒンケルだけが開国派のようだ。ということは、ヒンケルはかなり有能なのかもしれないな。
そんなことを思っていると、ルードルフが静かに立ち上がった。それを見た貴族たちが背筋を伸ばす。どうやら会議が始まるらしい。
「皆の者、よく集まってくれたな。この度は皆に心配を掛けたこと、大変申し訳なく思う。だが、安心してほしい。この通り回復したので、これより政務に復帰することになった。皆には迷惑を掛けるかもしれないが、引き続き補佐してもらえると助かる」
ルードルフがそう言うと、皆が「はっ」と畏まった。
「さて、皆も知っての通り、この度帝国は未曽有の危機に陥るところであった。それは私が倒れたことだけではない。北部のヒッツェ山で噴火が起こり帝国中にたくさんの灰が降ることとなった。その影響によって、帝国内で一時的に食料が不足する事態となった。また、誠に遺憾ながら第一皇子であるフェリクスが謀反を起こした。これらの事態を解決したのは誰か。そう、『救国の英雄』であるアサヒナ伯爵である。彼には私から敬意と感謝を込めて、後ほど特別な褒美を与えたいと考えておる」
そう言ってルードルフがこちらを見てくる。その視線を追うように周りの貴族たちからの視線も俺に注がれる。うん、恥ずかしいので、話を先に進めてほしい。
そんなこと思っていたところ、ルードルフが改めて貴族たち全員に視線を向けると、これまでにないほど厳しい表情を見せた。
「だが、その前に。帝国がこのような非常事態になったというのに、迅速に、そして的確に事態を解決しようと行動しなかった者がいる。ディートフリート! フィルディナント! フンベルト! ヴィーラント! 其方らは一体何をしておったのだ! 私が倒れたとしても帝国の政治を止めぬのが其方らの役目であろう! そして、国民を救うために働くのが其方らの役目であろう! それをくだらぬ政争などに貴重な時間を使いおって……! この責任はしっかりと取ってもらうぞ。もちろん、関係した者も全員だ。覚悟せよ!」
ルードルフの言葉に保守派の貴族たちが思わず身を強張らせる。そんな中、先ほど呼ばれたディートフリート、フィルディナント、フンベルト、ヴィーラントという四人の貴族がルードルフの前まで出てくるとその場で跪いて、ルードルフに訴え掛けた。
「お待ちください! フェリクス様は帝国と国民のことを第一に考えておられました。その上で、他国の力に頼らず、帝国の力だけでこの事態を解決することこそが最善であるとお考えになられたのです!」
「フェリクス様のお考えを実現し、帝国の力で国民を救う。これを成し遂げることこそが我らの使命と考えておりました! だからこそ、多くの貴族たちが我らの考えを支持してくれたのです!」
「それなのに、クレーマンとヒンケルが反対してきたせいで、大軍を動かすことができなくなり、結果としてフェリクス様を危険な目に合わせることになったのです! その点はどうお考えですか!?」
「そもそも、帝国の法にも皇帝陛下が倒れられた際には、皇位継承権第一位にある者を皇帝の代理として認めると明記されております。我らは皇帝の代理であるフェリクス様の命令に従っただけなのです!」
なるほど。彼らの主張はよく分かった。つまり、保守派としては帝国の威信にかけて自分たちの力で解決したかったのだと。そして、フェリクスも同じ意見だったから、フェリクスの意向だということにしてそれを実現させようとしたと。
まぁ、魔物の大量発生とかなら、その規模や脅威の度合いにもよるだろうけど、帝国の力だけで対処できたかもしれない。だが、今回の事態はもっと深刻なものであり、もしも大軍を率いて動いていれば、それこそ目も当てられないような甚大な被害が発生していただろう。
そういう意味では、彼らに反対したクレーマンとヒンケルは褒美を授かるに相応しい行動をしたと言ってもいいはずだ。
それはともかく。先ほどのやり取りを聞く限り、帝国の法律では皇帝が不在の時は皇位継承権第一位にある者が皇帝の代理を務めるらしい。つまり、今回は第一皇子だったフェリクスにその絶大な権限が委ねられたというわけだ。
だからといって、フェリクスの言いなりになるというのは一国の大臣として問題があるのではないだろうか。例えフェリクスが皇帝の代理だったとしても、誤った命令を下した際にはそれを正すのが大臣の役目ではないだろうか。
そう思っていたら、ルードルフがぶち切れた。
「馬鹿者がっ!」
周りの貴族もルードルフの激昂に驚いている。というか、隣りにいるユリアーナたちまで驚いているのだからよっぽどだろう。
「帝国だけで解決できる事態かどうかは、ヒッツェ山の内部を確認すれば簡単に分かったはずだ。また、第一次辺境調査団との連絡が途絶えた時点で何らかの問題が起こったと考えなかったのか? 大軍を動かせていればフェリクスを危険な目に遭わすことがなかっただと!? 其方らは古代竜の力を知らぬからそのようなことが言えるのだ! 古代竜は災厄級の魔物なのだぞ!? そうだな、アサヒナ伯爵?」
「その通りです」
急に話を振らないで欲しい。だが、ルードルフの言っていることは正しい。第一次辺境調査団がちゃんとヒッツェ山の内部を確認していれば、その時点でカルミーンに呪いを掛けられていただろうし、彼らからの連絡が途絶えた時点で何らかの問題が起こったと考えることはできたはずだ。また、例え大軍を動かしていたとしても、辺境調査団の団員程度の実力では古代竜であるカルミーンには敵わなかっただろう。というか、速攻で呪いに掛けられて行動不能に陥ったはずだ。
それにしても、第一次辺境調査団にはフェリクスも参加していたわけで、フェリクスが危険な目に遭う可能性があるとは誰も思わなかったのだろうか? フェリクスの意思を尊重したかったのか、それとも別の思惑があったのか。少し気になるな。
いつもお読み頂き、ありがとうございます。




