稲作の目標
溜まっていたタスクを一通り片付けられた俺は、次に取り組むべきタスクについて考えてみた。その結果、次はグリュック島での稲作について取り組むべきではと俺の中で考えがまとまった。
早速ラルフに相談しに行ったところ、その相談をするのであればミリヤムとマルセルも同席したほうが良いとのことだった。少々気が急きすぎたようだ。
まだ朝食も取っていなかったので食堂に足を運ぶと、そこには既に朝食を済ませたアメリアたちが寛いでいた。いつもは俺もアメリアたちと同じ時間に朝食をとっているので、皆からは今日はどうしたのかと聞かれてしまった。
そこで、俺の中で考えていたグリュック島での稲作構想について話してみたところ、アポロニアからの指摘により、現状の計画に大きな穴があることに気がついたのだった。
ということで、その大きな穴を埋めるべく頭を捻っていたのだが、カミラから一つのアイデアをもらうことになったのだった。
「それなら、おコメに希少価値を付ければいい。何でもいい、このグリュック島にしかできない、希少価値を」
いや、それは分かってるんだ。
それをどういう形で実現するか。それが問題なんだ。
「ハルトの作るおコメは美味しい?」
「もちろんです! どこに出しても恥ずかしくない米を作るつもりです!」
「それなら、比較すればいい。ゴルドネスメーア魔帝国から輸入したおコメと、ハルトの作ったおコメ。どちらが美味しいか、比較すれば皆も分かってくれるはず」
ふむ……。米の比較か。確か、米って等級があったよな。でも、あれって美味しさとか関係あったっけ? それに勝手に等級なんて決められないし、鑑定して俺には分かったとしても皆に信じてもらえるか不安だし。もっと客観的な部分で判断ができる材料が必要だよな。例えば、見た目とか、味とか……。
そうか、味か。
そうだよ、味だよ。つい最近味を見てもらってその評価を得たものがあったじゃないか! そうだよ、大海竜の肉だよ!
ゴルドネスメーア魔帝国産の米よりも美味けりゃ誰もうちの米に文句は言わないだろう。そして、それを評価する人次第では高い価値がつくことも期待できる。そう、例えば、ゴットフリートたち王族が評価してくれたなら……。
ここで他人の評価を当てにしなければならないというのは正直に言うと気に食わないが、自分たちの力だけで米の評価を短期間で高める方法はなかなかない。それに、そもそも美味い米を作れたという仮定での話になるわけだし、なかなか越えなければならないハードルは高い。
それにしても、美味い米か。
もしかして、俺が御酌した水で作ったら美味しい米ができたりして……? 美味い米は美味い水からと聞いたことがあるような気もするし。いや、それをするには流石に面倒すぎるし、大量生産にも向かないか。ハハハ。
少量なら試して見る価値もありそうだけど……。
でも、まぁ何というか。今後の指針にはなりそうだな。美味い米を作る。うん、シンプルでいいじゃないか。
「ありがとうございます。カミラさんのお陰で、少しだけですけど目指すべき方向性が見えたような気がします」
「それなら良かった」
カミラが少しはにかんだような笑顔で答えてくれた。うん、カミラの笑顔にも答えられるように結果を出したいな。
とはいえ、稲作を開始するには始める季節も大事だし、収穫までにはそれなりに時間が掛かる。味を確かめるにはまだまだ時間が必要だ。この辺りはオイゲンとも相談が必要そうだな。
「ともかく、稲作を始めるにはオイゲンさんを呼ばないといけませんね」
「オイゲン? 誰?」
カミラが聞いてきたので答える。
「えぇ、旅の途中で偶然立ち寄った魔人族の里、ホルンの里の里長でして、リーザさんとリーゼさんのお祖父さんです。オイゲンさんに稲作に詳しい人にグリュック島まで指導しに来てほしいと相談したところ、リーザさんとリーゼさんの妹さんで、レーナさんとレーネさんのお二人に来て頂けることになったんですが、オイゲンさんはお孫とさん離れるのが寂しいそうで……。結果、オイゲンさんも一緒に来て頂けることになったんですよ」
「何だか情報量が多いわね……。偶然立ち寄った里が使用人のリーザさんとリーゼさんの故郷だったってこと?」
「そして、稲作について相談した里長がリーザさんとリーゼさんのお祖父さんで、二人の妹のレーナさんとレーネさんとお祖父さんの三人が稲作の指導に来てくれることになったと」
「そうなります。いやぁ、偶然ってすごいですよね?」
「「偶然ねぇ?」」
ヘルミーナとアメリアが声を揃えて言う。うん、信じられないよね。だって、俺も驚いたんだから。偶然ってすごいというか、世間って狭いというか。
ともかく。次のタスクとして、まずは稲作を試すという方針に決まった。アメリアたちに話を聞いてもらって良かった。というか、あまり何でも一人で物事を進めるのは良くないな。今朝ラルフにも似たようなことを言われたけど。
何か新しいことをやろうと思ったら、まずはお姉様方に相談。その後、ラルフに報告を兼ねて相談。そういう流れが良さそうだと今更ながらに思ったのだった。
そんな話を皆としながら朝食を終えた俺は、早速ミリヤムとマルセルの二人を屋敷に呼んで、ラルフと三人で今後のグリュック島での稲作について相談した。
ミリヤムとマルセルからは、今のところグリュック島の運営については上手く行っており、じわじわと島に住居を構える定住者も増えてきているとのことだった。その主な内訳としては、やはり商人や大工が多かった。商人たちは主に港町であるフルーアに住居を構え、大工たちはフルーアだけでなく領都リヒトに住むものも多かった。
その理由は簡単で、仕事のある場所に住むことを決めた者が多かったというだけだ。フルーアはゴルドネスメーア魔帝国からの輸出入の関連で仕事が多くあり、人手が足りなかった。領都リヒトはというか、フルーアもそうだが、そもそも人が住める建物がグリュック島全域で不足していた。
最初は中古の物件を買い集めて俺が移築するということもやっていたが、俺も常にそのことばかりをやっているわけにはいかず、足りなくなった家屋については大工を集めて新しく家屋を建ててもらうことになったのだ。
そして、本来ならば家屋を建てる仕事を終えた大工たちは、その後家のある街に帰るのだが、じわじわと増え続ける人口に対して家屋が足りないという事態がなかなか解消されず、独り身であるなど身の軽い者や、常に仕事が手から離れないものなどは家族を呼び寄せたりしながら、そのままグリュック島に定住することを決めたらしい。
つまり、グリュック島の開発ラッシュにより、人口は増加傾向にあるのだ。そうなると、足りなくなるのが商店などで販売される商品、特に日常品や食料品だ。
これにはハーゲンやコリンナが力を尽くしてくれているそうだけど、それでもまだまだ十分とは言えない。そこに商機を見出した商人たちが現れているそうだ。特に競合であるハーゲンやコリンナの商店の商品とは違ったものを売り始めた商店などは成長著しいらしい。
ふむ。いつの間にか、グリュック島も発展する道程を辿っているらしい。
この流れに乗って、農業にも力を入れたい。ということで、改めてラルフとミリヤム、そしてマルセルにこのグリュック島で稲作を考えていることを伝えた。
そのことについて反対する声は上がらなかった。むしろ、自分たちで主食となる米を賄うということに興味を惹かれたようだ。とはいえ、初めての稲作。不安もあるだろう。
「ですが、ご安心ください。稲作について詳しい魔人族のオイゲンさんとそのお孫さんたちが稲作の指導に来て頂けることになっておりますので!」
「「は!? オイゲンですと!?」」
あれ、ミリヤムとは知り合いのようだったけど、そんなに驚かれることなのかな? まぁ、既に決まっていることだし、それにオイゲンはミリヤムたちがグリュック島に移住することも知っているわけだし、問題はないだろう。
ミリヤムとマルセルからの質問に首肯した俺は、改めて二人にどういう経緯でオイゲンに協力してもらうことになったのか、説明することにした。
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