クラウスへの相談と久々の冒険者ギルド
アルトヒューゲルの屋敷からグリュック島に建てた新たなお城、もとい屋敷へと引っ越しを行った。今はアメリアたちが自分たちの荷物の荷解きをしている頃だろう。
俺の荷物は常にアイテムボックスに入れておく癖があるので、屋敷から持ち込んだ荷物がそもそも少ないこともあって、引っ越し自体はすぐに終わった。
そして、その後のタスクに漏れがないか確認していたところ、重大なタスクを見逃していたことに気がついた。
そう。騎士候補たちがグリュック島にやってきたときに、彼らが寝泊まりする場所を用意できていなかったのだ。そのことに気がついた俺は、すぐさま闘技場の近くの森を切り拓いて彼らが寝泊まりできるキャンプ場を用意したのだった。
なぜキャンプ場なのか。寝泊まりできる宿舎のようなものを創造しても良かったのだが、これから使うであろう機会があまりにも少ないため、ちょっともったいなくなったのだ。それならば、この島には遠征の準備をして来てもらい、自分たちで生活してもらえばよいのではないかと、そう思ったのだ。
だが、騎士候補たち、即ち彼らの派遣元であるクラウスに対してそのことを伝えられていなかったのだ。流石に、何の準備もなく、ただ切り拓かれただけの原っぱに彼らを投げ出すのはどうかと思う。今後、彼らは俺たちアサヒナ伯爵家の騎士となるのだ。待遇面で難ありという第一印象を持たれても困る。だからといって、最初から宿舎を用意することで変な勘違いをされても困る。
そんなわけで、もっともらしい理由として思いついたのが、あくまで今回の件は騎士としての訓練の一環であり、遠征という体でグリュック島まで来てもらい、その演習の一つとして闘技場で試合を行ってもらうというものだった。つまり、今回は訓練であり、遠征だから自分たちでキャンプ(野営)しなければならないというものだ。
この件について早速クラウスに伝えようということで、ヴェスティア獣王国に向かうことにした。もちろん、事前に手紙で約束は取り付けてある。グリュック島の屋敷にも転移台を早速設置したのだ。
「クラウス様、度々お時間を頂き申し訳ございません」
「ハルトが会いに来てくれるのなら大歓迎だよ。それで、今日はどんな面白い話を聞かせてくれるんだい?」
別に面白い話をしに来たわけではないのだが。というか、これまでも別に面白い話をしてきたわけではないんだけど。まぁ、いいか。
「実は……」
俺はグリュック島の事情と対応、その理由を掻い摘んでクラウスに説明した。
「ぷっ、くくく、あははは! いいね、面白い! 流石はハルトだ、期待通り面白い話を持ってきてくれたね。分かった。騎士たちには今回の件について訓練の一環と伝えておくよ。もちろん、野営の準備もさせるさ」
「はぁ、ありがとうございます」
何が面白かったのか分からないが、クラウスは俺の説明を理解してくれたようで早速騎士たちに連絡すると言って使用人を呼び出すと一通の手紙を書いて手渡した。使用人は手紙を受け取るとすぐに部屋から出ていった。
「これで騎士たちに伝わるはずだよ」
「ありがとうございます」
「それにしても、ハルトが騎士たちを迎え入れる準備を始めたということは、そろそろなのかな?」
「そうですね。本日クラウス様にご相談した件が解決した時点でいつでも開催できる見込みです」
「そうか! それで、試合は何という名称で催すつもり?」
「はい。素直に『アサヒナ伯爵家騎士団長選抜試合』として開催しようかと」
「その名称では優勝した者が騎士団長になるように聞こえるけど、問題ないの?」
「うちのグスタフならば優勝してくれると信じておりますので!」
「あはは。分かった。それなら、そろそろ試合の日程を決めないといけないね」
「はい。二週間後、グリュック島に新たに建造した闘技場にて開催致します。エアハルト様やハインリヒ様、クラウス様など試合を観戦にお越しになられる来賓の方々については、当日、私が魔導船にて王城までお迎えに参るつもりです」
「うむ、楽しみにしているよ。あぁ、使用人たちのことだけど、今出立の準備を進めているんだ。少なくとも一週間以内にはグリュック島に到着するはずだよ」
「一週間以内……。なるほど、承知致しました」
そうなると、グリュック島で迎え入れてから諸々覚えてもらうのに一週間しか時間がないということか。これはラルフに相談しないといけないな……。
ともかく。こうして、無事にクラウスとグリュック島にやってくる騎士候補たちは訓練の一環としてキャンプ(野営)にて滞在してもらうという合意が取れたのだった。終始クラウスがにこやかだったのは、俺の話が面白かったせいだろうか? こちらは真面目に相談したつもりだったのだが。まぁ、いい。
だが、話がこれで終わったわけではない。クラウスとの話で正確に『アサヒナ伯爵家騎士団長選抜試験』の開催日が決まったのだ。ヴェスティア獣王国側についてはこのままクラウスからエアハルトやハインリヒに伝わるからいいとして、アルターヴァルト王国側にも伝えなければならない。
そんなわけで、今度はアルターヴァルト王国へと向かうことにしたのだった。因みに、昨日のうちに、しばらくの間はベンノたちに屋敷の管理を任せる旨伝えておいた。なので、最低限、屋敷を訪問してくる客と転移台を用いた連絡のやり取りくらいは対応できる状態となっている。
なので、アルトヒューゲルの屋敷に向かう前にブリッツェンホルンの屋敷に立ち寄り、リーンハルト宛ての手紙を書いて送っておいたのだ。これでアルトヒューゲルの屋敷に到着する頃には王城とも連絡がついているはずだ。
そんなことを思いながら、アルトヒューゲルの屋敷に戻ってきた。今朝ぶりの屋敷だ。今の時間はベンノが屋敷の番をしていてくれたらしく、執事のように「お帰りなさいませ」と出迎えてくれた。
そんなベンノの姿に気を良くした俺は、予定していた特別手当よりも多く出して皆に分けるようにベンノに伝えた。
そして。
「リーンハルト様からは返答がありましたか?」
「はい。こちらの手紙をご覧ください」
そう言って、ベンノはリーンハルトからの手紙を差し出してきた。中身を読むと確かに明日の午後であれば何時でも時間が取れると書いてあった。ふむ。流石に手紙を出したその日のうちに、というわけには行かなかったか。
そういうことならと、九時課の鐘がなる頃(午後三時頃)に向かう旨返事を返すことにする。
しかし、明日の午後か。少し時間ができてしまったな。今日は付き添いに誰も来ていない。つまり、俺一人だ。久々に一人の王都を満喫するのも悪くない。
「そうだ! 久々に冒険者ギルドに行ってみよう!」
今日中に達成できる依頼があればそれを受けて暇を潰す。うむ、中々悪くない。
というわけで、早速冒険者ギルドへとやってきた。
ここに来るのも久し振りだ。早速依頼が貼り付けてある掲示板を覗く。俺はFランクの冒険者だから、Eランクまでの依頼であれば受けることができる。
「お、ハイレン草の採取依頼があるな」
『依頼内容:ハイレン草の採取(十株程度)
ランク:ランク問わず。
依頼期限:特になし
備考:根のついたままの採取を希望。
報酬:金貨一枚〜※採取した数と鮮度により応相談』
詳しく読んでみると、ハイレン草を十株採取してほしいとのことだった。しかも根がついたままのものを希望している。もしかして、花壇や鉢にでも植えて育てるつもりなのだろうか?
依頼人は聞いたこともない名前だったが、恐らくは錬金術師なのだろう。もしくは、うちと同業のものかもしれない。
他所の錬金術師の手伝いをするのは何とも釈然としないが、Fランクが受けられる依頼の中で王都の外に出掛けるような依頼がこれくらいしかなかったので仕方がない。どうせ時間を潰すなら、冒険者感のある依頼を受けたかったのだ。
依頼書を引っ剥がしてギルドのカウンターへと向かう。以前対応してくれたエルザではなく、新しい職員が対応してくれた。
「初めての依頼ですか?」
「いえ、(一人では)二回目の依頼になります」
「なるほど。確かに、過去に一度依頼を達成されてますね。ただ、しばらく依頼を受けておられないようですが、大丈夫ですか?」
「そうですね、恐らくは。問題ないと思います」
「分かりました。ただし、危険だと思った際には、自分の命を一番大事にしてくださいね?」
「あ、はい!」
ギルド職員に心配されてしまったが、無事にハイレン草の採取依頼を受けることになった。早速魔物の森へと向かう。馬車を借りても良かったが、御者の経験があまりないので一人で向かうことにする。とはいえ、歩いていくとなると相応に時間が掛かる。
ということで、人目に付かないところで以前創った魔法の絨毯をアイテムボックスから取り出して、それに乗って魔物の森まで向かうことにした。結果、ものの十分程度で目的地に着いた。
さて、早速ハイレン草を探すことにする。鑑定と空間探索を駆使してあっという間に依頼書に書いてあった量を採取する。ついでに、予備としてその倍の量も採取しておく。これで、依頼は達成できるだろう。
そんなことを思っていたところ、俄に悲鳴のような声が聞こえてきたのだった。
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