領都の名前
マルセルからグリュック島の領都となる村の名前を決めて欲しいという話を聞いた。もう、島の名前と同じ『グリュック』でいいんじゃないかなどと思ったが、勝手に決めるとうちのお姉さま方からお叱りを受ける可能性があったので、一旦持ち帰って検討させてほしいとだけ伝えた。
その帰り際、マルセルからそろそろ実質的なグリュック島の開発を行うことになる家令のラルフと会わせて欲しいと頼まれた。
確かに、マルセルの言う通りこれ以上開発を進めるにしても、ラルフの意見を聞いて進めたほうが良い。ラルフ曰く、既に使用人たちの移動準備は整っているとのことだったし、そろそろ頃合いなのかもしれない。
そんなこんなで、アルターヴァルト王国の屋敷に帰ってきた俺は、早速ラルフに相談しに行ったのだった。領都の名前の件については色々と時間が掛かりそうなので後回しにした。
「……そういうわけで、そろそろ皆さんをグリュック島に連れて行こうかと思うんですけど……」
仕事中だったラルフをつかまえて少しだけ時間を貰い、マルセルから相談されていた件について話してみたのだ。
「なるほど。こちらとしては先日もお伝えした通り、既に使用人の移動準備はできておりますので、いつでも構いません」
「そうですか。それでは早速ですが、明日使用人全員で一度グリュック島に行ってみましょう。ラルフさんには申し訳ありませんが、屋敷だけでなく、グリュック島と今開拓中の村の様子なども見てもらえればと思います」
「分かりました。因みに、村の名称については決まったのですか?」
「いえ、それがまだ決まっていなくて。今グリュック島の都市計画について相談しているマルセルさんからも早めに決めたほうがいいと言われているのですが、私だけで勝手に決めるわけにも行かないと思い、このあとアメリアさんたちに相談するつもりなのです」
「……なるほど。それは確かに、アメリア殿たちに相談したほうがいいですね。ぜひ、領都に相応しい名前をお付けください」
こうしてラルフにグリュック島へと向かう日程を確認した俺は、リビングに集まっていたアメリアたちにグリュック島の将来領都となる予定のオラーケルの里の名称について相談することにした。
「……ということで、将来領都となる村の名前を考えることになったのですが、何か良い案はないでしょうか?」
そう伝えると、「ふむ」という感じで皆が悩み始めた。そんな中、アメリアが手を上げた。
「アサヒナ伯爵家が管理する領地なのだから、シンプルに『アサヒナ』でどうかな?」
いや、恥ずかしすぎるだろう。
とはいえ、この世界では貴族の名字がそのまま領地の名前であることは珍しくないらしい。ヘルミーナとアポロニアが頷いている。そうなのか。そうらしい。うーん。とはいえ、名前を呼ばれたときに領都のことなのか自分のことなのか判断し辛いのはどうかと思う。
そんなことを考えていると、領都というより領地全体をその地を治めている貴族の名前で呼ぶことがあるのだとノーラが教えてくれた。なるほど。そう考えると、アサヒナ領の領都との名前を考えるのだとしたら、『アサヒナ』はあまりよろしくない。ややこしくなるから。
そう思ったときに今度はカミラが手を上げた。
「初代領主の名を後世に伝えるべき。ずばり、『ハルト』がいいと思う」
それだ! とばかりにセラフィとカミラが大きく頷く。いやいや、ちょっと待ってくれ! 普通に考えて名字よりも恥ずかしいだろ!?
「「「「「「異議なし!」」」」」」
「意義あり! そんな恥ずかしい名前は却下です! 却下!」
「「「「「「えぇ〜!?」」」」」」
「えぇ〜もヘチマもありません! もう少しまともな名前を考えてください!」
「「「「「「ブーブー!」」」」」」
ブーイングをたれる皆にため息をつきながら、こうなると自分から案を出さなければとんでもない名前に決まるのではないかと不安になってきた。
「例えばですね……。地名に因んで『グリュック』とか……」
「「「「「「意義あり!」」」」」」
「単純すぎる!」
「ありきたりすぎ」
「島の名前と区別がつかないわよ!」
「私は主様の名前から取ったほうが好きだな」
「私もセラフィさんと同じ意見です……」
「流石にグリュックは安直すぎるので無いかと……」
むぅ。地名に紐づいたほうがわかりやすくていい気がするのだが、どうやら俺と同じ意見の者はいないらしい。だが、ヘルミーナの島の名前と区別できないという意見には反論したい。アサヒナだって、ハルトだって俺の名前と区別できないじゃないか。
「だからといって、『アサヒナ』も『ハルト』も却下です!」
「「「「「「むぅ……」」」」」」
アメリアたちと無言の応酬が続く中、これまで一人様子を見守っていたノーラが魔力メモパッドにつらつらと何やら書き連ねると、それを俺に見せてきた。
「あの、アサヒナ様のお名前にはどういう意味が込められているのですか?」
「名前の由来ですか?」
そう聞くとコクコクと頷いた。ふむ、朝比奈という名字の由来は諸説あるが、語源は朝日の当たる良いところとか、明るい土地などがあるらしいというのは以前調べたことがある。
因みに、晴人は文字通り晴れの人、晴れた天候のように健やかに育ってほしいという意味が込められているのだと以前両親から聞いたことがある。そんなことを伝えると、ノーラはそれらに因んだ名前にしてはどうかと言ってきた。
ふむ。この世界はドイツ語っぽい地名が多い。それならば朝日や明るい、光輝くという意味合いなら、リヒトやシャイン、モルゲンレーテなどはいかがだろうか……。あれ? どこぞの兵器開発を行っていた会社組織の名前が出てきたような。
晴れと言う意味合いならシェーンとか……。うーん、誰かがカムバックと呼びだしそうな感じだ。だからといってハイターだと何か洗剤のような響きがある。やはり、俺の名前から取るのは良くないのではなかろうか?
「そこまで悩まれるのでしたら、アサヒナ様のお名前に因んだ『リヒト』という名前で良いのではないでしょうか? 領都リヒト、素敵な名前だと思いますよ?」
そう魔力メモパッドに書いて見せてくれたノーラが天使に見えた。領都リヒト、なかなか良い響きな気がする。
「では、ノーラさんのアイデアを採用します! 領都の名前はリヒト、『領都リヒト』でお願いします……!」
そう言ってアメリアたちに頭を下げた。アサヒナやハルトは流石に無理だが、そこから因んだ名前としてリヒトなら俺も納得できる。改めて、皆に『リヒト』でお願いできないかと頼み込んでみた。
すると……。
「なるほど、領都リヒトね。いいんじゃないか?」
「短くて覚えやすいし、いいと思う」
「まぁ、悪くはないわね!」
「主様の名前に因んでいるのなら、悪くないと思う」
「私もセラフィさんと同じ意見です」
「皆さんがそう仰るなら良いのではないでしょうか?」
ノーラの意見が採用された。もちろん俺も文句はない。
「では、領都の名前は『リヒト』ということで。これで決定ですからね、他の名前に変更はもうできませんからね!?」
「別に変えて欲しいとか今更言わないわよ。ねぇ、みんな?」
「「「「「もちろん!」」」」」
「そういうことよ! それで、領都リヒトに空き家を買って設置することになったのよね? 今はまだ住民は居ないんでしょうけど、今後どう発展させていくつもりなのかハルトの考えを教えなさいよ!」
ヘルミーナにそう言われると、皆にソファーの中心に招き入れられた。というか、座らされたというか。それから、領都を今後どのように発展させていくつもりなのか、以前マルセルに話したことを改めて皆に説明することとなった。
それはともかく、こうして領都の名前は無事に決まり、領都の名前は『領都リヒト』に落ち着いた。それもこれも、ノーラの提案のおかげだ。ノーラにはこれまでも色々と助けてもらっているので正直頭が上がらない。どこかのタイミングでちゃんとお礼をしないといけないよな。
そんなことを考えているうちに、その日は夕方を迎えたのだった。
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