新たな家臣、新たな仲間
「一体、どういうことですか?」
俺はラルフに確認した。ラルフから使用人だけではなく、俺たちも含めて今日からこのグリュック島の屋敷に住居を移さないかと提案されたからだ。
「突然で申し訳ございません。ただ、今回ご案内頂いた新たなお城、いえ、こちらのお屋敷の中を見て回った結果、事前にお屋敷内で実務に関わっておかないと、新たに来るという使用人たちへの指示も上手くできないのではないかという意見が皆から多く出たのです」
そうラルフが話すと、今度はグスタフが手を挙げた。
「私からもお願い致します。護衛を行う騎士たちへ指示を行うにしても、実際にお屋敷の中で働いてみなければ問題となる点を全て洗い出すことは難しいです。ここまで広いとこれまでのように屋敷へ出入りする人間だけを見張ればよいというわけにはいきませんから」
グスタフの言葉にアロイスとハインツ、それにヨハンが揃って頷いた。ふむ。使用人と護衛役の中心となる二人からそのような話が出るのであれば、その通りなのだろう。だが、今日からというのはちょっと困った。使用人たちは今日この日のために準備をしてきたようだが、俺を含めアメリアたちは何の準備もしていなかったのだ。
「それにしても、今日からか……」
さて、どうしたものか。と思いつつ、これは俺だけで決められるものではないことくらいすぐに分かる。ということで、アメリアたちに相談するべく一度アルトヒューゲルの屋敷へと戻ることにした。
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屋敷に戻ってアメリアたちに事情を説明すると、意外にも彼女らはラルフの提案に賛成だった。
「確かに、ラルフさんとグスタフさんの言う通りだね」
「というか、私たちも新しい屋敷に慣れておかないと」
「そうね、本格的に引っ越しする前に、実際に生活してみないとね。それで気づくこともあるだろうし」
アメリアとカミラの言葉に続けてヘルミーナがそう言いながら頷いた。確かに、住む側からの意見も必要かもしれないな。
「とはいえ、今日からというのは流石に急では。今日は残りの時間を引っ越しの準備に当てて、明日の朝から住まいを移すというのはどうでしょう?」
「「「「異議なし!」」」」
アポロニアの言葉にアメリア、カミラ、ヘルミーナ、ニーナの四人から異議なしの声が上がった。まぁ、俺も流石に今日から移動するというのは難しいのではないかと思っていたところなので、アポロニアの言葉には賛成だった。
そして、続けるようにアポロニアが言った。
「それにノーラさんのお部屋も決めなくてはなりませんし」
「「「「確かに!」」」」
確かに。既に部屋割りは決めていたが、ノーラの部屋は決まっていなかった。当然だ、うちの家臣ではないのだから。ミリヤムからは家臣に迎えてはどうかなどと言われたが、こういうのは本人の希望を第一に優先するべきだろう。
ということで、ミリヤムからの話を伝えつつ、ノーラ本人の意志を尊重したいということを伝えると、俺の言葉に皆が頷いてくれた。
「そういうことなので、ノーラさんの意見を伺いたいのですが、ノーラさんはアサヒナ伯爵家の家臣になりたいですか?」
「ぜひ、お願いします! 私をアサヒナ様の家臣にしてください!」
即答だった。
だが、ミリヤムにも伝えた通り、ノーラはまだ八歳。エルフとしても成人していないのだ。そんな彼女を家臣にしても問題ないのだろうか? それに他の職に就くという選択肢だってあるはずだ。
「問題があれば、私たちでフォローすればいいさ」
「それに、当の伯爵自身が十歳なわけだし、いいんじゃないの?」
アメリアとヘルミーナの言葉に皆が賛同するように頷いた。まぁ、ヘルミーナの言う通り、伯爵である俺自身が十歳なわけだし、家臣が八歳でも問題ないか? いや、あるような……。でも、アメリアの言う通り皆でフォローすれば大丈夫か? うーん。正直何とも言えないが、皆が賛成してフォローしてくれるというのであれば、俺が何かと言うつもりはない。
「ノーラさん。ノーラさんには、別にアサヒナ伯爵家の家臣として働く以外にも道はあるのですよ。本当によろしいのですか?」
「はい! 私はアサヒナ伯爵様のお力になりたいと思います! それに、皆さんもフォローしてくださるということですし、皆さんと一緒に働きたいです!」
「分かりました。ノーラさんの意見を尊重しましょう。これからはノーラさんのことをアメリアさんたちと同じく、アサヒナ伯爵家の家臣として扱います。とはいえ、これまでと扱いが大きく変わることはないと思いますが……」
「ありがとうございます! アサヒナ様のお力になれるよう、精一杯努めてまいります!」
こうして、ノーラがアサヒナ伯爵家の家臣となった。
と思った瞬間。
ノーラの手の甲が淡い緑色に輝き出した。
「「「「「「あっ!?」」」」」」
俺が声を上げたのは、アメリア、カミラ、ヘルミーナ、アポロニア、ニーナの五人が声を上げたのと同じタイミングだった。そう、これは真の仲間になったときに現れる現象だ。
「何だか、手の甲が温かい。不思議な感じがします……。皆さんはこれが何かご存知なのでしょうか?」
魔力メモパッドにそう書いて見せたノーラに対して皆が温かな表情を見せる。
「それは、ノーラが私たちと本当の仲間になった証さ!」
「これでノーラも私たちの仲間!」
「まぁ、何となくこうなることは予想してたけどね!」
「それでも、こうして無事にノーラさんを仲間に迎え入れることができてよかったです」
「これから一緒にアサヒナ伯爵家を盛り立てていきましょう!」
アメリア、カミラ、ヘルミーナ、アポロニア、ニーナの五人がそれぞれ手の甲を輝かせる。ノーラは皆とお揃いであることを知り喜んでいるようだった。
「先ほどアメリアさんからもお話があったように、その手の甲の輝きは私の仲間であることを示す紋章です。どういう条件で発現するのかは詳しく分かっていませんが……。ともかく、これからはノーラさんをアサヒナ伯爵家の家臣としてだけでなく、私たちの仲間として迎え入れたいと思います」
そう言ってノーラの手を取った。
「ノーラさん、これからよろしくお願い致します」
そう伝えると、ノーラはコクリと頷いた。
「さて、新たに仲間になってくださったノーラさんには、私たちのことについて改めてお話ししておかないといけないですね。ことの始まりは……」
俺はノーラにこの世界の神である世界神からの神託によって四種族の仲間を集めていることや、この世界に魔王が誕生したこと、そしてその魔王によって齎される災厄を未然に防ぐこと、魔王によって引き起こされた災厄からこの世界に住まう全ての民を守ることを世界神から託されていることなど、対魔王勇者派遣機構の活動について説明したのだった。
「……というわけで、我々は魔王からこの世界を守ることを目的に、対魔王勇者派遣機構を立ち上げたのです。この仕事には危険が伴います。場合によっては、命を掛けなければならない事態も起こり得ます。ですが、今ならまだ間に合います。本当に我々の仲間になってくださいますか?」
ノーラは唇をギュッと結び、そして俺を見つめた。そして、魔力メモパッドにつらつらと書いてそれを皆が見えるように見せた。
「アサヒナ様の家臣になると心に決めたときより多少の危険が伴うものだと理解しております。私はアサヒナ伯爵家の家臣となりました。そして、アサヒナ様の仲間になりました。ならば、これからどのような危険が待ち受けているとしても、受け入れます! そして、アサヒナ様をお守り致します! 既に覚悟はできております!」
そこまでの覚悟をわずか八歳の子供にさせていいものだろうか? だが、ノーラの決意表明を聞いてアメリアたちは喜んでいるようだった。そして、アメリアたちに受け入れられたことにノーラ自身も喜んでいた。
ならば、俺が何かと言わなくてもいいか。ノーラが危険な目に合わないように俺が気をつければいいことだ。そう考えた俺は一つ頷くと、改めてノーラに声を掛けた。
「これからよろしくお願いします、ノーラさん」
「はい、アサヒナ様!」
彼女の優しい声が、薄っすらとだが聴こえた気がした。
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