帝都到着と新たな依頼
午前中から魔導船に乗ってゴルドネスメーア魔帝国の帝都ヴァイスフォートまでやって来た。とはいえ、いきなり魔導船で帝都に入ると「あれは一体何だ!?」と騒ぎになる可能性がある。
そのため、帝都の出入り口の近くに魔導船を錨泊させて、船体を認識阻害機能により隠すことにした。
ユリアーナからは帝城の広場に錨泊させることを提案されたが、丁重にお断りしておいた。
まだ友好関係にあるかどうかもはっきりしていないゴルドネスメーア魔帝国の中心部たる帝城内に魔導船を停めたとして、不測の事態が起こった際に魔導船のもとに辿り着けるかというと疑問が生じたからだ。
もちろん、そんなことは起こって欲しくないのだが、何故か毎回行く先々で問題が起こるので、今回はユリアーナの提案を断り、帝都への出入り口である城門のそばの広場に魔導船を錨泊することにしたのだった。
そこからは徒歩で帝都の中心街まで移動した。馬車を用意することも考えたが、まだ見知ったばかりのユリアーナたちに俺の創ったアイテムバックが馬などといった生きたものを運べることは秘密にしておいたほうがいいと思ったのだ。
もう一つ、秘密にしなければいけないことがある。それは、俺ではなくユリアーナたちについてだ。
彼女は現在第四次辺境調査団の責任者として帝都を離れていることになっている。そんな彼女が急に帝都に現れては要らぬ騒ぎを起こしかねない。
そんなわけで、ユリアーナとドナートとケーニヒの三人には認識阻害の魔法を付与したフード付きのマントを纏ってもらうことにした。
「窮屈な思いをさせてしまい、申し訳ありません」
「何、今は辺境にいるはずの身。この程度のことで帝国臣民を救えるのであれば容易いことだ」
ユリアーナの言葉にドナートとケーニヒの二人も頷いた。
そんなやり取りのあと、皆で帝都のなかをぶらつく。中心街は以前訪れたこともあってか多少見慣れた景色に感じるが、あのときは滞在時間が短かったことと、アルターヴァルト王国やヴェスティア獣王国へ向かう船を探すため焦っていたこともあってか、いまいち記憶に残っていなかった。
今回も前回と同じく短い滞在になりそうだが、できる限り街並みを堪能できたらと思う。
そんなことを思っていると、見覚えのある建物が見えてきた。そう、以前ユッタたちと泊まった『海鳥たちの住処』という宿屋だ。今回もここを拠点にして活動しようと考えたのだ。
まぁ、ここしか宿屋を知らないというのもあったのだけれど。
早速チェックインすることにした。今回は、俺も含めて男性三人に、女性が九人(セラフィは俺のアイテムボックスの中に控えている)で、合計十二人で宿泊する。
部屋割りをどうするか悩んだのだが、身分や立場を明確にする必要もないし、四人部屋を四部屋借りることにした。つまり、男性陣三人で一部屋と、女性陣が三人ずつで三部屋という感じだ。
男性陣は俺とドナートとケーニヒの三人しかいないのですぐに決まったが、女性陣の部屋割りは難航した。レーナとレーネの二人がユリアーナとの相部屋を嫌がったのだ。ユリアーナはあまり気にしていないようだったけど。
その辺りを踏まえて、アメリアとカミラとユリアーナの部屋、アポロニアとニーナとノーラの部屋、そしてヘルミーナとレーナとレーネの部屋の三グループに分かれた。どうでもいいことのように思えるが、相性は大事なことだ。
そう言えば、この宿は一人当たり一泊大銀貨三枚する。それを十二人で泊まることになるので合計大銀貨三十六枚、つまり金貨三枚と大銀貨六枚となる。日本円に換算すると大体三十六万円ほど掛かることになる。
それを知ったドナートとケーニヒは、自分たちは自宅が帝都にあるということで宿泊を拒否しようとした。だが、ユリアーナの護衛を任されているという点と、ユリアーナが帝都に滞在していることを大っぴらに知られてはいけないという理由で一緒に泊まらせることにした。
まぁ、もちろんユリアーナも帝城にある自分の部屋に帰ることもできるのだが、第四次辺境調査団の責任者として帝都を立っているはずの彼女が何の理由もなく帝城というか、帝都に姿を見せるのは普通に考えて拙い。だから認識阻害のフード付きマントを纏わせているわけだし。そういうわけで、彼女も同じ宿に泊まることになった。
そうして、チェックインを済ませた俺たちは、俺の部屋で今後の行動について作戦会議を行うことになった。俺の部屋というよりは、ドナートとケーニヒを含めた三人の部屋になるのだけれど。
それにしても、四人部屋に十二人も集まると流石に狭く感じるな。そこにセラフィも加わって部屋の中は合計十三人になった。早いところ、話を終わらせてしまおう。
「皆さん、お疲れさまです。我々は無事にゴルドネスメーア魔帝国の帝都ヴァイスフォートまでやって参りました。これから我々が集めた大量の食料をこの国の皆さんに提供していければと考えています」
皆の表情を見ながら、俺は再び話し始める。
「ですが、その前に、帝城におられるライナルト様にご挨拶と我々から共有する魔導具の取り扱いについてご説明しなければなりません。それと同時に皇帝陛下にも一言ご挨拶をしておかなければならないと考えているのですが、その点についてはどう思われますでしょうか。ユリアーナ様?」
「うむ。そのことなのだが、ライナルトはともかく、父上である皇帝陛下への挨拶は難しいだろう。何故なら、皇帝陛下はここのところ病のため臥せっておられていてな。それ故、直接会うことは難しいだろう。宰相であるクレーマン侯爵にならば会えないこともないが……」
「そうなんですか。……って、皇帝陛下が臥せっておられるなどという重大な情報を、よそ者である私たちに話してしまって大丈夫なんですか!?」
ユリアーナの護衛であるドナートさんとケーニヒさんはともかく、などと話してみたが、ドナートとケーニヒの二人も初耳だったらしく、ものすごく驚いていた。
そんな二人のことは気になどせず、ユリアーナが続ける。
「うむ。普通に考えて問題であろうな」
やっぱり。まぁ、普通はそうだよな。それにもかかわらず、俺たちに打ち明けたのは何故なのか。
「それではどうして!?」
「其方を信頼しておるからだ」
「……それ、本気で仰っています?」
出会ってまだ十数時間しか経っていない相手を信じるとか、流石に信じられないのだが……。
「まぁ、少なくとも半分以上は本気だと言っておくとしよう。さて、其方らに皇帝陛下の状況について話した理由はほかでもない。それは其方に皇帝陛下の病を、いや、父上を治してほしいからだ!」
「あの、私は治癒術士ではありませんが……?」
「それはもちろん分かっておる。今回は其方の錬金術師としての腕を見込んでの相談だ!」
「……ふむ。私が錬金術師であるとご承知の上でのご相談ですか。なるほど、なるほど。……ですが、不思議ですね。これまで私が錬金術師であることは、一言もお話していないはずなのですが?」
俺がそう話すと、アメリアたちがそれぞれ武器に手を掛けた。それを見て、ドナートとケーニヒの二人も腰に下げた長剣に手を伸ばす。
それをユリアーナが右手を上げて制すると、深いため息をついた。
「はぁ。皆、落ち着いてくれ。アサヒナ伯爵も、仲間を落ち着かせて欲しい。私は其方のことを最初から知っておったのだ」
「……最初とは、どの辺りからでしょうか?」
「無論、あそこの広場で出会ったときからだ。そもそも、この辺りでは其方のようなエルフの少年自体が数少ないし、人間族や獣人族の若い女性を連れているとなると候補は限られてくる。この辺りの者ではないくらいすぐに分かった」
そう言いながら、ユリアーナが笑う。
「それに、人間族が中心のアルターヴァルト王国と獣人族が中心のヴェスティア獣王国の両国で貴族になったというエルフの少年の噂は耳に入っていたし、以前我が国にも立ち寄ったことくらい情報は集まっているのだ。我が国の諜報員の実力を侮ってもらっては困る」
なるほど。確かに、俺くらいの年齢のエルフの少年が里を離れて行動しているのは珍しいかもしれないし、この辺りでアメリアやアポロニアたちといった人間族や獣人族を従えているというのも珍しい。
そこに、アルターヴァルト王国とヴェスティア獣王国で貴族になったという妖精族のエルフの少年の噂が加われば、特定は容易かったかもしれない。
しかし、俺が以前ゴルドネスメーア魔帝国に訪れたことがあるということも知っていたとすれば、ユリアーナの言う通り、この国の諜報員の実力は侮れないと思う。
あれ?
そういえば、うちの使用人のリーザとリーゼの二人もゴルドネスメーア魔帝国の元諜報員だったような……。そう考えると彼女らの能力も決して侮れないと言うことか。何だか、少し怖くなってきたな。
俺は小さくため息をつきながら、ユリアーナに答えた。
「はぁ。ユリアーナ様には参りました。確かに、私は錬金術師です。ご存知かもしれませんが、アルターヴァルト王国では第一王子と第二王子、それに第一王女の御用錬金術師でもありますし、ヴェスティア獣王国では王家の専属錬金術師も務めておりますが……。私が創った回復薬で皇帝陛下の病を治せるかどうかは、直接皇帝陛下のご容態を診てみないことには分かりませんよ?」
もちろん、私には治せないと判断しても、何のお咎めもないということを約束してくださるのであれば、皇帝陛下を診てもいいのですが……。そういうことを伝えた上でユリアーナに判断してもらう。
「……うむ。だが、其方ならば父上を救えるのではないかと私は判断した。何故なら……。父上はただの病ではなく、毒を盛られたせいで臥せっているのではないかと疑っているからだ!」
「ど、毒ですか!? それは穏やかではありませんね……。それで、一体誰がそのようなことをしたとお考えで?」
ユリアーナの言葉に俺だけでなくドナートとケーニヒも驚く。もちろん、アメリアたちもだ。特に、アポロニアは過去に自分も似たような目に遭っているからか、皆よりも驚き戸惑っているようだった。
「うむ。私は、先ほど話した宰相のクレーマン侯爵が怪しいと思っておる。奴は父上が病を患い倒れてから、薬と称して怪しげなものを父上に飲ませていると聞いている。そして、それ以降、父上の体調は悪くなる一方だとも聞いているのだ。だから、私はその薬こそが毒なのではないかと、疑っているのだ」
ふむ、なるほど。皇帝陛下が体調を崩した直後からクレーマン侯爵とやらが薬と称して毒を盛ったという説は考えられなくもない。だが、それが本当にそうなのかは皇帝陛下を診てみないことには判断がつかない。ユリアーナの話は全て人伝いに聞いた話ばかりのようだからな。
俺も少し迷ったが、ユリアーナの言葉を聞いて、彼女の父親である皇帝陛下を救えるのであれば力になりたいとは思った。ただ、俺が錬金できる回復薬で助けられるのであればの話だ。
これまで怪我については俺の創った回復薬で皆を回復させてきたという実績はあるものの、病気については今まで回復させたということがなかった。いや、もしかすると、うちの魔導具店で回復薬を買った人が病気に罹った人に使ったことがあるのかもしれないが、俺自身にはそういう経験がなかった。
一応、これまでには、うちの魔導具店に「回復薬の効果がなかった」などというクレームは届いていない。そして、回復薬の効果としても病にも効くことは鑑定で分かっていた。そういうことを考えると、病に対しても一定の効果があることがわかる。
とはいえ、その効果を実際に見たことはないので、今の時点で言えることがあまりない。
また、皇帝陛下が臥せっている原因が毒の場合は素直に解毒薬に頼るしかないと考えている。
それでもダメだったら、どうしよう……。まぁ、今の時点からそのようなことを考えても仕方がないと割り切ることにした。
「状況は分かりました。ですが、そのクレーマン侯爵が本当に毒を盛ったのかどうかも含めて、皇帝陛下を診てみないことには正式な判断はできませんよ。それよりも、この件については今回の支援とは別途報酬を頂くことになりますが、構いませんよね?」
「うむ、もちろんだ。父上を診てくれて、無事救うことができたなら、別途報酬を用意しよう!」
「……まぁ、いいでしょう。本来ならば、皇帝陛下を診ることと、治すことはそれぞれ別の報酬を頂きたいところですが……。今回は支援の一環として、皇帝陛下の容態を診させて頂きます。ただし、無事に治せたら、ちゃんと正式に報酬を頂きますからね!?」
「うむ! もちろんだ!」
其方なら此度の依頼を受けてくれると信じておったぞ! などと言いながら、ユリアーナが肩をバシバシと叩いてくる。ちょっと痛いんだけど。
まぁ、それはいいとして、ユリアーナから話を聞いても、未だにゴルドネスメーア魔帝国の皇帝陛下が病に臥せているという話が信じられない。しかも、皇帝陛下の右腕とも言える宰相であるクレーマン侯爵が毒を盛った可能性まであるらしい。
その話が本当かどうかは、実際に皇帝陛下を診てみないことには判断できないが……。
はぁ。
アルターヴァルト王国とヴェスティア獣王国で集めてきた食料を提供しようと思って帝都ヴァイスフォートに来ただけなのに、ユリアーナからの相談で何だか様子が変わってきたな……。このあとの予定も少し変更しないといけない。
小さくため息をつきながら、これからの予定について改めて検討することにした。
いつもお読み頂き、ありがとうございます。




