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リーゼロッテの出奔

「うーん、困った。はぁ、どうするべきか……」


「確かに、困ったことになりましたな……」


 クレーマンに呼び出されて彼の執務室に入ると、ライナルトとクレーマンの二人が頭を抱えて悩んでいるようだった。


 何かあったのかな?


 つい先ほどまでクレーマンの執務室で俺たちは今後の行動方針について話し合っていた。その結果、ライナルトはユリアーナの代理として帝国内での食料配布を任され、俺たちはユリアーナの指揮のもと、対魔王勇者派遣機構として大マオアー山脈のヒッツェ山脈に向かうということに決まった。


 そして、早速それぞれが任された務めを果たすべく準備に取り掛かったのだ。と言っても、俺たちとユリアーナは辺境調査団が滞在している広場に戻るだけなので、これといった準備は必要ない。


 一応、今後のためにということで、城内に残っている回復薬を集めて持っていこうとユリアーナが言い出したのだが、回復薬は俺の得意分野だ。それに、城内でも必要になることはあるだろうし、備蓄は残しておいたほうがいい。


 ということで、俺は城内で部屋を一つ借りて回復薬や解毒薬、魔力薬を初級、中級、上級、特級とそれぞれ十分な量を用意した。もちろん、創造を使ってだけど。


 そんなことをしながら、俺たちはライナルトが神殿から戻ってくるのを待った。


 今回の帝国への食料支援はユリアーナ個人への支援の一環だが、その大半を占める重要な支援だ。そのことはユリアーナも認識している。だから、ライナルトがしっかりと務めを果たすのを二人で見届けてから出発しようと、そういうことになったのだ。


 そして、俺とユリアーナの二人はクレーマンの執務室に呼び出された。当然、二人ともライナルトの任務成功の報告だろうと思った。


 だが、部屋に入って聞こえてきたのは、頭を抱えるライナルトとクレーマンの二人の「困った」というという言葉だった。


「一体どうしたんだ? 何があった?」


「姉上……」


 何があったのかとユリアーナが二人に確認したところ、ライナルトがユリアーナの顔を見て黙り込んだ。その様子を見て、仕方がないといった感じで、代わりにクレーマンが答えてくれた。


「ユリアーナ様、私から説明させて頂きます。結論から申し上げますと、ライナルト様はリーゼロッテ殿に食料を渡せませんでした」


 はぁ? 意味が分からない。食料の入ったアイテムバッグを神殿に持って行くだけという簡単なお仕事が出来ないなんて、一体どういうことだ? クレーマンの答えに俺とユリアーナは首を傾げた。


「神殿に行ってリーゼロッテにアイテムバッグを預けるだけの簡単な仕事ができないなんて、一体どういうことなんだ?」


 俺の思っていたことをそのままユリアーナがライナルトとクレーマンの二人に問い掛けた。少し苛立った口調なのは仕方がないと思う。


「はい。ライナルト様は先ほどの会議のあと、すぐにリーゼロッテ殿を訪ねて神殿に向かわれたのですが、リーゼロッテ殿にはお会いすることはできなかったとのこと。その理由ですが、どうやら彼女は神殿から、いえ帝都から立ち去ったようなのです。誰にも何も告げずに……。念の為、神官たちの許可を得て神殿内を捜索致しましたが見つかりませんでした」


「クレーマン様が「立ち去った」と仰るということは、リーゼロッテ殿は自らの意思で神殿を出ていったということですよね? つまり、何かそれを示す証拠はあるということですか?」


 俺が質問するとクレーマンが静かに頷いた。


「その通りです。騎士たちの調査の結果でも特に事件性はないということなので、本人の意志によるもので間違いないしょうな。その証拠に、このような手紙が彼女の私室に残されていたそうです」


 そう言ってクレーマンがテーブルの上に置いてあった幾つかの折り目のついた紙を拾い上げてユリアーナに手渡す。


 その手紙を受け取り読み進めるにつれてユリアーナの眉間にシワが深く刻まれていった。そして、一通り読み終えた手紙をこちらに手渡してきたので俺も目を通すことにする。


『この手紙を読んでる皆さんへ


 ルードルフ陛下が倒れてどれくらい経ったでしょうか。

 帝都内にも飢饉の影響が出始めました。

 帝国の危機がようやく本格化したということでしょう。

 そのような中、第一皇子のフェリクス様は行方不明となり、

 第一皇女のユリアーナ様は第四次辺境調査団に同行され、

 帝都を離れられています。

 今帝都におられる皇族は頼りのないライナルト様のみ。

 クレーマン侯爵も随分と参っていることでしょう。

 そうなると頼れるのは『帝都の聖女』と言われる、

 私、リーゼロッテ・クレーデルだけ。

 ですが、私が帝都を去るとどうなるでしょうか?

 きっと大きな混乱が起こるのでしょうね。

 ふふふ、私はこの時を待っていたのです。

 さぁ、これからが本番ですよ。

 帝国の混乱がこの世界を巻き込む争乱の引き金になるのです。

 私はその様子を遠くから楽しませて頂きますね。


 追伸 オジさんもがんばってね!』


 ……むぅ。リーゼロッテ・クレーデルめ、怪しいやつだとは思っていたが、やっぱり怪しいやつだったな。


 というか、魔王本人じゃないか。その証拠に、手紙の本文はこの世界の言葉で書かれているのに、追伸からその先は日本語の、癖のある丸文字で書かれていたのだ。それが分かれば、宛先に『この手紙を読んでる皆さんへ』なんて書いていても、この手紙が俺宛であることは明白だ。


 一体いつから魔王は俺が今回の帝国での一件に関わっていると気づいていたのだろうか? 俺がユリアーナと出会ったのはつい先日のことだぞ?


 以前魔王の手掛かりを見つけたのは俺が難度Sランクのダンジョン『天幻の廻廊』の最下層に転移した際に見つけた手紙以来になるか。いや、正確にはユッタたちが『マオウ』なる人物に出会ったという話を聞いて以来になるな。


 ともかく、俺が転移してからアルターヴァルト王国に戻り、再びこの地に戻ってくるまでに僅かな期間しか経っていないのだが、その間に魔王は帝国での地位を確立し、皇族や貴族、そして国民からも信頼される存在になっていたということになる。凄いというより恐ろしいというべきか。


 とりあえず、リーゼロッテは魔王だったということを皆に伝えておいたほうがいいだろう。皆は日本語が読めないし、最後の文は理解できていないと思う。俺から伝えるしかない。とはいえ、突然こんなことを言い出しても皆に信じてもらえるかどうか分からないが……。


「……この手紙を読むに、どうやらリーゼロッテという人物は私たち対魔王勇者派遣機構の敵である『魔王』の仮の姿だったようです」


「魔王だと? 一体どういうことだ?」


 ユリアーナが驚いた様子で聞いてきた。それと同時に、クレーマンとライナルトも俺のほうに顔を向ける。


「ユリアーナ様、この手紙の一番最後に書かれている文字は私と魔王にしか分からない暗号のようなものです。皆さんには読めないでしょうが、私に一言『其方に出来るというのであれば、見事この帝国の事態を解決してみせよ(意訳)』と書かれておりました。この文字を使うのは私以外に魔王しかおりません。つまり、リーゼロッテ殿は魔王だったということです」


「この簡単そうな一文にそのようなことが書かれているのか……。いや、それはどうでも良い。そんなことよりも、其方の知っていることでいい。魔王について詳しく教えてくれ」


「はい。魔王はこの世界に災厄を齎す者で、この世界に生きる私たちが倒さなければならない共通の敵です。これまで魔王により様々な災厄が齎されました。ヴェスティア獣王国での騒動はご存知ですよね。あれも魔王によって引き起こされました。私たち対魔王勇者派遣機構は魔王による災厄を未然に防ぎ、解決するため、そしてその根源である魔王を倒すためにアルターヴァルト王国とヴェスティア獣王国の協力のもとに組織されました。この度の帝国の危機も魔王によって齎された災厄である可能性が非常に高いのです。魔王からの手紙を読んで、この帝国の危機はやはり私たちが解決するべきなのだと改めて認識した次第です」


「ふむ。魔王については大体分かった。だが、先ほどの話だと、魔王は其方にだけ伝わるように暗号を使って其方と通じ合っているようにも見える。其方と魔王は親しい仲なのではないか?」


「はぁ!?」


 そんなことを言われたのは初めてだったので、戸惑ってしまって思わず不敬な声を上げてしまった。だが、そんな声も上げたくなるよ。


「とんでもない! 向こうが勝手に私に対して気安い言葉を掛けてくるだけです! 親しいなどということはありません!」


「そ、そうか……。まぁ、今の我らは其方を頼る以外にないからな。何が書かれていたとしても、今は其方を信じるしかあるまい。それよりも、今はこの腑抜けをどうにかせねばならんな!」


 そう言ってユリアーナが椅子に座り込んだライナルトの頭をくしゃくしゃと掻き回した。


「な、何をするのですか、姉上!?」


「其方、落ち込んでいる場合か!? リーゼロッテに何かあった場合は、其方が代わりに食料の配給を指揮するようにと言っただろうが! 今がその時なのだ! ライナルトよ、其方が指揮を取り神殿に働きかけて帝国の全土に食料の配布を行うのだ。帝国の国民全員の命が其方の働きに掛かっているのだと思え!」


「ですが……」


「言い訳をするな! 其方は帝国の第二皇子なのだぞ! 今働かずにいつ働くというのだ! やれ!」


「うぐっ……」


 どこかで聞いたようなユリアーナの言葉に身を縮こませるライナルト。それを聞いて、余計かもしれないが、俺も一言言いたくなった。


「ユリアーナ様は私たちとともに辺境調査団として大マオアー山脈のヒッツェ山へと向かわねばなりません。これはユリアーナ様にしかお任せできないことです。そして、帝国内での食料の配布はライナルト様にしかお任せできないことなのです。何故なら、その手段である魔導具をユリアーナ様に代わって扱うことを許されているのは貴方だけなのですから。どうか、勇気を振り絞って立ち上がってください。帝国の国民皆が貴方を待っているのです!」


「っ……!」


 そう話すと、多少は自尊心を掻き立てられたのか、ライナルトがモゾモゾと身動ぎした。ちょろいな。とはいえ、こんなんじゃライナルトに安心して国を任せることはできないな。やっぱり、魔導具を研究してるほうが性に合っていると思う。


「……はぁ。やっぱり、私がやるしかないようだな……。できれば、他人に任せて私は魔導具を弄っていたかったのだが、それを任せようとしていたリーゼロッテは帝国を出奔しており、しかも彼女は世界の敵である魔王であったとなれば、いつまでも頼るわけにもいくまい。仕方がない、私が陣頭に立って指揮しよう!」


「最初からそう言え! この馬鹿者が!」


 ゴン! とユリアーナがライナルトの頭を叩いた。その様子をため息をつきながら見ていたクレーマンがボソッと呟く。


「全く、その通りでございますな……」


 頭を擦りながらライナルトがユリアーナを睨みつけると、続けてクレーマンと俺に視線を向けてきた。


「何をするのですか姉上!? クレーマンよ、姉上を止めてくれ! ハルトも黙っていないで何とか言ってほしいのだが!?」


 ユリアーナとクレーマンの言葉に憤ってライナルトが一人喚くが、俺は何も口にしない。だって、俺もユリアーナとクレーマンの言葉に賛成だったから。


 そんなライナルトとユリアーナ、そしてクレーマンのやり取りを見ていて少し安心した。俺が魔王のことを口にしても、三人とも特に気にしない様子だったから。とはいえ、今後の状況次第では何かと質問される可能性はあるだろう。その時に上手く答えられるといいのだが……。


 とりあえず、話し合った結果、帝国での食料の配布についてはリーゼロッテに代わってライナルトが責任持って務めてくれることになった。これでひとまずは安心だな。


 そして、神殿にはユリアーナの命令でリーゼロッテが出奔した件と、残された手紙の内容については箝口令を敷くことになった。命令に違反すれば、それは物理的に首が飛ぶことになるという非常に恐ろしい命令だ。流石に容易に口を滑らせるようなことはないと思いたい。


 そんなことを思いながら、クレーマンの執務室をあとにしたのだった。

いつもお読み頂き、ありがとうございます。

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