ハルトの御酌会(その1)
アサヒナ伯爵家の騎士団長選抜試合と大海竜の各種素材のオークションを無事に終えたことで、イベントに参加してくれた者たちと、イベントを支えてくれた者たちを労うための打ち上げ、もといパーティーを開くことにしたのだ。
使用人たちには無理を言うが、できれば交代交代ででも時間を取って参加してもらいたい。あぁ、もちろんパーティーが終わったあと自分たちで打ち上げをするのは構わないから。
ということで、ただいま絶賛パーティー中なのだが、今回は昨日のような気軽なものではなく、少しだけ形式張ったものになったこともあり、俺は会場の奥まったところに設けられた俺専用の席でラルフが取ってきてくれた料理を一人頂きながら、周りの楽しげな様子を寂しく見守っていた。
いやいや、流石に主催者だからといってこのような扱いをされるのは如何なものだろうか。俺としてはもっとフランクな感じで皆と接したいし、接する時間が欲しい。
これでは、挨拶に来てくれる者をただ待つしかない。もし、誰も挨拶に来てくれなかったら、周りの楽しげな様子を見守るだけの寂しい時間を独りで過ごすことになる。それはちょっと嫌だな……。
ということで、どうすればこのような窮地から脱せられるか検討した結果、思いついたのが日本的な宴会だ。どういうことかというと、ビール瓶片手に周りのテーブルにお邪魔して皆に御酌しながら雑談するというやつだ。
うん、それが苦手で飲み会に参加しないという人もいたし、賛否両論あるとは思う。ただ、この世界ではさほど気にする人も少ないように感じたし、そういう酒を使った人とのふれあい(飲みニケーション)もありではないかと考えたのだ。まぁ、俺は嫌いなほうじゃなかったしな。
しかし、大きな難問が一つ俺の前に立ちはだかった。そう、俺は未成年だ。だから、当然のように俺のテーブルの上にはエールは疎か、葡萄酒の入った瓶やグラスもない。あるのは水が入った水差しと果実水が入った水差しだけだ。
流石に、果実水を持って皆の席を回るというのは、皆の酔いを覚ますことにもなるし、俺としても格好がつかない。だが、どうやってアルコールの入った飲み物を手に入れればいいのだろうか?
俺がただ頼むだけではラルフは持ってきてくれないだろう。ちゃんとした理由を話さないといけない。まぁ、理由さえ話せば持ってきてくれる可能性があるというのなら、それで良いのかもしれないが。
もう一つの方法としては、ラルフ以外の使用人に用意してもらうという手だ。これならば、誰も困らない……。と思ったが、もしも誰かに見つかった場合に、一体誰が俺に酒を手渡したのかという点で問題になるだろうし、アサヒナ伯爵家に仕えて間もない使用人たちにそのような罪(?)を着せるわけにもいかない。
むぅ。と考え込んでいたところにノーラがやって来た。どうやら、俺が退屈しているように見えたようで、空いたグラスに果実水を注ぎに来てくれたらしい。うん、本当に優しい子だよ。
そんなことを思いながら、ノーラにお酌されていると、今度はアメリアたちもやって来た。ありがとう。本当なら、俺がそっちのテーブルに行って御酌してあげたいんだけど。
そんなことを言ったら、アメリアから「それはダメだ」と、駄目出しを頂くことになった。何故かと問うてみたら。
「ハルトはこのパーティーの主催者だ。それに、王家の方々はともかく、グスタフやユッテ、キルシュたちはハルトの従者なんだぞ? 従者のもとに御酌しにいく主人がいるか?」
「アメリアの言う通り。ラルフたちもそう。ここにいるのはアルターヴァルト王国とヴェスティア獣王国の両王家の方々以外は皆ハルトの部下。ハルトがわざわざ御酌して回る必要はない」
カミラからも同じようなお叱りを頂いてしまった。うぅ、日本的な宴会の雰囲気での御酌作戦。いい案だと思っていたのだが、この立場がそれを許してくれないらしい。
二人の意見にちょっと不貞腐れて、というか残念な気持ちでいたところに、ノーラがやってきた。
「アサヒナ様は私たちがいた里、オラーケルの里でもお酒の御酌をされていましたよ? もちろん、アサヒナ様が各テーブルを回られるのではなく、御酌して欲しい者が列をなして、順番を守ってですが。どうも、アサヒナ様が御酌されたお酒は自分たちで注いだものよりも美味しいと話題になりまして……」
そういえば、そんなこともあったな。
旧オラーケルの里で皆が俺に御酌してくれと頼んできたので、列に並んだ者たちに次々と御酌していったことがあった。ただ、そのとき、どういうわけか、俺が御酌した酒が美味いという理由で並んでもらったのだが。
はたして、ここで俺が御酌した酒が美味いと言ってもらえるのだろうか? そう思っていると、アポロニアが空いたグラスを俺の目の前に突き出してきた。
「ドワーフに次いで酒にうるさいというエルフたちが求めたという、ハルト様に御酌して頂いたお酒。これを試さずにいられるでしょうか? いえ、試さずにいられるわけがありません! ハルト様、私にも御酌してください!」
まぁ、別に良いけど。というか、アポロニアだけでなく、アメリアたちも並ぶのか。それで、お酒は……。あぁ、ラルフが用意するのね。それなら、俺は本当に御酌するだけか。
ラルフから栓の開けられた葡萄酒の入ったボトルを受け取り、一応外からボトルの中の様子を見る。うん、幸いというか、澱はなさそうだ。それを確かめたあと、アポロニアがテーブルの上に置いたグラスにボトルの中身を注ぐ。このグラスは俺が用意したもので、この世界で一般的な銀製の杯ではない。
グラスの半ばより少し少ない辺りまで葡萄酒を注いだグラスをアポロニアに差し出す。
「どうぞ」
「では、頂きます!」
グラスに注がれた葡萄酒をまるでソムリエのように暫く確かめたあと、一口口に含んだ。そして、それを舌の上に転がすように自分の口で何かを確かめてから、こくんと飲み干した。
そのようにまるでどこかの評論家のような飲み方をされるほどのものではないと思う。だって、俺がただ注いだだけで、その他は何も変わらない、普通の葡萄酒(ラルフたちが用意してくれた最高のものらしいけど)のはずなんだし。
そう思っていたのだが……。
「美味しい……! 確かに、普段飲むよりも美味しく感じます! 香りが良くなった? 果実感が増した? 余韻もいつも以上に心地良く……。一体何なんですか、これは!?」
アポロニアが驚きながらも、うっとりとした様子でまだグラスに残っている葡萄酒を見つめている。
うーん。普通に葡萄酒をグラスに注いだだけなんだが、そんなに変わるものなのだろうか? いや、確かに、ソムリエの人が注いでくれたワインと、一般人が注いだワインでは多少の差が出そうな気もするが、俺は少なくともワインというか葡萄酒に関しては一般人なわけで、そんなに差が出るとは思えない。
むぅ、不思議だ。そう思っていると、今度はアメリアがエールの入った小樽を抱えてやって来た。
「なら、私たちも試してみるか!」
「まずは私が注いでみる」
アメリアの差し出したジョッキにカミラが小樽を抱えてエールを注ぐ。うーん、美味そうだ。俺はワインとか葡萄酒よりもエールとかビールのほうがどちらかというと好きだ。まぁ、個人的な意見だ。
そして、エールが注がれたジョッキを持って一口グビリと飲む。
「うん、美味い! けど、普通に美味いだけといえばそうなのかも? よし、今度はハルトが注いでくれ!」
カミラに代わって、今度は俺が小樽を抱える。と言っても、だいぶ中の量が減ったおかげか、俺にでもなんとか抱えられる重さだった。そこからアメリアの持ったジョッキに再びエールを注ぐ。
できる限り黄金比に。エールが七の、泡が三で……。とか考えたが、エールってそんなに泡立てないんだっけ? ちょっと記憶があやふやなので、カミラがやったように泡は少なめにしておいた。
「それでは、どうぞ」
「頂きます!」
「ングッ!」と、勢い良くジョッキをあおり始めたのだが、アメリアの勢いが止まらない。「ングッングッングッングッ!」と飲み進めて、いつの間にか空になったジョッキを「ダンッ!」と叩きつけるように置いて、プハーッと息を吐いてから左腕で口元を拭った。うん、お上品ではないな。
「美味いっ! 何故か分からないが、ハルトが注いでくれただけでいつもの十倍、いや、それ以上に美味かった! 何故だ!?」
いや、俺に言われても。と思いながら、ふとアメリアを見ると、まだジョッキに少しだけエールが残っていたのを見つけてしまった。
ゴクリ……!
いや、そうじゃなくて。飲みたいけど、飲みたいとかじゃなくて、少しだけ残ったそのエールを鑑定してしまったのだ。
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