帝都への食料輸送の方法
ヴェスティア獣王国王都ブリッツェンホルンの冒険者ギルドにも依頼を出したことで、今できる対応のほとんどが終わったと言える。
アルターヴァルト王国の王都アルトヒューゲルの冒険者ギルドにしても、こちらの冒険者ギルドにしても、冒険者から上がってくる依頼の達成の報告、即ち、狩猟や討伐、採取で得られた食料の数々はそれぞれの王都にある屋敷に集められることになっている。
鮮度の高い食料をわざわざ日持ちのする加工品にしてゴルドネスメーア魔帝国に送るとなると、かなりの手間と時間が掛ることになる。俺としてはできる限り早く食料に困っている人たちに届けたいと考えていた。
だが、それらの集まった食料をどうやってゴルドネスメーア魔帝国に送るのか。それが問題だった。いちいち俺が魔導船で輸送するというのは現実的ではない。
やはり、転移台をもう一台新たに創って帝都ヴァイスフォートの何処かに設置するのが現実的だろう。あとはアイテムバッグが二つあれば対応できるはず。
しかし、転移台を帝都に設置するにしても、どこに設置するのか。そして、誰が管理するのか。それは、一緒に扱うことになるアイテムバッグについても言えることだった。
ユリアーナに、ゴルドネスメーア魔帝国で信頼できる人物を紹介してもらうしかない。
俺は屋敷に戻るとすぐにユリアーナに相談した。
「冒険者ギルドで手に入った食料を、ゴルドネスメーア魔帝国で困っている皆さんに鮮度を保ったままお届けするには、転移台という魔導具を帝都ヴァイスフォートに設置する必要があると考えております。転移台というのは私が創った特別な魔導具でして、このくらいの範囲の大きさであれば、重さに関係なく転移台を設置している拠点間で送りあえるという、画期的な魔導具です」
そう話しながら、五十センチ四方のサイズを両手で表現する。
「先ほどもお話した通り、転移台は特別な魔導具です。使い方によっては軍事利用もできてしまう、危険な魔導具なのです。ですから、アルターヴァルト王国とヴェスティア獣王国の両王家にも献上しておりません。両王家も転移台を設置している私の屋敷を介して使用しており、そこで送り合うものも厳重に確認させて頂いております。それだけ特別な魔導具なのです。それを正式な国交を結んでいない貴国に貸し出すとなると、それ相応に信頼できる方でなければ、管理をお願いするというわけには参りません」
そう伝えると、ユリアーナも何か納得したようであった。
「なるほどな。其方がアルターヴァルト王国の屋敷で執事の者に遠く離れたヴェスティア獣王国の屋敷の執事へ連絡するように伝えているのを見たが、それがどうしてこのように早く伝達されたのか、この国に着いてからずっと気になっておったのだ。まさか、そのように便利な魔導具を使っておったとは思わなかったぞ!」
ユリアーナが驚いたような表情で、しかし、どこか納得したように声を弾ませながら答える。
「しかも、手紙のような小さなものだけでなく、それ以上に大きなものも送れるというのは……。其方の言う通り、アイテムバッグも併用すれば、その使い方によっては便利を通り越して、脅威にもなりそうだな。なるほど、其方がアルターヴァルト王国とヴェスティア獣王国の両王家にも献上しないという理由がよく分かる」
そう言いながら、ユリアーナが頭を悩ませる仕草をする。転移台の脅威というか利便性に気づいたのは流石だが、今のところ全世界に普及させるつもりはないので、誤解は解いておこう。
「はい。その通りなのです。まず、転移台についてお話致しますが、先ほどもお話した通り、この魔導具は私が創ったものです。恐らく、他の者には創れないでしょう。そして、私はこの転移台を今後も両王家に献上するつもりはございません。もしも、献上を強要されるようなことがあれば、すべての転移台を破壊して二度と創らないつもりです。それだけの覚悟をもって創った魔導具です。ですから、私の思いを尊重して頂ける両王家の方々からの依頼であれば、私の屋敷を通して使用することを許可しているという状況です」
そう伝えると、ユリアーナもふむと頷きながら、俺の思いについて理解してくれたようだった。
「ですので、ゴルドネスメーア魔帝国に転移台を貸し出すとしても、私の思いを汲んで頂ける方でなければ、簡単にお貸し出しするつもりはございません。もちろん、それは私が創ったアイテムバッグについても言えることです。私の思いを汲んでくださり、信頼できる方でなければお預けすることはできません」
「なっ!? 転移台などという奇跡の魔導具だけでなく、稀少なアイテムバッグまでも其方が創っておるのか!?」
転移台よりもアイテムバッグのほうに驚くのか。まぁ、この世界に出回っているアイテムバッグは基本的にダンジョン産のものが多く、誰かが創った魔導具という認識はあまりないのかもしれない。
「その通りです。私はもともと錬金術師ですからね。それに、転移台もアイテムバッグも、創る過程ではそれほど違いはありませんしね」
「だが、それにしても……。いや、これから我らゴルドネスメーア魔帝国はアサヒナ伯爵の世話になるのだ。このようなことで驚いていてはきりがないか……。それよりも、その転移台とやらとアイテムバッグを管理する者が必要とのことだったな。うむ。いるぞ、適任者が我がゴルドネスメーア魔帝国にいる!」
そう言ってユリアーナが大きく頷いた。
「それは我が弟、ライナルト・ラント・ゴルドネスメーアだ。ライナルトは兄に似ず、私にも似ず、その性格は至って平和的な思想の持ち主で政治とはまるで縁がない。だが、その代わりに魔導具には目がなくてな。転移台のような珍しい魔導具と稀少なアイテムバッグを見せれば、嬉々としてその管理者に名乗りを上げてくれるだろう!」
ユリアーナに弟がいたのか。そのことには別に驚かないけど、魔導具に目がないっていうのはどういうことだろうか。機能に興味があるのか、仕組みに興味があるのか。まぁ、会ってみれば分かることだ。
「はぁ、そのような弟さんがおられるのですね。あれ、弟さんということは、第二皇子様でしょうか。因みに、お幾つなのですか?」
「うむ、第二皇子で間違いない。私の二つ下になる。可愛い盛りなのだが、そう言えばアサヒナ伯爵の二つ上になるだろうか」
ふむ。俺の二つ上ということは、リーンハルトと同い年ということになるか。それくらいの歳ならば、転移台を預けても良さそうな気がするな。
「分かりました。それでは、ゴルドネスメーア魔帝国で転移台とアイテムバッグをお預けするのはユリアーナ様の弟君であるライナルト様を第一候補として考えましょう。まぁ、一度お会いして実際にお話を伺ってみないことには決められませんが……」
「まぁ、そうであろうな。だが、其方ならばライナルトのことを気に入ると思うぞ。では、早速ゴルドネスメーア魔帝国に戻ることにしよう!」
「あ、いや。待ってください。まずはこの屋敷に集まった保存食を中心とした大量の食料を回収しなければなりません。それに、ゴルドネスメーア魔帝国に置く転移台も創らなければなりません。それが終われば、アルターヴァルト王国の屋敷に戻って、向こうで仕分けをしていた食料を回収しなければなりません。それらが終わって、ようやくゴルドネスメーア魔帝国に向かうことができるのです」
「うむ。確かに食料の回収をせねば意味がないからな。まぁ、そこはアイテムバッグを持つアサヒナ伯爵に頼るしかないので心苦しいところだが、致し方あるまい」
「まぁ、その辺りは任せてください。それよりも、食料をゴルドネスメーア魔帝国に持っていったとして、困っている方々に均等に分け与えることができるのでしょうか?」
「その辺りは私の配下だけでなく、ライナルトやその配下にも手伝ってもらうつもりだ。アサヒナ伯爵のおかげで私はこれだけの成果を出すことができた。流石に、保守派の連中も文句は言ってくるまい。そこに同じく開国派を推しているライナルトが加わればどうなるか。その結果は火を見るよりも明らかだろう!」
そう言えば、ユリアーナの兄のフェリクス・フランメ・ゴルドネスメーアは保守派だったっけ。開国派を推しているユリアーナにこれだけの支援をした結果、ゴルドネスメーア魔帝国内のパワーバランスが崩れることになるかもしれないな。
まぁ、今更だし、俺がそれで悩む必要もないんだけど、なんというかここまで関わってよかったのかなと少しは考えてしまう。本当に今更だけど……。
そんなことを思いながら、まずは屋敷に集まった保存食を中心とした食料をアイテムバッグに収納していった。庭にあった大量の木箱に入っていた保存食はそれぞれ仕分けをされた結果、そのまま食べられる肉や魚、木の実などの類が六割、調味料に使われるものが四割という結果になった。
ついでに、飲料水を創り出す魔導具も多数用意することになった。やはり、火山の影響で飲料水も不足しているようだった。何なら、飲料水だけでなく田畑に撒く水すら困っている状況だという。それなら結構な規模で水を生成する魔導具も用意した方がいいだろう。ということで、ユリアーナから聞いた地方の領地の数を十分に賄えるだけの魔導具も即席で創ることになったのだった。
まぁ、この辺りは基本的には水魔法が使える者がいれば不要な魔導具だ。ゴルドネスメーア魔帝国は魔人族の国ということもあって、水魔法を使える者も多い。とはいえ、生活に必要な水を常に魔法に頼るというのも大変だろうし、魔導具があって困ることはないだろう。
ともかく、これだけの食料が集まったのであれば十分な成果と言えるのではないだろうか。特に、調味料の類が四割も揃っていれば、保存食だけでも味付けに困ることはないだろう。食料とは食べられるだけでなく、美味しくなければならないのだ。
これで、当面の食料についての課題は片付いたと言えるかもしれない。まぁ、転移台などの魔導具のことがあるので、実際にはゴルドネスメーア魔帝国の第二皇子であるライナルトに会ってみなければ分からないことだが。
ひとまず、これで俺ができる一時的な対応は終わったと言える。あとは、ゴルドネスメーア魔帝国に行って詳細を詰める必要があるな。はぁ、まだやらなければならないことがたくさんある。だが、ここでため息をついていても仕方がない。
ひとまず、屋敷に集まった食料を一通りアイテムバッグに収めた俺は、再びアルターヴァルト王国の王都アルトヒューゲルにある屋敷へと向かうのであった。
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