皇帝の鑑定結果
「「父上!!」」
ユリアーナとライナルトが声を上げながらベッドに眠る白髪白髭の男性に駆け寄る。やはり、この男性がユリアーナとライナルトの父親で、ゴルドネスメーア魔帝国の皇帝なのだろう。
俺たちもユリアーナとライナルトの後ろに続きながら、ベッドのほうに向かう。それと同時に、無事目的地に辿り着いたので、皆に掛けていた認識阻害の魔法を解いた。
「父上! 父上!」
ユリアーナが皇帝陛下の肩を揺らしながら声を掛ける。だが、一向に皇帝陛下が目覚める気配はない。
「やはり、目覚められないか……」
ライナルトがそう呟きながら、落ち込むユリアーナの肩を寄せた。
「ハルトよ。陛下を、父上を診てくれないか。頼む……」
ライナルトが力なくそう言ってきた。
「アサヒナ伯爵……。頼む、其方だけが頼りなのだ……」
ユリアーナも縋るように言ってきた。
うん。まだ出会って間もない関係とはいえ、二人からそのように頼られたら、なんとかしてあげたくなる。
「分かりました。診てみましょう」
ライナルトとユリアーナの二人に断りを入れて、俺は皇帝の側まで近付くと、早速鑑定眼で状態を診てみることにした。
『名前:ルードルフ・ブルート・ゴルドネスメーア
種族:魔人族(男性) 年齢:52歳 職業:皇帝
所属:ゴルドネスメーア魔帝国
称号:ゴルドネスメーア魔帝国皇帝
能力:S(筋力:C、敏捷:A、知力:S、胆力:S、幸運:B)
体力:10/3,120
魔力:20,200/20,200
特技:火魔法:Lv10、風魔法:Lv10、水魔法:Lv9、土魔法:Lv8、光魔法:Lv8、闇魔法:Lv8、交渉術:Lv8、話術:Lv7、威圧:Lv6、状態異常耐性:Lv5、生活魔法、礼儀作法、気配察知、殺気感知」
状態:呪い(火炎竜の惰眠)、猛毒(火竜草の毒)、衰弱
備考:身長:182cm、体重:72kg』
流石は魔法が得意な魔人族が治める国家、ゴルドネスメーア魔帝国の皇帝というところだろうか。その魔力の高さはもちろん、能力、特技ともにこれまでに見た中でも最高クラスだ。魔法に関してはユッタやユッテを遥かに超えている。
だが、これは……。
呪いという状態異常は初めて見るものだ。それに加えて猛毒にも掛かっているのか。二つの状態異常に掛かっているなんて、想定していなかった。
それにしても、『火炎竜の惰眠』というのはどういう呪いなのだろうか。惰眠って言うくらいだから、怠けて眠っているということなんだろうけど、皇帝、いやルードルフの様子を見る限り、怠けて眠っているのか、普通に眠っているのかは判別できないな。
それから、火炎竜っていうと文字通り『火を吹くドラゴン』のイメージがあるけど、そんなドラゴンから呪いを受けることになるなんて、ルードルフは一体何をしたのかが気になる。
さらには、猛毒の状態異常だ。こちらも火炎竜が関係するようで、火竜草の毒という猛毒に掛かっているらしい。毒については特級解毒薬で治せるかもしれない。いや、それ以上に体力を回復させなければならない。ルードルフの体力はあと僅かしか残っていないのだ。早めに解毒し、体力を回復したほうがいいだろう。
とはいえ、猛毒の状態を治したところでルードフルが目覚めるとは思えない。さて、どうしたものだろうか。いや、考え込む前に呪いについてもう少し詳しく知りたい。何とか知る方法はないものか……。
そういえば、俺の鑑定眼は最近その能力がレベルアップしたように思う。認識阻害を掛けた相手も、以前は全く見えなかったのに、今ではその存在を薄っすらとではあるが感知できるようになった。もしかしたら、ステータスについても、もっと詳しく調べられるようになっていたりはしないか?
そう思って、ルードルフの状態を、特に『火炎竜の惰眠』という呪いについて詳しく鑑定できないかと試してみることにした。すると……。
『火炎竜の惰眠:大マオアー山脈に眠る古代竜の生き残り『ローテ・ゲファール』の怒りを買った者に降り掛かる呪いの一つ。対象者を昏睡状態に陥らせて体力を奪い、何れ死に至らせるという特級呪術。猛毒を持つ火竜草を煎じた薬を飲ませることで、極稀に呪いの効果を打ち消すこともあるが、同時に火竜草の猛毒により対象者の体力を奪うことになる。呪いを解呪するには、古代竜『ローテ・ゲファール』の怒りを鎮める以外にない』
おぉ。試してみるものだな!
『火炎竜の惰眠』という呪いについて詳しい情報が分かった。大マオアー山脈というのがどこのことなのかは分からないが、そこには古代竜の生き残りである『ローテ・ゲファール』なるものが眠っているらしい。ルードルフはどうやらその『ローテ・ゲファール』から怒りを買ったようだ。本当に、一体何をしたんだろう……。
そして、その呪いの効果は対象者を昏睡状態にして体力を奪い、何れ死に至らせるという強力なもののようだった。一応、火竜草なる薬草を煎じた薬を飲ませることで、極稀に呪いの効果を打ち破ることもあるらしい。ただし、同時に猛毒状態になるし、そのせいで余計に体力を奪われることのこと。それって、薬というよりただの毒じゃない? 主作用と副作用が逆じゃないか。
うーん。
薬の効果がほとんどないし、副作用だけがしっかりとある。そんなものを飲ませるわけにはいかないって、普通なら考えるはずなんだけど、そうはしなかったらしい。まぁ、現状のルードルフが猛毒状態になっているのを見れば、誰が、どういうつもりでそのようなものを飲ませたのか、何となく想像がつくけど……。
それにしても、呪いを解呪するには、呪いを掛けた張本人である古代竜の生き残り『ローテ・ゲファール』なる古代竜の怒りを鎮める他にないのだとか。それって、普通に考えて無理ゲーじゃない?
というか、そもそもこれって俺と同じくらいの鑑定能力を持つ者でなければ皇帝の置かれている状況自体が理解できないわけだし、早々に積む話だよね?
ともかく、今回の件は俺の回復薬でどうにかできる範囲を超えていることは分かった。だが、そのことを正直に話して、ユリアーナとライナルトが状況を素直に受け止めることができるだろうか。
そんなことを気にしながらも、俺は事実を伝えるしかないと思い、正直にルードルフの置かれている状況を二人に伝えることにした。
「すみません。私が診てみたところ、皇帝陛下は二つの状態異常に掛かっておられます。私のほうで治せるのはそのうちの片方だけで、もう片方は治せそうにありません……。そして、そのもう片方のほうが皇帝陛下がお目覚めになられない主要な原因なのです。一応、治す方法もなくはないようなのですが……」
「そ、そんな……」
俺の放った言葉にぐらりと床に崩れ落ちるユリアーナ。
「ハルトよ、どういうことなのか詳しく聞かせてくれ」
そのユリアーナを抱き抱えて落ち着かせながら、気丈に振る舞うライナルトが聞いてきた。
「はい。まず、皇帝陛下は病や毒が原因で臥せておられるわけではありません。いや、正確に言うと猛毒にも掛かっておられるのですが、そちらは私のほうで治せると思うので問題ではありません」
俺がそう言うと、ユリアーナが驚いて顔を上げた。
「本当か!? それで、治せないほうの原因は何なのだ!?」
「猛毒なら治せるというのも凄いことなのだが……。しかし、そんなハルトにも治せないもので、病でも毒でもないというのなら、その正体は一体何なのだ……!?」
ライナルトが不思議そうに理由を聞いてくる。
「はい。皇帝陛下は『呪い』に掛かっておられます。大マオアー山脈に眠る古代竜の生き残り『ローテ・ゲファール』なるものによる強力な呪いが掛かっており、昏睡状態になっておられるのです。このままでは、次第に体力を奪われてしまい、何れは死に至るでしょう……」
「『呪い』だと!? そのようなものが本当にあるとは……。それで、どうすればその呪いは解けるのだ!?」
ユリアーナが俺の両肩をがっしりと掴んで、俺に答えを求める。
「……解呪する方法はただ一つ。大マオアー山脈に眠る古代竜の生き残り『ローテ・ゲファール』の怒りを鎮めるしかないようです。ただ、どのようにすれば怒りを鎮められるのか、具体的な方法までは分かりません」
「そんな……」
ユリアーナの手が俺の肩から力なくずり落ちる。
ユリアーナが落胆するのもよく分かる。せっかく、俺という錬金術師を見つけて、父親を救えるかもしれないと思っていたのに、原因が病や毒などではなく『呪い』であり、しかも呪いを解くには『ローテ・ゲファール』などという聞いたこともない古代竜の生き残りの怒りを鎮めないといけないと言われたのだ。状況を理解することも難しいだろうし、大変な理不尽さを感じていることだろう。
俺も何とかしてあげたいが、その前に解決しておくことが一つある。
「ですが、今の状態を維持することができれば、皇帝陛下はただ眠っているだけなので大きな問題はないでしょう。ただ、今皇帝陛下が飲まされている薬は至急止めなければなりません。何故なら、その薬が呪いの効果を打ち消すのは極稀で、むしろ、副作用のせいで猛毒の状態となってしまい、体力を余計に奪うようなのです」
「なるほど。それが、先ほどハルトが言っていた、もう片方のハルトにも治せるという猛毒なのだな? だが、父上にそのような薬を飲ませられる者など限られているぞ」
ライナルトの言葉でユリアーナがハッとした表情をする。
「それに、父上にそのような薬を飲ませたということは、その薬を飲ませた者は父上がハルトの言う呪いに掛かっていることを知っていたということになる」
そう言いながら、ライナルトが顎に手を当てる。
「なるほど。そういうことだったのか……」
ユリアーナが何かを察したようにそう呟いて、唇を噛んだ。
「はい。皇帝陛下に薬を飲ませていたのは、皇帝陛下の世話をされていた方。……つまり、宰相のクレーマン侯爵、あなたではないですか?」
そのように声を張り上げて扉の外にいるであろう、クレーマンに声を掛けた。
すると、カチャリと音を立ててドアノブが回り、豪華な装飾の施された大扉が静かに開くと、その隙間から初老の男性が姿を現した。
「「クレーマン侯爵!?」」
ユリアーナとライナルトの二人が声を上げる。
なるほど、この男性が宰相のクレーマンか。何だか顔色が悪いな。だけど、それが魔人族特有の種族的なものなのか、それとも先ほどまでの話を聞いていたからかは分からなかった。
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