ユリアーナとの交渉(前編)
「まぁ、適当に座ってくれ」
ゴルドネスメーア魔帝国の第一皇女ユリアーナ・ヴィアベル・ゴルドネスメーアと名乗る少女に案内されたのは、辺境調査団が陣取っている広場の中央に敷設された大きな天幕だった。
天幕の中には割と大きめの机があり、その周りに幾つもの木製の椅子が並んでいた。その奥にひときわ豪華な椅子があり、そこにユリアーナが腰掛けた。それを見て俺たちも周りの椅子に腰掛ける。
彼女が本当にゴルドネスメーア魔帝国の第一皇女ならば、側近の一人でも近くに付けていそうなものだが、この場には何故か彼女の他にゴルドネスメーア魔帝国の者は誰もいない。
一応、出入り口には見張りとして二人の辺境調査団の団員が立ってはいるが……。邪魔が入らないようにと言う警戒からだろうか。だが、それよりも警戒すべきは俺たちのはず。意味が分からない。
「それで、改めて確認させてもらうが、其方は本当にアルターヴァルト王国とヴェスティア獣王国に新たに誕生した貴族、アサヒナ伯爵とその一行で間違いないのだな?」
そう言って改めて疑いを含む視線を向けてくる。それに対して、俺は再びアルターヴァルト王国の徽章とヴェスティア獣王国の短刀をアイテムボックスから取り出して見せつけた。
「ふむ。確かにアルターヴァルト王国とヴェスティア獣王国の貴族の証のように見えるな。それにしても、何故このようなタイミングで私の前に現れた!? 今の帝国は未曾有の危機に瀕しておる。このような状況で国外からやって来た其方らと接触したとなれば、私が外患誘致を目論んでいるのではないかと疑われる可能性があるのだぞ!? まったく、どうしてくれるのだ!」
先ほどまでの冷静な対応からは想像できないほどに焦っている様子が見て取れた。
その理由は、恐らく現在ゴルドネスメーア魔帝国がとっている政策が関係するのだと思われる。帝国は国外との接触を極端に制限している。その政策の影響で、アルターヴァルト王国やヴェスティア獣王国という三大国に挙げられる大国であっても、正式に国交を開いてはいないのだ。
「いえいえ、それは偶然ですよ。ホルンの里を訪れたのは、たまたまこのタイミングが私にとって都合がよかったからで、他意はありません。それに、この地にやって来て初めて異変というか、火山が噴火したことや、その影響について知ったのです。正直に申しますと、私も面倒事には巻き込まれたくはないなと、そう思ったのですが……」
そう言うと、レーナとレーネの二人が声を上げた。
「「アサヒナ伯爵様!!」」
二人から叱られた。まぁ、そんなことは言うなということだろう。俺は肩をすくめて話を続けた。
「まぁ、知人が困っていることを知っては、それを見て見ぬ振りをすることなどできません。ですから、何とか助けてあげたいとは思うのですが、私が彼らにできることは食料の援助くらいでして……。まぁ、私が管理する土地への移住を提案するということもできなくはないですが、周りへの影響も考えると提案もしづらいわけで……」
そう言いながら、ちらりとユリアーナを見る。平静を装っているが、オラーケルの里のことは知っているのだろう。彼女らとしても、勝手に周辺の里村を他国に移住させることはよく思っていない。
「そのような状況であるにも関わらず、辺境調査団という者たちはホルンの里に食料の無償提供などという無茶なお願いをしてくるのですから、流石に何か余程の事情があるのではないかと思いまして……。それで、その理由を聞いてみようと思い、こうして辺境調査団の皆さんが陣取っている広場までやって来たわけです。別に、貴女を外患誘致の罪に問われるように、などと画策しようと思って行動したわけではありませんよ」
それで、どのような事情があるのですか? お話頂ける範囲で構いませんので、教えて頂けると幸いです。などと言いながら、ユリアーナの出方を伺う。
「まぁ、何度も補給の為にホルンの里を訪れているにも関わらず、帰りに立ち寄ったことが全くないと聞きますし、そのような話を聞いて何があったのか想像しない者はおりません。恐らく、帰って来なかった集団は、目的地である火山に向かう途中か、到着した火山の中か、それとも帰り道か、そのどこかで亡くなったのでしょう」
そう言うと、ユリアーナは静かに目を瞑った。
「そして、この程度のことは流石にゴルドネスメーア魔帝国の方々も理解しておられるはず。それにも関わらず、何度もこのような辺境へ調査団が送られてくる。しかも、現地での補給を必要とするような輜重の状況で……。流石に、何か理由があるのではと勘繰りたくなりますよ」
そう伝えると、ユリアーナは「はぁ」と小さくため息をついた。
「まぁ、そうよな。今回で既に四度目。ともなれば、流石に不審に思われるのは仕方のないことか……」
ユリアーナが自らの言葉に頷く。
「アサヒナ伯爵ならば知っていると思うが、我が国の政治は今、保守派と開国派という二つの派閥がその勢力を互いに競い合っておる。二つの勢力を簡単に説明すると、保守派は国内の産業を伸ばし内需を高めようという者たちで、開国派はその国内の産業を国外へと広めようとする者たちだ。ここまでは良いな?」
俺は静かに頷く。以前ウォーレンから聞いた通りだ。
「今回の火山の噴火における取るべき施策について、保守派と開国派で意見が分かれた。保守派は火山が噴火した原因を速やかに解明し、近隣の国家や里村と協力して解決に当たるべきだと主張した。対して、開国派はアルターヴァルト王国やヴェスティア獣王国といった大国に支援を求め、まずは現在の窮状を脱することが先決ではないかと主張したのだ」
なるほど。だが、これでは保守派の意見が有利になるだろう。何故なら、ゴルドネスメーア魔帝国はアルターヴァルト王国ともヴェスティア獣王国とも正式に国交を開いていないからな。
開国派の意見が通ったとしても、実際にはアルターヴァルト王国やヴェスティア獣王国と正式に国交を結ぶまでには相当時間が掛かると思われる。それでは、現状を脱せないと考えるのも仕方がない。
「現在のゴルドネスメーア魔帝国内は保守派の勢力が優勢。また、アルターヴァルト王国とヴェスティア獣王国とは正式に国交を結んでいない現状では、開国派の意見は通らなかったのですね」
「うむ、その通りだ。結果、保守派の意見が通り、火山の噴火の原因を探るべく辺境調査団が結成された。だが……」
「火山の調査に向かった辺境調査団が一向に帰ってこなかったと。それで、第四次辺境調査団まで結成されることになったんですね?」
「うむ。簡単に言うとそういうことだ。だが、今回の第四次辺境調査団はこれまでとは違う。確かに副団長には保守派からの推薦もあってモーリッツ・フォン・ゼーテがその任に着くことになったが、今回は開国派の意見も取り入れられている」
「開国派の意見……。具体的には?」
「今回の調査で原因が究明できなかった場合は、開国派の意見を取り入れ、アルターヴァルト王国とヴェスティア獣王国の両国と正式に国交を結び、食料援助を申し出ることに決まったのだ。つまり、長年続いた鎖国も終わりが見えたということになる。ただし、そのせいか保守派からは嫌がらせを受けていてな。その一つが食料などの物資の出し渋りなのだが、まぁ、そのことはいいか」
「なるほど。それにしても、『原因が究明できなかった場合は』ですか。それならば、詳しい調査などしなくとも何かしらの理由をつけて『原因が究明できなかった』と報告すればよろしいのでは?」
そう。今回の辺境調査団は開国派が主導したもの。であれば、副団長に保守派から推薦があった者が就いたとしても、調査結果の内容次第で簡単に開国派の主張が通るという、開国派にとってはほぼ確実に勝利できる状況だったのではないだろうか。
そんなことを聞いてみたのだが。
「私もそうしたいところなのだが、条件があってな。条件は大きく二つ。一つ目は先ほど言ったように保守派からモーリッツという副団長が任命されていた。奴が今回の調査の見届人の役割を担っていたのだ。まぁ、私の前であまりにも問題を起こすので、我慢できずに先ほど処分してやったがな」
なるほど、モーリッツは保守派がつけたお目付け役だったのか。それにしてはお粗末というかなんというか。もっとマシな者が他にいなかったのかと保守派に確認したくなるな。
いや、もしかしてユリアーナが我慢できずに処分することを期待しての配置だったとか。うん、その可能性のほうが高そうだな。
「そんなことよりも重要なのは、二つ目の条件だ。それは、第一次辺境調査団から第三次辺境調査団までの足跡を確認すること。彼らが果たして任務を全うしようとしたのか、それとも逃げ出したのか。その確認を行うことだ。もし、彼らが逃げ出したとなれば、保守派を追求する口実になるからな」
「ふむ、なるほど。ですが、その二つの条件、どちらも開国派に有利なものに思えます。まぁ、モーリッツ氏の行動は目に余るものだったようですが……。それはともかく、第一次辺境調査団から第三次辺境調査団までと同じ旅程で、火山まで行って帰って来るだけで彼らの足跡は確認できるのですから、あまりにも難度が低い。そして、火山の噴火の原因を究明することは非常に困難。つまり、開国派の意見が通る可能性が非常に高い。そのような任務を任されているということは……。もしかして、ユリアーナさん、貴女は開国派なのでしょうか?」
そう言うと、ユリアーナは少し驚いたようだった。
「……うむ。その通り、確かに私はどちらかと言えば開国派を推しておる。別に公言しているわけではないのだが、周りの者がそっとしておいてくれなくて、担ぎ上げられただけの神輿なのだが……。その結果、保守派であった兄上とは敵対関係になった、というわけだ」
「兄上と言うと、第一皇子様ですか?」
「あぁ、此度の第一次辺境調査団に自ら赴き、そして帰って来なかった、我が兄フェリクス・フランメ・ゴルドネスメーアだ。敵対派閥にあるというのに、消息を絶った兄上の足跡を辿るためにここまで来ることになるとは思いもしなかったが……」
ユリアーナが言うには、第一皇子であるフェリクスは第一次辺境調査団の団長として、この地までやって来たらしい。レーナとレーネに確認してみたが、間違いなく第一次辺境調査団から第四次辺境調査団まで、四度彼らはホルンの里に到着しているとのことだった。
それにも関わらず、未だに帰ってこないところから想像するに、やはりここから火山へ向かう途中か、火山の中か、それとも帰り道か、その何処かで行方不明になっている可能性が高い。
流石に、第一皇子ともあろう者が出奔するとは考え難いからな。そして、この国の後継ぎである第一皇子を護衛する者には相当の手練れが選ばれたはずだ。それにも関わらず、彼らが誰一人帰ってこないということは……。
何だか、嫌な予感がしてきたぞ。寒気がするというか、なんというか……。このまま進んでもいいことは何もないような。
一旦引き返すか。
そう思ったとき、ユリアーナが笑顔で言ってきた。
「アサヒナ伯爵は我らがここまできた事情を聞くためにここまで来たと言ったな。それはつまり、我らに何らかの力を貸してくれる可能性がある、ということだろう?」
は、はぁ?
一体ここまでの話をどう聞けばそのように捉えることができるのだろうか? 何だか嫌な予感しかしない。ここは早急に退散したほうが身のためだ。そう思って席を立とうとする。
「おっと、アサヒナ伯爵。今、席を立ったら私は大声を上げるぞ! そうなれば、其方らはこのゴルドネスメーア魔帝国において御尋ね者となり、二度とこの地に来ることはできなくなる。それでもよいと言うなら、好きにするがいい」
ぐぬぬぬ……!
全く、何ということ言ってくるんだこの少女は……! 俺は、たった今浮かせたばかりの腰を再び椅子の上に落すことしかできなかった。
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