クレーマンの思いと説得
「「クレーマン侯爵!?」」
ユリアーナとライナルトの二人が揃って声を上げた。
クレーマン侯爵と呼ばれた男は顔色が悪そうだったが、それを一層悪くさせながら、ユリアーナとライナルトに答えた。
「これは、これは。まさか、辺境調査団に加わっておられるはずのユリアーナ様がお戻りになられているとは思いませんでした。それに、魔導具に溺れていつもは引き籠っているはずのライナルト様までもがおられるとは……。なるほど、全てはそちらのアサヒナ伯爵による手引きということですかな?」
「むっ! 私は魔導具に溺れているわけではないぞ! 魔導具の研究をしているだけだ!」
あ、引き籠もりについては否定しないのね。
まぁ、ライナルトの反応は置いておいて、クレーマンには先ほどの話の答え合わせを願いたいところだ。俺は改めてクレーマンに問い掛けた。
「それで、どうなんですか。あなたが皇帝陛下に毒薬を飲ませたのではないですか?」
「確かに、ルードルフ陛下に薬を飲ませていたのは私だ。だが、毒薬などではない。これこそが、ルードルフ陛下を目覚めさせることができる唯一の薬なのだ!」
クレーマンはそう言うと、懐から小瓶を取り出した。それをひと目見て鑑定した結果、火竜草を煎じた薬であることが分かった。
「この薬はルードルフ陛下をお救いするために私が侍医に命じて用意させた正式なものだ。どうやら其方らは私がルードルフを毒殺しようとしているとでも考えていたようだが、盟友であるルードルフに対してそのようなことをするわけがなかろう!」
そう怒鳴ると、俺とユリアーナ、ライナルトの三人を睨みつけた。だが、それでひるんでいてはルードルフ陛下を救うことはできない。
「しかし、火竜草を煎じた薬がその効果を発揮することは極めて稀です。むしろ、副作用である猛毒の効果のほうが出やすい。現に、今の皇帝陛下は火竜草による猛毒によって著しく体力が奪われており、その生命が非常に危険な状況にあります。一刻も早く解毒して体力を回復させなければなりません! そして、今後は薬の投与を止めるべきです!」
「だが、この薬を使わなければルードルフはいつまで経っても目覚めないだろう! 何故なら、ルードルフは『火炎竜の惰眠』という強力な呪いに掛かっているのだからな!」
「貴方は呪いのこともご存知だったんですね?」
「当然だ! ルードルフが倒れ、いつまで経っても目覚めぬその姿を見て、私は何とかルードルフを助けられないかと、あらゆる手を尽くした。もちろん、帝都の聖女にも診てもらった。だが、結果は見ての通りだ……。分かったことといえば、原因が火炎竜による呪いであること、そして、その呪いに効く可能性がある薬が存在することくらいだった。もちろん、その薬に副作用があるということは知っている。だが、その薬に頼る以外に何ができるというのだ!? 相手は聞いたこともない古代から生きるという火炎竜だぞ!? そのような得体のしれないものを相手にどう対応しろというのだ!?」
そう言って、クレーマンが深く息を吐いた。
「それに、今の帝国は深刻な事態に見舞われている。そう、大規模な火山の噴火だ。その対応だけで今の帝国は手一杯なのに、第一次辺境調査団に参加された第一皇子のフェリクス様は行方不明となり、フェリクス様の捜索を兼ねて第二次、第三次の辺境調査団を立て続けに送り出したにもかかわらず、未だに何の成果もあげられていない。ならば、せめて、ルードルフだけでも助けてやりたい。そう思い、一縷の望みを掛けてこの薬の効果に縋ったのだ……」
そう話しながら、手に持った火竜草を煎じた薬が入っていると思われる小瓶をぎゅっと握りしめると、クレーマンは俯いて感情を抑えるように肩を震わせていた。
「お気持ちは分かります。ですが、その薬に頼った結果、皇帝陛下が亡くなられては元も子もありません。皇帝陛下に掛かっている猛毒を今すぐ解毒し、失われた体力を回復させなければ、本当にお亡くなりになってしまいます。まずは、猛毒の解毒と体力の回復が先決です」
よろしいですね? と、クレーマンに確認すると、「……仕方があるまい」と渋々ながら承知してくれた。
ユリアーナとライナルトの二人にも確認したが、二人とも静かに頷くだけだった。
もしかすると、これまで父親であるルードルフを毒殺しようとする敵だと考えていたクレーマンが、実は皇帝、いやルードルフを救おうとして薬(実際は猛毒だったけど)を飲ませていたのだということを知って、クレーマンのことをどう受け止めればいいのか、思い悩んでいるのかもしれない。
ともかく、クレーマンとユリアーナ、ライナルトの三人から了承を得たので、早速ルードルフを猛毒の状態異常から回復させることにした。
懐に手を突っ込みながらアイテムボックスから取り出したのは特級解毒薬だ。
その瓶の栓を抜くと、ベッドの脇に置かれていた吸い飲みを借りて、その中に解毒薬を注いでいく。そして、吸い飲みを持ってベッドに寝ているルードルフのもとへと移動した。ユリアーナに手伝ってもらいながら、ルードルフの口の端に吸い飲みをあてがい、少しずつ解毒薬を口に含ませる。
当然、ルードルフは意識がないので口から零れ落ちるが、それをユリアーナが布で必死に拭う。だが、少しずつではあるが口に含まれた解毒薬は気管に入ることなく、無事に嚥下され胃の中へと送られていったようで、僅かにではあるが、ルードルフの血色が良くなってきた。
そうして大半を溢しながらも、半分近くを飲ませることに成功したので、改めてルードルフのステータスを鑑定してみた。
『名前:ルードルフ・ブルート・ゴルドネスメーア
種族:魔人族(男性) 年齢:52歳 職業:皇帝
所属:ゴルドネスメーア魔帝国
称号:ゴルドネスメーア魔帝国皇帝
能力:S(筋力:C、敏捷:A、知力:S、胆力:S、幸運:B)
体力:10/3,120
魔力:20,200/20,200
特技:火魔法:Lv10、風魔法:Lv10、水魔法:Lv9、土魔法:Lv8、光魔法:Lv8、闇魔法:Lv8、交渉術:Lv8、話術:Lv7、威圧:Lv6、状態異常耐性:Lv5、生活魔法、礼儀作法、気配察知、殺気感知」
状態:呪い(火炎竜の惰眠)、衰弱
備考:身長:182cm、体重:72kg』
うん、猛毒は何とか解毒することができたようだ。あとは、体力の回復だな。
「ルードルフ陛下に掛かっていた猛毒は解毒薬により無事解毒することができました」
そう伝えると、ユリアーナとライナルトの二人の表情が幾分和らいだ。
「続いて、回復薬を使って体力の回復を試みます。ユリアーナ様、お手数ですが引き続き手伝って頂けますか?」
「もちろんだ!」
それでは、よろしくお願いしますね。などと言いながら、俺は懐から今度は特級回復薬を取り出すと、空になった吸い飲みにその中身を入れて、先ほどと同じようにルードルフの口の端から少しずつ口の中に回復薬を流し込んでいった。
ユリアーナも先ほどと同様に、ルードルフの口から零れ落ちる回復薬を新たな布で拭き取る。そうして、ゆっくりと時間を掛けてルードルフに回復薬を飲ませていった。
そして、大半は零れてしまったものの、何とかルードルフに回復薬を飲ませることができた。これで体力も多少は回復しているはず。そう思って、改めてルードルフを鑑定する。
『名前:ルードルフ・ブルート・ゴルドネスメーア
種族:魔人族(男性) 年齢:52歳 職業:皇帝
所属:ゴルドネスメーア魔帝国
称号:ゴルドネスメーア魔帝国皇帝
能力:S(筋力:C、敏捷:A、知力:S、胆力:S、幸運:B)
体力:1,580/3,120
魔力:20,200/20,200
特技:火魔法:Lv10、風魔法:Lv10、水魔法:Lv9、土魔法:Lv8、光魔法:Lv8、闇魔法:Lv8、交渉術:Lv8、話術:Lv7、威圧:Lv6、状態異常耐性:Lv5、生活魔法、礼儀作法、気配察知、殺気感知」
状態:呪い(火炎竜の惰眠)
備考:身長:182cm、体重:72kg』
想像していた通り、全快とはいかなかったが、それでも体力の半分近くは回復した。これならば、暫くの間は問題ないはずだ。
「よっし! これで、皇帝陛下は瀕死の状態から無事に回復されました。あとは、火炎竜の呪いを何とかするだけですね」
俺の言葉にユリアーナとライナルトの二人がホッとした表情をする。だが、ルードルフはまだ目覚めてもいないし、帝国は未だに火山の噴火という災害に見舞われている状況だ。ついでに第一皇子のフェリクスも見つかっていない。それらを何とかしないことには今回の一連の災害は解決したことにならないだろう。
「ユリアーナ様、ライナルト様、そしてクレーマン侯爵。解毒薬と回復薬を飲ませたことで、皇帝陛下のご容態は現在小康状態を保っていると言えます。今のうちに我々が今後取るべき行動について話し合いませんか? 今は派閥などという小さなことに囚われている場合ではありません。全員で力を合わせてこの難局を乗り越えなければ、帝国の明日はありません」
そう話すとユリアーナとライナルトが気まずそうに視線を逸らした。クレーマンも同様に視線を逸らそうとしたが、それを堪えて俺のほうに向き直った。クレーマンは結構胆力があるのかもしれない。
「私は帝国の人間ではありませんが、ユリアーナ様やライナルト様、そしてクレーマン侯爵とこれだけ関わったのですから、もちろん、皆さんのお力になりたいと考えています。まぁ、私に出来る範囲での内容にはなりますが……。まずは、今後のことについて皆で知恵を出し合って考えていきたいと思うのですが、いかがでしょうか?」
そのように俺の考えを話すと、ユリアーナとライナルト、そしてクレーマンも俺の意見について真剣に考えているようだった。
正直、他国に籍を置く俺が言うようなことではないと思うが、それでも誰かが言わないと事態が進展しなさそうだったからな。仕方がなく、俺がその役割を担うことにしたわけだけど、やっぱり俺が言うようなことじゃないよな?
とはいえ、ユリアーナやライナルトがこういうことを言い出すとは思えず、やっぱり俺が言うしかなかったのではないかと思う。
そんなことを考えているうちに、三人とも俺の意見には賛同してくれたようで、「アサヒナ伯爵の言う通りだ。ここは一つ、帝国が持ち直すまでの間は協力体制を築こうではないか」と、ユリアーナがクレーマンに言ったことで、帝国内での派閥争いは一旦休止となり、皆で協力し合うことになったのだった。
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