宴の終わりと王族の送迎
ゴットフリートたちに領都リヒトを案内してはみたものの、やはりまだまだ目立った産業も観光地もないせいか、そうそうに案内は終わってしまい、ミリヤムとマルセルによる接待というか宴会に突入した。
最初は俺自身が御酌するつもりはなかったのだが、今回は彼らは招待された客であり、もてなすべき相手でもあるといことと、ゴットフリートやエアハルトから王家として今後もグリュック島を支援するという言葉も頂いたので俺も彼らに対して相応の御礼が必要だと判断した。
というわけで、今後は特別な理由もない限り御酌しないということを条件に、今回だけは皆に御酌することにした。あと、まだ昼前という時間帯でもあったので、羽目を外し過ぎないようにと注意も促したのだが……。
結果として、皆は酔っ払った。昨晩と同じように。
誰だ、昼間から酔わないように胃を鍛えてるとか言ったのは!? ゴットフリートだ! 真っ先に酔っ払ったではないか!
それにヴィクトーリアとフリーダも顔を赤くしてテーブルに突っ伏している。そのような大人の様子を見た二人の王子が呆れながら果実水を美味しそうに飲みながら用意された軽食をつまんでいた。俺も二人と同じくゴットフリートたちを冷ややかに見ていた。
まぁ、アルターヴァルト王国の面々はまだいい。少なくとも、リーンハルトとパトリックという二人の王子が素面だったのだから。
問題はヴェスティア獣王国の面々だ。ハインリヒはもちろんのこと、エアハルトとアレクサンダー、そして頼みの綱と考えていたクラウスまでもが酔っ払ってしまったのだ。
これには流石にため息を吐かざるを得なかった。
とりあえず、マルセルに酔い醒ましの水を用意させて皆に飲ませることにする。ゴットフリートは水の入った盃を受け取ると一口口に含んだが、そうした様子を見せたのは最初だけで今にも寝入りそうになっている。
そして、テーブルに突っ伏しているヴィクトーリアとフリーダも無理やり起こして水を飲ませようとするのだが、既に意識が朦朧としていて手元がおぼつかない様子だった。ダメだ、こりゃ。
仕方がないので、俺が御酌した水を用意して飲ませることにした。流石にお酒ほどではないだろうが、これならば皆も自分から飲んでくれるのではないかと思ったのだ。
思った通り、これにはゴットフリートもゴクゴクと飲み干したし、ヴィクトーリアとフリーダの二人もチビチビと水を飲み始めた。まぁ、王都に帰るまでに少しでも酔いを覚ましてもらえればいいんだけど……。
ゴットフリートたちの様子を見て、これなら大丈夫だろうと確信を得た俺はハインリヒたちにも同じように水を飲ませることにした。結果、ハインリヒ、エアハルト、アレクサンダー、クラウスの四人も無事に水を何杯か飲み干し、ある程度酔いを覚ます算段がついた。
そうして皆を休ませている間に、俺は魔導船で皆を両国の王都に送っていく準備を進めることにした。そう、うちの屋敷にいる使用人たちに皆の帰り支度を進めてもらうことにしたのだ。急ぎ、馬を走らせて屋敷と連絡を取ってもらう。今の皆の状態では帰り支度ですらまともにできるか分からないからな。
ある程度皆が落ち着いた頃合いを見て、宴を終わらせることにした。
「今日は領都リヒトをご覧頂き、ありがとうございました。領地運営については完全に素人ですので、今後もご指導ご鞭撻のほどよろしくお願い致します」
そう言って、簡単な締めの挨拶をしてみたものの誰も聞いていない。本来ならばもう少し長々と話すところだが、これで十分だろう。
宴会の場の片付けはミリヤムとマルセルの二人に任せて、俺はアメリアたちに手伝ってもらいながらゴットフリートたちを馬車に乗せる。これにはリーンハルトとパトリックも仕方がないと状況を理解してくれたこともあり、スムーズにことが運んだ。
そして、うちの屋敷の前に戻ってくると、事前に使用人たちが準備を進めてくれたこともあり、既に皆を王都へと送る準備が整っていた。
「それでは、まず始めにゴットフリート陛下、ヴィクトーリア王妃、フリーダ王女、リーンハルト王子、パトリック王子の五名を王都アルトヒューゲルまでお送り致します」
「ハルトに王子などと言われると、何だかむず痒いな」
「そうです、他人行儀ですよ! いつも通り、パトリックと呼んでください!」
「ずるいぞ、パトリック! ならば、私のこともリーンハルトと呼ぶのだ! ハルト、良いな!?」
「はっ! 畏まりました、リーンハルト様、パトリック様!」
「「むぅっ!!」」
まぁ、流石に名前で呼べと言われたからといってこういう場で気安く呼び捨てで呼ぶわけにはいかないからな。そのことは二人も分かっていて言ってきたのだろうけど。でも、こういうやり取りができる間柄が丁度よい距離感のようにも思えた。
そんなやりとりを二人としつつ、まず初めにゴットフリートたちをアルターヴァルト王国の王都アルトヒューゲルまで送ることにした。移動に掛かる時間なんて一刻も掛からない。すぐに王都上空にまで辿り着いた。
リーンハルトとパトリックの二人にどこに着陸すべきか相談したら、「ハルト(殿)の屋敷が良い」と二人揃って言ってきたので、ニルに指示を出して俺の屋敷の上空に船を停める。
すると、間もなくアーレンスが出迎えてくれた。
アーレンス? 誰それ? などというのは可愛そうだが、最近ずっとグリュック島にいたので顏を知らない者も多い。彼はビアホフが見繕ってくれた新たなアルトヒューゲルの屋敷の使用人。その中でも筆頭となる執事の地位に就いた男だった。
「お帰りなさいませ、旦那様! グリュック島より連絡を受けて、屋敷の者は既に出迎えの準備を進めております。直接王城ではなく、こちらの屋敷に立ち寄られたということは、馬車の手配が必要ですね?」
「はい。まずは先に王城のほうへゴットフリート陛下たちがお戻りになられたことを伝えてもらえますか。この書状をウォーレン様に届けて頂ければ状況もご理解頂けるはずです。それから、ゴットフリート陛下たちを王城へとお送りするための馬車を手配するよう連絡もお願いします」
「はっ、畏まりました!」
アーレンスが元気良く答える。それを見て疲れていたこちらも少しだけ元気を分けてもらった気分になる。だが、まだ気を抜いてはいけない。ちゃんと、屋敷からゴットフリートたちを王城へと見送らなければ。
そんなことを考えていると、ゴットフリートが魔導船から姿を現した。未だにべロベロに酔っ払っている。そんなゴットフリートを少しだけ正気を取り戻したヴィクトーリアとフリーダの二人がまだおぼつかない足取りで支えていたのだ。そんな姿を真っ昼間から見せられては皆が驚くのも無理がない。
ゴットフリートを支えるヴィクトーリアとフリーダの三人の様子を見て、本当に王城まで戻れるのか少し心配になり、リーンハルトとパトリックの二人に話し掛ける。
「あの、本当に大丈夫ですかね?」
「まぁ、なんとかなるだろう」
「ハルト殿が心配される必要はありませんよ」
俺の疑問にリーンハルトとパトリックの二人がそんなことを言ってくれた。まぁ、確かにここまでくれば、後のことは王城にいる誰か、というかウォーレンが何とかしてくれるはず……。だよな?
そう思っていると、早速アーレンスが働いてくれたようで、王城からゴットフリートたちを出迎える馬車が次々に到着したのだった。
そしてゴットフリートたちの様子を見た従者たちが慌ててゴットフリートたちを迎えの馬車に乗せた。まぁ、ここまで酔っ払ったゴットフリートたちを見れば、いろいろと心配してすぐに馬車に乗り込ませるのは当然かもな。いや、周りには見せられないから早く馬車に乗せたというほうが正しいか。
そのような中、リーンハルトとパトリックの二人が最後に今回の旅の御礼を言ってくれた。二人はゴットフリートたちの様子を見て少し申し訳無さそうにしていたが、俺は気にしなくていいと伝えた。まぁ、これも大人の対応というやつだな。
「ハルトのお陰で楽しい時間を過ごすことができた。また改めて礼をさせてもらうつもりだ!」
「ハルト殿、本当にありがとうございました! お陰様で楽しい時間を過ごすことができました!」
リーンハルトとパトリックの二人から礼を言われながら、皆が乗る馬車が王城へと向かうのを見送った。リーンハルトとパトリックの二人の話を聞くと、また王城に向かわねばならないだろうな。
こうして、ゴットフリートたちは王城へと戻っていった。
これでようやく一息つける……。というわけにはいかない。
そう、まだヴェスティア獣王国から来たハインリヒたちを帰さないといけないからだった。
「はぁ、次はヴェスティア獣王国だな……」
アルトヒューゲルからグリュック島の領都リヒトの屋敷に戻ると、顔を真赤にしながらも真面目そうな表情でハインリヒとエアハルトが出迎えてくれた。多少は酔いが覚めたらしい。
「この度は色々と迷惑を掛けたな。だが、お陰で大変楽しい時間を過ごすことができた。改めて礼を言うぞ」
そう言ってハインリヒが頭を下げる。まだ酔っているのだろう。既に王位はエアハルトに譲ったとはいえ、前国王が一介の伯爵相手に頭を下げたりして良いわけがなかった。
「ハインリヒ様、頭を上げてください! 冗談が過ぎます!」
とりあえず、このことは酒の席でのハインリヒの冗談ということにした。そうでなければ、いろいろと面倒なことになるかもしれないからな。
そして、ハインリヒに合わせて頭を下げようとしたエアハルトとアレクサンダー、クラウスの三人にもやめるように伝えた。アレクサンダーとクラウスはともかく、流石に現役の国王であるエアハルトが俺に頭を下げるようなことはあってはならない。
はぁ。どうやら四人ともお酒に特別強いわけではないようだ。もう少しまともな反応をしてくれると助かるのだが……。
そんなことを考えていると、少し足元をふらつかせながら、ハインリヒが一人呟いた。
「しかし、このような状態で国王が王都に戻ってはヨハネスたちに叱られるであろうなぁ……。まぁ、我は既に国王の座を息子に譲っているのだし、問題になることはないだろうが……」
「それを言うのでしたら、私も既に第一王子ではなく、ただのアレクサンダー。何も問題はないはずです!」
「同じく、私もただのクラウスです。何も問題ありません!」
アレクサンダーとクラウスの二人が続けてそんなことを言ったせいか、ハインリヒが「ぶふっ」と吹き出した。
「ガハハハッ! そうよな、アレクサンダーとクラウスの二人はただの王族だものな! だが、エアハルトは違う。其方は国王であるからな! ガハハハハハッ!」
「……ですから、この様に酔いを表に出さず、皆の前で振る舞っているのではないですか。そもそも、酒の場の酔い方云々で国王と王族の違いを口にするのはどうなのでしょう? どちらも身分の高さ故に、それ相応の立ち振る舞いを求められるものではないですか? ねぇ、アサヒナ伯爵?」
え、そこで俺に振るの?
まぁ、確かに。エアハルトの言う通り、国王だろうが王族だろうが、それ相応の振る舞いを見せるのは必要なんじゃないかなって思う。
「しかし、ゴットフリート殿は見事に酔っ払っておられました。ですが、それをヴィクトーリア様とフリーダ様が支えられて……。あぁ、それなのにそれなのに。何故同じ王族であるにも関わらず、アルターヴァルト王国では国王が窮地とあれば家族が支えるのに、我が国では同様の事態になっても家族から国王を蔑むような発言が出てくるのか……。まったく不思議ですよね、アサヒナ伯爵?」
確かにそうかもしれないけど……。何故毎回俺に話を振ってくるんだよ? はぁ、もう仕方がないなぁ。
「確かに、国王であっても、王族であっても、下々の者からすれば、皆様はそれぞれ身分の高い方々です。そして、そういった方々は、誰のどのような許可があったとしても、やはり世間一般の常識に合わせた行動が求められます。つまり、エアハルト陛下にも、ハインリヒ様とアレクサンダー様、それにクラウス様にも王族としての立ち振る舞いが求められます! そして、国王陛下を支えるのはご家族として当然のこと。ハインリヒ様も、アレクサンダー様も、クラウス様も。エアハルト陛下を支えて差し上げるべきだと思います!」
そう話すとエアハルトがニマリと笑った。それを見て何故か寒気がする。あぁ、もしかしていらないことを言ってしまったかな?
「今の話を聞きましたか? 家族ではないアサヒナ伯爵ですら、こう言っているのです。当然、父上も兄上も、クラウスも。私を支えてくれますよね?」
「「「はぁ……」」」
ハインリヒとアレクサンダー、それにクラウスの三人が深いため息をついた。三人が恨めしそうにこちらを見てくるが、最初にエアハルトをヨハネスへの生贄にしようとしたのはハインリヒだし、それに追従したアレクサンダーとクラウスも同罪だろう。
「このことは後ほどヨハネスに伝えますので」
エアハルトが冷たくそう言うと、俺も一言。
「エアハルト陛下、私からもご報告させて頂きます」
と言っておく。ヴェスティア獣王国で今最も権力を握っているのはエアハルトだからな。長いものには巻かれておくことにした。
「そうですか。よろしくお願いしますね」
「「「なぁっ!?」」」
エアハルトと俺のやり取りにハインリヒとアレクサンダー、それにクラウスの三人が驚きの声を上げる。
それに対してエアハルトがポツリと爆弾を落とす。
「当然です。配下の伯爵の領地を訪れたとしても、王族として求められる立ち振る舞いというものは変わりませんから。そういうことで、アサヒナ伯爵にはヨハネスへの報告書の作成をお願いしますね?」
報告書となると、正式な報告となるのは当然のこと。口頭での報告に比べてその重要度は比べ物にならないほど高まる。
「畏まりました。既にアルターヴァルト王国の王都方面には宰相であられるウォーレン様宛で同様の報告を済ませておりますので!」
そう、一国の国王がベロベロに酔っ払って視察先から帰ってきたのだ。当然、何があったかは詳細をまとめて宰相のウォーレンに伝えるつもりで資料にまとめておいたのだ。それを同様にヨハネスに渡せば万事オッケーだろう。
「「「うぅ……」」」
エアハルトと俺のやり取りを聞いてハインリヒとアレクサンダー、それにクラウスの三人が情けない声を上げた。
そんなやりとりをしながら、ハインリヒたちも無事にヴェスティア獣王国の王都ブリッツェンホルンへと送り届けることができた。もちろん、ヨハネスへの報告書も合わせてだ。これで少しは俺の御酌から気が逸れればいいんだけど。
こうして、なんだかんだあったが、グリュック島でのアサヒナ伯爵家騎士団長選抜試合に関連する一連のイベントがすべて終了することになったのだった。
いつもお読み頂き、ありがとうございます。




