今後についての相談(前編)
ルードルフの容態が落ち着いたことで、ユリアーナとライナルト、それにクレーマンの三人に、多少ではあるが、心の余裕ができたようだった。
それならば、今後俺たちが取るべき行動について、腰を据えて話し合わないかと提案した結果、皆でクレーマンの執務室に集まることになった。
流石は三大国に挙げられる帝国の宰相の執務室。広々としており、室内の調度品にも品がある。それに、どこかの魔導具好きの部屋とは比べ物にならないほど整理整頓が行き届いているな。
まぁ、それはさておき。
まず最初に、クレーマンには、何故他国に所属する俺が帝国の非常事態に首を突っ込みユリアーナとライナルトに協力することになったのか、俺がユリアーナと出会ったところから掻い摘んで説明を行った。
それと合わせて、俺たちが集めた食料を今後どのように帝国全土に配給していくかについて、ユリアーナの提案で神殿を通して行うことになったことを改めて説明することにした。
「そういうわけで、今お話しした通り、私の手元にはアルターヴァルト王国とヴェスティア獣王国で集めた大量の食料があります。こちらはユリアーナ様にもその内容をご確認頂き、上手くやりくりすれば三月は帝国を持たせられるほどの量があります。これらは神殿を介して帝国の皆さんに配給することになるんですよね?」
そう言ってユリアーナに確認する。
「うむ。この件についてはリーゼロッテに頼もうかと考えているのだが、どうだろうか?」
ユリアーナがライナルトとクレーマンの二人にリーゼロッテ・クレーデルという神官に帝国での食料の配給を任せようと考えていることを伝える。すると、二人とも安心した様子で答えた。
「なるほど、リーゼロッテか。確かに、彼女なら任せられるな!」
「確かに、クレーデル殿であれば安心して任せられそうですな」
ユリアーナがリーゼロッテ・クレーデルという神官の名を口にすると、ライナルト、それにクレーマンの二人が口を揃えて「彼女なら任せられる」と太鼓判を押した。
それにしても、リーゼロッテ・クレーデルとは一体どんな人物なのだろうか? その問いにはユリアーナが答えてくれた。
「うむ。光魔法の使い手でな。病を患ったり、怪我を負った市井の者たちを神殿にて無償で回復を施している。私利私欲にまみれる不届きな神官もいる中で、その清廉で潔白な立ち振る舞いから、『帝都の聖女』と呼ばれているのだ!」
ほう。光魔法の使い手か。しかも、無償で病人や怪我人を回復していると。なるほど、帝都の聖女ね。そんな異名が付いても不思議ではないか。
そう言えば、さっきクレーマンも帝都の聖女にルードルフを診てもらったとか言っていたな。国家の上層部にまでその名を轟かせるなんて、リーゼロッテ・クレーデルはなかなか評判の良い神官のようだ。
それはともかく。確かに帝都の聖女、リーゼロッテ・クレーデルは素晴らしい人物だとは思うけれど、こちらの商売は上がったりだな。
帝都の魔導具店では回復薬の類はあまり売れていないのではないだろうか。遠出してダンジョンに挑むような冒険者には売れるかもしれないだろうけど、普段使いで回復薬を買うなんてことは皆しないだろうな。
そんなくだらないことを考えていると、俺の考えは見透かされていたようで、ユリアーナが「其方の考えている通り、彼女の存在による弊害がないこともない」と言うと、「彼女の行動や志は素晴らしいんだけど、おかげで帝都に優秀な錬金術師や治癒術師が寄り付かないんだよね」と、ライナルトが愚痴をこぼす。
そんな話を聞くと、ユッタたちが期間内に素材を集めて帝都にやって来ても、降神の秘薬は手に入れられなかった可能性もあるな。
「とはいえ、彼女は民からの信頼も厚く、帝国内の誰よりも人気があるからな。我々も無碍には扱えないのだよ」
そのようにクレーマンが補足する。なるほど、とクレーマンの話に頷きつつ、人気はあるだろうけど、その分敵も多そうだなと思った。
「そして、ルードルフが呪いに掛かっていることを見抜いた人物でもあるのだ。火竜草を煎じて飲ませればルードルフの症状が和らぐかもしれないと提案してくれたのも彼女なのだよ」
最初は、「えっ!?」と思ったが、そりゃあ帝国の皇帝陛下が倒れて最初に誰に診てもらうかというと、帝都の聖女とまで言われている回復能力を持つ人物に真っ先に診てもらうのが普通だよな。
ただ、リーゼロッテ・クレーデルは『火炎竜の呪いには火竜草を煎じた薬が効く』と言った張本人でもあるそうだ。その話を聞くと、何だか胡散臭い感じが一気に増した気がするんだよなぁ。
当然、一級品の鑑定スキルは持っているのだろう。だが、それならば、ルードルフの治療にわざわざ効果がほとんどなくて、猛毒の副作用だけはしっかりとあるような薬の存在をクレーマンに伝えるか?
うーん。
はたして、そのような人物に食料の配給を任せて変なトラブルが起きやしないかと不安になる。とはいえ、集めた食料はすべてユリアーナへの支援物資だ。これからのことも考えないといけないし、あとのことはユリアーナに任せておけば良いと割り切ることにした。
「とりあえず、私がアルターヴァルト王国とヴェスティア獣王国で確保した食料については全てユリアーナ様への支援物資となりますので、その扱いについてはユリアーナ様にお任せ致します!」
そう言って机の上に大量の食料の入ったアイテムバッグを置いた。
「それから、ライナルト様のお部屋に転移台という魔導具を設置致しました。転移台とは、文字通り、ある地点からある地点へ一定サイズの物体を転移させることができるという魔導具です。大きなものは転移させられませんが、このアイテムバッグくらいの大きさならば、問題なく転移させることができます。このアイテムバッグと転移台を使って、定期的にアルターヴァルト王国とヴェスティア獣王国から食料を供給する体制を築きました。これで食料不足という問題についてはある程度解決できるでしょう」
そのようにクレーマンに説明する。ユリアーナとライナルトがそれに頷いた。
「私もアルターヴァルト王国とヴェスティア獣王国の冒険者ギルドに同行してアサヒナ伯爵が食料となるものの狩猟と採取の依頼を出しているのを確認している。そして、それぞれの王都の屋敷の者たちに、冒険者ギルドに集まった食料を定期的に我が国へ転移させるように指示を出しているところも確認してきた」
だから問題はない、とユリアーナが俺の説明を補足する。
「私も転移台の性能について説明を受けるまでは半信半疑だったが、転移台はその名の通りの性能を持つ本物の魔導具だ。こんなものを創れる錬金術師を抱えているアルターヴァルト王国とヴェスティア獣王国が本当に羨ましい! ハルトには何が何でも皇室御用達の錬金術師になってもらいたいと考えているんだ!」
そのように興奮気味に話すライナルト。そう言えば、皇室御用達の錬金術師にならないかって言ってたな。
「……ふむ。ユリアーナ様とライナルト様のお話は分かりました。ですが……。本来部外者である貴方が、そこまでして我ら帝国に恩を売る理由は一体何なのです? 帝国が弱っている隙を見て、アルターヴァルト王国とヴェスティア獣王国の両国は我が国を侵略しようと考えているのではありませんか?」
まぁ、普通に考えれば無関係のはずの俺がここまで関わるなんて、おかしな話だもんな。クレーマンが俺をアルターヴァルト王国とヴェスティア獣王国からの間者ではないかと疑ってくるのも頷ける。
さて、どう弁解したものか。そう考えていたら、ユリアーナが「クフフ」と笑い出した。
「それが本当に可笑しくてな! クレーマンよ、聞いてくれ。アサヒナ伯爵は自分の治める領地で米を作りたいのだそうだ! その協力者を救うべく、魔人族の里を訪れたというわけだ。そこでこの度の火山の噴火による被害を知ったらしい。ククク、早く事態を解決して米を作りたいがために白金板何枚もの食料を我が国のために買い集めてくれたのだぞ!」
そのように、笑いを噛み殺しながらユリアーナが話す。
「まぁ、概ね合ってますけど、グリュック島での米作りを実現するための支援をそのように笑うことはないでしょう。こちらは本当に真剣なんですからね! しかし、ホルンの里って本当にゴルドネスメーア魔帝国の領地なんですか? 辺境調査団からの扱いを見聞きしていると限りだと、何だかそのようには見えなかったのですが」
あまりにもユリアーナが笑うから、つい言い返してしまった。それに、辺境調査団によるホルンの里の扱いがあんまりだったので、そのことについてもついつい口を出してしまった。
「うむ! 其方の行動は本当に面白いぞ。米を作る農民を救うために我らに意見し、そして白金板を何枚も使いながら、無償で我らを支援してくれたのだ。帝都にいる商人どもでもそこまでする者はいないだろうな!」
そんなことを言いながらユリアーナがケラケラと笑う。
「あぁ、因みにホルンの里は正式なゴルドネスメーア魔帝国の領地ではない。とはいえ、隣国にも属しておらぬ、緩衝地帯のような扱いだ。まぁ、とはいえ実効支配していると周りからは見られているがな」
なるほどな。だから、あまり帝国の手が入っていないわけか。周りから実効支配してると思われても仕方がないだろうな、今回の件とか見ていると。あと、神殿の類がなかったのも頷けた。それはともかく……。
「別に無償ではありませんけどね……?」
おいおい。確かに白金板を何枚か使ったけど、別に無償でって言うわけではないからな。もちろん、ユリアーナから報酬を頂くつもりだ。
「むぅ。帝国は非常事態なんだぞ!? 別に無償で対応してくれても良いではないか!」
「いえいえ。それはそれ、これはこれ、でございます。何度も言いますが、今回の支援についてはすべてユリアーナ様への貸しになりますので、その点はご理解頂ければと思います」
「ぐっ……! 少しくらい負けてくれてもいいではないか!」
「ですから、こうして「今すぐに報酬を支払え」などという無理を言っていないわけです。今後、帝国の各地が復興したら、改めてユリアーナ様に費用の請求を、いえ、帝国の復興への貢献に対する褒美の請求をさせて頂きますから、それまでお待ちください」
そう話すと、ユリアーナが「ぬぅっ」と唸って、固まってしまった……。いや、今回の支援がタダじゃないってことは前にも話したと思うんだけどな。それはともかく。
帝都の商人たちは今回の件をどう考えているのだろうか。自分たちの大事な食糧を作る農民を救うのは当然の行動だろう。食うに食えない切羽詰まった状況になるのは自分たちなのだから、もっと積極的に農民を支援するべきだと思うのだが……。
でも、彼らがそういう態度をとるのなら、俺が辺境の集落を支援しても問題ないよな? そして、帝国の食料事情を牛耳ってしまうのはどうだろうか。意外と悪くはない考えだと思うのだけど。
まぁ、俺の帝国への支援はすべてユリアーナを介してのものになるから、その手柄のすべてはユリアーナのものとなってしまうのだが、彼女に貸しを作れるというのは悪いことではないかもしれない。
そんなことを思いながら、引き続き今後の行動予定について改めてユリアーナとライナルト、それにクレーマンの三人と話し合いを進めるのだった。
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