面倒事の予感
魔導船で北の大陸までやってきたのだが、その景色は以前見たものとは全く異なり、鈍色の世界が広がっていた。
ホルンの里にいるオイゲンに、グリュック島での稲作の進捗状況を報告しようということで、俺はアメリアたちとともに魔導船に乗ってゴルドネスメーア魔帝国の帝都ヴァイスフォートの辺りまでやってきたのだが、その光景は以前見たものとは大きく異なっていたのだ。
空は曇天というか、灰色の噴煙に閉ざされており、視界もその噴煙の影響で遠くまで霞んで見えるような状況だった。噴火した火山は遥か遠くにあるようだったが、それでも北の大陸の南方である帝都にまで噴煙の影響が出ていたのだ。
そのことを考えれば、帝都よりも北に位置するホルンの里の状況がどのようなものか、想像するのは簡単だった。
そして、実際にホルンの里の上空に着いた際に見た景色も、想像していた通りだった。里に点在する家々の屋根は火山灰によって濃い灰色にくすみ、道や田畑も火山灰に覆われていた。
それを見て何だか不安になりつつも、俺たちはホルンの里に降り立ち、まずはオイゲンの家へと向かうことにした。
前回訪れたときは、緑生い茂る森の中に広がる田畑とポツポツとある茅葺き屋根の古民家により醸し出された風景がいかにも長閑な田園風景といった感じで、元日本人の俺には懐かしさを覚える素敵な景色に思えたのだが、今はそれらが灰色に塗りつぶされていた。
一歩進むごとに道には俺たちの足跡ができる。それと同時にブーツのつま先に灰が被さる。既に何度か火山灰は除去されているようで、道の端と比べると真ん中はそれほど積もっていなかった。だが、それでも結構積もっているように思う。
魔導船を出る際に着込んだコートの肩にも既に火山灰が積もりそうになっていた。さっさとオイゲンの家へ向かおう。
少し早足で里の中心にあるオイゲンの家へと向かうと、すぐに着くことができた。軒先でコートに積もった火山灰を落とさせてもらい、玄関に向かって声を掛けた。
「こんにちは! オイゲンさんはいらっしゃいますかー?」
すると、家の中から小さな声で「少々お待ち下さい」と聞こえてきた。中に誰かいるのだろう。もちろん、それは家主であるオイゲンか、その孫のレーナとレーネの三人のうちの誰かだと思う。そんなことを考えていると、引き戸が開いて見知った顔が現れた。
「お祖父様ならば、今はジーモン殿のところに出掛けておりますが……。まぁ、これはアサヒナ伯爵様ではありませんか」
「御無沙汰しております、レーナさん」
出迎えてくれたのはオイゲンの孫のレーナだった。
アメリアたちはレーナがリーザとリーゼにそっくりだからか、その姿を見て驚いているようだった。ノーラは逆にリーザとリーゼを見たときに驚いてたけど。
レーナとレーネの見分け方はほくろの位置だ。左目の下にほくろがあるのがレーナ、口元の右にほくろがあるのがレーネだ。リーザとリーゼはそういう特徴がないので見分けがつかないが、僅かに目元がキリっとしているのがリーザ、少しおっとりした感じなのがリーゼである。まぁ、そんなことはどうでもいいか。
「今日はどのようなご用件でいらっしゃったのですか?」
「えぇ、ようやく私の身の回りのことが落ち着いたので、以前ご相談させて頂いた私の管理するグリュック島での稲作について、現在の進捗状況のご報告と今後の進め方についてご相談をと思ったのですが、どうやらそのようなお話をしている状況ではないようですね……」
「はい。アサヒナ伯爵様がこの里に来られてから暫らくした頃、大きな音とともに大きな地揺れが起こりました。皆何ごとかと外へ出てみると、遠くの山から白い噴煙が空高く上がるのが見えたのです」
地揺れって、つまり地震のことか。火山の噴火もプレート運動が関係しているとかって聞いたことがある。地震が起こるほどのプレート運動が発生して火山の噴火が起こったということだろう。
「それからは常に山から噴煙が立ち昇る状況が続き、すぐにこの里にも灰が降り積もるようになりました。降り積もる灰については定期的に風魔法や水魔法で除去を行っているのですが、こうも毎日降り積もる日々が続くと流石に男衆だけでは手が足りず、最近は私たちも対応に追われているような状況です」
「ということは、レーナさんやレーネさんも?」
「はい、今日はレーネが里の東側に出向いて灰を取り除く手伝いをしているはずです。私は昨日対応をしたので、今日は家の留守を預かっているというわけです」
「なるほど。それで、オイゲンさんはジーモンさんのところに向かったと聞きましたが?」
「このような状況がずっと続いておりますし、いつになれば収まるかもわかりません。ですから、里の長老格が集まって今後の里の行く末について相談をしているのです」
「ふむ。今後の里の行く末について、ですか……」
想像していた通り、重い話になる。やはり、今日は出直したほうがいいか。グリュック島での稲作については日を改めて相談に来ることにしよう。そう思っていると、里の入口の辺りからざわめきが聞こえてきた。人の気配がする。それも数人ではなく、数十人はいるだろうか。
振り返って道のほうを見ると、二十人くらいの集団が里の入り口から列をなしてオイゲンの家(つまり、ここだ)を目指してやってくるのが見えた。
「今日は珍しくお客様が多いようですね」
「それでは、邪魔にならないよう、我々は帰ることに致しましょう」
そう言って、お暇させてもらおうと思ったのだが、レーナに服の袖をぎゅっと掴まれてしまった。
「アサヒナ伯爵様はお祖父様にとって、いえ、私たちにとって大切なお客様です。狭いところで恐縮ですが、居間のほうにご案内致しますのでお寛ぎください。お茶をお出し致しますから。直にお祖父様もレーネも戻ってくるでしょう」
そう言われて、多少強引ではあったが俺たちはオイゲンの家の中に入り、居間に通された。囲炉裏の周りに座らせてもらうが、アメリアたちはこのような部屋に通されるのは初めてだったようで、戸惑っていた。
それを俺とノーラの二人で席次について簡単に説明しつつ、囲炉裏の近くに座らせてもらう。レーナが人数分の座布団を用意してくれたので、板の間に直接座ることを避けられて助かった。とはいえ、アメリアたちはどう座ればいいか戸惑っていたが。ノーラが横座りを教えると皆が真似して足を崩した。俺は一人あぐらをかいて座った。
そんなことをしていると、先ほどの集団がオイゲンの屋敷までやって来たようで、玄関から庭先の辺りが次第に騒々しくなってきた。それを察して、俺たちにお茶を淹れてくれていたレーナが玄関へと向かう。俺も心配になって付いていこうかと訪ねたが、俺たちは客人なので何もしなくていいと言って一人出て行った。
しかし、この家は日本家屋。戸や壁はそれほど厚くない。玄関先での会話など、居間にいても静かにしていれば自然と耳に入ってくる。
「我々はゴルドネスメーア魔帝国から参った辺境調査団である。私は、この調査団の副団長を務めているモーリッツ・フォン・ゼーテと申す。ここはホルンの里で間違いないか。間違いなければ、ここの里長に話を聞きたい。もちろん、あの山の噴火の影響についてである!」
「今、里長は会合に出ているため、この家にはおりません」
「ならば、里長が戻るまでここ待たせてもらうのである」
「申し訳ありませんが、里の外で待ってもらえないでしょうか。今日は客人が来られているので、ここに留まられては邪魔になります」
「なっ!?」
「では、よろしくお願いします」
そう言って、レーナがぴしゃりと玄関の戸を閉めた。
外からは「なっ? なっ! なっ!?」という、ゴルドネスメーア魔帝国からやってきた辺境調査団の副団長だというモーリッツ・フォン・ゼーテ氏の戸惑う声が聞こえてくる。
それを無視して、居間に戻って来たレーナは自分の茶碗にお茶を淹れてそれを一口すすると、さも面倒なことが起こったかのように「はぁ」と盛大にため息を吐いたのだった。
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