辺境調査団への説明(前編)
「ようやく戻ってきたな。其方のおかげでアルターヴァルト王国とヴェスティア獣王国、そして我が国を行ったり来たりとしたせいか、時間の感覚がいつもよりもおかしく感じるぞ」
「はい、ユリアーナ様の仰る通りで、私も同じような感覚ですよ。しかし、現実としては問題は山積みです。帝国での食料支援については完全にライナルト様を頼ることになりましたね」
「うむ。本当は、リーゼロッテに任せたかったのだが……。いや、今更それを言っても仕方がない。とはいえ、クレーマンとの協力体制が築けたのは良かった。これは其方のおかげだ、礼を言う」
「いえいえ。ひとまず、帝国に残る重要な職責にある方々が協力する体制を築けたことは重畳でした。それよりも、まずはライナルト様が予定通り神殿を動かして食料を帝国全土に配給することのほうが重要です。それが成されなければ、私が行ったことの大半が無に帰すのですから」
「それはその通りだが、ライナルトが上手くやれるかが心配だな。まぁ、何かあればクレーマンが対応してくれるはずだ。それよりも、辺境調査団をどうするかだな。やはり、帝都に戻したほうがいいか?」
「私の個人的な意見になりますが……」
「私は其方の個人的な意見が聞きたいのだ。それで、どう思う?」
「はい。私の個人的な意見となりますが、やはり今回の一件に一般市民を巻き込むのはどうかな、と。せめて、皆がAランクの冒険者程度に習熟した練度を持っていれば同行を許可するのですが……」
「其方が言うのだから間違いはないのだろうな。いや、私も古代竜と一戦交えるとして、はたして戦闘に不慣れな皆を巻き込んでいいものかと悩んでいたのだ。其方の進言に従うとしよう」
「そう言って頂けますと幸いです。今回の一件を解決するには、本当に手練れだけを集めて対応しないと余計な怪我人や死人を出す可能性がありますからね……」
「うむ、その通りだ。まずは皆に私が戻ってきたことと、帝国の置かれている状況、そしてこれから我らが取るべき行動について共有したいと思う」
「それは結構なことですけれど、皆も付いて来たがるでしょうね」
「だが、実力のない者が付いて来ても足手まといになるだけだ。彼らの尊厳を守りつつ、上手く説明しなければなるまい……」
「そうですね。あぁ、そろそろ日が暮れてきました。そろそろ皆を集めて今後のことを説明しなければ。ユリアーナ様、準備はよろしいですか?」
「うむ。皆を集めてくれ!」
「「はっ!」」
ユリアーナの言葉に答えてドナートとケーニヒの二人が天幕から出ていった。これからの予定を伝えるため、休憩中の辺境調査団全員を集めようというのだ。
俺たちは帝都を離れて再び森の中の広場に戻ってきた。帝国での食料配布についてはなんやかんやとあったが、結局はライナルトが対応してくれることになった。クレーマンもサポートしてくれるらしい。
頼りにしていたリーゼロッテは行方をくらまし、またその正体が魔王であったことを伝えた結果、暫くの間とはいえ魔王が拠点としいた神殿を頼るのは危険だという結論になった。そのため、食料支援は帝国が主導して行うこととなり、その責任者をライナルトが務め、サポートにクレーマンが付き、各地の領主が責任を持って対応に当たることになった。
帝都は皇族が対応することとなり、ライナルトが早々に食料を配給する拠点を開設し、その対応を騎士たちが行っている。開設早々、拠点には長い行列ができていた。魔王の手紙にあった通り、帝都でも飢饉の影響が出ているようだ。
各地の領主たちは食料を帝都から領地へと送るための馬車の手配を始めた。その結果、帝都の周りでは馬車とそれを引く馬、そして馬の餌として干し草の需要が高まり、品薄になった。結果、一時的ではあるが、それらの価格が値上がりしているのだとか。
もちろん、馬車を自前で用意できるような裕福な領主ばかりではないため、帝都やその近辺で馬車を保有している個人や業者に食料運搬の依頼をする者も多い。
そして、冒険者ギルドには馬車の護衛依頼が多数出ることになり、普段帝都にいる冒険者たちだけでは人手が足りず各地に応援依頼を出すことになったようだ。そんな状況だから、依頼料も相場より大分高くなっている。
輸送業に携わる者にとっては降って湧いた特需だ。飢饉の影響で食料価格が高まるなど経済に悪影響が出始めているが、特需がきっかけで少しでも持ち直してくれればと思う。
そして、今俺たちはユリアーナの天幕の中にいる。ユリアーナと辺境調査団の今後の予定について確認していたというわけだ。
「ユリアーナ様! 皆が集まりました!」
ドナートがユリアーナに声を掛ける。
「うむ。では向かうとするか。アサヒナ伯爵たちも一緒に来てくれ。皆に説明するにあたり其方を利用させてもらうぞ」
「まぁ、そうでもしないと説明がつかないでしょうからね。仕方がありません、利用されることにしましょう」
ユリアーナとともに広場に向かうと辺境調査団が整列して待っていた。その前にユリアーナが立ち、俺たちはその後ろに控える。
「皆集まったな。それではこれより今後の第四次辺境調査団の予定を伝える。第四次辺境調査団は直ちに帝都へ戻り、第二皇子ライナルトの指揮下で帝国内での食料配給任務に付く。また、これより第四次辺境調査団の団長はドナートとし、副団長をケーニヒとする!」
ユリアーナの言葉に団員たちがざわめく。そう言えば、ユリアーナに文字通りクビにされたモーリッツとやらは副団長だったが、団長って誰だったんだ? やっぱり、ユリアーナだったのかな?
「何故任務を途中で放棄するようなことを言うのかと不思議に思う者が多いだろう。心して聞いて欲しい。此度の火山の噴火の原因はある程度特定できた。その原因についてだが、大マオアー山脈に眠る古代竜である可能性が高い。そして、皇帝陛下が倒れられた原因もこの古代竜によるものである可能性があるのだ!」
ユリアーナがそう話すと、ざわめきがさらに強まった。それを手を上げて制すと、再びユリアーナが話し始めた。
「はたして、我らだけで古代竜を討伐することができるだろうか?」
「必ずやり遂げます!」
若い男が一人声を上げた。周りの男たちも「そうだそうだ!」と気炎を揚げる。だが、ユリアーナが首を横に振った。
「並のドラゴンであれば、我々でも討伐することができるだろう。だが、相手は古代竜。しかも名前持ちだ。恐らくは知恵のあるドラゴンだろう。そして、戦場となるのは恐らく火山の内部。当然、足場も悪いことが予想される。そんな中、この人数を活かして有利に戦闘を進めるのは難しいだろう。其方らを無駄死にさせるわけには行かない」
そう言うと場がシンとなった。一部には反論したい者もいるようだが、自分たちを無駄死にさせたくないというユリアーナの言葉がそれを抑えさせているようだった。
「そして、今帝国は危機的な状況にある。そう、飢饉だ。このままだと今年は冷害により米の収穫が悪くなるだろう。それに、動物や魔物までがこの国から逃げ出している状況だ。既に帝都にも影響が出始めている。其方らには火山の原因調査よりも優先すべきことがあるのだ」
「ですが! 火山の噴火を止めなければ、問題は解決しません!」
別の男がユリアーナに訴える。
「その通りだ。もちろん、手を拱いているつもりはない。打てる手は打つ。アサヒナ伯爵、前へ出てくれ!」
ユリアーナが俺を呼ぶので、ユリアーナの隣に立った。
「この少年は帝国の危機に駆け付けてくれたアルターヴァルト王国とヴェスティア獣王国の貴族で、名をハルト・フォン・アサヒナ伯爵という。其方らもその名を聞いたことがあるだろう。彼とその従者であり、神託の勇者であるセラフィ殿が私の指揮のもと、今回の一件に対応してくれることになっている」
「そんな! 帝国の危機に私たちよりも他国の者を頼られるというのですか!?」
「そのようなこと、貴女が許されても皇帝陛下やフェリクス様は許されませぬぞ!」
「何より、今実権を握っている宰相のクレーマン殿が許さぬはずだ! ユリアーナ様と言えど、勝手は許されませぬぞ!」
若い女が声を上げると次々に不満を漏らし始める。だが、その多くは第一皇子に近い者のようで、ユリアーナは特に気にしていない。
「其方らは帝国が緊急事態であることを本当に理解しているのか? 今この場にいない者に許しを得る必要がどこにある? あぁ、クレーマンからの許可ならば心配ない。この通り、大マオアー山脈の調査とヒッツェ山の噴火の解決については私とアサヒナ伯爵一行が行うよう許可を得ているからな!」
そう言って書状を懐から出して広げて皆に見せた。
そこにはユリアーナが話した通り、ユリアーナの指揮のもと、俺たち対魔王勇者派遣機構がこの事態を解決するようにと書かれていた。そして、皇帝陛下の代理としてクレーマンのサインとともに帝国の正式な書類であることを示す印章が押されていた。
「そんな……!?」
「ば、馬鹿な……」
「いつの間に……」
皆が驚いている。まぁ、ユリアーナはずっとここにいたことになっているし、そもそもクレーマンとの不仲説は有名だったようだ。
「皆が驚くのも仕方がない。だがこれは事実だ。そして、私だけではなく、我が弟で第二皇子のライナルトもクレーマンと互いに誤解を解き、今ではともに協力して事態の解決に当たっている。その仲介をしてくれたのが、このアサヒナ伯爵なのだ! アサヒナ伯爵、皆に状況を説明してやってくれ!」
えっ!?
俺のことは皆への説明に利用するって言ってたけど、これじゃあただの丸投げじゃないか! しかも、俺がユリアーナとクレーマンの仲を取り持ったってことで、第一皇子を推してるらしい人たちから睨まれてるんだけど!? 特に、先ほどまでユリアーナに反論してた人たちからの圧が強い。
とはいえ、この状況で俺が黙っているわけにもいかないよな……。仕方がない、腹を括って前に出るしかないか。
はぁ、と小さなため息を漏らしながら、俺はユリアーナの前に立って辺境調査団の面々に話し掛けることにした。
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