皇室御用達と相談役
俺への褒美の件が片付いたことで、続いてゴルドネスメーア魔帝国と、アルターヴァルト王国、ヴェスティア獣王国の両王国が正式に国交を結ぶにあたっての協議が行われることになった。
その協議は順調に進み、大きな問題が浮上するということもなく、最終的には三国間にて協力体制を構築するという結果になった。
基本的にはアルターヴァルト王国とヴェスティア獣王国との間で結ばれている各種条件を踏まえた形で、帝国は両王国と国交を結ぶ。
これは偶然にも、帝国が近隣諸国と結んでいる国交の各種条件が両王国間で結んでいる内容と大きな違いがなかったことが大きい。というか、今回の件で帝国が近隣諸国と対等に近い形で国交を結んでいたことが分かり、ちょっと驚いた。もっと帝国に有利で高圧的な条件を結んでいると思っていたからだ。
まぁ、ある程度成熟した社会において、それなりの規模の国家間で国交を結ぶにあたって、条件が大きく変わるということはないのかもしれない。よくは知らないけれど。
そういうわけで、アルターヴァルト王国とヴェスティア獣王国、そしてゴルドネスメーア魔帝国の三大国が対等の条件で付き合うことになったのだった。今後はこの関係が同盟関係にまで発展することも考えられる。正に歴史的な瞬間だった。
細かな意見の食い違いがないわけではない。だが、それらについてはお互いの主張を踏まえつつ、良識に則って今後も引き続き協議を進め、詳細を詰めていくという形になっている。まぁ、その詳細を詰める場への人員の輸送は俺が務めることになるわけだが。
というか、その辺はもう自分たちで解決して欲しいと言ってみたのだけれど……。
「「「今さら船での移動には戻れない!!!」」」
などと、ユリアーナとリーンハルトとクラウスの三人から同時に言われてしまった。少々彼らを甘やかしすぎたか。とはいえ、便利なものがあれば誰だって不便なものを使いたいとは思わなくなるわけで、仕方がないかなとは思った。
うん。自業自得とはいえ、毎回俺が運転手を務めるのも正直面倒なのだが……。やはり、早急なテレビ会議システムの構築が必要だ。転移の能力が拡張されて、人を自由に転移させることができるようになれば、また話も違ってくるのだが、それはあまり期待できない。
何せ、今の神界は試練神が行方不明になって混乱しているのだ。今回の件だって、本当に試練だったのかどうかも分かっていない。まぁ、十中八九試練だったとは思うけど。ただ、それをクリアした報酬がちゃんと得られるのかは微妙なところだ。ということで、報酬については期待しないで待っておこう。
ともかく、ユリアーナとクレーマン、それにライナルトという現状帝国の政治の中枢にいる三人と、アルターヴァルト王国の大使であるリーンハルト、ヴェスティア獣王国の大使であるクラウスの二人との間で国交を結ぶにあたっての「事前協議」は無事に終えることができたのだった。
「事前協議」と言った理由は簡単で、正式な決定は皇帝であるルードルフがいる三日後の会議の場で採決が行われるからだ。採決というからには、参加者による投票が行われるのだろうが、その際には既に保守派は壊滅的な状態となっているわけで、ユリアーナと開国派の貴族による賛成多数で可決される手はずとなっている。
「これで、両王国と話し合っておきたいことについては大体話せたと思うがどうだろうか?」
「はい。私もその認識です」
「ちょっと待った!」
ユリアーナとクレーマンが確認し合ったところにライナルトが割って入ってきた。一体何事かと皆がライナルトに視線を送る。
「まだ何かあるのか、ライナルトよ?」
「大事なことが残っていますよ、姉上!」
「一体どのようなことだ?」
「アサヒナ伯爵を皇室御用達の錬金術師に、という件ですよ!」
「「皇室御用達!?」」
リーンハルトとクラウスが驚いて声を上げる。
あぁ、そう言えばそんな話をしていたのを思い出した。ライナルトは本気だったようだ。それにしても、皇室御用達の錬金術師って、つまりはアルターヴァルト王国でいうところの御用錬金術師とか、ヴェスティア獣王国での王家専属錬金術師とかと同じ扱いだろう。
「そう言えば、そのようなことも話していたな。確かに、アサヒナ伯爵の錬金術師としての能力をそのままにしておくのはもったいない。しかも、両王国はアサヒナ伯爵の錬金術師としての能力により、様々な魔導具の恩恵を享受しておると聞くし、我が国も両王国に倣ってアサヒナ伯爵の魔導具の恩恵を享受しても問題ないよな?」
どうせあとで帝国の辺境伯になるんだし、問題ないよね? と、ユリアーナが無言の圧力を掛けながら聞いてくる。リーンハルトとクラウスの二人も何も言い返せない。これは勝負あったか。
「もちろん、皇室御用達の錬金術師として任命頂ければ、帝国に対しても様々な魔導具を提供致します」
「やったぁ!」
ライナルトが右の拳を突き上げながら勢い良く立ち上がる。その姿を冷ややかに見つめるユリアーナ。だが、俺の回答にはまんざらでもなさそうで、早速帝城の各施設の整備に向けて検討をし始めた。それを見て、どれほどの出費になるのかと頭を悩ませるクレーマン。うん、もちろん無料じゃないよ?
ライナルトは自分の意見が通ったという喜びよりも、新しい魔導具が見られる期待感に浮かれているようだった。フェリクスがいなくなったのだから、今後は皇太子になるはずなのに、自覚が少々ないのではないか? そんなことを思っていたら、クレーマンから爆弾発言が飛び出た。
「ご内密にして頂きたいのですが、ルードルフ様は此度の一件の責任を取り、皇帝の座を退かれるとのことです。ルードルフ様のあとはユリアーナ様が継がれることになっております」
「「「えぇっ!?」」」
これにはリーンハルトとクラウスだけでなく俺も声を上げてしまった。ルードルフが皇帝を退く!? そして、次の皇帝にはユリアーナが就く!? とんでもないことを言ったぞ、クレーマンは。
「ということは、ユリアーナ様が次期皇帝ということですか!?」
「うむ。そういうことになる。あぁ、因みに宰相は引き続きクレーマンが務めてくれることになっている。それから、ライナルトはクレーマンの下で宰相の見習いだ。今後は魔導具ばかりにうつつを抜かすのではなく、しっかりと政務もこなしてもらうことになる。もちろん、今日この場で両王国と取り決めたことを反故にするようなことはないから、そこは安心して欲しい」
ユリアーナの言葉を聞いて早速リーンハルトとクラウスから質問が飛ぶ。
「退位された後、ルードルフ皇帝はどうなされるのですか?」
「公務からは一切離れられるということですか?」
俺も少し気になっていたところだ。というか、今回の件はルードルフに原因があったとは思わない。それはここにいる全員がそう思っているはずだ。たまたま帝国が魔王に目をつけられて、カルミーンが魔王に唆されたことが原因だ。まぁ、第一皇子のフェリクスに対する監督責任はあったかもしれないが。
「ルードルフ様には、皇帝の座から退かれた後、新たに『上皇』という尊号が贈られる。基本的には新たな皇帝となられるユリアーナ様を補佐する立場になられる予定だ」
なるほど、娘の政治をサポートする側に回るということか。しかし、それって上手くいくのかな? 皇帝派と上皇派なんていう派閥を新たに生み出すことにならないだろうか。そんなことが気になったのでクレーマンに聞いてみた。
「恐らく、そのような心配はないでしょう。『上皇』の尊号には皇帝のような政治に直接関わるような権限はありません。あくまで、皇帝に対して助言を行うことができる地位というだけですから」
うーん。まぁ、確かにそうかもしれないけれど、上皇を上手く攻略すれば皇帝を操ることも可能になるかもしれないっていうのは結構危ういのではないだろうか。
「因みに、過去に上皇になられた方は居られるのですか?」
「はい、ルードルフ様の御父上である先代皇帝のアードルフ様が退位されたのち上皇になられております」
「その際に何か問題は起こりませんでしたか?」
「さて、特に問題など起こってはおりませんでしたが……。アサヒナ伯爵は何を危惧しているのです?」
クレーマンからの質問にどう答えるか悩んだが、そのまま正直に話すことにした。
「上皇となられるルードルフ様を籠絡し、間接的に皇帝となるユリアーナ様を意のままに操るような者が出てこないか、心配しております」
「ハルト!?」
「流石に不敬だぞ!?」
リーンハルトとクラウスの二人が戸惑うように声を上げた。まぁ、確かに不敬なんだろうけど、実際にそのようなことが起こったら迷惑というか被害を被るのはユリアーナ自身なのだ。そのことをユリアーナが認識していないとは思えないが、念の為声を上げておいたのだ。
それに対してユリアーナが手を上げて二人を制する。
「いや、アサヒナ伯爵の懸念するところは良く分かる。今まで我が国はこの大陸内でしか外交というものを行ってこなかったが、今後はアルターヴァルト王国とヴェスティア獣王国を始めとした海外の大国との国交が結ばれ、帝国内だけでなく両王国を含めた様々な思惑が渦巻くことが予想される。そのような中で行われる帝位継承と上皇の誕生だ。それを隙と見て良からぬ行動する者も現れるかもしれぬ。アサヒナ伯爵はどうすれば良いと思う?」
「うーん、そうですね……。あえて何もしないというのも一つの手かもしれませんね。ここで上皇の権限を弱めるのは得策ではありません。もしも、ユリアーナ様が悪政をしいた場合に、それを正すことができるのは上皇のみ、という状況もあり得ますから」
「ハルト!?」
「さっきから、不敬だぞ!?」
リーンハルトとクラウスの顔色が悪い。先ほどから俺が不敬な物言いをしているからだが、ユリアーナは特に気にしない様子で続きを話せと言ってくる。
「例えば、皇帝を補佐するに当たっての助言は、皇帝がそれを上皇に求めた場合のみに限定するのはどうでしょうか。これで、皇帝が上皇の傀儡になるようなことは避けられます。また、上皇が直接皇帝に助言するのには、有力者の過半数の指示を得た場合のみとするのはどうでしょうか。そうすれば、上皇は有力者の過半数を得られなければ、直接皇帝に助言することはできないことになりますよ」
「ふむ。それは逆も言えるな。上皇が有力者の過半数を味方に付けることさえできれば、皇帝に幾らでも助言できるようになる」
「とはいえ、できることは上皇から皇帝への助言だけですから。別に帝位剥奪ができるとは申しておりませんので、それほど気になされることはないかと思います」
「……うむ。確かにな」
暫し、ユリアーナの沈黙が続く。
どうやら俺が余計なことを言ったせいで、ユリアーナが真剣に考えているようだ。その様子をクレーマンとライナルトが見守っている。次期皇帝の考え次第で、今後の帝国政治に新たな一ページが刻まれるかもしれない。ちょっと迂闊に口を出してしまったか?
「……ふむ。アサヒナ伯爵の話はなかなか興味深かった。確かに、皇帝が悪政を敷いたときにそれを正す者が居なければ、帝国は次代の皇帝誕生まで耐えるか、滅びゆくしかないということになる。これは拙いだろう。だが、皇帝が善政を敷いているにも関わらず、上皇の助言によりそれが覆るというのもよろしくない」
クレーマンとライナルトもユリアーナの言葉に頷く。
「少なくとも、私はできる限り善政と言われる政治を行うつもりだ。決して悪政を敷くようなことはしないと宣言しよう。そして、上皇となられる父上とも良好な関係を維持していきたいと考えている。アサヒナ伯爵の懸念については心の中に留めておくが、現状この件についてはひとまず保留とさせてもらおう」
「それがよろしいかと思います」
「それでいいと思うよ。問題が出たときに改めて考えよう」
ユリアーナの決定にクレーマンとライナルトが同意する。
「アサヒナ伯爵よ、よくぞ言い難いことを話してくれた。アサヒナ伯爵にはこれからも私に直接諫言することを許す。期待しておるぞ!」
「いえ、私は帝国の政治には関わるつもりはありませんよ?」
「もちろん、帝国の政治に直接関わる必要はない。だが、其方は今回一緒に冒険をした仲間ではないか。私が困ったときに仲間に相談するというのは普通であろう? もしかすると、その相談の中でお互いに意見を述べ合うということもあるかもしれないが、基本的に問題ないことだと思っておる。……まさか、其方は私を仲間として認めていないとか、そのようなことはあるまいな?」
「い、いえ。もちろん仲間として認めておりますよ!? まぁ、ユリアーナ様のお話をお伺いするくらいならば問題ありませんが……」
「よし、決まりだな! それでは、アサヒナ伯爵には辺境伯位の他に『皇帝の相談役』という立派な役職を与えよう!」
「いや、要らないです! というか、本来そういうのって宰相の役割ではないですか? クレーマンさん、どう思います?」
「私としては、私の負担が軽くなるので一向に構いませんが?」
「そんなぁ……!?」
クレーマンの答えに肩を落とすしかない。それにしても、皇帝の相談役って本来ルードルフのような皇帝を退いた人とか、皇帝の相棒となる宰相のクレーマンがやるべき役職ではないだろうか。こんな若造というか、ぽっと出の成り上がり貴族に与えるような役職ではないと思うのだが……。
「ふむ。アサヒナ伯爵が帝国の相談役になるというのなら、我が国でも検討したいな……」
「是非、ヴェスティア獣王国でも相談役に就いてもらいたいのだが、どうだろうか……?」
「いや、私は政治には関わりませんから!」
何故か、ユリアーナから皇帝の相談役なんていう役職まで押し付けられたが、これは悪い冗談だと思いたい。俺は政治なんて全く興味ないし、そんなことに首を突っ込むような度量もなければ実力もないのだ。だから、リーンハルトもクラウスも自分たちの国の相談役に据えようとか考えないでもらいたい。
はぁ。ともかく、ライナルトの発言により、帝国の皇室御用達の錬金術師になることになったので、これから帝国での仕事が増えそうだ。その分、お金も稼げそうだしこちらとしてもありがたい。
皇帝の相談役についてはユリアーナは本気のようだが、恐らく周りが反対するだろうから実現しないと思う。だが、ユリアーナの周りがイエスマンで固められていると本決まりしてしまう可能性もあるので油断はできない。
こうして、俺の褒美やアルターヴァルト王国とヴェスティア獣王国との国交の事前協議、そして俺の皇室御用達の錬金術師への就任、最後にルードルフの退位や上皇就任、ユリアーナの帝位継承などという爆弾発言もあったが、無事に一通りの話し合いが終わった。
あとは、それぞれの項目が正式に認められるのを待つだけだ。つまり、三日後の会議が重要になるということだ。そして、その会議には俺も今回の一件の当事者として参加することになっている。リーンハルトとクラウスの二人も、オブザーバーとして参加する予定となっているらしい。
はてさて、どうなることやら……。俺たちは三日後の会議開催まで帝城に与えられた部屋の中で大人しく過ごすことになったのだった。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。




