ユリアーナとの交渉(後編)
「ふふふ……」
勝ち誇ったようにほくそ笑むユリアーナ。その表情に少しイラッとするが、俺も相応の立場がある身。その感情を表に出して答えるわけにはいかない。
「そのようなこと、私は一言も申し上げておりませんが? 私は知人に対して食料の援助を行うことくらいしかできないと、そう言ったのです。正式に国交を結んでもいない貴国に対して言ったことではありません」
そのように毅然と答える。
「ふむ。だが、今このとき、私たちは互いの顔を知り、そして互いに名を知ることとなった。それは即ち、知人となったも同然。それならば、知人である私の国に対しても何らかの援助をしてくれてもいいのではないか? 其方は知人を介してホルンの里へ食料の提供を行うつもりなのだろう?」
「確かに、知人だけでなく、彼が住むホルンの里に対して援助を行いたいと考えております。ですが、例え貴女と知人の関係になったとしても、正式な国交のない貴国への援助は流石に難しいでしょう。何故なら私一人でできる支援と権限の範囲を超えるからです。それに、そもそも援助した際の見返りがなくては。私は彼らに援助することで、相応の見返りを得ることになっているのです」
「ほう。その見返りとは?」
「私の管理する土地での稲作の指導です。私の管理するグリュック島には稲作ができる者がおりません。そのため、ホルンの里に住む里長やここにいるレーナさんとレーネさんに稲作の指導をして頂くことになっているのです」
そう言うと、ユリアーナが微笑んだ。
「なるほど、なるほど……。しかし、ホルンの里の窮状を救うであろう食料援助の見返りが、ただの稲作の指導とは。我が国であれば、もっと良い条件を出すことができるぞ?」
ユリアーナの言葉にレーナとレーネの二人がきつい視線を送る。まぁ、俺も不愉快に思うし、ついつい似たような視線を返す。
「いえ、その必要はありません。私たちは稲作の指導をして頂くだけで十分に元を取れますので。それ以上のことは求めておりません。それに、そもそも貴国は我が国と正式に国交を結んでおりません。正当な理由もなしに我々が貴国に対して援助することもできなければ、貴国から我々に対価を支払うこともできないでしょう」
そう。結局のところ、正式に国交を結んでいるかどうかが重要なのだ。そして、現状ゴルドネスメーア魔帝国はアルターヴァルト王国とヴェスティア獣王国に対して正式に国交を結んでいない。保守派の勢力が強いという状況も踏まえれば、今暫くは正式に国交を結ぶことは難しいだろう。
ホルンの里くらいの小さな集落であれば国交を正式に結んでいなくても、お互いの了承と俺の権限、そして多少のごまかしで何とかできなくもないのだが、流石にゴルドネスメーア魔帝国という大国に対して、一伯爵ができることなど限られる。
「ふむ。ならば、アサヒナ伯爵個人から私個人に対しての非公式な支援であれば構わないな?」
「非公式な援助?」
「うむ。我ら開国派は他国、とりわけ海外の国家と親交を結べないかと日々努力しておる。その成果が、これだ」
そう言ってユリアーナが見せてきたのは勘合符のようなものだった。念の為、それが何かを確認する。
「それは?」
「うむ。これは割符と言ってな、これとこれを合わせると一つになるように作られておる。もちろん、魔導具の一種だ。これの片割れを持つ個人に対し、我が国は交易の許可を出しているのだ」
そう言ってユリアーナが二つの魔導具を一つにくっつける。すると、淡く緑色の光が魔導具を覆った。
なるほど。ハーゲンやコリンナはこれを手に入れたからゴルドネスメーア魔帝国との交易が可能になったわけか。
「私の知人にも貴国との交易をしている者がいまして、一体どのようにしているのかと気になっていたのですが、このような魔導具を使って許可の有無を確認していたのですね」
「そうか。まぁ、アサヒナ伯爵ほどにもなれば我が国と交易を行っている商人の一人や二人と繋がりがあるのは当然か」
そう言いながらユリアーナが顎に手を当てる。
「だが、この割符は特別製だぞ。我が国との交易だけを許可したものではない。自由に我が国に立ち寄り、そして国内でのいかなる行動も許しているという優れものぞ。まぁ、もちろん犯罪行為までは許しておらぬがな」
そう言って俺の眼の前で割符をプラプラと揺らす。
「この割符があれば、犯罪行為以外のありとあらゆる行動がフリーパスとなるぞ。この割符を持つ者は他にはおらぬ。今なら、これを其方に譲ってやっても構わぬ。ただし、我が願いを聞いて、それを実現することが条件だ!」
ユリアーナの提示してきた割符、めちゃくちゃ魅力的過ぎる!
だが、待て待て。これは今だからこそ魅力的なのであって、将来ゴルドネスメーア魔帝国がアルターヴァルト王国やヴェスティア獣王国と正式に国交を結ぶことがあれば、あまり意味のないものになるぞ。
「確かにそれは魅力的ではありますが、両王国が正式に国交を結ぶことになった際には、全く意味をなさないものになりますよね? 今この時点では価値があるかもしれませんが、将来的にはどうでしょうか。それに、そもそもの話、私は別に貴国と交易がしたいわけでもありませんし、貴国に援助をする理由もないのですが、その点についてちゃんとご理解頂けていますか?」
「ぐぬぬ……」
俺の言葉に歯噛みをするユリアーナ。うん、これは勝負あったな。
「これ以上お話がないようでしたら、帰らせて頂きましょう。さぁ、皆さん。用事は済みましたし、そろそろ帰りましょう!」
そう言って俺は席を立つ、素振りをする。より良い条件を引き出せるか、その確認のためだ。
「ま、待て……!」
お、掛かったな。だが、ゴルドネスメーア魔帝国へのフリーパス券以上の条件を出すことができるかな?
「おや、どうかされましたか?」
「むぅ……。分かった! お互いに腹を割って話をしよう! 私は其方に、いや其方を通してアルターヴァルト王国とヴェスティア獣王国に正式に支援を願いたいと考えておる。それは食料だけではなく、この国の窮状を救うための、ありとあらゆる支援を、だ。そのために必要となる対価は私にできる限り範囲でさせてもらうつもりだ! だから、どうか我が国を助けてくれ!」
そう言ってユリアーナが俺に対して頭を下げる。
ふむ。こちらは別に腹を割って話す必要はないのだが、向こうが腹を割って話してくれたのなら、俺たちとしても色々と検討しやすい。
まずは、ユリアーナたちゴルドネスメーア魔帝国がアルターヴァルト王国とヴェスティア獣王国に対して何らかの支援を求めているのは分かった。主には食料だろうが、それだけではないらしい。
だが、この世界で知られているかは分からないが、火山の噴火がいつ治まるかなど神にしか分からないことで、そのような支援の要請を受ければ半永久的に支援を続けないといけないことになりかねない。
とはいえ、こんなことで世界神に相談するのも気が引ける。ここは自分の力でどうにかするべきだろう。
そして、ユリアーナからの先ほどの言葉で、俺を通して本当にアルターヴァルト王国やヴェスティア獣王国への支援を求めているのだと確信する。
それにしても、ゴルドネスメーア魔帝国からの支援要請か。それなら当然国家間の話になるし、相応の見返りが必要になるな。もちろん、それを仲介する俺にも個人的な報酬が欲しいところだ。
とはいえ、俺にそのようなことを取り決める権限はない。精々できることと言えば、俺を通してのアルターヴァルト王国とヴェスティア獣王国への仲介と、俺個人の範囲での食料などの支援くらいだろう。
「そちらの事情はよく分かりました。私個人でできることには限りがありますが、私にお手伝いできることがあるのなら、力を貸しましょう。ただし、条件があります」
「相応の見返りが必要というのだな?」
「その通りです。まず、アルターヴァルト王国とヴェスティア獣王国の両国に支援を求めるというのであれば、両国が納得できる条件を用意して頂かなければなりません。これは貴女にできる範囲での報酬では困ります。貴女がきちんと国内の意見を取りまとめて、ゴルドネスメーア魔帝国として正当な条件を提示すること。それが条件の一つ目です」
「むぅ。確かに、私一人で与えられる報酬の範疇を超える可能性は十分に考えられる。わかった。アサヒナ伯爵の言う通り、アルターヴァルト王国とヴェスティア獣王国へ支援要請を行う際には、我が国が相応の報酬を支払えるように私が責任を持って国内を取りまとめよう」
「よろしくお願い致します。それでは、二つ目の条件です。先ほどのゴルドネスメーア魔帝国がアルターヴァルト王国とヴェスティア獣王国に支援を求めるというお話。それを仲介するのはもちろん私になりますよね?」
「うむ、そう考えておる」
「ならば、私個人の働きとして、その仲介手数料を報酬として頂きたいなと。また、私個人が貴女に行う支援についても、相応の報酬を頂ければなと思いますが、どうでしょうか?」
「なるほど、仲介手数料か。なかなか面白い表現をするな。いいだろう、支払おう。ただし、それは成功報酬としてだ。其方を通してアルターヴァルト王国とヴェスティア獣王国から支援を得られることが決まり次第、報酬として与えよう」
「はい、それで構いません」
「うむ。それで、私個人へも支援をしてくれるということだが、それは本当か? 先ほど断られたはずだが……」
「それは貴女の所属している国家に対してです。貴女個人に対してであれば、既に知人となったのですから、支援しないわけにはいかないでしょう。それで、貴女はどのような支援を求めておられるのでしょうか?」
「そ、そうか、助かる……! うむ、まずは第四次辺境調査団への食料の支援だ。昨日ホルンの里で補給できなかったのでな。いや、其方ら二人を非難しているのではない。保守派の連中のせいで今回の遠征に必要な食料を十分に持ってくることができなかったのがそもそもの原因だからな」
そう言いながら、怒るレーナとレーネを宥める。
「とはいえ、そろそろ食料が心もとないというのも正直なところだ。ここらで食料を補給したいというのが本心なのだが、其方に頼ったとしても今から帝都へ戻ったとして、アルターヴァルト王国へと辿り着くのは半月は掛かるだろう。そして、そこから再びここまで戻ってくるとなると、一月以上はかかる見込みになる。流石にそこまで持ちこたえることはできない。……何か良い策はないだろうか?」
そう言ってユリアーナがこちらを見てくる。
まぁ、確かにホルンの里から帝都ヴァイスフォートまで行き、そこから更にアルターヴァルト王国まで行くとなると、それだけで軽く半月は掛かる。そこから更に戻ってくるまでとなると一月以上は余裕で掛かるだろう。それまでここにいる辺境調査団が持ちこたえられるとは考えられない。
だが、俺には魔導船スキズブラズニルがある。
魔導船なら、数時間も掛からずにアルターヴァルト王国まで戻ることができる。食料を確保する時間を含めても今日中、遅くとも明日には戻ってこれるだろう。
「そういうことでしたら、問題ございません。私が創った移動に使う魔導具さえあれば、遅くとも明日中までには当分の間必要となるであろう食料を集めて戻ってくることができるでしょう」
「何!? それは本当か!?」
「もちろん本当です。お疑いのようでしたら、私と一緒にアルターヴァルト王国まで行ってみますか?」
「良いのか? いや、そんなことができるのか?」
「えぇ、構いません。どうせ、いつかはその魔導具をご覧になられるかと思いますので」
「そういうことであれば、是非同行させてもらいたい。だが、報酬をどうするべきか……」
「報酬については、先ほど貴女からお話し頂いた通り、成功報酬という形で問題ありません。とはいえ、お金はそこそこ儲けているので、それ以外の形でお願いしたいところですがね」
「ふむ。金貨以外の報酬か。考えておこう」
「では、早速ですが参りましょう! こうしている間にも多くの民草がこの窮状に困っています。まずは、私が個人でできる限りの支援を行いたいと思います! 早速ですが、アルターヴァルト王国まで向かい、食料の確保を行います。足りなければ、ヴェスティア獣王国へも向かいましょう。貴女も一緒に行くというのであれば、すぐに支度をしてください!」
「うむ、分かった! すぐに準備を整えよう。あぁ、それから私のことはユリアーナと呼んでくれ!」
「分かりました、ユリアーナ様!」
こうして俺たちはユリアーナとともに、急ぎホルンの里へと戻ることになったのだった。
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お盆休みということで、次回は14日(水)にも更新予定です。
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