ライナルトとの出会い
「おぉ、其方がアサヒナ伯爵か! うわさに違わぬ美しい少年だな! それはともかく。なんでも、この度は貴重な魔導具を私に預けてくれるそうではないか! 姉上からの手紙でそれを知ったときからずっと私の心は躍り続けておるのだ。はぁ、あの有名な錬金術師であるアサヒナ伯爵が自ら創ったという未知の魔導具を手にすることができるなんて本当に夢のようだ……。姉上、ちょっと私の頬をつねってくれないか?」
「ふん!」
ユリアーナが青年の頬を力いっぱい掴むと、捻じるようにつねった。あぁ、これは確実に痛いやつだ。
「あいたたたっ! あぁ、やっぱりこれは現実なんだ! なんて嬉しいことだろう! この喜びを魔帝国中の臣民に伝えたい! 分かち合いたい! それで、一体どのような魔導具を預けてくれるんだい? 色は? 形は? 大きさは? はぁ、一体どんな魔導具なんだろう。姉上はもう見たの? 触ったの? いいなぁ。私も早く見たいな、触れたいな、使ってみたいな! アサヒナ伯爵、早く出しておくれ!」
お分かり頂けただろうか。
この魔導具に対して並々ならぬ思いを伝えてくれたのが、ユリアーナの弟で、ゴルドネスメーア魔帝国第二皇子のライナルトだった。
宿屋『海鳥たちの住処』で、皆と今後の予定というか、行動する内容について話し合った結果、まずはユリアーナの弟であるライナルトと会って、転移台を預けて今後も継続して食料をゴルドネスメーア魔帝国に届けることができる体制を築くことが先決だ、ということになった。
その次の目標は、届けた食料を魔帝国の皆さんに届けられるように、神殿の関係者であるリーゼロッテ・クレーデルという神官と接触する予定になったのだが、神殿の動きが怪しいという話もあるので、話を聞くだけ聞いて、そのあとの行動については流動的になった。
まぁ、そのことはどうでもよくて、宿屋からユリアーナが帝城にいるライナルトに接見できるように手紙を出したのだが、これが思っていた以上にすんなりと通ってしまったのだ。
いや、普通ならば、『何故、辺境調査団の責任者として辺境に赴いておられるはずのユリアーナ様からライナルト様へ接見の手紙が届くのだ!?』などと、不思議に思われても仕方がないはずなのだが、何故か普通にその接見の申請が通ってしまった。
そこには単純な仕掛けがあって、差出人の名前をユリアーナではなく、俺の名前で手紙を出したことが大きかったようだ。
普通ならば他国の貴族である俺の名前で手紙を出したら、むしろ怪しまれるのではないかと思ったのだが、ライナルトはどちらかというと開国派。なので、他国の貴族からもたくさんの手紙が届くらしい。
そんな単純なことでユリアーナからの手紙がライナルトに届くのって、セキュリティ的に甘くない? などと思ったが、この世界ではそういうこともあるかもしれないと納得することにした。
ライナルトからの返答はすぐにあった。
接見については全く問題ないという返事だけでなく、俺たちが帝城に向かう際に使う馬車まで寄越してくれた。ちゃんと俺たち全員が乗れるように大きめの馬車を二台。その気遣いがなんともありがたい。
そうして、ライナルトに用意してもらった馬車に乗り込んで、帝城へと向かったのが、午後一時を過ぎた頃だった。
帝城の中はアルターヴァルト王国やヴェスティア獣王国の王城と変わらぬ豪奢な造りであった。使用人に案内されるがままに一つの部屋に通される。そこがライナルトの部屋だった。
部屋の中は華美な装飾が一切なく、なんというか、地味だった。いや、地味なだけではない。部屋の中は実験用のビーカーやフラスコ、アルコールランプらしき道具の類や何かが難しいことが書かれた書類や分厚い本、そして数々の魔導具で溢れ返っていた。まるで、そう。うちの屋敷にある錬金術用の研究室のような印象を受けたのだった。
だけど、うちの研究室はこのように乱雑に魔導具が散りばめられていたりはしないし、足の踏み場がないというようなこともない。その中を器用に歩いて現れたのが、ユリアーナの弟であるライナルトだった。
そして、出会った直後に声を掛けられたのだが、その内容が先ほどのユリアーナとのやり取りだった。姉弟仲は悪くないらしい。
俺がライナルトの前で跪くと、アメリアたちも同時に跪いた。
「この度は急な来訪にも関わらず、貴重なお時間を頂きまして誠にありがとうございます。改めまして、お初にお目にかかります。アルターヴァルト王国とヴェスティア獣王国の両国で伯爵位に就いております、ハルト・フォン・アサヒナと申します。後ろに控えておりますのは、私の従者で大事な仲間たちであります」
俺がそう話すと、アメリアたちが頭を深く下げたのが伝わる。
あれ? どうやら、レーナとレーネの二人も一緒に跪いて頭を下げているようだった。これでは彼女らも俺の従者で仲間だと勘違いされてしまいそうだけど、今ここでそれを説明したり訂正するのは余計に面倒なことになりそうだと思い、一旦無視することにした。
「うむ! よくぞ参ってくれた、アサヒナ伯爵。既に姉上から聞いているかもしれないが、私がライナルト・ラント・ゴルドネスメーアである。一応、この国の第二皇子ということになっておるが、誰もそのようなことを気にしてはおらぬ。気軽にライナルトと呼んで欲しい」
「ありがとうございます、ライナルト様。私のことも気軽にハルトとお呼び下さい」
「そうか! よろしくな、ハルト!」
「よろしくお願い致します、ライナルト様」
「さて、我らの親交も深まったところで、早速ではあるが件の魔導具を見せてはくれぬか!? 遠くから物を移動させることができる貴重な魔導具と聞くが一体どのような魔導具なのだ!?」
「はい。今からお見せするのが転移台という魔導具になります。その見た目や効果について、じっくりと見て頂きたいと思います」
そう言って、アイテムバッグから転移台を取り出す。すると、すぐにライナルトがアイテムバッグに気付いた。
「ふむ。それも魔導具だな。なるほど、アイテムバッグか。一体どれだけの容量があるのだろうか?」
「よくご存知ですね。確かにこれはアイテムバッグです。容量についてはご想像にお任せ致しますが……」
「むむむ、なるほど……。うむ、私の予想ではこの帝城の一つや二つは軽く入るぐらいの容量ではないか?」
「ほう。一応、正解と言っておきましょうか。このアイテムバッグですが、実は容量は無限大なのですよ。つまり、制限がないということです」
「何だと!? そ、そのような、アイテムバッグが存在するのか!? それでは、本当に国宝級の魔導具ではないか!?」
「しかも、使用者の魔力の性質を見極めて、使用者を制限する機能もあります」
「ななな、何と!? そのような機能まであるのか!? それでは確実に国宝級、いや、国宝を超えた人類にとっての秘宝というべき代物ではないか!? すごい、すご過ぎる逸品だ!」
「お褒めに預かり光栄です。ですが、それ以上の効果がある魔導具が、先ほど取り出したこちらの転移台なのです」
ライナルトが「むぅ」と唸る。それを見て、俺は転移台の上に一枚の紙切れを置く。そして、その紙切れにはライナルトが希望するものを書くことにした。
「ライナルト様、今何か必要なものがあれば仰って下さい。それを私が転移台を使って、アルターヴァルト王国にいる屋敷の者に用意させます。そして、それをこの転移台の上に転移させてみせましょう!」
「おぉ。そのようなことができるのか! それならば、私は少し喉が渇いた。アプフェルを使った飲み物が欲しいと思うのだが、用意できるか?」
アプフェルってなんだ? よく分からないけど、そのままメモしておけばいいか。そう思って、メモにアプフェルの飲み物と書いておく。それを転移台の上に置いた。
「では、そのアプフェルの飲み物を転移させましょう。その一段回目として、先ほどライナルト様が欲しいと仰ったアプフェルの飲み物をメモした紙を転移台の上に用意します」
そして、俺はアルターヴァルト王国のアルトヒューゲルの屋敷の転移台にメモを書いた紙切れを転移させることにする。
ピポパっとアルトヒューゲルの屋敷の転移台の番号を入力し、転移を開始する四角いボタンを押す。すると、淡い光がメモを書いた紙切れを包み込むと、消えていった。
「おおお!? 消えた! 紙きれが消えたぞ!? これが転移台という魔導具の機能か!?」
「その通りです。暫くお待ち頂ければ、アプフェルの飲み物も取り寄せることができますよ?」
「誠か!?」
「誠です。お、早速ですが、アプフェルの飲み物が届いたようです」
転移台が光を放ちながら電子音を鳴り響かせると、すぐに銀製のグラスに入った飲み物が転移台に現れた。
「おお! 確かに銀のグラスが現れたな! これにアプフェルの飲み物が入っているのか!?」
「その通りです。早速、飲まれますか?」
「うむ。そうしたいところだが、毒見もなしに他所から持ち込まれたものを飲むことはできぬのだ……」
「では、私が毒見を致しましょう!」
「そ、そのようなことを客人にさせるわけにはいかぬ! って、言ってるそばから、あぁっ!?」
俺は鑑定できるので、グラスに入っている飲み物に毒が入っているかどうかぐらいはすぐに分かるのだ。そして、一口飲んだそれは、ただのリンゴジュースだった。アプフェルってリンゴだったんだな。
「毒も入っておりませんし、何の問題もないリンゴジュース、いえ、アプフェルの飲み物ですよ。どうです、飲まれますか?」
俺がそう言うと、ライナルトはゴクリとつばを飲んだようだった。そして、恐る恐る俺が持つ銀のグラスを手に取ると、それを口につけて呷るように飲み干した。
「うっ……。うぅ……」
「だ、大丈夫か!?」
ユリアーナがライナルトに駆け寄る。だが、それをライナルトが制して、銀のグラスに入ったアプフェルの飲み物を飲み干すと、ダンとテーブルにグラスを叩きつけるように置いた。
「美味い! これは美味いな、ハルト! もう一杯だ!」
晴れやかなライナルトの表情に、周りの者たちの緊張した顔が俄に弛緩する。それと同時に、ユリアーナがライナルトの頬を思いっきりつねったのだった。
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